【懐かしアニメ回顧録第18回】背景美術をセル画が支配していく爽快感! 「クラッシャージョウ」の60年代カートゥーン的魅力とは?
安彦良和氏が総監督をつとめる「機動戦士ガンダム THE ORIGIN」の第3話が、2016年5月21日よりイベント上映される。安彦良和氏の監督デビュー作といえば、1983年に劇場公開された「クラッシャージョウ」である。本作では、安彦氏が作画監督も兼任しており、「機動戦士ガンダム」で氏のキャラクターに魅了されたファンをよろこばせた。
同年同日に公開された「幻魔大戦」は、大友克洋氏をキャラクターデザイナーにむかえ、登場人物の人種を指摘できるほど、その特徴が細かく描き分けられた。背景美術も新宿や吉祥寺など、実在の場所をモデルに描かれた。
写実志向だった「幻魔大戦」に比べると、「クラッシャージョウ」のルックスは、あらゆる面で対照だ。ワープ航法で自由に飛びまわれる広大な宇宙が舞台で、数え切れないほどのメカニックが登場する。キャラクターたちは二枚目のヒーロー、怪力の巨漢、冷たく非情な悪役……と、爽快なまでに通俗化されている。
同じセルアニメーション、商業アニメといえども、「幻魔」と「ジョウ」には、標準語と方言ほどの差があった。どちらが標準語で、どちらが方言なのかはさておき、「ジョウ」ならではの魅力を探ってみたい。
「動くときだけセル画になる」瞬間の楽しさ
敵の基地に潜入したジョウたちは、長い渡り廊下に出くわす。そこを渡れば、敵の銃撃にさらされるのは確実。ジョウは単身、廊下を渡ろうと飛び出す。砲火の中、ジョウの走る渡り廊下は真ん中から折れ、ジョウは足をすべらせ、ぎりぎりのところで手すりにつかまり、宙づりになってしまう。
渡る前、ジョウたちの見る廊下は、背景美術として描かれている。ジョウが廊下を渡りはじめると、その前後にある手すりは、セルに描かれている。次のカットは、ジョウの主観で銃撃される廊下。このカットの最後で、廊下はグラリと傾く(したがって、廊下は美術ではなくセルに描かれている)。驚くジョウのバスト・ショット。次のカットは、垂直に傾いていく廊下と、姿勢をくずし、頭から一回転し、腕をのばして折れた廊下につかまるジョウをロングショットでとらえている。
ジョウの仲間たちは、渡り廊下の反対側から、ジョウのピンチをハラハラしながら見ている……が、そこに描かれている廊下はセルではない。背景として描かれているのだ。
現在の技術なら、渡り廊下を3DCGで動かし、テクスチャを貼りこんで、背景美術となじませることが可能だ。だが、1983年当時、動かしたいものは、その部分だけセル画に描くしかなかった。背景美術とセル画とでは、質感が違う。セル画になると「動く」とわかる、バレてしまう。だが、背景の一部がセルに描かれる瞬間、アニメーターの「さあ、動かすぞ」という、強い意志を感じないだろうか?
例としてあげた「渡り廊下から落ちそうになるジョウ」の動きは、生き生きとしている。落ちまいと懸命になるジョウ、無情にも折れ曲がる廊下、2つの動きが拮抗しており、何度見返しても面白い。アニメーターが楽しんで描いた“ノリ”が伝わってくる。
「思う存分、絵を動かしたい」。弾けるような表現欲
「クラッシャージョウ」の画面は、セルの割合が多い。つまり、「動かす」要素が多い。白眉は、前半で描かれるディスコでの乱闘シーンだ。
父親に叱責され、ヤケ酒を飲むジョウ。ディスコの店内には、たくさんのスピーカーがある。それらは振動でゆれるため、セルで描かれている。テーブルや店員のいるブースは、背景美術として描かれている。ところが、ジョウの乱闘に気づいた仲間たちがテーブルをまたぐカットでは、テーブルはセル画となって割れ、卓上のグラスや料理が宙に舞う。無生物であるテーブルやグラスが、急に生命を得たような、物理法則から解放されたような爽快感がある。
巨漢のタロスが、背後から灰皿で頭をなぐられる。だが、血は一滴もでない。かわりに、タロスの頭はゴムのように胴体にめりこむ。次のカットで、タロスは自分をなぐった相手をつかまえるが、やはり、手がゴムのようにニョキッと伸びる。タロスが、ボール状のスピーカーを怪力で持ち上げる。すると、殺気むきだしで走ってきた暴漢たちがいっせいに同じポーズでストップし、止まりきれずに床をスリップ、足元にスパークが散る。タロスがステージに陣取り、モップや日本刀、あらゆる武器で襲いかかる暴漢を、右に左に投げとばす。画面を、どんどんセル画が支配していく。人間や物体、あらゆるものが区別なくセルに描かれ、画面いっぱいを埋めつくす――。
硬いはずの物体が、グニャリと曲がる。逆に、やわらかいはずの人間の体が、金属のように硬くなる、バネのように跳ねる――この変幻自在、荒唐無稽なアクションは、「トムとジェリー」「ウッドペッカー」に代表されるカートゥーンにそっくりだ。
「クラッシャージョウ」のルックスは、当時のアニメファンに好まれる80年代のトレンドで固められている。楽屋オチ的なギャグ、ファンにだけ通じるお遊びの要素も多い。だが、「ジョウ」を駆動させているのは、60年代に隆盛をきわめたカートゥーンのような自由奔放さ、おおらかなユーモア、オーバーなアクション、「思う存分、好きなだけ絵を動かしたい」、はしたないほどの表現欲であることが、本編を見るとわかる。決して上品ではないが、どこまで動かしたい、徹底的に「動き」を楽しみたい――その弾けるようなバイタリティが込められているからこそ、「ジョウ」は今日でも、繰り返して見るに値する作品でありつづけているのだ。
(文/廣田恵介)
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