男の取り合いで消える友情なんてつまらない!? 女性ライターが脚本家に聞く「月がきれい」談義 脚本・柿原優子×南健プロデューサーインタビュー

近年のアニメでは類例が見当たらないほどリアルな人物像の中学生たちの恋愛模様を真っ向から描き、年齢差や男女の区別なく視聴者の胸をキュンキュンさせた「月がきれい」。放送中に掲載したアキバ総研の過去のインタビュー[#
]において、岸監督と南プロデューサーは、等身大の中学生女子を描くうえで、脚本家の柿原優子の力が不可欠だったと語った。そこでは同時に制作中の談義として「やっぱり女ってわっかんねーな!(笑)」というコメントも。そこで、今回は女性ライターにインタビュワーとして登板してもらい、女性ならではの視点で「月がきれい」のキャラクターづくりと人間模様の面白さ、それがどのように作り上げられたのかを柿原氏と南プロデューサーに聞いてもらった。女性にとって共感できるキャラクターと意見が分かれるキャラクターが生まれた柿原氏の人生経験、描くのに苦労した男子中学生の生態、そして本作が「ずっと閉じ込めていた」「奇跡の一作」となった理由をお読みいただきたい。(文:日詰明嘉)


女子の感覚を解説すると「なにそれ? メンドくさい!」と言われる


──まず、「月がきれい」の企画の起点となった要素は何だったのでしょうか?

 もともとが“普通の恋愛”を描くという企画でしたから、最初からあったのは男の子と女の子のお話というところだけですよね。

柿原 そうですね。年代を中学生にしたのも、「純愛を描きたい」というところからの逆算でだんだん決まっていきました。岸監督を含めた3人での会議の期間があって、何を描きたいのか、恋愛といってもどのくらいのテンションなのか、それが果たして視聴者にウケるのか、というような擦り合わせを行なっていきました。キャラクターが決まるのは企画が始まってからずいぶん後のことになります。

──お三方での打ち合わせでは、男女の違いをご自身の経験談も踏まえて濃密に話し合われたとか。会議を経て感じた男女間のギャップはありましたか?

柿原 男子ってラクだなぁ、ということですね(笑)。やっぱり女子のほうが考えていることが複雑なんだなと感じました。女子にとっては、クラスの人間関係をどう作るかって4月の大問題じゃないですか。「こういう子だったらこの女子グループに入れます」、「この子とこの子の場合、人間関係的に入ってこられません」といった、女子の感覚を岸監督と南さんに逐一解説するんですけど、「なにそれ? メンドくさい!」と言われるんです(笑)。


 だって、人間関係を“作ろう”だなんて考えたこともなかったですよ。男にとってそんなのは自然と“でき上がっていくもの”だったから。そもそも男子中学生なんて、完全体の人間からはまだほど遠いですからね(笑)。

柿原 休み時間の男子の会話の様子がどんなだったかを聞いても、腕のどこをつねったら痛くないかをひらすら研究していたとか、肩パンしていたとか言われるし(笑)。

 もう会話じゃないんだよね(笑)。

柿原 「どのくらい痛い」、「俺のほうが痛い」とかそんな感じなんですよ(笑)。だから男子中学生の日常会話を書こうと思っても発想ができなくて、脚本会議ではあれこれ聞いてばかりでしたよ。蛍光灯の紐でシャドーボクシングする話も「あるあるー!」って言うから、「あ、あるんだ……」とメモして。しかも私には男兄弟がいなくて、昔から男の子は少女漫画をサンプルにしてきたんですね。でも、少女漫画の男子は幻想なのだと懇々と教えられ、「男子って何も考えてなかったんだ!」と改めて認識しました。


──岸監督や南さんの中学時代の恋愛話も聞かれたり参考にされたりしましたか?

柿原 お話してくれるんですけど、南さんと岸さんはけっこう特殊というか……「月がきれい」本編ではなく、Cパートなんですよね……(笑)。私が「こんな子ホントにいるんですか!?」って言うと「俺らやってたよ」みたいな話になって(笑)。もうちょっと普通のサンプルが欲しいんですけど……と(笑)。

 土地の違いはあれども、どっちも似たような荒くれ者でね。普通の中学生というサンプルではなかった(笑)。助監督の岩崎さんが福岡出身で、彼はスポーツもやっていて、高校受験も普通にやったみたいで、一番普通のサンプルでしたね。

柿原 だから、日常の話は岩崎さんの話を参考にしてました。「この人たちではダメだ!」と(笑)。

──そう考えると、小太郎は中学生にしては大人びていたのかもしれませんね。

柿原 小太郎はあえてそう作ったところがあります。キャラクター造形の序盤の頃、普通の男の子と女の子が惹かれ合うために、どんな魅力を立てていくかという話になった時に「小太郎にはしっかりしていてほしい」と。それをどう表現していこうかと考えていった際に、文芸部であるとか、お祭りで大人のコミュニティに揉まれているとか、意外と幅広く友達がいるといった、地味なスペックを伸ばしていく方向になりました。茜はそれに呼応するかたちで、小太郎の魅力を見抜けるちょうどよいバランスを持った女の子としてでき上がっていった感じです。


