「月がきれい」のナチュラルな空気感はいかにして生み出されたのか? 岸誠二監督ロングインタビュー

中学生の恋愛模様を丹念に描くオリジナルTVアニメ「月がきれい」がこの春、話題をさらっている。決して派手なアプローチではないこのアニメが、なぜ人々の心をとらえるのだろうか? 本作が生み出された経緯と、画面から漂うナチュラルで高品質な画面作りを実現したさまざまな工夫について、監督を務める岸誠二氏とフライングドッグの南健プロデューサーにたっぷりとお話をうかがった。


──「月がきれい」を拝見して、これまでありそうでなかった作品という印象を受けました。どのようにして本作の企画はスタートしたのでしょうか?

 南さんから「恋愛モノをやってみない?」というお話をいただきました。その際、「できるよね? 一応、断ってもいいけど」と言われたら「やってやろうじゃねーか!」と答えるしかありません(笑)。ただ、恋愛モノとひと口に言ってもいろんな形があるわけで、どういう形にするべきかと考えた結果、普通の中学生の何気ない日常にも面白みがしっかりあるのではないかと思い、思春期の恋愛を丹念に描こうという企画になりました。中学生の恋愛を描いた作品というのは、コミカルな題材ではこれまでにもあったかと思いますが、純愛となるとあまりアニメでは見ない企画だと思います。しかも私のところには来ないタイプのお話なので(笑)、新しいという印象を持っていただけたのではないかと思います。

──南プロデューサーは岸監督のどういうところをご覧になって、この企画を持ちかけたのでしょうか?

 私は「岸誠二に得意ジャンルなし」と思っているんです。

──「得意なし」ですか?

 ええ。岸監督にとっての「得意ジャンル」って、単にこれまでに手がけたことがあるものを指して世間一般がそう思っているに過ぎないと私は考えています。岸監督は特定の題材だけをやりたくてアニメ監督をやっている人ではないと思うんです。だから、これまでやったことがない題材を与えて、岸監督のバリューを上げるというのも将来へのいいステップになるだろうと。それに、どんな題材を与えても、ある程度以上のものに絶対にしてくるだろうというのはこれまでの付き合いから確信が持てるし、そこにちゃんとモチベーションを見つけられる人物でもある、というのが本心ですね。

──本作のシリーズ構成・脚本の柿原優子さんとは岸監督は過去にもお仕事をされていますが、このテーマだからこそ柿原さんにお願いしたということでしょうか?

 そうですね。恋愛モノでもありますので、女性の視点が欲しかったんです。であれば、これまでのお仕事ぶりから柿原さんだろうとお声がけして、今回のお話を作っていただいたという次第です。オッサン視点は、ここに2人もいるのでもう十分なんです(笑)。


 我々オジサンは男の理屈しか知らないわけですよ。恋愛における「好き」という言葉ひとつとっても、男と女でぜんぜん違うじゃないですか。それを説明してもらわずとも、脚本には落とし込んでもらいたい。実際は説明もしてくれたのですが、「やっぱり女ってわっかんねーな!」と思いましたし(笑)。

 ヒロインである茜の行動のなかにも、男から見たら理屈がわからないものっていっぱいあると思うんです。そういう女性視点からの行動や心理を柿原さんにはいろいろと描いてもらいましたね。

 男子が知らない女子の行動ってあるじゃないですか。それこそ「連れ立ってトイレに行くけど、あいつら何してるんだろ?」っていうところまで。それは男には書けない。セリフにしても、声優さんのアドリブでやってもらった個所はかなり多いのですが、それをしゃべってもらうにしても呼び水になるものは必要なんです。つまり、「台本にここまで書いてあるのであれば、ここまで演じていいのだな」と思わせる要素が必要で、その意味でも、女の子の気持ちがわかる女性の脚本家という存在が必要でした。

 その役割を見事に果たしていただきましたね。今回、都心部ではない中学生男女の恋愛を描くわけですが、それがたとえつたないものだったとしても十分、物語の形になるように構成を組んでもらいました。

──まず物語の舞台を決めて、そこからキャラクター性を生みだしていったという形でしょうか?

 その二つはほぼ同時並行ですね。キャラクターは最初にぼんやりとしたものがありつつ、それと同時に舞台を決めていきました。中学生のピュアな恋愛模様を描くにあたっては、都心部だと情報量が多すぎてつたない感じが出てこないんです。そこでロケハンのしやすさも含め、都内近郊でよいロケーションはないものかと探して見つけたのが、川越という街でした。このアイデア出しの段階で一度、ロケハンに行かせていただきまして、散策したうえでこの街は面白そうだなということで決定しました。


──太鼓とかお祭りといった物語上の装置はその際に?

 それはもっとずっと後なんです。舞台を川越に決めてから、もっと詳しくロケハンをするなか、たまたま立ち寄った神社で、「お囃子(おはやし)の稽古をやっているんですよ」とうかがいました。それで面白そうだから物語に組み込もうと紹介していただいて、その日のうちにうかがいました。それが(川越市)連雀町という場所でした。ホントにひょんなことから決まっていったんですよね。

──まるで実写の制作みたいですね。

 アニメオリジナル作品ですから、物語の要素として入れられるものは街からもいただこうという姿勢でした。

──アニメ作りとして新鮮ですね。

 いやぁ、新鮮でしたねぇ。取材をするにあたって川越には何回も行っているのですが、あの街は懐かしくもありました。お囃子の寄り合いの雰囲気が、昔ながらの町内会というか「お隣さん」のコミュニティなんです。町内の人は街の人のことを全員知っているし、子供が何か悪さをしたら隣のおじさんがすっ飛んできて怒られるという状況がまだ生きている。取材した時にお囃子連の方がおっしゃっていましたが、「ウチの中でグレたやつはいません」って。ヤンチャな子たちもいますけど、目上の人にはある一定の敬意を払っていますし、横にも縦にもしっかりとつながりがある。懐かしくもあり、今になってみれば新鮮で感動的なところでした。

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