【eスポーツ最前線】 第1回 eスポーツで世界を目指す「AKIHABARA ENCOUNT」
ここのところ、急にその名を聞くことが多くなった「eスポーツ(e-Sports)」。アメリカを初めとする国々ではかなりの盛り上がりを見せているが、日本国内ではようやく今年からその名を聞くようになった程度で、先進諸国との間の意識ギャップは相当に大きい状況だ。そもそもeスポーツと言っても、それが実際にどのような形でプレイされ、どのように盛り上がっているのか、明確なイメージを持っている人は少ないだろう。そこで、この連載企画「eスポーツ最前線」では、日本におけるeスポーツの取り組みをさまざまな面から取材し、その実態を明らかにしていこうと思う。
第1回に登場するのは、秋葉原を拠点に世界のeスポーツ大会に挑んでいこうと日夜努力を続けるプロチーム「AKIHABARA ENCOUNT(アキハバラ・エンカウント)」だ。
「AKIHABARA ENCOUNT」は、我らが聖地「秋葉原」を拠点に活動している、eスポーツのプロチームである。プロチームと聞いてもピンと来ない人もいるかもしれないが、彼らはれっきとしたプロゲーマー集団であり、ゲームで生計を立てていこうと日夜努力を続けている集団なのだ。
「AKIHABARA ENCOUNT」のオフィスは、秋葉原南端の万世橋を渡った神田須田町にある。7月某日の夕刻、こぎれいなオフィスビルの7Fにエレベーターで上がると、そこには、IT系のスタートアップ企業のようなこじんまりしたオフィスがあった。パーティションで区切られたオフィスの奥の部屋に通されると、そこがプレイルームになっている。デスクが数台有機的に配置されており、各デスクの上にはゲームプレイ用のパソコンが並び、「AKIHABARA ENCOUNT」に所属するプロゲーマー達が、思い思いにゲームを楽しんでいた。メンバーは日本人と韓国人との合同チーム。人数はおよそ半々で、日本語と韓国語が飛び交う、なんとも不思議な空間だ。聞けば、あと2時間ほどで開始される「League of Legends(リーグ・オブ・レジェンド)」(略称:LoL)のリーグ戦(※)に向けて、つかの間のウォーミングアップ中なのだという。
※「League of Legends Japan League Challenger Series 2018 Summer Split」
League of Legends(リーグ・オブ・レジェンド)」のリーグ戦直前のミーティング。コーチを中心に、各プレイヤーがどのような「チャンピオン」(キャラクター)を使って、どのような戦略でプレイするのか、意思統一を図る大事な時間だ
彼らは、ここ「AKIHABARA ENCOUNT」のオフィスにて、毎日の生活を送りながら、日々ゲームの技を磨いている。そのプレイ(練習)時間は、1日14時間ほどにものぼるというから驚きだ。一般的なオフィスワークでも、毎日これほど働いている人はまれだろう。まさに朝から晩まで、ほぼゲームひと筋に生活している。これが、プロのゲーマーの生活なのだ。単なるゲーム好きというレベルではなく、まさに競技のための訓練を積んでいる集団なのである。もちろんプロというからには、それで生計を立てるということだ。彼らはチームから生活に必要なギャラや食事などを支給されている。居住スペースもこのオフィスから歩いてすぐのところに設けられており、まさに合宿状態での共同生活を日々送りながら、ゲームの鍛錬にいそしんでいるのだ。まさに「スポーツ」のやり方そのものだろう。強くなるためには、チームで合宿生活を送りながら、なるべく多くの時間を効率的に競技につぎ込んでいく。こんなところにも、なぜビデオゲームの競技が「eスポーツ」と呼ばれているのか、その一端が垣間見えた気がした。
「チームのプレイヤーが共同生活を送り、毎日ゲームの腕を磨くというのは、eスポーツの世界では当たり前のことなのです」
こう話すのは、「AKIHABARA ENCOUNT」の総合監督・コーチとして招聘されているJerophilip(ハ・ジェピル)さんだ。韓国人のJerophilipさんは、小学生時代にリアルタイムストラテジー(RTS)ゲームの「StarCraft」にハマり、小学生大会で優勝。高校時代もアマチュア大会でベスト4まで行ったほどの腕前の持ち主。その後、韓国国内のプロチームで活躍したが、残念ながらプレイのしすぎで身体を痛めてしまいプロゲーマーの道は断念した。その後、2015年に日本の大学へ留学しているが、2017年ひょんなきっかけで再びeスポーツの世界に戻ってきた。今度は選手ではなく、コーチとしてである。そのきっかけは何だったのか。
「たまたまアルバイトを探していたら、『Overwatch』というゲーム大会のカメラマンを募集していたのを見つけたんです。もちろん僕はゲーム自体プレイしていましたし、ゲームの流れもわかっていた。そのほうがカメラマンとしてもいいショットが撮れると思ったので、応募したところ採用されたというわけです」
というわけで、たまたま日本のゲーム業界に接触したJerophilipさんだったが、そこからのつながりで、今の「AKIHABARA ENCOUNT」にコーチとして招聘されることになる。
