「原作に取り込まれそうになる」。新房昭之監督が語る「3月のライオン」の魅力と第2シリーズの見どころ!

2017年秋アニメの話題作「3月のライオン」第2シリーズが、10月14日(土)より放送をスタートした。羽海野チカ先生による原作マンガをそのまま映像化したような、ていねいな人物ドラマや心理描写が大きな話題となった前シリーズだが、今回もその魅力は変わらず健在。きっと多くの視聴者に心に感動を与えてくれることだろう。
今回は本作を手がける新房昭之監督に、「3月のライオン」制作に対する思いや第2シリーズの内容についてうかがった。



原作マンガの「読み応え」とアニメの「見応え」を同じにする苦労


――「3月のライオン」第1シリーズは、内容の面白さもさることながら「原作通り」の構成と映像化が驚きでした。アニメ化に当たっての方針は、やはり「原作を尊重しよう」ということだったのでしょうか。

新房 そうですね。できるだけそのまんまやりきろう、というつもりでした。第2シリーズについても、その方向性は変わっていません。

――第1シリーズは原作の5巻まで22話をかけて描くという、とてもていねいなアニメ化でした。

新房 最初は8巻ぐらいまでを2クールにまとめるという話があったんですが、いざ構成を始めてみるととてもそんな分量にはまとめられない密度の作品だということがわかり、ダイジェストになるのは原作に対しても申し訳ないので、じっくりやろうという方針に決まりました。一番難しかったのが、原作が毎回同じページ数でもなく、同じ情報量でもないということです。そこは原作の担当編集者さんも苦労されていて、毎回異なるページ数に対応されてるそうです。同じような苦労が、アニメ制作の現場にもありました。

――基本はアニメ1話で、原作の2話分が描かれる形が多かったように思います。

新房 とはいえ、毎回原作2話分というわけにもいかなかったりします(アニメ第1話は原作のChapter2の途中まで。続きはアニメ第2話にて回収)。本当は(原作マンガの)読み応えと、(アニメの)見応えを同じにするのが望ましいんですが、やっぱり難しい。そこは常に試行錯誤していて、毎話ごとスタッフと相談しながら作っています。

――原作は数ページしかないけど、アニメで描くと尺がたっぷりかかる場合もあるんでしょうか。

新房 ありますね。逆に原作が1話あたり15ページあるけど、アニメにするとそんなにかからないということもあります。そこに一番ライブ感があるのかなと思います。ですので、「安定して原作通り」と言いながらも、毎回苦労はしています。

羽海野先生とやり取りの中で作られるシナリオ


――原作のセリフも、とても大事にされています。

新房 それでも削っている話数もあるんです。それは羽海野チカ先生の了解を得て、削らせてもらっているんですけど、いいセリフが多いので、やはり悩みますね。

――原作通りに見えて、かなり脚本段階で手を加えているんですね。

新房 脚本の形に起こすのは、そのほうが、尺が見えやすいからです。尺をオーバーするかどうかは、脚本の形にしてみないとわからない部分があるんです。また、原作を見て台詞を組み合わせたところで、「この人の台詞」だと思っていたものが、実はそうじゃないことが判明して脚本を直すこともあります。そのほか、台詞の順番を直すこともありますし、これはモノローグの台詞なのかナレーションの台詞なのか、とか意外と検証することが多いです。そういうことを繰り返して、稿を重ねています。

――「3月のライオン」は将棋シーンと、川本家での3姉妹との日常シーンという時間の感覚が異なるドラマがそれぞれ描かれます。

新房 そうですね、時間の感覚が異なるのは演出するうえで注意する点ではあります。主人公・桐山零の心理的なイメージシーンを作ろうと思えば果てしなく作れるんですが、そればっかりだと(視聴者が)見てくれなくなっちゃうかもしれないので。

