「機動警察パトレイバー アーリーデイズ」で、立ち食いそばを食べていたのは誰と誰?【懐かしアニメ回顧録第72回】

一昨年、アニメシリーズ開始から30周年を迎えて、現在もイベントや劇場での再上映、グッズ発売が相次いでいる「機動警察パトレイバー」。当連載では今回から、「パトレイバー」のアニメシリーズを時系列順に振り返ってみたい。まずは、「機動警察パトレイバー アーリーデイズ」と呼ばれる初期OVA(1988年)より、第5~6話「二課の一番長い日(前編・後編)」を取り上げる。

ある冬の日、自衛隊が軍事クーデターを起こす。決起軍を率いているのは、甲斐冽輝と呼ばれる謎めいた自衛官だ。警視庁・特殊車輌二課(特車二課パトロールレイバー中隊)、第二小隊の後藤隊長は捜査一課の松井刑事の協力で、甲斐が民間フェリーに核ミサイルを備えていることを突き止め、奇襲作戦によってミサイル発射を阻止する。
ただし、後藤隊長は正義感にもとづいて行動する単純なヒーローではない。物語の途中で、後藤と甲斐は学生時代に交友関係にあったことが明らかにされ、松井刑事は「今からでも、あんたを逮捕すべきかもしれんな」と後藤に疑いの目を向ける。「後藤さん。あんたは、もしかしたら今でもあの甲斐って男の同志なんじゃないか?」 この問いに、後藤は答えない。
後藤と甲斐の共通点。それは意外なところで、さらりと語られている。立ち食いそばの食べ方である。


「ネギ抜きのかけそば」が、甲斐の存在感を強烈に印象づける


「二課の一番長い日(前編・後編)」は、休暇中だというのに行き場のない2人の男の視点をメインに進行する。ひとりは後藤隊長、もうひとりは彼の若い部下、篠原遊馬である。後藤と遊馬は別々に行動し、奇襲作戦の直前に顔を合わすのみ。だが、遊馬が立ち食いそば屋に寄ったことが、後藤にとっては切り札となる。順を追って、後藤と遊馬の行動を見てみよう。

まず、後藤は特車二課の庁舎近辺に怪しい男が張り込んでいることに気がつき、1台のパトレイバーをメーカーの工場に輸送して、兵力として温存する。このとき、後藤は部下の太田から「敵はどこです?」と聞かれて「まだ見えん」と答えている。後藤は勘にもとづいて行動しているに過ぎない。
そして、軍用レイバーを積んだ自衛隊のトレーラーが検問を振り切って逃走、甲斐の部隊が蜂起した後、後藤は自家用車で隠密行動をとる。「やってくれたな、甲斐」というモノローグがあるものの、後藤は甲斐の所在を知らぬままだ。

いっぽう、後藤と同じように帰る家のない遊馬は、第二小隊のメンバーの家をたずねて歩く。最後に相棒である泉野明の住む北海道苫小牧へ遊びに行った遊馬は、立ち食いそば屋で甲斐と遭遇する。しかし、その男が甲斐であると遊馬が知るのは、甲斐の部隊が蜂起した後のことだ。
では、どうして遊馬は誰とも知れない甲斐の顔を覚えていたのだろう? それは、甲斐がかけそばを頼み、「おっとすまないね、ネギ抜きで頼むよ」と店主に注文し、まったく具の入っていないかけそばを、七味唐辛子のみで食べたからだ。
当の遊馬はうどんにコロッケを投入、さらに玉子を入れてかき混ぜ、おいなりさんまで追加注文して「まったく……」と、店主に呆れられる。立ち食いそば屋といえど、あれこれ追加するのは子どもじみた品のない食べ方……と言わんばかりだ。しかし店主は、ネギすら拒否した甲斐の洗練された食べっぷりを笑顔で見ている。苫小牧の立ち食いそば屋のシーンでは、遊馬の未熟さと甲斐のストイックさが明確に対比されているのだ。

そして、「二課の一番長い日(前編・後編)」ではもうひとり、立ち食いそばをすする男がいる。それが後藤だ。


都内の立ち食いそば屋で、後藤隊長は何をすすっていたのか?


甲斐の部隊が決起した日、後藤は都内の高架下にある立ち食いそば屋で、テレビを見ている。後藤は丼に残った汁をすするのみで、何を食べていたのかは描かれない。しかし、苫小牧から東京に戻ってきた遊馬と後藤との会話に、わずかなヒントがある。
遊馬と電話で話している後藤は「何? 苫小牧で甲斐を見た?」と驚く。電話口の遊馬は、後藤に答える。「ええ、ネギ抜きで唐辛子をガンガンかけて、立ち食いのプロみたいなすげえ食い方で。よく知ってますね」 最後の「よく知ってますね」とは、ネギ抜き・唐辛子のみという甲斐の立ち食い作法を、後藤が「よく知っている」という意味だろう。 奇襲作戦の直前の、後藤と甲斐の会話を見てみよう。

甲斐「その手は、お前の十八番だったんじゃなかったのか?」
後藤「忘れたのか、俺が誰にそれを習ったのか」
甲斐「その調子だ。(中略)やはり、お前は俺の最高の生徒だったよ」

つまり、後藤は戦略の立て方を甲斐に学んだのだ。そればかりか甲斐は、自分の教えた兵法を後藤の十八番と勘違いしている。それぐらい思考の似通った2人が、立ち食いそばの食べ方だけ違うことはあり得ない。あえて描写されなかっただけで、後藤が食べていたのはネギ抜きのかけそばだったものと確信する。

また、苫小牧の立ち食いそば屋では自衛隊トレーラー逃走のニュースが、都内の立ち食いそば屋ではクーデター部隊決起のニュースが流れていた。立ち食いそば屋は人となりが表われる場であると同時に、真実だけを伝達する聖域なのだ。
それとは別に、隠密行動する後藤隊長は電話に出るとき、「こちら上海亭」と返事をする。身内にだけ通じる暗号である。後藤の部下の香貫花は、特車二課に潜入するとき、「宝来軒」という店の出前に変装する。中華料理店はもっぱら、何かを隠すカモフラージュに使われるのだ。
それ以外にも「納豆」「ビール」「肉」「コーヒー」「雑煮」「日本酒」など、たくさんの食べ物・飲み物が「二課の一番長い日(前編・後編)」には散りばめられている。その庶民的な生活臭こそが「パトレイバー」の魅力なのだと、あらためて感じさせるエピソードだ。


(文/廣田恵介)

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