「僕なんか韓国ではたいしたことのないプレイヤーなんですけど、日本では、ゲーム強国から来たプロ選手のように見られて、最初はコーチとかではなく、ゲストとして遊びに来たんです。ただ、せっかくなので、自分なりに意見などは出したりしました」
前述の通り、日本では最近ようやくその名を聞くようになったeスポーツだが、Jerophilipさんが生まれ育った韓国では、すでに2000年くらいから「プロゲーマー」というものが出始めていたという。ただ当時は今の日本と同じように、プロのゲーマーと言っても、「単に遊んでるだけでしょ」くらいに思われていたそうだ。しかしその後、2002年に「StarCraft」の大会の決勝戦が釜山で開かれた時には、同日にプロ野球の決勝戦があったにも関わらず、11万人ものオーディエンスを集めて大きな話題となった(野球のほうはスタジアムに1.5万人)。その頃から、徐々に世間のeスポーツやプロゲーマーに対する見方も変わってきたという。今や韓国は全世界のeスポーツ」ーンでもかなりの強豪国であるが、その韓国と日本では、その歴史に15年くらいのギャップがあると言っていいだろう。そんな日本のeスポーツの現場を見て、Jerophilipさんはどう感じたのだろうか。
「正直言って、意識が全く違うなと思いました。大学生の友達同士がネットカフェか何かの大会でプレイしているレベル。この子達がプロって呼ばれてるの?って思いました。なので、やるからにはちゃんとすべきだ。選手の生活面から何からちゃんとしなくてはいけない。そうアドバイスしたと思います。そうしたら、このチームに来てコーチをしてくれという話になったんです」
eスポーツの本場である韓国で、プロゲーマーを名乗って活動していくには、とにかく毎日多くの練習を積むのが当たり前。そこに大きなギャップを感じたと語るJerophilipさん。コーチとして招聘された彼の指揮の下、「AKIHABARA ENCOUNT」では、ゲームに勝つためのさまざまな練習メニューが組まれた。その練習時間は1日約14時間にものぼるという。そのうち、6時間くらいはほかのチームと対戦するいわば「練習試合」の時間。それ以外の時間は、個人練習に当てられるという。
個人練習に関しては、プレイヤーの自主性に任せられている。毎日のチームMTGであがった反省点などを元に各自で課題を設定し、自主練習でその課題をクリアするほか、プレイするゲーム特有の基礎情報を身につけるための練習も行われるという。たとえば「LoL」を例に取ると、ゲームにおいて重要になる「チャンピオン」(キャラクター)それぞれの特性を知るために、各プレイヤーがさまざまなチャンピオンでプレイしたりするという。
「野球で言えば、ピッチャーがさまざまな球種を覚えたりするのと同じです。ひとつの球種しか使えないよりは、いろいろな球種が使えたほうが有利ですよね。あるいは、いろんなポジションができたほうが、プレイに幅が出ます。『LoL』も同じで、前に出て戦うタイプのチャンピオンもあれば、後方支援するタイプのチャンピオンもあり、お互いにその特性を身体で覚えていれば、チームになったときの連携プレイがよりスムーズに行えるようになるのです」
単なるアクション性だけではなく、戦略性やチームプレイが重要になる「LoL」では、こうした各チャンピオンの特性を知るなど、予備知識の多さも勝敗を決める大きなファクターになる。実際のゲームプレイでは、さまざまな判断を瞬時に下して行動しなくてはならないため、130以上もある各チャンピオンの特性やメリット、デメリットなどをそれこそ身体に覚え込ませるようにしてたたき込んでいかないと、瞬時に負けてしまうこともあるという。
「マップも同じです。一般のプレイヤーの方では、マップの理解やコントロールは割とおおざっぱにしかやらないと思うのですが、プロゲーマーの世界では、マップ上にいつどういう変化が起こるのかをそれこそ分単位、秒単位で計って、頭にたたき込んでいます。いつどこでどんな変化がマップに起こるのかを知っているからこそ、ちゃんとした戦略が立てられるのです。そこまでして、ゲームを研究してやりこんでいかなければ、プロゲーマーとしてはやっていけません」
そこまでゲームの特性を知り抜き、肌感としてたたき込んでいくからこそ、彼らプロゲーマーは、あらゆる状況で瞬時に正しい判断ができるのだろう。もちろん、そんなことは、相手のチームも同様なので、このあたりのことをしっかり練習して覚え込んでいくことは、プロリーグを戦っていくためには最低限の練習と言ってもいいのかもしれない。
「やっぱり、練習はしっかりやらないと勝てませんから。そこはスポーツと同じで、練習量は大事です。僕たちの場合、1日14時間くらい練習しなさいということは選手に言っていますが、選手達は放っておけばそれこそ20時間でも練習したりするものです。それこそ睡眠時間を削ってまで練習している人もいますが、それでは身体を壊してしまう。それではいけないので、しっかり身体を休めるように選手を指導・管理するのも僕たちコーチの仕事のひとつです」
