【犬も歩けばアニメに当たる。第34回】「プリンセス・プリンシパル」非日常の中の日常を楽しむ女子高生スパイアクション
心がワクワクするアニメ、明日元気になれるアニメ、ずっと好きと思えるアニメに、もっともっと出会いたい! 新作・長期人気作を問わず、その時々に話題のあるアニメを、アニメライターが紹介していきます。
今回は、9月に放送が終了した「プリンセス・プリンシパル」をとりあげます。
「スチームパンク」×「スパイ」×「女子高生」という、「どう組み合わせるの?」という触れ込みで登場した全12話のアニメ。どんな作品になるかと思いきや、1話1話、全編を通して楽しめ、いい終わり方を迎えました。
9月27日からはBlu-ray&DVDのリリースもスタート。ついつい続編を待ちたくなる魅力と楽しみ方を、改めてふりかえります。
交錯する「日常」と「非日常」、不思議なバランス
この話は、スパイとして暗躍する5人の少女たちのアクションもの。舞台は、アルビオン王国の首都である、架空のロンドンだ。
アルビオン王国では10年前に革命が起きて国が壁で分断され、「王国」と「共和国」に分かれた。突然のできごとに家族や友人と生き別れる人も多く、混乱の中、10年の歳月が過ぎた。王国の首都ロンドンは現在、共和国のスパイが暗躍する情報戦の最前線となっている。
第1話が、王国から情報を携えて共和国に亡命を希望する研究者の話……と聞けば、ははぁなるほど、と思うだろう。アルビオン王国は、フランス革命と、ベルリンの壁で東西に分断されたドイツのイメージを切り貼りした、スパイのための舞台なのだ。
さて、この仕立てられた舞台に登るのが、「5人の女子高生」だ。女子高生といったら、普通は現代日本の高校生のことをいう。「なんでスパイでスチームパンクで女子高生?」と思ったが、これも見て納得。確かに「女子高生」なのだ。
5人は、両家の子弟が通う男女共学の寄宿学校、クイーンズ・メイフェア校に通う。そして、校内や寄宿舎で、会合を持っては、与えられた任務と作戦について楽しげに語り合い、お茶やスイーツの話に花を咲かせる。さながら、スパイ活動が「部活動」であるかのように。
そう。彼女たちがまとっているのは、「日常」の空気なのだ。なんということのない日常の時間が、楽しく、何よりも輝いており、いとしい。
冷酷無情なスパイの世界の話でありながら、同時に、少女たちが何よりも重んじる宝物は、ピュアな「友情」でもある。
「日常」と「非日常」という相反する要素が、不思議なバランスで、ここではひとつになっている。見ているほうは、非情でハードボイルドな世界観の中、つかの間現れた日常のぬくもりになごみ、癒されることになる。
入れ替わりから始まった運命的な絆、アンジェとプリンセス
プリンシパルとは、バレエ団のトップダンサーのこと。「プリンセス・プリンシパル」とは、王女にして主役の踊り手、という意味だろうか。それは一体誰のことを指すのだろうか?