 そう、地味なほうのスペックが高いんだよね。

柿原 地味に見えるけど、「あれ、この子けっこう持っているものいっぱいあるな」って。普通の女子中学生は気づかないけども、茜は見抜くんだという話をしましたね。茜のほうは、クラスにいて目立つような特性をいろいろ持っているんだけれども、逆にすごく自信がなくて引っ込み思案。古風なものが好きで、大事なものが見えるというように造形していきました。そういう細かいことを書いていくと、表舞台から一歩引いた、目立つタイプではない子に惹かれるという形にまとまり、ちょうどよくこの2人が出会って、お互いが見えて、「この2人なら恋愛できるね」という話に落ち着きました。

 だから結局、この2人は「割れ鍋に綴じ蓋」なんですよね。

柿原 そうですね。この子たちがお互いを好きになるために、生い立ちにはどんな設定があるべきかすごく話し合いました。親のことや住んでいる場所など、打ち合わせの中で確認し合う作業をずっと重ねてきたという感覚です。

──アニメのキャラクターを設計する時はどうしても奇抜な要素を入れたくなる気がしますが、この作品のキャラクター造形はすごくナチュラルで、それが本作の魅力であるリアリティに繋がったのかなと思います。

柿原 そのあたりは岸監督も妥協がなくて、こういう子の場合はどうなのか、部屋には何があるのかと細かく突き詰めていきました。ホントに、親の勤務先から支店の所在地みたいな話まで延々やって、会社の規模や転勤の歴史も作りましたよね。

 茜の父・水野洋の入社以来の軌跡がちゃんとありますからね(笑)。

柿原 描きたい家のイメージから逆算して親の年収をはじき出し、恋愛結婚なのかお見合い結婚なのか、じゃあ親の恋愛観はこうだよね、という話まで。キャラクターの設定は私もけっこう心配で、「こんなに普通っぽい子たちの話でTVシリーズとして構成が組めるのかな……?」と思っていたのですが、監督たちから「今回は奇抜な設定なんていらないんだ!」と強く言っていただけたので、そこは心強かったです。


──脚本を書くにあたって、リアルな中学生の雰囲気を演出する際にどんな点に注意を払いましたか?

柿原 セリフの数を極力少なくすることですね。簡単に言うと説明セリフをなくすわけですが、もっとリアルな会話のテンポに近づけるために主語を抜いたり、意味のない言葉のやり取りでも会話が通じてしまうような現実の生々しいところをなるべく写し取りました。男子の会話だったら「痛え」「やべえ」とかだけにしたり、だんだん書いていて「大丈夫かなあ?」と思うこともありました(笑)。つい状況を伝えたくてセリフを増やしがちになるんですけど、「日常会話で2行もしゃべらないよね?」と、どんどん削っていくんです。監督からは「通じるから大丈夫」と言われるんですが、ほかのアニメよりセリフが少ない脚本になるので、ト書きだけでなるべく心情が伝わるように一生懸命書きましたね。派手な名言やカッコいいセリフが使えなくて、「これで見てる人に伝わるの……?」という不安を抑えるのが一番大変でした。告白にしても、「“好き”だ”なんて言えないよ!」と言われましたし。

 だって今まで生きてきて、決めゼリフなんか言ったことないでしょ(笑)。

柿原 たしかにそうなんですけど(笑)。そこが一番心配したところでした。

──脚本を読んだときの印象として、私は日本映画の台本みたいだなと思ったのですが、そうした要素からそれを感じたのかもしれません。

柿原 私自身はセリフが少なくて間を使うような芝居が好きだったんです。倉本聰さんが開いた脚本家養成所の出身ということもあり、好きなテンポ感が「北の国から」なんですよね。でもアニメの仕事にはなかなか合わない趣向ですから、自然と奥のほうに閉じ込めていたんです。それが偶然、状況が相まって、今回ひさしぶりに引き出しを開けることになりました。間がたっぷりあるセリフを書いても、監督は「いいよいいよ、そんな作品を作ろうよ」と言ってくれて。でも後々、それをアニメにするのが死ぬほど大変だったということも知ったんですが(笑)。

 これを絵にするのは相当な苦労でした(笑)。

──川越を舞台にするうえで気に留めたことは?

柿原 キャラクター造形と同じく逆算で、それぞれの経験談や取材した内容を並べて「川越に住んでいてこのくらいの年代の子たちならこうなんじゃないか」と精査していきました。「地方感はこれくらいかな?」とか、「それだと都会の文化にならない?」などと、お互いの体験をミックスさせて引き算をしていく感じ。中学生が公開しているブログも随分読みましたね。

 気づけばウェブ上にも十数年分の蓄積がありますから、それに頼ったことは間違いありません。ただ、閲覧したページの情報が最新とは限らないので、この作品で更新の日付を見る習慣がつきましたね。

柿原 そうしたことを通じて昔も今も中学生のノリやテンションがそんなに変わらないことは確認できたのですが、物事のとらえ方や時代感覚にはちょっと実感が持てなくて。たとえば進学にしても川越の受験体制がどういったものなのかとか、部活の男女の仲良さは地域によってどのくらい違うのかとか、わからない時は「川越 部活 陸上」みたいに検索して経験者の声を見ていました。修学旅行にしても、どんな荷物を持っていくのか、ゲーセンには行くのか行かないのか、とか。


 今の子も木刀は買うのか? みたいなことも(笑)。

柿原 身近にちょうどいい感じのリアルな中学生がいなかったんですよ。なので直接お話を聞けたのは「この前まで中学生でした」という人たちばかりでした。企画当初の2014年に取材した子がオンエア時には大学生になっていて衝撃を受けました。

 そういえば中学校って3年しかないんだよなぁと思いましたよ。大人の我々からするとあっという間だけど、彼らにとっては長い期間に感じるんだろうなぁ、って。

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