作曲家・伊賀拓郎 ロングインタビュー!(アニメ・ゲームの“中の人” 第47回)

ライターcrepuscularの連載第47回は、アニメ音楽界に舞い降りた“破天荒”な作曲家、伊賀拓郎さん。今では「私に天使が舞い降りた!」(わたてん)の劇伴作家として知られる伊賀さんだが、彼の音楽はどの作品でも個性と愛にあふれている。テレビシリーズデビュー作「緋弾のアリアAA」では尖った電子サウンドを疾走させ、「月がきれい」では繊細な中学生の恋愛感情をピアノでソフトに表現していた。「歌舞伎町シャーロック」の際は、ジャズと祭囃子を融合させるなど、これまた斬新なアプローチでファンを驚かせた。近作「恋する小惑星」でもピアノや管楽器を巧みに操り、透明感あふれるスコアで作品の世界観を見事に構築していた。劇場版「わたてん」や次作が待ち遠しいところだが、当インタビューではそんな伊賀さんのキャリア、作曲論、仕事上大切にしていること、今後の挑戦などを幅広くうかがった。彼の“破天荒”な才能はどのようにして育まれたのか。あの名曲誕生の舞台裏とは。気になる方は、ぜひチェックしていただきたい。

「自分ひとりじゃできないことが積み重なる」アニメ音楽


─本日はどうぞよろしくお願いいたします。初めに、伊賀さんにとってアニメの劇伴作曲家の魅力とは何でしょうか?


伊賀拓郎(以下、伊賀) これは作曲全般で言えることなんですけど、自分ができない楽器をプレイできる人たちが集まって、自分の思ったものが形になる、というのが一番楽しいです。自分はプロのプレイヤーとしては、ピアノぐらいしかできないんですよ。それに加えて、アニメのような映像音楽だと、画が動いたり声が入ったり、自分ひとりじゃできないことが積み重なってくるじゃないですか。最終的に完成した作品は、自分の音楽だけじゃない、総合的に組み合わさってできたもので、自分の想像をはるかに超えたものになりますから、それを観ることができるのもうれしいですね。


─テレビシリーズの劇伴は作曲数が多く、スケジュールもタイトです。制作中、辛いと感じることはありますか? 


伊賀 そう思うことも結構ありますね。「いいメロディが出ないな……」と自分の中で悩むこともあるし、「これでいいだろうな」と思ったものが、「この方向性じゃない」と返ってくることもあるので。しかも、順調に行かなくても締め切りは迫ってくる。自分が自分のために好きな音楽を作るんだったら、どこまでも作り込むことができるんですけど、アニメの劇伴はいろんな制約がある中で何十曲も作らないといけないので、お話をいただいた時はすごくうれしくてワクワクするんですけど、やっぱりプレッシャーは感じます。自分は演奏仕事も多いので、時間を全部作曲にあてられないんです。


─現在もピアニストとして活躍されているのですね!


伊賀 そうなんですよ。葉加瀬太郎さんや高嶋ちさ子さんのコンサートにサポートミュージシャンとして参加させていただいたり、ほかの作曲家の方のスタジオレコーディングやそれに付随したアレンジ仕事もやっています。忙しければ月に半分ぐらい演奏仕事が入っていることもあるので、劇伴作曲だけに注力できればまた違うんでしょうけど、毎回かなりドキドキしながらやっています。

「わかりやすい」音楽


─創作活動にあたり、一番影響を受けた作品は? 


伊賀 小学生の時に初めて自分が自分のおこづかいで買ったCDは、テレビシリーズ「ルパン三世」の大野雄二さんのサントラと、劇場版「宇宙戦艦ヤマト」の宮川泰さんのサントラです。今振り返ってみると、結構わかりやすいものを好んで聴いていたんじゃないかな、と思います。「わかりやすくカタルシスがある」とか、「わかりやすく感情を表現している」とか、「わかりやすくカッコいい」とか。そういう楽曲が好きだったんです。自分は15歳までヤマハ音楽教室に通っていたんですけど、そこでもわかりやすい作曲をするよう教わりました。


─今も新しい音楽は聴かれていますか?


