“眼に見えないものを見る”ための効果音が、「機動警察パトレイバー2 the Movie」には暗号のように埋設されている――【懐かしアニメ回顧録第76回】
前回の当コラムでは、「機動警察パトレイバー NEW OVA」での声優たちの競演について語った。今回は、1993年8月に公開された劇場アニメ「機動警察パトレイバー2 the Movie」(以下、「P2」)を取り上げる。
汎用人型機械“レイバー”を擁する陸上自衛隊が、PKO(国連平和維持活動)の一環で、東南アジアの紛争国へ派遣される。しかし、レイバー小隊の隊長・柘植行人(つげゆきひと)は火器の使用を認められず、戦場で部下を失ってしまう。帰国した柘植は自衛隊内に秘密組織を結成し、陰から自衛隊同士を敵対させて、東京を仮想的な戦争状況に陥れる。
この「P2」は、徹底的に「視(み)る」映画である。
冒頭、PKOのレイバー小隊を率いる柘植は、モニター越しに戦場でおきた出来事を視る。
レイバーの新型インターフェイスをテストする泉野明は、「視覚操作モード」によって、CGでつくられた街を視る。
それ以外にも、横浜ベイブリッジを攻撃するミサイルの照準カメラ、取材ヘリからのニュース報道、ホームビデオやカラオケビデオの解析など、機械の目を通じた映像が頻出する。「P2」の見どころは、まるで現地でロケしたかのような精緻なレイアウトと、強い現実感を喚起するデジタル的な映像処理の数々だ。
しかし、このコラムでは映像ではなく「音」について触れる。アニメーションにかぎらず、劇映画の効果音は、映像内の情報を補足するかのような使われ方が大部分だ。雨の降っているシーンなら、雨の音。戦闘シーンなら、銃声や爆発の音。
ところが、「P2」では“その場にないはずの音”が、いくつかのシーンで使われているのだ。2つの音を、例にあげよう。
戦闘機のパイロットは、その場にいないはずの鳥の声を聞く
例1《鳥の鳴き声》
シーン1:映画冒頭、柘植は部下をすべて目の前で失い、自らの乗る指揮用レイバーも攻撃されて怪我を負う。ひとり残った柘植が無言で振り返ると、そこにはツタのからまった神像があった。その神像のうえにとまった鳥が、するどい鳴き声をあげる。
シーン2:映画中盤、BADGE(自動警戒管制組織)システムがハッキングされ、危うく自衛隊機が同士討ちをする事態になる。モニター上にしか存在しない敵機(コードネーム「ワイバーン」)を迎撃するため、航空自衛隊の百里基地から2機チームの要撃機(コードネーム「ウィザード」)、小松基地からコードネーム「プリースト」が発進する。BADGEシステムのモニター上では「ウィザード」2機が消失し、管制官は「ワイバーン」に撃墜されたものと信じこむ。その直前、「ウィザード」のパイロットは何かに気がついて顔をあげ、その瞬間、柘植が聞いたのと同じ鳥の鳴き声が入る(画面に鳥は映っていない)。
シーン3:柘植の作戦が着々と進行する中、早い時期から柘植の動きを追っていた特車二課隊長の後藤と南雲は、警視庁の会議に呼び出される。警察幹部たちの無能ぶりに愛想をつかした後藤と南雲は、ミニパトで警視庁本庁舎から脱走する。その背後で、本庁舎屋上の通信アンテナが戦闘ヘリによって破壊される。その直前、やはり柘植が聞いたのと同じ鳥の鳴き声が入る(画面に鳥は映っていない)。
シーン1での鳥の鳴き声は、理不尽なルールによって部下を殺された柘植の怒りと絶望を代弁している。
その柘植の心情が、東京上空で像を結んだ瞬間が、シーン2ではないだろうか。実際には存在しない敵機を邀撃しようとした自衛隊機が、その存在しない敵機に撃墜される――画面外からの鳥の声は、“起きないはずの事実”の起きた象徴的瞬間にふさわしい。
シーン3での鳥の鳴き声は解釈が難しいが、東京の要所を攻撃する戦闘ヘリは柘植の意志を体現しているので、警視庁が襲われるシーンにも鳥の声が必要だったのかもしれない。
松井刑事が倒されるシーンで、レイバーのカメラ音がする理由は?
例2《カメラの駆動音》
シーン4:映画冒頭、泉野明は、レイバーのテスト機に乗ってシミュレーションを行う。「視覚操作モード」に入ったとき、テスト機の頭部がアップになり、カメラがレール上を素早く動く。その動きに合わせて、モーターの駆動音が入る。
シーン5:後藤と南雲は自衛隊・練馬駐屯地へ警備任務で派遣され、パトレイバー隊が駐屯地の門前に立つ。警備中のパトレイバーの頭部がアップになる。カメラがレール上を移動して、シーン4と同じ駆動音が入る。
シーン6:後藤と連絡をとりあって柘植の目的をさぐる警視庁の松井刑事は、東京郊外の飛行船会社に潜入する。松井の動きを、柘植の部下たちが監視カメラ越しに見ている。彼らは松井を殺さず、気絶させて監禁しようと決める。彼らのひとりが「やれ」と命じると、監視カメラ内の松井が襲われて、その場で気絶してしまう。松井が襲われるアクションに合わせて、シーン4と同じカメラの駆動音が入る。
シーン4は絵に合わせた効果音でしかないが、シーン5は警察と自衛隊が対峙する緊迫した場面である。警備に立つパトレイバーを撮影しているテレビ局のレポーター、カメラマン。その彼らを頭部カメラで見返すパトレイバー。コクピットにいるはずのパイロットは映らない。その代わり、カメラを内側からとらえた無機的なカットが挿入される。
そのカットでは、同じカメラの駆動音が、シーン4よりも冷たく聞こえる。「視る」主体の欠損した「視る」だけの機械――。その不気味さと空虚さが、駆動音によって強調されている。
難しいのは、シーン6である。その場にあるのは古典的な監視カメラであり、レイバーに搭載された可動式の最新カメラではない。にもかかわらず、松井が襲われる瞬間、カメラの駆動音が入る。柘植の部下たちの行為は、機械的なまでに冷たい……という演出上の狙いだろうか?
おそらく、そうではない。あえて言うなら、カメラの駆動音は「視る」音だ。先述したように「視る」ことが、この映画を支配している。
その映画の構造を強化するため、同じ効果音が暗号のように、関連のないシーンのあちこちに埋設してあるのではないだろうか? 鳥はその場に存在しないし、駆動するカメラもその場にない。しかし、柘植の感情や「視る」行為は、映画全体にあまねく潜伏している。アニメでは、目に見えないものは描けないし撮れない。しかし、効果音によって裏側から繋ぐことで、不可視の構造をも感じさせることが可能なのではないだろうか?
(文/廣田恵介)
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