水瀬いのり、大橋彩香、降幡愛、伊藤美来──波乱の2020年を締めくくるハイセンスな声優ソングをレビュー!【月刊声優アーティスト 第10回】
声優アーティストが当月にリリースした作品を紹介する本連載。2020年も大詰めとなるが、本年の声優音楽シーンの充実ぶりを象徴するかのように、今月は5名の声優ソロシンガーがその総括にふさわしい作品を発表してくれた。ラインアップの多さから手短かになり恐縮だが、各作品をまとめてふり返っていこう。
水瀬いのり「Starlight Museum」
遡ること5年前の2015年。自身の誕生日である12月2日に、声優アーティストとしてソロデビューを果たした水瀬いのりさん。彼女が今年の誕生日に発売した9thシングル「Starlight Museum」は、音楽活動5周年を迎えるまでに出会った作家陣と作り上げる、記念碑的な1枚となった。
水瀬さんの最大の特徴といえば、圧倒的な存在感と透明感を放つハイトーンな歌声の伸び。その元気印といえる持ち味は、堂々たるシンフォニックなトラックに、“ハーモニー”(harmony ribbon)や“虹”(Catch the Rainbow!)など、自身の過去楽曲のキーワードを歌詞に忍ばせた表題曲でも大いに生きるところだ。また、フューチャーベースを採用した「クリスタライズ」から、前述した「harmony ribbon」や「アイマイモコ」などとも地続きな、心温まるポップスナンバー「思い出のカケラ」まで、カップリングにも隙がない。
作品レビューからは少し離れるのだが、当初こそは音楽活動以外でも「なんで私が……」と引っ込み思案のように見えた水瀬さん。そんな彼女が、今では胸を張って周囲の人々を笑顔にする姿からは、音楽活動を通して培った自信が本人のメンタリティにも大いにいい影響を与えていると想像に難くない。もちろん、声優として積み重ねた経験も背景にはあるのだろうが、水瀬さんが前向きな心持ちで音楽活動に取り組む様子は、聴き手として非常に喜ばしいものだ。
大橋彩香「WINGS」
大橋彩香さんが12月16日に発売した3rdアルバム「WINGS」。リード曲「START DASH」は、約2年半ぶりにアルバムを発売する大橋さんの“再出発”をテーマにしており、彼女の制作チームが3年間にわたり熱烈なオファーを送ってきた水野良樹さん(いきものがかり)が作詞作曲に参加。全体を通して躍動感あるみずみずしいポップスに仕上がっている。
ほかにも注目すべきは、DECO*27さんによるプロデュース曲「HOWL」や、e-ZUKAさん(GRANRODEO)が書き下ろした「MASK」。どちらもシリアスな色調の楽曲となっているのだが、なかでも「HOWL」は、ボカロPのDECO*27さんらしい高速デジロックで、途中にはリズムの変化が激しい早口やダウナーなラップなど、ボーカルの歌唱力をギリギリまで追い詰める挑戦的な譜割りに。それをいともたやすく(聴こえるように)歌いこなす大橋さんには、シンガーとしての成長ぶりを感じることだろう。ちなみに「MASK」には、GRANRODEOの代表曲「Can Do」のギターリフがこっそり忍んでいる。同ユニットのファンである彼女は大いにうなったことだろう。
降幡愛「メイクアップ」
降幡愛さんが12月23日に発売した2ndミニアルバム「メイクアップ」。今年9月発売のデビューミニアルバム「Moonrise」から短期スパンでのリリースとなったが、その内容は引き続き、1980年代サウンドのリバイバルに本気で挑戦したものに。今作でもプロデューサーに本間昭光さん(bluesofa)を迎え、降幡さん自身が全曲で作詞を手がけている。
同作の発売前となる本稿執筆段階では、先行配信曲「パープルアイシャドウ」以外はまだ明かされていないのだが、同曲を試聴するだけでも、すでに前作を超えてきそうな期待感がある。たとえば歌詞の観点でいえば、現行J-POPであれば〈ごめんなさい〉とする場面を、あえて〈ごめんなさいね〉と歌うなど、当時の雰囲気を感じる語尾を加えておしとやかに。さらに、あらゆる感情の変化を〈雨のせい〉にするところから、〈薄化粧〉という言葉選びにいたるまで……。
作詞時の言語感覚や価値観を80年代モードにこれほどスイッチできる能力は、本間さんの手腕なのか。それとも、降幡さん自身のプロデュース能力が可能にしているのか気になるばかり。何より彼女の楽曲には、どれも幸せな恋の結末を迎えないところによき哀愁を感じ、繰り返し聴いてしまうのだ。