物語の冒頭、第1話の時点においては、それは「王位継承権を持つ王国の王女でありながら、共和国のためにはたらくスパイでもある」プリンセスのことを指すのかと思われた。
しかし、第2話の時点で、早くも秘密の一端が露呈する。共和国から来たスパイのアンジェと、シャーロットと呼ばれるプリンセス。2人は昔からの知り合いであり、親友であり、10年前の革命の直前に入れ替わったスリの少女と本物の王女だったのだ。
入れ替わりにともなうスリリングなエンタメの元祖であり名作といえば、マーク・トウェインの「王子と乞食」だろう。容姿がそっくりな王子と貧しい少年が、衣服を入れ替えて立場を入れ替え、戻れなくなる。互いに異なる世界を見た2人は、困難の中で成長し、変わっていく。
もし、入れ替わった2人が戻れなくなったら? その答えのひとつが、アンジェとプリンセスだ。この構造に気づいたとき、視聴者は、2人の秘密の友情の共犯者になる。
仲間の前では、あくまでスパイと王女としてふるまう2人は、2人きりのときだけ、親友同士の親密な会話をする。生き抜いてきた10年間と、現在の立場が支える絆は、2人の関係を特別なものにする。
これが、この作品の縦糸のひとつになっている。スパイとして、王女として命がけで生き抜いてきた上でなお、互いが大切なアンジェとプリンセスの思いは、その分ピュアな輝きを放つ。
2人の過去が明かされたのは、第9話「case20 Ripper Dipper」(TV放送#08)だった。
10年間の年月と、未来への決意の上に成り立つ、女子高生の笑顔のひととき。ここでしか生きられなかった運命が導く友情。これが、ほかの「女子高生」の日常ものにはないスパイスになっている。
工作員の哀しさを一身に背負うドロシー
ほかの3人のスパイの少女たちも魅力的だ。なかでも、1話完結のエピソードで、切なく、スパイものとして不可欠な切なさ辛さを一身に負っている感があるのが、最年長で5人のリーダー格のドロシーだ。
懐が大きく胸も大きい、情にあつい姉御肌。スパイや工作員のドラマに不可欠な、情愛と任務の板挟み、そして葛藤が、一番描かれたのがドロシーだ。
第7話「case18 Rouge Morgue」(TV放送#06)には、ドロシーの父親が登場。家族の葛藤と情を描いた、胸に残るエピソードとなった。スパイものとしての重みと渋さを感じさせる良エピソードだが、ドロシーには辛い役割になった。
一途で幼いベアトリス、日本から来たちせも、小動物のようにかわいらしいが、陰影のある来歴を持っている。ベアトリスは、マッドサイエンティストな父親に生体実験をされた過去を持つ。ちせは、逆賊を討ち果たしにこの国にやってきたが、そこには家族にまつわる秘密があった。
エンターテインメントとしてこのへんのバランスがいいのが、作品の魅力のひとつだ。軽すぎると世界観のシビアさが損なわれるし、重すぎると悲劇的というより後味が悪くなる。
1話1話を、緊迫感と小さなよろこびと哀愁漂う物語として、美少女たちの活躍を楽しみつつ、余韻を味わう。そんな楽しみ方ができるのがいい。
架空のロンドンで、スパイという名の魔法少女は踊る
レトロフューチャーな世界観の鍵となっているのが、この時代には不似合いな未来的技術「ケイバーライト」だ。重力を遮断して、一定空間を無重力にする技術。アンジェは「Cボール」と呼ばれる小型の個人型重力制御装置を駆使して、空を飛ぶようなアクションを可能にする。
垂直な壁に立ち、上空やはるか下方へふわりと自由自在に移動する。個人型重力制御装置は限られた人間しか所有できないので、アンジェの能力はある種の「魔法」のようだ。
5人の少女は年齢よりも幼く見える。細く愛らしい手足は、とてもアクションに耐えると思えない。その身体で彼女たちは、それぞれの特技を生かして、訓練された大の男と渡り合い、スキルと作戦で優位をとり、勝利を収める。
なるほど。スパイとしてはかわいらしすぎる造形のアンジェたちは、この世界における「悲劇を背負った魔法少女」なのだ。
それぞれにかなえたい願いがあり、だから身を削っても戦う。任務は死と隣り合わせ。それでも情は捨てられない。
そう考えると、この作品の楽しみ方がわかる気がする。
サブタイトルの「Case XX」は、エピソードを時系列順に並べたときの順番を指している。つまり、第1話ですでにちせが登場していたように、順番はあえてバラバラにされている。どこから見ても、1話だけ見ても楽しめるように切り取られている。それを、順番通りに頭の中で並べて、流れを考え、セリフを深読みするのもおもしろい。
全12話の最後の鍵は、やはりアンジェとプリンセスの「絆」であり「友情」だった。任務の冷酷さと情、一般的なスパイものでは葛藤する要素が、この作品では、わずかに「情」の側に傾いて絶妙なバランスを保っている。
このバランスの上で、アンジェとプリンセスがいつまで生きて、2人の夢を実現できるのかはわからない。夢の実現が、2人の幸せになるのかどうかもわからない。
でも、女子高生としての幸せなら、大きなものでなくていいのかもしれない。一緒に過ごせる今があれば、十分なのかもしれない……。
とてもデリケートな舞台の上で踊りつづける「2人の王女」のスパイとしての日常を、もし2期があるのなら、もうちょっと見てみたいなあ、と思う。
(文・やまゆー)
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