新海誠監督・最新作品「君の名は。」公開記念特別インタビュー
いよいよ、2016年8月26日(金)より劇場公開される、新海誠監督の最新アニメーション映画「君の名は。」。その公開を前にした8月某日、新海監督に取材を行う機会を得た。そのインタビューをお届けしよう。
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新海誠監督といえば、「秒速5センチメートル」や「言の葉の庭」など、意欲的なアニメーション作品を作り出してきたアニメーション監督だ。その独特な絵のタッチや叙情性は「新海ワールド」と言われ、その作品は国内外から高い評価を受けている。
そんな新海誠監督による待望の新作が、この8月劇場公開される「君の名は。」だ。本作は、夢の中で“入れ替わる”少年と少女の恋と奇跡の物語。世界の違う2人の隔たりと繋がりから生まれる「距離」のドラマを、圧倒的な映像美とスケールで描く。作画監督を務めるのは、「千と千尋の神隠し」など、数多くのスタジオジブリ作品を手掛けてきた安藤雅司さん。また、「心が叫びたがってるんだ。」などで、新時代を代表するアニメーターとなった田中将賀さんをキャラクターデザインに迎えるなど、豪華なスタッフ陣によって制作された。主題歌を含む音楽は、独特な世界観と旋律で熱狂的な支持を集めるロックバンド「RADWIMPS」が担当する。
キャストとしては、三葉が夢の中で見た男の子・立花 瀧(たちばなたき)役を、若手の演技派俳優として知られる神木隆之介さんが、また、みずからの運命に翻弄されていくヒロイン・宮水三葉(みやみずみつは)役を、オーディションでその役を射止めた上白石萌音さんが担当する。さらに、長澤まさみさんや、市原悦子さんほか、アニメーションと実写の垣根を越えた豪華なキャスティングとなっているのも大きな見どころだ。
前作「言の葉の庭」の公開から3年、新海監督が満を持して放つ、珠玉のエンターテインメント作。今回のインタビューでも、新海監督の自信のほどが終始にじみ出ていた。以下は、そのインタビューとなる。
テーマ、ストーリーについて
──まず本作を作るにいたった経緯をお聞かせください。
新海 本作の企画書を書いたのがちょうど2年前の2014年7月だったんですが、その年の2月に「Z会」のCM「クロスロード」を、今回キャラクターデザインを担当していただいている田中将賀さんと一緒に作ったんです。2分間のCMだったんですが、その手応えがすごくあったというのが、大きなきっかけのひとつでした。
そのCMは、離島に住んでいる女の子と、東京に住んでいる男の子が、まだ会ったことはないんだけど、共に受験という同じ方向を向いているというモチーフでした。そのモチーフに対してまだ語り足りないという気持ちがあったのと、田中さんのキャラクターでもう少し長い作品を作ってみたいという気持ちになったのが大きなところです。
「クロスロード」では、まだお互い知らない同士の2人が、同じ大学を受験するなどして出会うというストーリーです。これは受験をテーマにしたCMでしたが、人生そのものがきっとそういうものなんだろうと。明日、あるいは半年後、10年後、誰に出会うかわからないし、出会った人の中にすごく大事な人がいるかもしれない。そういうことを全力で語れるような作品を作りたいと思って、ではどういうやり方があるだろうと考えたんです。それでいろいろ探していったときに、小野小町の「思ひつつ寝ればや人の見えつらむ 夢と知りせば覚めざらましを」という、夢の中で恋人が出会うという意味の和歌や、「とりかへばや物語」という、男の子と女の子を取り替えて育てる平安時代に書かれた物語にヒントを得て、だったら、夢で男女を入れ替えさせようかというようにだんだん組み立てていきました。
──「男女のすれ違い」というテーマは、これまでの新海監督の作品の中でも流れていた重要なモチーフかと思いますが、従来までの作品では比較的プライベートな世界観で語られていたものが、今作では、その周りを囲む友人や家族であったりと、非常に世界観が広がっているように感じます。
