「人吉市の風景を、少しでもアニメの中に残せれば」──秋アニメ「レヱル・ロマネスク」ひらさわしさよし総監督が語るアニメ版の見どころと音響監督のお仕事
「レイルロオド」と呼ばれる美少女たちが、斜陽の時代を迎えた鉄道の復興に向けて知恵を絞っていくショートアニメ「レヱル・ロマネスク」。
2020年10月2日のTOKYO MXを皮切りに放送・配信をスタートした本作で、総監督を務めるひらさわひさよし氏は、ほかにも音響監督として多くの作品を手がけている。
今回はひらさわ氏に本作の見どころや、音響監督というお仕事についての極意をうかがってきた!
——まずは、このコロナ禍でどのように音響監督の仕事をこなされてきたのかを教えていただけますか?
ひらさわ インタビューを受けている現在(2020年9月)も、まだ以前のような状態には戻っていないことはお伝えしておきます。
ちょうど新型コロナウイルスが流行し始めた際に放送されていて、担当させていただいた「異種族レビュアーズ」と「ARGONAVIS from BanG Dream!」は、幸いアフレコは終わっていまして。3〜4月頃には「ダビング(セリフ、BGM、効果音を合わせる作業)」という作業に入り、スタッフがリモートで参加することも行なわれることも常態化されてきていました。
そのほかの作品の収録に関しては、監督をはじめとした関係者が、リモートでアフレコに参加するようになりました。
いろいろと不便なことはありましたが、収録スタジオの方が、リモートで参加される方に声や音が鮮明に聴こえるような工夫をされていて、スムーズに収録できたこともありまして、「こういう収録スタイルもアリなんだ」と認識できた部分もありました。
——「抜き録り」(声を別々に録ること)が多くなってしまったことについては?
ひらさわ 実は僕が、担当させていただいている作品って、もともと抜き録りが多かったんです。ですので、僕自身はあまり影響はなかったと思います。
僕としてはいろいろな事情があって、アフレコの流れができていきますんで。皆さんで収録しても、抜き収録でも、それぞれ、メリットもありますので、現場現場で最善のテイクを収録できればと考えています。
音響監督の仕事とNGな声の演技とは?
——今回は、「レヱル・ロマネスク」放送に先駆けてお話をうかがいつつ、音響監督としても活躍されているひらさわさんに、音響監督の仕事とは?というお話もうかがいたいと思います。まず声優さんのキャスティングに関しては、具体的にどのように決めてらっしゃるのでしょう?
ひらさわ メインキャラクターに関しては、オーディションを行うことが一般的だと思います。
ゲーム原作の場合、すでに声がついてますので、そのキャストさんがそのままアニメを担当するというのが一般的かなと思います。僕個人としては、オーディションを行って原作の皆様、関係者の皆様と一緒に、しっかりと検討して、決定できればと考えています。
──ひらさわ音響監督の作品では、モブキャラにベテランや人気声優をあてるといったような、「意外なキャスティング」が印象的です。SNSなどでは「○○さんの無駄遣い」と好意的にネタ化されることもありますが。
ひらさわ まず、「必要のないセリフは落としてしまえばいい」ということがあります。ですので、残ったセリフは、文字数の大小なく「これは落とすことができない、大事なセリフ」と考えます。なので、全てのセリフに適した役者をキャスティングできればと考えています。その中で、ベテラン声優にお願いする例として、「上司と部下のやり取り」があったとしましょう。
この場合、部下をベテラン声優がやっている場合、1話だけ彼の上司が出てきて、静かに叱責しているシーンがあるとすると、そこは「たかが1話だけのこと」と妥協せず、ベテラン声優より、「さらに上のベテラン声優」を起用することにしています。
若手の方との組み合わせでは、経験とキャリアの差がありますので、しっくり来ないと思います。また、1ワードでも必要だから呼ばれる。そこにベテランの方の価値があるとおもっています。
——大物声優がひと言だけ登場し、去っていく……みたいなシーンには、そういう意図があったんですね。
ひらさわ 「奇異太郎少年の妖怪絵日記」という作品では、第1話のナレーションを大ベテランの羽佐間道夫さんにお願いしたのですが、そのおかげで誰がこのナレーションを聴いても「これはいいものだ!」と思っていただけると思いますし、サプライズ的な意味も込めてキャスティングしました。結果、原作者の先生や、ご視聴いただきました皆様に「よかった」と言ってもらえるのは格別です。
——音響監督の仕事は、現場で声優さんの演技指導をすることもあるのですか?