――シナリオを拝見して驚いたのが、原作では描かれていない「途中の棋譜」まで書かれていたことです。やはり「棋譜」もドラマを作っていくうえで必要な要素でしょうか。

新房 原作の微妙なニュアンスは、見る人によって印象が違うんですよね。なので、「原作ではほぼ確実にこうです」と確定するという意味で棋譜を掲載しているんです。もともと原作がモデルにしている棋譜を反映しているところもあって、プロの棋士さんに起こしてもらうこともあります。

――それを参考にして、各話の担当の方に絵コンテを描いていただいているわけですね。

新房 流れがわかるように、本編で使うかどうかはわからないけれど、あれば芝居の間に使えるかもしれない。一手を打ってから考える演技をするような演出を自由にできるようにしないといけない。そういう意味では棋譜は大切ですね。

――アニメの画作りに際して、現実の将棋会館などのロケはされるんでしょうか?

新房 ええ。将棋部屋の構造や、この部屋はどこにあるのかなど、ロケハンに行って調べています。

――実在する棋士さんにも取材はされていますか?

新房 原作ではモデルにされている方もいらっしゃるかもしれないですが、アニメはあくまでも原作マンガを元に作っているというスタンスです。モデルになった本人にキャラを似せてもズレてきちゃいますし、あんまりイメージを広げすぎると、原作とはちょっと違うものになってしまうので、棋士さんへの取材はしないようにしました。

――これまでさまざまな原作をアニメ化してこられた新房監督ですが、「3月のライオン」以外の作品でも、基本的に「原作から読み取れる世界観で映像化する」という姿勢は変わりませんか?

新房 いえ、その時の製作委員会しだいです。全然違うものにしてほしいのか、原作通りにしてほしいのか、そこからですね。自分の意志で「これはこうする、こうしない」と決めることはないです。アニメは製作委員会のお金で作っているので、全然違うものを作っても意味がないと思っています。
とはいえ、原作通りにやらないでほしいという作者の方もいらっしゃいますし、特に昔のゲーム原作アニメではそういうのが多くて、ゲームはゲームとして、アニメはアニメとして自由にキャラを使ってやってくださいということが少なくありませんでした。でも、ファンが見たいのは「ゲームのアニメ化」なんだから、そういうのは喜ばないかもしれない、というような判断が入ることもありますね。

――なにより原作のファンが喜ぶ、受け入れられるものを作るというスタンスなんですね。

新房 そうですね、「原作者と一緒にファンに向けて作る」というのが正しいんですよね。そういう方向で作っています。

実写映画版「3月のライオン」には「動いた零」がいた


――アニメ第1シリーズから第2シリーズの間に、現実の将棋界では、藤井聡太四段というスターが登場し、世間の注目を集めています。そうした世の空気は感じられますか?

新房 やっぱり原作が世間でヒットしているゆえんだなと思います。昔は「ドカベン」がヒットした時に香川伸行さんが、「YAWARA!」の時はヤワラちゃん(谷亮子さん)が出てきて、時代の波に乗っているマンガはそういうことが起きるんだな、と思いました。それは世間に浸透している、ブームの証だよね。

――原作者の羽海野さんがそういう潮流をとらえ、その想像力に現実が追いついて来た感じですね。

新房 マンガの中で「プロ棋士になった中学生が快進撃」という展開をしていたら「ああマンガだからね」と言われていただろうから、その辺は現実の説得力なのかなと。ただ、将棋の世界が世間一般の人に知られた下地がある中で第2シリーズが始まるのは、すごく嬉しいなと思っています。

――原作も連載10年目ですから、藤井四段も「将棋への関心が高まる中で育ってきた次世代」のひとりなんでしょうね。

新房 藤井君だけじゃなくて、同じぐらい個性的な棋士も現実にたくさんいますからね。そういう方たちがテレビなどで紹介されることが増えたことで、原作もアニメも座りがよくて、見る方も合点がいくんじゃないですかね。

