【懐かしアニメ回顧録第33回】「月詠 -MOON PHASE-」で描かれる “ウソだからこそ平和な”日常生活
新房昭之氏が総監督をつとめる劇場用アニメ「打ち上げ花火、下から見るか?横から見るか?」が、今月18日から公開される。監督は、武内宣之氏だ。
その新房氏が監督し、武内氏がビジュアルディレクターを務めたテレビアニメが、「月詠 -MOON PHASE-」(2004年、以下「月詠」)だ。吸血鬼の少女・葉月と、彼女に魅入られたカメラマンの青年・耕平を主人公に、幻想的な世界観にラブコメディをからめた全26話(最終話のみテレビ未放映)の作品だ。
シリーズ構成は「宇宙の騎士テッカマンブレード」(1992年)、「ゼーガペイン」(2006年)で知られるベテランの関島眞頼氏で、葉月の出自にまつわるシリアスなストーリーと過酷な戦いを手堅く描いている。
「8時だョ! 全員集合」のようなコント用セットの登場
「月詠」は、二面性のある作品だ。ヒロインの葉月にはルナという変名があり、耕平の血を吸おうとするエロティックな作画の直後、崩し顔でギャグっぽいセリフをまくしたてたりする。シリアスとコメディ、オカルトと恋愛を両立させたアニメ作品は、もちろん珍しくない。「月詠」の二面性を際立たせているのは、実は“舞台”の使い分けなのだ。
第1話は葉月の幽閉されているドイツの古城を、耕平が訪れるシーンから始まる。コントラストの効いた、ミステリアスな背景美術が、画面のほとんどを占める。耕平のいとこで霊能力者の成児が呪術による戦いを繰り広げ、第2話では派手なエフェクトとともに古城を覆っていた結界が消滅する。同時に、葉月は神秘的なセリフを残して、耕平の前から姿を消す。
ところが、エンド・クレジットの終わったCパートで、耕平がドイツから日本へ帰ると、なぜか家に葉月がいる。
さて、このシーンはワンカット長回しで、じっくりと耕平の家を映す。ちゃぶ台の周りに成児、耕平の祖父・竜平、葉月、耕平の仕事仲間のひろみの4人が座っている。耕平は驚きのあまり、和室の中央に立ち尽くしている。カメラが5人のいる和室から引いていくと、少しずつ家の全体像が見えてくる。和室の左側には台所、右側には風呂。2階には耕平の部屋とベランダがある。このカットは、トータルで55秒ほど。その間、登場人物たちの会話や演技は続いているものの、カメラはトラックバックしていくだけで、人物はどんどん小さくなっていく。代わりに、家の全体像がじわじわと明らかになっていく。
驚くべきは、舞台装置のように家の間取りが丸見えになっている点だ。舞台上に簡単なセットを作った「吉本新喜劇」、もっと近いのは「8時だョ! 全員集合」のコント用セットだろう。冒頭のドイツの古城とは、あまりにギャップの激しい、もうひとつの“舞台”の登場だ。
平和な日常は“舞台劇”にすぎない
第2話のCパートで登場したセットのような家は、骨董店「マルミ堂」を兼ねた竜平の自宅だ。耕平と成児は、このマルミ堂に居候している。そこへ葉月も住むことになった。以降、葉月はマルミ堂ではコントの登場人物のように耕平たちとギャグを繰り広げる。いっぽうで、葉月を「ルナ」と呼ぶヴァンパイアたちとの熾烈な戦いは、必ずマルミ堂の外で行われる。
多くのアニメ作品は、外敵との戦いを非日常、家での暮らしを日常として描き分ける。ところが、その常識が「月詠」は逆転している。日常生活の舞台となるマルミ堂ではコントのように金ダライが天井から落ちてくるし、家の裏側は「8時だョ! 全員集合」のように、歌手が歌うためのステージになっている。
さらに言うなら、マルミ堂のシーンはセットの片側しか作られていない2.5次元的な“舞台劇”なので、カメラアングルも限られている。登場人物が2人で部屋に並んでいるとしたら、2人を結ぶラインの向こう側へカメラが回り込むことはない。セットであることがバレてしまうからである。
日常を描くにも、“作為”が必要となる
しかし、非日常に属するヴァンパイアたちにとって、マルミ堂は作り物の舞台ではない。
第17話では、ヴァンパイアのひとりがマルミ堂の内部へ乗り込む。彼が廊下を歩けば、ちゃんと奥行きがあるし、応接間から窓を開くと、そこには小さな庭が広がっている。つまり、空想上の存在であるヴァンパイアこそが、リアルな3D的な世界を生きていることになる(このシーンでは、主観カットや背景動画も駆使されている)。
つづく第18話で、ヴァンパイアの追撃を逃れた葉月は、御堂裏本家で束の間の平和な日々をすごす。その裏本家のシーンは、マルミ堂と同じように間取りが丸見えになったセットのように描かれている。
どらちが写実的でリアルかといえば、もちろんヴァンパイアが侵入した危険に満ちたマルミ堂だ。べったりと平面的な家の中にはリアリティがないが、リアリティがない演劇的な空間だからこそ、安全だとわかる。
第17話で焼失したマルミ堂は、戦いの終わった第25話(放送上の最終回)で、もとどおりに再建される。登場人物たちが平和な日常を取りもどすためには、セットのような、ハリボテのような虚構の家が必要なのだ。何もない平凡さを描くためにこそ、作り物の舞台が求められる――なぜなら、すべてを手で描かなければならないアニメ表現においては、「あるがままをそのまま撮る」無作為な状態はあり得ないからだ。何も起きない日常描写にすら、意図や作為が発生してしまう。だったら、すべてを絵空事と割り切って、過剰なまでに作為的に演出してしまおう。そんな「月詠」の思い切った試みに、アニメならではの知恵と工夫を感じないだろうか。
(文/廣田恵介)
(C) 2004 有馬啓太郎/ワニブックス・ビクターエンタテインメント
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