【犬も歩けばアニメに当たる。第8回】こんなアニメ映画見たことない! 85分間セリフなしの楽しい長編「映画 ひつじのショーン ~バック・トゥ・ザ・ホーム~」
心がワクワクするアニメ、明日元気になれるアニメ、ずっと好きと思えるアニメに、もっともっと出会いたい! 新作・長期人気作を問わず、その時々に話題のあるアニメを紹介していきます。
セリフなし、予備知識なし! それでも引き込まれる表情と仕草の細やかさ、楽しさ
TVシリーズ「ひつじのショーン」を知らずに見にいくと、映画がスタートして5分で「あれ?」となる。この映画、もしやセリフが一切ないのか……!?
そう、ないのだ。主人公はひつじで、仲間のひつじや牧羊犬と身ぶり手ぶりで意思疎通をするが、人語は一切しゃべらない。物語はひつじ視点で進むので、牧場主などの人間も、声は発するけれど意味のある言葉はしゃべらない。そのまま話はどんどん進んでいく。
「そういえば上映スケジュールに、字幕版/吹替版の表示がどこにもなかったな……」と思い出すのは、映画を見たあとだ。
外国で制作された映画を見る場合、避けて通れないのが「字幕版で見るか? 吹き替え版で見るか?」という問題だ。実写でなくアニメだとしても、それは変わらない。
原語の雰囲気を味わいたいなら、字幕版。ただし字幕を読むのに気を取られて、スクリーンに集中できないのが欠点だ。その点吹き替え版なら、スクリーンにとことん集中できるし、なんといってもわかりやすい。でも吹き替えの声や演技が好みでないことがあったりして、こちらも一長一短だ。
そんな問題をクリアする、思わぬ解決策があった。それは、セリフがないこと!
セリフはなく、音声は音と効果音のみ、ストーリーやキャラは「絵」が語り、「絵」で見せる。NHK Eテレで放送するようなショートアニメ(「ひつじのショーン」もそのひとつだ)ではよく見られる手法だが、これで約85分の長編が成立してしまうのがすごい。
基本はドタバタコメディで、一瞬たりとも退屈する瞬間がない。時にはほろりとさせる展開もあり、緩急をつけつつクライマックスは緊迫してしっかりと盛り上がる。笑わせて驚かせて、見る者の感情を揺さぶりながら、起承転結、ドラマもなかなか魅せてくれるのだ。
クレイ・アニメーションの持つあたたかみが心地よい
この作品は、世界的なクレイ・アニメーションの雄(ゆう)、アードマン・アニメーションズによるファン待望の長編最新作だ。
ひつじのショーンというキャラクターは、もともと人気シリーズ「ウォレスとグルミット」の第3作、「ウォレスとグルミット、危機一髪!」(1995年イギリス公開)に登場したゲストキャラクターだった。
この「ウォレスとグルミット、危機一髪!」にショーンが初登場してから、今年で20周年。記念の企画も行われている。
「ウォレスとグルミット、危機一髪!」のショーンは頼りなげな小さな子羊で、「ひつじのショーン」のタフでいたずらもののショーンとはひと味違うが、あちらのショーンも本当にかわいらしいのでファンは必見、と言っておく。(よろこびもかなしみも目で語る、知的で無口なワンちゃん、グルミットもよろしく!)
「ウォレスとグルミット」のころから一貫してアードマン・アニメーションズが変わらないのは、作品がクレイ・アニメーションという手法で作られていることだ。
クレイとは粘土のこと。粘土で作ったモデルのパーツを少しずつ動かしながらコマ撮りして、アニメーションを制作する。「ストップモーション・アニメーション」とも言い、クレイ・アニメのほかに、人形アニメ、砂アニメ、紙アニメなどがある。
アードマン・アニメーションズが制作するクレイ・アニメーションも、粘土で作られている。「ウォレスとグルミット」のころに比べると、ケタちがいのお金と人手がかけられるようになったおかげで、できあがる映像も実に見事だ。
3DCGアニメーションの技術が進んだ今なら、同じような映像をCGで作ることも可能だろう。それでも、ミニチュアで作りこまれた立体造形世界の映像は、ほかのものでは代えがたい楽しさにあふれている。
贅沢でワガママなことをいうと、アードマンのアニメには、あまりきれいにビッグになりすぎないでほしい……という思いがあった。完成度が上がるのはうれしいけれど、「ウォレスとグルミット」の初期の、登場人物に作り手の指紋がちょっとついちゃってるぐらいの手作り感もまた、捨てがたい味わいがあった。たとえるなら、隣の家の男の子が、こっそり秘密のおもちゃ箱を見せてくれた、みたいな。
だから、CGと見まがうぐらい「立派」になってしまっていたら、ちょっともの足りないかも……と思っていた。
しかしアードマン・アニメーションズ、わかっていらっしゃる。今回の映画を見る限り、アナログで親しみを感じる洗練されすぎないテイストは、しっかり押さえられている。
パンフレットでアニメーション作家の山村浩二さんが、「汚しのテクニックがすごく上手」と語るのに、しみじみうなずいた。そういう細かさが、画面に命を与えるのだ。
コミカルで表情豊かな動きをするキャラクターたちは、セリフがないからこそ目が離せない。美術や小物も楽しいったらない。カメラを引いてロングになれば驚きのスケール感があり、寄ってアップにすれば、小さなアイテムまで実にリアルに作りこまれている。
キャラクターは感情移入しやすく、ストーリーはシンプルでわかりやすい。だからこそ、映像に集中できる。画面に映し出されたものを心から楽しめる。アニメーションの楽しさとはこういうものだった……という感覚を、満喫できるだろう。
子どもはキャッキャと大よろこび、オトナはニヤリとさせられる奥の深~い表現
セリフがないこの映画の楽しさは、おそらく子どもでも、英語圏以外の人でもわかるだろう。キャラのコミカルな動きはそれだけでおもしろいし、憎ったらしい敵役を出し抜いて「してやったり」という成功感もワクワクする。
ただ考えてみると、子どもには伝わりにくいおもしろさもある。
たとえば、こんなシーン。
ショーンは、とある自分たちの目的を達成するために、牧場の仲間のニワトリに交渉を持ちかける。牧場主に隠れて、庭の隅でこっそり落ち合う姿は、まるでヤバいブツの売買シーンだ。
ショーンはニワトリに、頼んだことを実行してもらうために、お礼として好物のパンの薄切りの束を渡す。慣れた手つきで素早くその数を数えたニワトリは、「チッ」と不満げな表情を見せ、無言で何かをうながす。それを受けてショーンは「やれやれ」と、やむを得ずもう1枚パンを追加。これで交渉は成立。2人(1匹と1羽!)はうなずきあって、そそくさとその場を後にする。
このおもしろさは、これをよくあるシーンのパロディととらえられるオトナのほうが、断然理解できるだろう。
わかれば、より愉快。でもわからなくても問題はない。「あのふたり、なんかわるいこと、そうだんしてるね~」程度の理解でも全然構わない。
というか、そもそもアニメってそういうものだったはずだ。現実と夢想のはざまをマンガ的な無茶でえいやっ!とつないで、笑ってハラハラドキドキさせて、心を熱くさせて、ちょっと泣かせてくれたりもする。
最近、細かいところを気にしすぎて忘れがちな、そんなアニメの原点を思い出させてくれるという意味でも、「アニメファン」に見てほしい作品だ。きっとあなたもショーンが、そしてクレイ・アニメーションが好きになる。
(文・やまゆー)
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