講談社×サンライズ「さよならピーターパン」は、マンガと小説どちらから先に読むべきなのか? プロデューサー&著者に聞く
アニメーション制作会社・サンライズが2016年9月末より運営中のWebサイト「矢立文庫」(#)で連載中の小説「さよならピーターパン」は、完全管理されたドーム都市・スペリオルを舞台としたSFミステリー小説だ。
⇒サンライズ・矢立文庫、新連載小説「さよならピーターパン」スタート! ヤングマガジンサードでもマンガ連載開始
「現在、講談社『ヤングマガジンサード』(#)ではコミック版の連載も行われている本作」──、と書くとまるで小説の連載とそのコミカライズが(あるいは逆にコミックの連載とそのノベライズが)同時に進んでいるかのような印象をうけるが、実は小説版とコミック版はストーリー・登場人物などがまったく異なる別作品という、いささか複雑な展開となっている。
そんな「さよならピーターパン」とはいったい何なのか? 今回アキバ総研ではそのキーパーソンとなるサンライズ・谷口廣次朗さんと、小説版の著者・高橋びすいさんにインタビューを行った。小説とコミック版の関係などにも触れているので、小説とコミック、どちらを先に読もうか悩んでいる方もぜひ本稿を参考にしてほしい。
講談社とサンライズがタッグを組んだ?
「さよならピーターパン」とはいったいどのようなコンテンツなのか
──まず「さよならピーターパン」という企画について教えてください。
谷口廣次朗(以下、谷口) 「さよならピーターパン」は、もともとは、私も参加していた「コードギアス 反逆のルルーシュ」でいっしょにお仕事をした、ある作家さんといっしょに考えたアニメ用の企画のひとつだったんです。
ただ、オリジナルということでアニメ化が非常に難しい。内容も内容だし、オリジナルということで、まずはアニメ化に至るまでの原作として、矢立文庫で小説を連載することになりました。
──オリジナル作品を作ることが難しくなっている、というのは以前のインタビューで河口編集長もおっしゃっていましたよね。だからサンライズとして提案する場として、矢立文庫を立ち上げた、という。
⇒サンライズがWebサイト「矢立文庫」を運営するわけとは? 「矢立文庫」編集長・河口佳高に聞く【前編】
谷口 実は、「さよならピーターパン」は矢立文庫がスタートするきっかけになった企画のひとつなんです。いろいろとあったので、連載がスタートするまでにずいぶんと時間がかかってしまいましたが(笑)。
──いろいろというのは、「ヤングマガジンサード」で連載されているコミック版なども含めて、ということですよね。ちなみに、コミック版が同時スタートした経緯について教えてください。
谷口 小説化にあたってずっと作家さんを探していたんですが、講談社の方から著者である高橋びすいさんを紹介してもらえたんです。その際に、あわせて「こういう企画書があるのでコミカライズはいかがですか?」と提案しました。そうしてスタートしたのが「ヤングマガジンサード」で連載中のコミック版「さよならピーターパン」ですね。
──そう聞くと、かなり講談社との関係性が深い、メディアミックスプロジェクトに聞こえます。
谷口 結果として講談社×サンライズという形に落ち着いていますが、狙ってやったわけではなくて、結果としてそうなったというか(笑)。コミック版も、ちょうど私が「セイクリッドセブン」のコミカライズでお世話になった方が「ヤングマガジンサード」編集部にいた関係で、こちらで連載がスタートしたという流れですね。
なので、メディアミックス……というよりは、まずは「こういう世界観があるんだよ」ということを提示し、そこからアニメ化につなげるための手段として、小説とコミックを同時に立ち上げたと思っていただければ。
──なるほど。ちなみに、高橋さんは、企画について聞いた際にどのように感じましたか?
高橋びすい(以下、高橋) 「あ、SFだ、やったー!」 というのが第一印象でしたね(笑)。そして企画について聞いていくと、特徴的な世界観とディストピア感が最高で。「忙しかったら別な人を探すけど?」って言われたんですけど「ぜひ私も加えてください!」とお願いしました。
──ディストピア的な世界観がお好きなんですか?
高橋 ……と、いうよりSF全般が好きなんですよね。SFにも、見た目でSF感を出している作品と設定面でSF感を出している作品があると思うんです。前者は「スターウォーズ」なんかが当てはまりますよね。僕はどちらも好きなんですけど、「さよならピーターパン」の世界はガチガチの後者で、すごくそちら側の創作意欲を刺激されましたね。
──ちなみに、コミックと小説で世界観は同じですが、登場人物、ストーリーがまったく異なります。なぜこのような展開となったのでしょうか?