ひらさわ 「演技指導」、なかなか難しいテーマですね。あくまでも僕の中では…という、前提になりますが、演出と演技指導という2つの側面があると思います。まず、演出ですが、アニメのアフレコの場合、このシーンはどういった演技が適しているのか……? それは、台本のセリフやト書き、また、アフレコ映像を理解すれば、おのずと正解はわかるようになっています。役者の方々にはそれに合ったお芝居をしていただけるのですが。答えが複数ある場合もあります。その場合、そちらの正解でなく、こちらの正解でと、再度収録させていただくことがあります。
そのほかにも、アフレコVで最終的な絵がわかりにくい場合、「このシーンのこのキャラは、もっと表情が豊かになりますので、もっと、豊かにお願いします」ということも、演出に含まれるのかなと思います。指導のイメージは滑舌が悪かったり、聞き取りにくい場合もあります。そういった場合はいいテイクを収録したいので、再度収録いたします。ただ、なかなか、うまくいかない場合もあります。その際に、こうしたらもう少し音が出やすくなりますよ。と、気づいたことを話しすることもありますので、そういった場合は指導ということになるのでしょう。どちらにせよ、現場ではさまざまなことがありますので、ケースバイケースで、よりよく収録できるように整えていくのが仕事と言えます。
もちろん、役者の皆様もお互いのお芝居を感じて、シーンを成立させてくださいますし、音響エンジニアさんの存在も大きいです。ですので、音響監督、役者、音響エンジニア、監督、各話演出などなど、全員で感じあい、よりよい方向になるように、皆さんが納得、自信をもって世に出せるテイクが収録できるようになれば最高だなと考えています。
——そう考えると、アフレコ現場は「みんなで完成に向けて、少しずつ形を整えていく」ような、まさに職人が集まっている印象を受けます。
ひらさわ アフレコに参加している全員が、当然、職人だと思います。音響監督に関してはアフレコ現場での役割もありますが、ダビングが重要だと思っています。極端な話、アフレコの主たることは役者が行います。そしてスタジオに行けば必ず終わります(笑)。その前後の作業のほうが重要かつ時間がかかります。まず、ダビングに向けて、劇伴の発注があります。どのような曲を劇伴作家さまに発注するかを決める作業です。そして、どこに劇伴を貼るのかなども、決めなければなりません。
また、全体を見て、このシーンは、セリフに芝居をしてもらおう、劇伴に芝居をしてもらおう、ここは効果が大事だなと……など、ダビングに向けて、決定しないといけないことがたくさんあります。そして、最終的に音をまとめていただくエンジニアさんに、いろいろと伝えることもまとめないといけません。
ただ、ここまで話しておわかりかと思いますが……音響監督の仕事は、考えて作業をお願いすることが主なので、実作業は劇伴作家、効果担当、エンジニアが行います。ですので、何度もご一緒している方のほうが、スムーズに作業が進みます。劇伴作家、効果担当、エンジニアの皆さんを指定してよいです、と言われる場合も多いのですが、その場合、過去に助けていただいた皆さんにお願いすることが多いですね。
——「キャスティング」というのは、声優さんに限った話ではないということですね。
ひらさわ そうですね。音響監督としては、役者だけでなく、劇伴作家、効果担当、エンジニアすべてがキャスティング対象で、そこがハマってしまえば、僕が現場でやることは……ほぼないかもしれません(笑)。せいぜい、監督、制作プロデューサー、原作者先生に「これでどうでしょうか?」と確認するぐらいじゃないでしょうか?(笑)
——ところで、最近は複数の現場で、「放送コードにひっかかる声の演技がある」という声優さんの話を聞くことがいくつかありました。「画」よりも「音」で放送コードに引っかかってしまうなんてことがあるんですか?
ひらさわ なるほど……それが本題ですか?(笑)確かに、「僧侶と交わる色欲の夜に・・・」をはじめ、「僧侶枠」と言われる作品でもたくさん音響監督をさせていただきましたし、また「捏造トラップ」、「異種族レビュアーズ」など、ちょっと、そういった面でも話題になった作品も担当させていただきましたので、多少はお話しできるかと思います。まず、「特徴的な息芝居」をあまり激しくやってしまうとまずいかもしれません。効果音は……そうですね……たとえれば、「水の音に近い、水の音でない音」、あまり、大きな音は、まずいかもしれません。
──エッチなアニメだとしばしば「謎の光」のような、ビジュアル面の規制が話題になることもありますが、実はより厳しいのがサウンド面の規制なのでしょうか?
ひらさわ 先ほどご説明いたしました「特徴的な息芝居」や「水の音に近い、水の音では無いもの」に明確な基準があるわけではありません。「特徴的な息芝居」は、この波形の範囲を超えてはならないとか、「水の音に近い、水の音でない音」のボリュームはこの大きさまでと、明確な基準ががあるとは聞いたことがありません。
ただ、(音に関する)規制……と、OKと言われるボリュームの大きさについては、どんどんとハードルが上がっていると思います。ハードルが上がると言うことは、ボリュームは下がるということです。ただ、それは放送用のお話で、BD・DVD用のボリュームは放送より大きくなります。僕としてはこちらがオリジナル版だと考えています。
——同じ作品でも、媒体によって聴き比べてみると、どこまで規制が入っているのかがわかるかもしれませんね。
ひらさわ そうですね。ぜひ、聴き比べてください! 放送に関しては、最終的にテレビ局の管轄省庁は総務省ですので、局より、再ダビングの指示が合った場合は、それは、「日本国家と総務省の意思」と思っています。もちろん逆らう気はありません。(笑)。でも、地上波で「日本国家と総務省の意思」が強くなるということは、Webや円盤(BD・DVD)に収録されたオリジナル版の価値が上がるということになりますね。皆様には、原作元、関係者、製作、宣伝、制作スタッフ、役者、音響メンバーなどなど、制作に関わったすべてのメンバーの力と思いが込められたオリジナルバージョンも、ぜひ楽しんでいただきたいです!