──今年の3~4月に前後編で公開された実写映画版「3月のライオン」も、とても好評でしたね。

新房 実写映画版は、すごくよかったと思います。零なんか、イメージそのままでしたし。神木隆之介さんの、あの運動神経のなさそうな芝居が非常によかったです。あそこは零を描くうえで参考になるよ、とスタッフにも視聴を薦めています。あと第2シリーズは(将棋の)コマを、あの映画版に近づけたいと思っています。まだ見てないという人は、Blu-rayかDVDで見てほしいです。我々も、アニメの第2シリーズを作るにあたって、とても役に立ってます。

――神木さんの演技がアニメ版でも生かされているとか?

新房 「動いた零」が映画版には存在するので、それはスタッフにも見てほしいなと思っています。そのぐらい納得できる芝居だったし、演出もカッコよかったですしね。(神木さんの)ファンになりました。

零はあまり成長していない


──監督は桐山に共感されたり、似ていると思われるところはありますか?

新房 共感はしますが、似ているということはないですね。ただ、男の子が主人公というのはやっぱり感情を入れやすい。男の子だと「やっぱりこうだよな」という感じで作れる。第1シリーズも、そういうつもりでやってきたけれども、第2シリーズはもうちょっと突き放して描きたいな、とは思ってます。

――成長した桐山を客観的に見つめるという感覚ですか?

新房 成長はたいしてしていないかもしれません。そんなに簡単に人って成長しないですよね。せいぜい、ちょっと微笑めるようになったとか、自分から二海堂に電話をかけられるようになったとか、その程度です。そういうことを、果たして成長と呼ぶんだろうか、とは思いますが、作っている我々としては嬉しいですよね。ああ、この子は電話がかけられるようになったんだ、二海堂の気持ちが理解できたのかな、と。やっと人間っぽくなってきたのかな、という感覚はあります。

――ちょっと親のような目線ですね。

新房 そうですね。昔は自分もそうだったかもしれないから、わからなくもない。過去の自分に対してがんばれと言っているのに近いのかもしれません。

──やっと一人飯だけじゃなく、ひなちゃん達と昼ごはんを一緒にするようになったり。

新房 でも、一人飯をしてないわけじゃないし、常に家で詰将棋はひとりでやっている。ただそのシーンが描かれていないだけで、日々の生活は一切変わっていないんです。だから零の孤独な感じは、実は変わっていない。ただ周りにいる人たちへのリアクションで、表情が少し出せるようになった、ぐらいですね。

――「将棋一筋」の生き方は絶対にブレませんよね。

新房 その将棋一筋も、好きでやっているわけじゃないですからね。生きるために選択してしがみついていたら、いろんな人と接点ができてきたということ。もしかしたら本人はまだ、将棋が好きになれていないかもしれない。
零が将棋に向き合うことはいずれ必要になるのではと思います。そうしたら、最終的には過去の自分と向き合い直すことになりますよね。あのときの選択は正しかったのかと。ただ、「嫌いだった将棋が好きになる」までいけたら、成長したことにはなるかもしれない。でも、そんな人間らしくなってないかもしれない。やっぱり成長とは違うかもしれないけど。

原作の「取り込まれそうになる」怖さ


──第2シリーズ制作現場の雰囲気はいかがでしょう?

新房 やっぱり第1シリーズから続けて参加してくれているスタッフもいるので、チームワークも非常にいいですよ。新しく入ってきてくれた人たちもがんばってくれているし、どんどんグレードが上がっている感じです。声優さん達もアフレコ現場でがんばってくれてますね。

――新房監督はどんな感覚で制作されていますか?