まさに、スポーツそのものという感じの毎日を送っている「AKIHABARA ENCOUNT」の選手達。その多くが、オフィス近くの住居で共同生活を送っている。住居に関してはもちろん、毎日の食費もチームから支給されるという。現在、このチームのLoL部門は、コーチを含めて9名体制だが、うち3名が韓国人で、6名が日本人という構成だ。しかし、日本人と韓国人の混成チームで、コミュニケーション的な問題は起こらないのだろうか。
「お互いに、ゲーム中にはなるべく両方の言葉でコミュニケーションするようにしています。わからなかったときは、後でどういうことが言いたかったのかを説明したりもします。ただ、それ以前に、チームみんなで共同生活していますので、全員がものすごく仲がいいんですよ。簡単な表現なら、どちらの言葉でももう自然に出るようになってますしね。それもあって、コミュニケーションはしっかり取れていると思います」
このように、日本人と韓国人がチームとなって共同生活を送りながら、日々鍛錬を積んでいる「AKIHABARA ENCOUNT」。この日も「LoL」のリーグ戦直前の貴重な時間を取材させてもらったが、まさに和気藹々と、ウォーミングアップのためのゲームプレイを楽しんでいたのが印象的だった。ゆくゆくは世界を狙っていきたいと考えている彼らだが、そうは言っても、まだ日本のeスポーツ市場には、さまざまな問題があるはずだ。
「まだ日本ではeスポーツの人気そのものが低すぎて、プレイ人口が少なすぎるのが問題です。リーグ戦などを見ていても、上手い人はほぼ決まっていて、その人達しか出ていない。韓国では日本よりももっといろんな大会があって、メジャーな大会ではやはり上位の常連チームみたいなものはあるんですけど、特定のチームばかりが参加しているわけではなくて、それこそかなりの数のチームが参加してリーグが行われているので、上位まで勝ち抜いたり、優勝したりということの意味合いがそもそも全然違うんです」
「個人的には、2022年くらいには『NBA』を超えるんじゃないかとすら思っています」とeスポーツ市場の将来について熱く語るJerophilipさん。日本にeスポーツを定着させるためにも、「AKIHABARA ENCOUNT」で日本のプロゲーマーの意識と質を上げていきたいと語ってくれた
やはり、日本のeスポーツの問題はプレイ人口の層の薄さと、そこに起因する切磋琢磨の弱さにあると言えそうだ。もちろん、各大会における優勝賞金の金額の少なさも、ゲームをプレイするモチベーション向上のためには大きなハードルになっているのだろう。
「それはあると思います。イギリスで1997年に『Quake』というゲームの大会で、初めてメディアで『プロゲーマー』という言葉がでました。たしかポルシェのスポーツカーを優勝賞品として手に入れたはずです。その後、1999年世界大会で韓国人が優勝して初めて韓国でも『プロゲーマー』という言い方がなされるようになりました。日本でも、そういう環境ができるようにならないといけないと思います」
「でも、eスポーツの市場はどんどん拡大していっていますし、個人的には、2022年くらいには『NBA』を超えるんじゃないかとすら思っています。そういう状況があるのに、日本だけがただ指をくわえて見ていていいんだろうかという気持ちはありますね。このままいくと、明らかに世界の流れから取り残されてしまうと思いますし、そのときになって始めようと思っても、今以上にハードルは高くなっていますから」
そんなJerophilipさんが考える「AKIHABARA ENCOUNT」の、当面の目標とはどんなものなのか。
「もちろん対戦成績も大事なのですが、今年はまず、自分たちのチームの取り組み方を多くの方に知ってもらいたいと思っています。僕たちは、プロゲーマーをプロスポーツ選手としてしっかり見ていますし、選手達の健康管理や食事、給料などの制度をしっかりさせて、プロとして、仕事としてゲームをプレイしているんだということの認知を深めていきたいです。そうすることで、成績も自然と上がっていくと思います」
「あと、僕たちはチーム名に『AKIHABARA』という街の名前を入れています。秋葉原は世界中でよく知られている有名な地名ですが、この名前をひっさげて世界大会などに出て行くことで、秋葉原の街自体への貢献もできるんじゃないかなと思っています。サッカーじゃないですけど、地域密着型の、秋葉原に集う人たちから愛され、応援されるチームになっていきたいというのが将来の夢ですね」
まだ始まったばかりとも言える、日本のeスポーツ市場。ただ、そこには、しっかりとプロとして世界を目指しながらトレーニングを続ける「AKIHABARA ENCOUNT」のようなプロチームがすでに存在している。まだまだ数は少ないものの、こうしたプロチームが次から次へと登場して、世界で活躍できるようになってくれば、世間のeスポーツを見る目もおのずから変わっていくだろう。我らの聖地「秋葉原」の名前を抱くeスポーツチーム「AKIHABARA ENCOUNT」の今後の活躍に期待したい。
(編集部・鎌田)
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