アニメ業界ウォッチング第13回：ファンの熱気に支えられて制作スタート！　「この世界の片隅に」の歩んだ苦難の道のり　片渕須直監督インタビュー

昭和20年、広島県・呉市。戦時下でありつつも、当たり前に営まれていた人々の暮らし、そして恋模様をサラリと描いた漫画「この世界の片隅に」（こうの史代・双葉社）が、アニメ映画化される。
監督は、「ブラックラグーン」（2006年）や「マイマイ新子と千年の魔法」（2009年）でファンの熱狂的支持を集め、最近では復興支援ソング「花は咲く」（2013年）や、「これから先、何度あなたと。」（2015年）などのミュージック・ビデオで知られる片渕須直さん。

「この世界の片隅に」のアニメ化企画は、クラウドファンディング・サイト「Makuake」（マクアケ）で3622万円を集め、新記録を樹立した。しかし、その実現への道のりは、決して平坦ではなかった――。2016年秋公開を目指して作業中の片渕須直監督に、制作スタジオMAPPAで、お話をうかがった。

漫画をアニメーション化する醍醐味

――「この世界の片隅に」の特報を見ると、とても立体的に映像が構成してありますね。

片渕　立体的ということで言うと、大友克洋さんは、日本人らしい鼻の低い顔を描くため、わざと正面顔を多用していましたよね。手塚治虫さんは、横顔を描くと鼻が高くて、基本的に7：3のアングルで顔を描いていた。こうの史代さんの漫画は、今の漫画家では珍しいぐらい、伝統的な7：3のアングルを使っていて、正面顔は少ないんです。俯瞰の構図も多いし、僕の前作の「マイマイ新子と千年の魔法」とは、おのずと絵づくりが変わってきます。こうのさんの漫画の描き方を見つけ出すのは楽しいし、そうして発見した要素を、アニメのレイアウトの中に収めていくわけです。

――「この世界の片隅に」を「ブラックラグーン」の監督がアニメ化、というと、作風の違いに戸惑う人もいるようです。

片渕　「ブラックラグーン」は、広江礼威さんの原作漫画のエッセンスを引き出すために、全力を注ぎました。「この世界の片隅に」も、こうの史代さんの原作の良いところを抽出しているわけで、やっていることは変わらないんです。こうのさんは漫画として先鋭的な表現をしていて、広江さんは意外と、文学的な趣味をこめている。ただ、「ブラックラグーン」の原作は、もともと映画的なんです。アクション映画、しかも洋画になりたい漫画だと思います。それに対して「この世界の片隅に」は、漫画だからこそできる表現をしていて、その部分をアニメーションならではの技法に置き換えねばならない。そのため、いろいろな工夫をしています。

　「ブラックラグーン」は、広江さんが原稿を描くとき、どんな音楽を聴いていたのか教えてもらって、それを聴きながらアニメを作っていたんです。やっぱりロックやヘビメタ系、あとは戦争映画の曲が多かったので、アニメにもそのノリを持ち込んだわけです。「この世界の片隅に」でも、こうのさんから漫画を描いていたときの音楽を教えてもらったんですけど、意外と情念的な曲なんです。サラッとした、ほんわかした曲かと思っていたら、そうではなかった。音楽を通して「ああ、こういう気持ちで描いていたのか」と気がつくことも、漫画を映像化していく面白さなんです。

――音楽の話が出ましたが、片渕監督の最近作では「これから先、何度あなたと。」という、ミュージック・ビデオがありますね。キャラクター・デザインは青木俊直さんでした。

片渕　青木さんの絵の個性は、パッと見ただけではわからないんです。よく観察すると、首が頭の真下についている。だから、コケシみたいなキャラクターなんです。それと、スラッとした体形の女の子を描いているんだけど、脚は長くしない。胴体でスマートな印象を出している。「どうすれば、この人の絵に似せられるのかな」と模索していると、道が開けてくるんです。今は「この世界の片隅に」の作画作業に入っていますけど、こうのさんのキャラデザインは首が頭の後ろのほうに付いているんです。すると、キャラクターは猫背になる。おのずと、芝居のつけ方も違ってきます。ですから、キャラデザインのポリシーは、作家ごとにそれぞれ異なっています。そのポリシーを、できるだけキチンと抽出しながら、映像化しようと心がけています。