谷口 すでにコミック版を読んでいる方はおわかりかと思いますが、「さよならピーターパン」の世界観には、大きく分けても子どもからの視点、大人からの視点のふたつがあるな、ということに高橋さんと話をするうちに気がついたんです。そして、どちらからの視点で世界を見ても面白くなるな、と。
ちなみにもともとの企画書のストーリーでは、子ども側からの視点でした。
──もともとの企画書に近いのはコミック版ということでしょうか?
谷口 そうですね。いっぽう、小説版は「さよならピーターパン」の世界を舞台にしたSFミステリーで、どんどん世界のことが明らかになっていく流れになっています。といっても、こちらから提示したのは基本的な世界観と、最低限「こうしてほしい」という部分のみで、登場人物や物語については高橋さんのアイデアがメインとなっていますが。
高橋 この作品は、基本的な世界観がすごくしっかりとしていますから、その中で僕が書きたいと思ったものをかなり自由に書かせてもらっています。そのうえで、世界観に合う表現、そうでない表現を指摘してもらう形で執筆していますね。
──世界観に合う表現……ですか?
高橋 たとえば本日更新の第4話『シタイとは「シンダカラダ」と書く<後編>』に登場した“刃物”や“機械”という表現です。実は、これらの最初の原稿では“ナイフ”や“ロボット”という表現を使っていたのですが、谷口さんから指摘を受けて修正しています。
谷口 “この世界にそういう概念があるのか?”と考えると「ないだろうなぁ」と。知らなければ言葉にしようがないじゃないですか。そういった部分に対して、ボーダーラインを設定するのが私の役割ですね。
また、同じく第4回でクルミが痴漢を逮捕する話もあるのですが、あれにしても、「どうしてこの人は身体を触ってくるんだろう」という感覚なんです。このあたりは世界観に密接に関係した部分なのですが、スペリオルに住む大人たちは、そういったことに対する意識が希薄なんですよ。
高橋 無感動・無関心というか。第3話でも触れましたが、「交際する」という言葉が意味するところも違っているんですよね。好意の抱き方や恋愛観が小学生レベルだという。
谷口 その中で特に気をつけてもらったのは、「死」という概念を、スペリオルの住人が知らないということですね。だから、「死」という漢字そのものを知らないし、死体を見ても何とも感じない……、ただ「あの人はどうしたんだろう?」と思う。
すでに殺されてしまった人たちがいますが、彼らは襲われているかどうかもわからなかったんじゃないかな。何をされているのかわからないし、もしかすると痛いって思ったこと自体、初めてかもしれません。「あ、ヤバイ」と思ったときにはもう死んでいる。
──たしかに、第3話でリョウガが「死」についてクルミたちに説明するシーンが印象的ですね。クルミたちの「常識」に対して、どこか薄ら寒く感じるような。
高橋 物語が大きく動いて、この世界に対する違和感が出てくる部分ですから、すごく気をつけて書きました。
谷口 あれは別にクルミたちがおかしいのではなく、あの世界では一般的な反応なんです。そこから、クルミたちは私たちの常識とは違うところで生きているんだな、というところを感じていただければと思います。
──しかし、異なる常識の中で生きているキャラクターを描写するのは大変ですね。
高橋 はい。クルミたちは身体も知識も大人なんですけど、犯罪や性に関する知識はほぼ知識がない。そういう部分で、全然違う世界で生きている人の全然違う思考に埋没していく感じは、書いていて難しかったですけどSFを書いている感じがすごくして、楽しかったですね。日常生活に支障が出そうになりますけど(笑)。
谷口 まぁそこは大変だろうなぁと思っていましたね。私はお願いするだけなので(笑)。
あと、高橋さんには「クルミちゃんをバカにしすぎないように」というのはお願いしました。すでにマンガを読んでいる方だとわかると思いますが、スペリオルに大人でいるということは、彼女は非常に優秀な人材なのです。
高橋 その設定を忘れてずいぶんお花畑な感じに描写してしまって、谷口さんに指摘されるんです。そして「そういえばこの子、頭良かったんですよね!」と(笑)。
谷口 (笑) そしてリョウガはそんなクルミにいらだつんですけど、それはたぶん読者の皆さんもそうじゃないでしょうか。「なんでこんなことがわからないんだ」って。でも、それはただ私たちに知らないことがあるように、クルミたちも知らないことは知らないというだけなんです。なので、高橋さんには「リョウガは怒りすぎないように」というのもお願いしました(笑)。
高橋 最初の原稿だとリョウガがすごくキレてましたからね(笑)。そのあたりの塩梅を調整するのも難しかったです。
谷口 コミックを読んでいる人はリョウガの正体についても薄々わかっているとは思うんですけど、そのうえで小説を読むと、そのあたりのリョウガの心理がよりつかみやすいのではないでしょうか。
──小説の視点はクルミの一人称で進みますが、むしろ、読者はリョウガのほうが感情移入しやすいかもしれません。その上で物語が進むにつれてどんどんしっかりしていくクルミの姿が感慨深いというか。
谷口 小説はクルミの成長物語でもありますから、そう思っていただけたなら我々の試みは成功したのかな、と思いますね(笑)。
ひとつの世界、ふたつの物語。
コミック版と小説、どちらを先に楽しめばよい?