新海 そうですね。僕の映画作品を追ってくださっている方からすると、前作の「言の葉の庭」から「君の名は。」の間には大きなジャンプがあるように思えるかもしれませんが、僕の中では強い連続感があります。実は「言の葉の庭」から「君の名は。」の間にもたくさん作品がありまして、それはたとえば大成建設の30秒CMであったり、Z会の「クロスロード」であったりするわけですが、なかでも大きかったのは、雑誌「ダ・ヴィンチ」で8か月ほど連載していた「言の葉の庭」の小説です。この連載に書き下ろしの部分を加えて単行本としても出させていただいたのですが、この経験が、後から思えば物語作りの訓練にもなっていたと思います。特に8か月の連載はオムニバス形式だったので、1か月ごとにストーリーを完結させなくてはいけなかったわけですが、1話書くごとに、数冊の本を読み、数名の人に会い、話を聞いて、ということの連続でした。「言の葉の庭」の小説版は、家族小説でもあり、職業小説でもあり、青春小説でもあったので、そこで得た手応えや手つきのようなものを、自然と「君の名は。」で使ったということです。物語を語るための力が、以前に比べると上がったと感じ、今ならば、以前やろうと思っていたけど力量不足ゆえにうまくいかなかったところが、もっとうまくエンターテインメントにできるという感覚がありました。
──今作は、新海監督のストーリーテリングの上手さが光っていたように思いますが、ご自身でも手応えは感じていらっしゃいますか。
新海 そうですね、手応えはあります。「言の葉の庭」の小説版を書いているときに、ひとつ大きな手応えを感じた章がありました。タカオとユキノという主人公とは別に、相沢というユキノ先生をいじめるサブキャラクターが出てくるんです。その女の子を主人公にした章を書いたんですが、そのとき手応えがあったんです。映画の中では悪役だった相沢という女の子の周りに、勅使河原と早耶香という友達を配置して、相沢がどのようにして暗い側面を持つようになるのかを書いたんですが、この3人の関係性を書けたことがとてもよかったし、自分の中でも好きなキャラクターになりました。物語のアップダウンみたいなものや、自分にこういうのが書けるんだという感触が強くあったんですね。その実感みたいなものが、今作の脚本につながっていると思います。ちなみに、その時に描いた勅使河原と早耶香が元になって、今作でも三葉の友達として登場しています。
キャラクター、作画について
──今作で監督がおっしゃっている「エンターテインメントの“ど真ん中”を作りたかった」という部分で、キャラクターデザインの田中将賀さんとの出会いは大きかったようにも思いますが。
新海 そうですね。田中さんのキャラクターによってエンタメができるという気持ちにさせられたのか、それとも自分自身の中に「ど真ん中のエンタメがやりたい」という気持ちがあったときに田中さんと出会ったのか、その順番はわかりませんが、「クロスロード」を作ったときに、僕としては大きな武器を手に入れたような感触があったんですね。今まで自分たちがずっとやってきたような、ある種、背景美術を前面に押し出したような世界の中に、キャラクターアニメーションのど真ん中にいる田中さんの絵を置いても成立するんだと。見た方の反応もすごくよかったですし。ですので、次回作を作るときは、このコンビネーションで行きたいという気持ちに自然となっていました。
──今作には作画監督として安藤雅司さんが参加されていますが、田中さんの作るキャラクターとの関係でご苦労があったのではないかと思いますが。
新海 僕自信苦労はありませんでしたが、安藤さんは相当大変な思いをなさっていたと思います。僕は田中さんと安藤さんにお願いしますと言って、後はできあがったものを見て「すごい、すごい」って言ってただけなので。
本来であれば、キャラクターデザインの田中さんにそのまま作画監督をお願いしたほうがスムーズにいくと思うのですが、その当時、田中さんは「心が叫びたがってるんだ。」という長井龍雪監督の作品を抱えていらっしゃったし、その後も予定が詰まっていましたので、キャラクターデザインだけになったんです。じゃあ作画監督はどうしようとなったり、実現の可能性を考えずに単純に好みだけで言うならば、たとえば安藤雅司さんのような人がいいですね、という話をスタッフとしていたら、運良く紹介していただけることになったという経緯です。
実は、うちの制作スタジオ(コミックス・ウェーブ・フィルム)に、スタジオジブリ出身の動画の方が数名いるのですが、その方達が安藤さんとつながりがあったことで、安藤さんにつないでいただけました。検討してもらって3~4か月くらい後にご連絡をいただき、「田中さんのキャラクターを、僕のような地味な芝居を描いてきたようなアニメーターが描くことに、何か面白みを見いだせそうな気がする」と言っていただき、引き受けていただけることになりました。それ以降は、安藤さんの中で戦いがひたすらあったんだと思います。
──作画監督に安藤さんが入ったことで、キャラクターの動きがいい意味でジブリっぽさをまとったようにも思いました。