「レヱル・ロマネスク」は被災地の方々に少しでも響くような作品になれば
——音響の面からアニメを掘り下げるのも楽しいですね。そんな中で、ひらさわさんが音響監督と総監督を務めるアニメ「レヱル・ロマネスク」が10月より始まります。どのような作品なのでしょうか。
ひらさわ 鉄道が廃れてしまった世界で、「レイルロオド」と呼ばれる、キャラクターたちが鉄道復興のために奮闘する……というのがストーリーの大枠です。
——物語の展開は、どのようになりそうですか?
ひらさわ 原作のゲーム(Play Staion4、Nintendo Switch用ソフト「まいてつ -pure station-」)に登場するキャラクターも一部カメオ的に出演しますが、主要キャラクターは全てアニメ初登場のものとなります。
5分枠のアニメでどのようなストーリー展開になるのかは、お楽しみにしていただきたいですが……本編尺は3分間なんですが、なんと……A、Bパートに分かれているという、非常に攻めた構成になっております(笑)。
そして……なんと! ナレーションは千葉繁さんにお願いしています。
——千葉さんを起用された理由は?
ひらさわ 物語の主な舞台が熊本県の人吉市ということで、同じ熊本県出身の千葉さんにぜひ、ということでお願いさせていただきました。
——美少女キャラクターたちがキャッキャウフフしているところに、ベテラン男性声優が入ることによって、作品がグッと締まりそうです。
ひらさわ はい、千葉さんに素晴らしいナレーションをいただきましたので、あわせてご期待ください。
——では、この流れで、それぞれのキャラクターの特徴、および演技についてお聞かせいただけますか?
ひらさわ 上坂すみれさんが演じる「すずしろ」は、場を仕切るリーダー役なのですが、真面目な中にほのぼのとした感じが出ています。
洲崎綾さん演じる「汽子」は、いわゆるお嬢様なのですが、エレガントの中にある、かわいさもきっちりと、演じてくださっています。降幡愛さん演じる「いよ」は、メチャクチャかわいいのですが、かわいさだけでなく、しっかり者の側面もきっちりと表現していただきました。黒沢ともよさん演じる「紅」は、元気いっぱいのキャラクターですが、ほのぼのとした感じ、「紅」の純な部分が出ていてよかったです。久保ユリカさんの「りいこ」は、昆虫が大好きで、ちょっととらえどころのないキャラクターなのですが、主張するところはしっかりと主張する面もあります。その難しいバランスをうまく表現していただいたと思っています。永井真衣さんには、文字通り「かかあ」感、言うなれば、余裕がある感じをうまく表現してもらいました。「西瓜」役の伊々崎綾香さんには、唯一の異国のキャラクターですが、自然な語り口の中に、異国感もうまく出していただいたと思います。しろがね役の上絛千尋さんには、おとなしく見えますが、心に秘めた情熱的な要素をうまく演じていただいたと思っています。そして、かわいいキャラクターたちの会話劇を千葉繁さんのナレーションがしっかりと支えるという非常にバランスの取れたいいキャスティングだなと思います。
——舞台のモデルとなる人吉市は、「令和2年7月豪雨」で甚大な被害を受けました。
ひらさわ 5月ごろにロケハンに行こうと考えてましたが、ちょうどコロナの緊急事態宣言の時期で行けなかったのです。ようやく7月に入っていけそうなメドが立ったところで、あの豪雨災害ですからね……。ロケハンで訪れようと思っていた場所も様変わりしてしまったと連絡を受けまして。
そのとき、僕の中で、この作品を「意義」のようなものがすこし増えまして。「二度と戻らないかもしれない景色をこのアニメで残そう」というミッションが……勝手にですが、降りてきました。アイキャッチも当初は作中に出てくるレイルロオドたちにちなんだ、さまざまな地方の画を入れる予定だったのですが、「今回の豪雨で失われてしまう前の景色を画として残していく」というコンセプトに変えました。ロケハンにも行けませんので、地元の方や協力いただける方に写真をたくさん写真をお借りして、制作をしています。たいしたお力になれませんが、少しでも風景をアニメの中に残せればと思い、スタッフ一同、制作中です。地元の方、人吉を愛する方が、僭越ですが、この作品を観て「ここはこういう景色だったな」と、すこしでも感じていただければと。
——クラウドファンディングでも、多くの支援をいただきました。
ひらさわ クラウドファンディングに関しては、熱烈なファンの方がたくさんいらっしゃることにビックリしました。その分、我々にも「いいものを作らないと」というプレッシャーがかかってきています。ご期待に沿えるような内容にできればと思いますし、いろいろなことにチャレンジしておりますので、お楽しみにしていただければと思います。みなさまご視聴、よろしくお願いいたします。
(取材・文・撮影/佐伯敦史)
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