──ちなみに、さきほどからコミック版が話題に上がっていますが、小説を執筆するにあたって、コミックが同時進行しているのは結構珍しいケースではありませんか?
高橋 実は、小説を書いている段階だとコミック版の情報はシャットアウトした状態でした。逆にコミック側も小説のことはわかってなかったんじゃないですかね。両方ともわかっているのは谷口さんだけだったと思います。
谷口 そうですね。もちろんできあがったものについては双方に見てもらっていますけど。ちなみに、コミック版では、小説ではずいぶん先にならないと出てこない、かなり重要な設定がすでに第1話の段階で明らかになっているんですけど。
──コミック第1話を読んで、ものすごくビックリしました。正直にいうと「え、これを先に読んじゃって大丈夫なの!?」 というぐらい。
谷口 あれ、ネタバレに思われるかもしれませんが、実はコミックの第1話で明らかになる設定については「さよならピーターパン」という作品の骨子ではありません。あくまで物語の中心はこの世界でクルミがどう思い、成長していくのか、という部分だと思っていますので。あと、コミック版の第1話を読んでも、これから先、小説がどう展開するのかっていうのはわからないと思うんですよね。
高橋 小説はSFミステリーという触れ込みなんですけど、単体のミステリー小説としてみると、重要な設定がまだ明かされていないということもあって、実は全然フェアじゃない(笑)。むしろコミック版を読むことで、設定がわかる分、フェアなミステリーになります。
谷口 そう。小説だけ読むとミステリーとしてはたしかにアンフェアなんですよね。実は犯人が宇宙人でした! というのとそんなに変わらないというか。
──ちなみに、作り手側としてはどちらかを先に楽しむ、ということを想定していたりするのでしょうか?
高橋 並行して楽しんでいただいてまったく問題ないと思います。マンガを読んだあとに小説を読むと、最初はどうしてこういう物語になっているのか少しわかりにくいかもしれませんが、でもその分、2つの作品が徐々に近づいて行く感じを楽しんでいただけるかと思います。逆に先にコミックを読んだ、という方は、小説内にいろいろと散りばめられたヒントを元に物語を読み解いていく、ミステリー的な楽しみ方ができるのではないでしょうか。
谷口 ええ、コミック版と小説版、ぜひ一緒に楽しんでいただければと思います。
──どういう楽しみ方をしたいかによって、読む順番が変わりそうですね。
谷口 これも小説、コミック双方に自信をもっているからこそ言えることですけど。さすがにコミックの第1話で明らかになる設定が、小説の根幹! という大ネタだったら連載時期そのものをそれぞれずらしていたと思いますよ(笑)。
──最後に、読者の方へのメッセージをお願いします。
高橋 とりあえず全員容疑者なので、そこはよろしく! と(笑)。スペリオルという社会で、なぜこういう犯罪が行われたのか、という動機に注目してほしいですね。というのも、世界観的にどう考えても絶対に普通の理由じゃないんですよ。そういう世界でなぜ殺人が起きたのか、という部分は、ある種思考実験的な部分もありますし、SFとしてもミステリーとしても見どころだと思っていますので、お楽しみに。
谷口 「さよならピーターパン」は、しっかりと謎やテーマを用意して受け手の皆さんに考えてもらおうというタイプの作品です。昨今の主流とは異なるかもしれませんが、そういう意味では、ある意味サンライズらしい作品になっていると思いますので、ぜひ本作も楽しんでいただきたいですね。そして最終的には、ぜひアニメ化を目指したいですね。
まぁそうなったら、アニメはアニメでこの世界を用いた、まったく別のお話になると思いますが(笑)。
──(笑) 本日はありがとうございました。
(取材・文/編集部)
「さよならピーターパン」
・著者:高橋びすい
・イラスト:黒銀
・作品ページ:#peterpan/bbpp-main.html
・第1回:#peterpan/bbpp-01.html
〈あらすじ〉
完全管理されたドーム都市スペリオル。そこで警備を担当するクルミとリョウガは前代未聞の事件に巻き込まれる。
(C)サンライズ
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