新海 田中さんのキャラクターは、一種日本のアニメのエッジな部分、深夜アニメなどの、コアなファンはいるけどアニメファン以外の人たちはまだなじみがないかもしれません。それを、田中さん達とは違う世界でずっとやってきたジブリ出身の人たちが、彼のデザインを動かしたという新鮮味が、画面を観ているだけでもわかると思います。田中さんの100%の絵ではないんですよね。そこに安藤さんの解釈が入ったことで、少し大衆向けにやわらかくなっていますし。実は、安藤さん以外の原画マンの方々の中にもジブリ出身の方が多くいらっしゃっって、そういう方が描いて「ジブリ絵」に寄ってしまったときは、安藤さんが作画監督としてグッと田中さん側に引き寄せる。そういう綱引きの中でできてきた絵というのが、日本のアニメーションのいろんな文脈を豊かに含んでいて、本当に複雑な味わいのある画面になっていると思うんです。その豊かさというのは、全くの計算外だったし、予想も期待もしていなかった部分でしたが、それをいただけたのはよかったです。タイミング的なところも大きく、ちょうど細田守監督の映画制作が終わって、その制作に参加していたジブリ出身の方々がこっちにきてくれたり、安藤さんの仕事がちょうど空いていたとか、田中さんがちょうど詰まっていたとか(笑)、そういうタイミングがあって生まれた効果なので、僕の力は1%も関係していないんですけど、客観的に見ても、とてもいいものをいただいたなあと思っています。
でも、芝居とか動きに関しては、絵コンテでかなり決められているので、安藤さん達は正直やりにくいところがたくさんあったんじゃないかと思います。たとえば、僕が今回やろうとしていたことを、「きちんと芝居をつなげていく」というジブリ的なやり方でやったとしたら、とても107分では収まらず、2時間半とかの映画になってしまったかもしれない。でも、僕の演出は、芝居でつなげるんじゃなくて、芝居のジャンプの気持ちよさみたいなものを、カット切り替えでポンポンとつないでいって、そこにシャープな快感みたいなものが生まれたらいいなというスタイルの演出なので、「ここ絵がつながらないけどいいのかなあ」とか「ここ絵コンテでは4秒ってなってるけど、とても足りない」とかいうような部分は作画側からすると相当あったと思います。実際、尺は延びて行きがちだったんですが、場所によっては倍くらいに延ばしたところもあれば、絵コンテ通りの尺でやってもらった部分もありました。最終的にはいい仕上がりになったと思うんですが、安藤さんにどう見えたかというのが気になります。あまりこういう話をしないので(笑)。完成して「まあいい映画になったんじゃないでしょうか」とは言ってもらえましたけど。
──今回、安藤さんのような、しっかりしたお芝居が描ける方とタッグを組んだことで、ご自身の表現の変化のようなものはありますか。
新海 絵コンテを描き始めたのは、まだ安藤さんが作画監督に決まるか決まらないかくらいの時期だったんです。なので、いわゆる「アテ描き」のようなことは一切していないんですね。ただ、これまでであれば、こういう芝居をコンテに入れてしまうと、それはちょっと大変すぎて、うちのスタジオ的にはデメリットが多そうだと判断していたようなところも、今回はあまり気にせず描くようにはしていました。ひとつには、「言の葉の庭」や、大成建設のCMなどで一緒にやってきたアンサー・スタジオの土屋堅一さんの存在があります。彼も、堅実な絵を描く、日常芝居なんかもすごくうまいアニメーターなんですが、今回も作画監督補佐で入っていただいています。ということで、土屋さんは少なくともいてくれるだろうから、布団から起き上がって歩くとか、そういう、描くのは少し大変な日常芝居は入れちゃおうということで、何となくアテにして絵コンテを描いていたんです。
それでも、僕の絵コンテというのは、最悪絵が止まっていても物語にはなるような描き方をしていると思いますし、そこまで絵が緻密に動かなくても、流して見たら、カットの切り替えや、音楽の使い方などで、それなりに気持ちよく観られるようにはしているつもりではあるんです。なので、そこまで芝居に頼り切ったところは今作でも見せてはいません。ただ、できあがったフィルムを観ると、たとえばクライマックスのシーンで、三葉が坂を走っていて転ぶというような場面を担当したアニメーターの方がものすごくうまい方で、自分のコンテではちょっと想像してなかった疲れ切った走り方をしていて、それがものすごくエモーショナルなシーンになっていたんですね。絵だけでそこまで表現できるのかと、単純にビビりましたよね。今までそういう表現力ってアテにしたことがなかったので。でも、逆にちょっと危険ですよね、ああいうのをアテにしてしまうと(笑)。そういうのが常にもらえるとは限らないから。この先、組み立ての部分ではちょっと怖いですよね。
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