片渕須直監督と僕ら観客とで探す“アニメーション映画の居場所”

2016年11月12日に公開された「この世界の片隅に」が、他に類を見ないヒットの様相を呈している。全国わずか63スクリーンでの上映ながら、公開1週目では全国映画動員ランキングのベスト10位に食い込んだ。第2週目は前週比124%の動員数、第3週目で6位、そして第4週目に、なんと4位にランクアップを果たした。じわじわと客足を伸ばしてきているのだ。
クラウドファンディングによる資金調達、のんの主演声優への起用など、話題には事欠かない本作。一見、いいことづくめのようだが、片渕須直監督は劇場デビュー作「アリーテ姫」(2000年)、第2作「マイマイ新子と千年の魔法」(2009年)で興行的に苦しい経験を経てきており、いまだ安心してはいないようだ。
では、われわれ観客は、映画のために何ができるのだろう? 今後も良質なアニメーション作品がつくられ、しっかり世の中に認知されていくためには、誰が何をしなければならないのだろう? 過密スケジュールの合間をぬって、片渕監督にお聞きした。


SNSでよく見られる「言葉にしづらい」の真意


──「この世界の片隅に」の観客動員は、公開2週目が第1週目を上回り、さらに第3週目が上回り、現在(12月7日)までに、累計36万人が観ています。この好況については、どう思われますか?

片渕 クチコミによる広がり方が、予想したよりも早いと感じています。ただ、都市部にくらべて、地方部への広がりは2~3週間遅れるそうなので、これから地方の興行がどうなるのか注目しています。今回は、前作「マイマイ新子と千年の魔法」(2009年)のときとは違って、試写会で見てくれた有識者の方たちにネット上で前評判を広めてもらったのが、とても大きいです。まったくのゼロからのスタートではなかったわけです。

──Twitterの一般観客の感想も、片渕監督はよくご覧になっていますね。

片渕 単につくって終わりでは意味がなくて、お客さんがどう受け取ったのか反応を経てこそ、自分の映画づくりだと思っています。もうひとつ、Twitterでのお客さんの感想は、僕らが百万の弁をついやすより、ずっと雄弁です。自分たちがおぼろげに「こういうものをつくったつもり」と思っているところを、「言葉にしづらい」と言いながらも、巧みに表現してくださっているのはありがたい。そのツイートが、他のお客さんを映画館に連れてきてくれるかもしれませんしね。

──「言葉にしづらい」という感想は、とても多く見かけますね。

片渕 そうなんです。「マイマイ新子~」のときから、そうなんです(笑)。「言葉にしないまま、ずっと心の中に置いておきたい」という人がいて、その感想は、自分にも思い当たるところがありました。こうの史代さんの原作漫画を読んだとき、同じような気持ちになったからです。原作を映画化するにあたっては、自分の中でモヤモヤ感じていることを言語化しないといけないんだけれど、それを終えてしまったら、原作を読む楽しさがなくなってしまう気がして。だったら、映画化の提案なんてしなければいいんじゃないか、とさえ思いました。言葉にしなければ、自分個人の体験として、心で感じたままでいられるんじゃないか……。「マイマイ新子~」も、感想を言語化しづらいと言われていましたから、こうの史代さんの「この世界の片隅に」と「マイマイ新子~」という映画は、親和性が高かったように思います。


──SNSにおける映画の誉め方が、「この世界の片隅に」によって問い直されているような気がします。

片渕 面白いのは、「他の人にも見に行ってほしい」「ひとりでも多くの人に見てほしい」という声が多いこと。どうも作り手を応援する気持ちというよりは、映画を見た後のポジティブな気持ちを、誰かと共有したいんだろうな……と、僕はとらえています。

──「マイマイ新子~」は公開3~4週目で、ほとんどの上映が終了してしまいました。しかし、公開当時の個人のブログを読むと、地方では3週目の夜の回、満席に近かったそうです。

片渕 つまり、3週目に入ると、ネットでのクチコミが効いていたわけですよね。「この世界の片隅に」は、「マイマイ新子~」よりは早くクチコミが伝わっていて、そこが面白いですね。

──話がどんどん遡りますが、監督の劇場デビュー作「アリーテ姫」(2000年)は、12都道府県での公開でした。正直、「そんなに少なかったのか?」と驚かされます。

片渕 配給会社が映画館に営業をかけたら、あまり評判がかんばしくなかったそうです。痛烈におぼえているのは、「このアニメの主人公は笑わないじゃないか」と映画館の人に言われたことです。アニメーションの受容のされ方の問題でしょうね。

──「アリーテ姫」は、2002年の夏に、ファンによる自主上映会が行われたんでしたね。

片渕 東京の下高井戸シネマで、毎年、佐藤順一監督の「ユンカース・カム・ヒア」を上映しているグループが、その年だけ「アリーテ姫」をかけてくれたんです。それが、映画の作り手である僕たちが、観客側の方々のお世話になった最初でした。

──初公開時より、お客さんとの距離感は近くなったのではありませんか?

片渕 ええ、下高井戸シネマで上映したときは大勢のお客さんが来てくれたし、そういう人たちとは、きちんと接するべきだと思いました。ちゃんと接すれば、またお客さんが来てくれるわけです。下高井戸シネマでの「アリーテ姫」上映会が、お客さんとの距離が縮まった最初の機会だったと思います。

おすすめ記事