新房 下手すると作品に取り込まれそうになるので、そこは怖いところです。羽海野さんの創造力にだいぶ持って行かれそうになるんです。第1シリーズでも、深く考え出すとどうしたらいいかわからなくなってしまうという感覚はありました。作品を客観視できなくなるというのもありますし、原作を読んでいて泥沼に引きずり込まれる感じもあります。キャラクターの生い立ちや背景を考える時に、それを自分に置き換えちゃうともう大変だよね。この、前に進まずもがいている感じを考えだしたら、もう止まらなくなります。

――第2シリーズではひなちゃんがいじめと戦う話が描かれるという情報は、すでに公開されています。文部科学省コラボレーション企画として、「いじめなど子供のSOSに関する普及啓発」ポスターも制作されていますね。

新房 いじめの話は、語弊のある言い方かもしれないけど、制作してみて感じたことですが、やりがいがありますね。重い話をどう演出するかいろいろと考えます。

そういう意味では、「まどか(魔法少女まどか☆マギカ)」の時もそうだったかもしれない。シリアスな話のほうが実は作るうえでは充実するのかもしれませんね。僕の時代は今みたいに深刻ないじめ問題がなかっただけに、今はすごい世界だなと思いますが。ただ、いじめる側にもいじめられる側にも肩入れしないようにしたいな、とは思っています。いじめるほうが悪い的な描き方をするなら、いじめられているほうが悪いという描き方もできるので。そこは観ている人達がお話を見て感じてもらえればいいので、演出でことさら誘導していきたくはないんです。

――原作でも、いじめた側をこらしめる話ではないですしね。

新房 できれば「なぜ、そういう行動を取るんだろう」と考えながら見てもらえれば、一番いいですね。

――その他、第2シリーズの見どころをひとつあげるとしたら、どこでしょう?

新房 第1シリーズからメインスタッフは変わらないので、より洗練されているところかと思います。

――第1シリーズの積み重ねを経ての第2シリーズですから、演出や作画、それに声優さん達の脂の乗っているところが見れそうですね。

新房 そうですね。(第1シリーズの)2クールの後、また続けて2クール作るわけですからね。こういう作り方は、最近だとなかなかできないことなので。

――最後に、読者の方々に「ここを楽しんでほしい」というメッセージをお願いします。

新房 ぜひ皆さんには「ぜんぶ観てください」とお伝えしたいです。あとは先ほど話した、「第2シリーズは、あらゆる意味でパワーアップしてるんじゃないかな」ということです。

──本日はありがとうございました!


【作品情報】
■「3月のライオン」第2シリーズ

<全体あらすじ>
高校生プロ将棋棋士・桐山零の成長を描くアニメの第2シリーズ。厳しい勝負が続く中、零のよりどころである川本家の次女・ひなたが、中学校でのいじめに巻き込まれていた…

<各話あらすじ>

・第23話

東京の下町・六月町に一人で暮らす桐山零は、高校生にしてプロの将棋棋士。放課後理科クラブと将棋部を合体させた「将科部」では、零は、部員たちに将棋を教えたり、ラムネの手作りを教わったりと順調に活動していく。学校の中にできたあたたかな居場所に喜びをかみしめる零。ラムネを手に、もうひとつのあたたかな居場所、川本家へと向かう。

・第24話

 放送時間:10月21日(土)10月21日(土)23時20分~OA ※20分遅れ

将棋会館を訪れた零は、二海堂たち棋士仲間とともに、宗谷と隈倉による名人戦最終局の中継を見ていた。
同じ部屋にいた先輩棋士に島田をからかうような発言をされた零と二海堂は苦々しい思いをこらえるが、そこへ現れた後藤が棋士たちに対し怒りをあらわにする。
義姉・香子を苦しめる後藤の振る舞いに複雑な思いを抱く零。
そして、歴戦の棋士・柳原から「混沌(こんとん)」と表される、名人戦の勝負の行方は?

<第24話制作スタッフ>
監督:新房昭之
脚本:木澤行人
絵コンテ:川畑喬
演出:吉澤翠
キャラクターデザイン:杉山延寛
美術設定:名倉靖博
美術監督:田村せいき
音響監督:亀山俊樹
音楽:橋本由香利
アニメーション制作:シャフト

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