アニメ業界ウォッチング第40回:美術監督・秋山健太郎が語る「はいからさんが通る」の美術の秘密、手描き背景の面白さ

1975年に発表された大和和紀さんの漫画「はいからさんが通る」は、過去にテレビアニメや実写映画、テレビドラマとして映像化されてきた。しかし、何よりも印象強かったのは1978年からテレビ朝日系で放送されたテレビアニメシリーズではないだろうか? 今回はテレビアニメを制作した日本アニメーションが、前後編で原作をラストまで描く劇場版として「はいからさんが通る」を再度アニメ化。先ごろ公開を終えた「前編 〜紅緒、花の17歳〜」では、大正時代の東京を美術監督の秋山健太郎さんが描いた。
小林プロダクションを経て背景美術専門の会社“studio Pablo”を設立、多数のアニメ作品に参加している秋山さんに、「はいからさんが通る」の美術についてお話をうかがった。


“キャラを立たせる”背景の描き方


──どのような経緯で「はいからさんが通る」に参加することになったのですか?

秋山 最初にお声がけいただいたのは日本アニメーションのプロデューサーの方からです。その方とは以前に別のお仕事でご一緒したことがありまして、そのご縁で、声をかけていただきました。確か、3年ぐらい前だったと思います。
「輪るピングドラム」(2011年)で、僕は中村千恵子さんと共同で美術監督をやっていたのですが、「ピングドラム」のキャラクターデザインをされていた西位輝実さんとはその後も仕事でお付き合いがあって、「惡の華」(2013年)で美術を担当することになったのも西位さんの紹介でした。またぜひ一緒に仕事をしたいと思っていたので、西位さんが「はいからさん」のキャラデをやるかもしれないという話を聞いて、「それなら僕も参加したい」と思い、お引き受けすることになりました。

──原作の背景やテレビアニメ版の背景は、意識しましたか?

秋山 原作漫画は子供の頃から大好きで、単行本は何度も読んでいました。アニメ版も、夕方の再放送をくり返し見た記憶があります。今回のお仕事の準備期間に原作を読み返し、アニメ版も一部見返しましたが、見返す前、僕の記憶ではアニメ版の背景美術はふわっとして、色彩が軽い印象でした。実際にはそんなことはなくて、むしろ色彩を抑えていて、全体に渋い印象を受けました。対照的に、原作のカラーページは軽い色彩で描かれていて華やかさを感じたので、劇場版はどちらの方向に振るべきか迷いました。
リアルさを求めていく作品なら渋い色合いもありだと思いますし、トーンを落とすだけで古い時代の雰囲気を出しやすいというメリットもあります。しかし、今回の原作は白馬に乗った王子さまが現れて恋に落ちる風の少女漫画の王道がベースにあると感じていました。また、お話や主人公の紅緒が明るいイメージなので、原作のカラーページの印象を踏襲して、軽い色彩でいこうと決めました。


──ロケハンはしましたか?

秋山 少尉の屋敷のモデルとして松山の萬翠荘や、浅草上野周辺や川越にメインスタッフで行きました。また、物語の設定では小石川あたりに紅緒の家があるらしいので、個人的に小石川や品川あたりを、当時の地図を見ながら実際に歩いてみました。小石川周辺の起伏の感じが参考になるだろうと思ったからです。ですが、絵コンテにはそれほど起伏や坂道が出てくるわけではなく、そういったリアリティは求められていないと思ったので、最終的には絵コンテに従いました。

──大正時代の建物は、どれぐらい史実に忠実なのでしょうか?

秋山 日本アニメーションさんから当時の資料本を豊富にいただいたのですが、細かなところで解像度が低くてボケたりしていました。そこで、神保町の古本屋で当時の絵はがきを探して、室内の小物や街の雰囲気の参考にしました。
ただ、「この建物の隣にはこの建物があったはず」という厳密さを追求する作品ではありませんので、雰囲気で描いています。それと、写真のディテールをそのまま描くと情報量が多くなりすぎて、キャラクターに視点が行かなくなってしまう。ですから、キャラクターに近いところは明るめで抜けのある雰囲気にして印象値を上げています。とにかくキャラを立たせるように注意して、背景を描きました。

おすすめ記事