伊藤美来「Rhythmic Flavor」
ライブでは盛り上がることよりも、“癒された”や“ほっこりした”という感想のほうがむしろ嬉しいという伊藤美来さん(参考:声優アニメディア 2021年1月号)。そういった声に着想を得て、“前を向いて歩こう”という想いをコンセプトにしたのが、彼女が12月23日に発売した3rdアルバム「Rhythmic Flavor」だ。今回は本人考案のタイトルがそのまま採用されるなど、ハイクオリティな収録内容からもわかるが、これまで築き上げてきた“伊藤美来のポップス”という路線や音楽活動そのものに対して、本人が一層にのめりこんでいる様子がよく伝わる1枚となっている。
リード曲は、多保孝一さん×UTAさんの布陣がトラックメイクを手がけた、K-POPやR&Bを彷彿とさせるローファイな質感の脱力系ナンバー「BEAM YOU」。ほがらかなピュアネスを携えながら、等身大の恋心を歌う同曲の歌詞は、シンガーソングライターの竹内アンナさんによるものだ。ゆいにしおさんが作詞作曲を担当した「hello new pink」も同様だが、自身のレーベルメイトのコネクションを生かし、同世代の女性アーティストが紡ぐ言葉を歌にする活動は、ぜひ今後も継続してほしいところ。
また、おなじみとなった今作の“睦月周平枠”こと「Born Fighter」は、これまでの提供曲「Morning Coffee」などから一転、意外にもロックな1曲となっている。サビ後半の“溜め”を効かせた部分に、彼のひと筋縄ではいかない作家性を感じてしまう。そこから、2000年代前半のMr.Childrenを彷彿とさせるポップス「いつかきっと」や、佐藤純一さん(fhána)によるブラスポップ「Good Song」など、以前にも増して洗練された歌声が、様々なアレンジのトラックと相性のよい“ポップスシンガーとしての才能”を見事に発揮する。
アルバムの最後に待っているのは、あのCharaさんが作詞作曲、Kai Takahashiさん(LUCKY TAPES)が編曲を担当した「vivace」。伊藤さんがこれまで挑戦してこなかった同曲での囁くような歌い方は、Charaさんが自宅でのプリプロ録音時にレクチャーをしたとのことだ(サビ後半の少し声帯を締めたような歌声も、ひとりの部屋でこっそりと想いを募らせるような情景を思い浮かべさせるなど、この曲に非常にマッチしている)。
また、Kai Takahashiさん謹製のトラックは、やわらかくふくよかな輪郭で温かみのあるギターやシンセサイザーなど、彼の“らしさ”が存分に発揮されたウェービーなシティポップ調に(まさか声優アーティスト楽曲で、グラスに水が注がれるアンビエントな“あの音”を聴けるとは思わなかった)。よく言われる“カフェミュージック”としても遜色のない、聴いているうちに肩の力がすっと抜ける極上のトラックなのだが、その上に伊藤さんの歌声が重なるとなれば、感謝以外の思いが浮かばなくなる。伊藤美来のポップスには、リリースの度に本当に頭が上がらない。
そして、同じく12月23日には、中島由貴さんがデビューアルバム「Chapter I」を発売。同作には、アニソンシンガー・Rayさんによる名盤「Little Trip」をかつて制作した、川田まみさん、中沢伴行氏、佐高陵平氏(y0c1e)らが参加。声優アーティストである中島さんには、彼女のパーソナリティを反映した楽曲が用意されているわけだが、その色調豊かな楽曲の数々には「Little Trip」のそれを感じる部分もあった。
そのほか、三澤紗千香さんや熊田茜音さんなど、本稿で紹介しきれなかった作品も目白押しな2020年12月。思えば、先般の時流から春作には作品リリースが延期されたり、今現在でもイベント開催がどうしてもはばかられたりと、これまで通りのリスニング体験を楽しめるようになるのは、まだ少し先になりそうだ。
しかしそうした状況下でも、本稿において今年春から取り上げたきたような作品は我々のもとに届き、日々の生活に彩りを与えてくれる。形は変われど、想いは変わらず。来年もまた生まれるだろう、数多くの声優アーティスト楽曲との出逢いに期待を抱きながら、2020年の残り数日を笑顔で過ごしていきたい。
(文/一条皓太)
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