伊賀 音楽を聴くのは好きなので、常に何をやってる時も音楽をかけています。ランキングとか、話題になっている人たちの音楽はチラ聴きしますけど、自分からドンドン聴こうとはしませんね。悔しくなるから(笑)。友達から薦めてもらった音楽を聴くのも楽しいですね。「ドリーム・シアター」とか、メタル系が好きなドラマーの友達がいまして、その彼がいつも新しい音楽を探しては送りつけてくるんですよ。あとは、サブスクがすごい便利なのでサブスクでたくさん聴きながら、「これは!」と思う楽曲があれば買うようにしています。

ミュージカル「天使の眼差し」誕生秘話


─お好きなジャンルや音作りがあれば、ぜひお聞かせください。


伊賀 自分は、ジャンルやスタイルに強いこだわりはありません。なぜなら、曲を作っている最中に監督やプロデューサーから、「それは違うから、もっとこういうメロディラインにしてほしい」と言われて、元々の自分の意思や思い描いたものとは違うものになったとしても、自分のカラーは損なわれずに出ていると思うからです。


─ピアニストとして、やはりピアノ曲には自信がおありでは? 楽曲数的にも、ピアノスコアが多い印象があります。


伊賀 そうですね。それは求められていることだと思いますし、自分もプレイヤーだからアピールポイントのひとつだと思っています。もう少し言うと、ピアノ弾きとしてずっとジャズをやっていたので、ジャズっぽいものは得意なほうだと思います。でもそれは「強いて言うなら」というぐらいなので、どんなジャンルでも好きです。「私に天使が舞い降りた!」(2019)みたいに隙間が多めのものも好きだし、今作っている大編成のオーケストラも好きですね。


─「私に天使が舞い降りた!」と言えば、第12話で「天使の眼差し」のミュージカルがありました。挿入歌は全て、伊賀さんが作詞・作曲・編曲を担当されていましたが、あの部分はフィルムスコアリングなのでしょうか?


伊賀 実際の映像ではないですが、平牧大輔監督の絵コンテをいただいて、コンテの秒数やカットを見ながら作りました。コンテには仮歌詞が書いてあったんですけど、「この字数だと足りないな」や逆に「入りきらないな」とかがあったので、自分で噛み砕きながら歌詞も同時並行で作っていった感じです。


─「かくりよの宿飯」(2018)第5話の「時の砂」、「恋する小惑星」(2020)第4話の「あの空の向こうに」など、伊賀さんは特殊エンディングの作詞・作曲・編曲もされています


伊賀 歌ものを作るのも楽しいですね。「恋アス」では本編の終わりから特殊エンディングにつながるように、映像用のアレンジも行いました。この時はコンテではなく完成前の映像をいただいて、間奏を少しだけ入れてまた歌に戻る、といったエディットをしました。

「鍵盤とコードを思い浮かべない」作曲


─作曲方法についてうかがいます。伊賀さんは普段、どのようなやり方をしているのですか?


伊賀 メニュー表をいただく際に監督から「重要曲だから」と言われたら、その曲から優先的に作りますし、それがなければ、テーマになりそうなものを自分で選んで作っていきます。自分はいただいたメニュー表や資料を全部、パソコンに打ち直して、エクセルの表にまとめて管理しているんです。メニュー表に対して、使用する楽器、目安の秒数、想定シーン等を追加していき、管理しています。


─あの印象的なメロディは、どのようにして生まれるのでしょうか?


伊賀 メロディに強さを持たせたい楽曲を作る時には、鍵盤とコードのことを絶対思い浮かべないようにして、鼻歌で歌って録音するとかしていますね。重要曲は大体メロディが重要な音楽になるので、そういった作り方をすることが多いです。


─「鍵盤とコードを思い浮かべない」作曲ですか!?


伊賀 昔の自分は、「メロディラインが弱い」と常々思っていました。その原因をよく考えてみると、楽曲を作る時には大体ピアノで弾いていたし、ピアノがなくても頭の中でピアノを弾いていたんです。ちょっとでも鍵盤を思い浮かべると、勝手にそれに合わせたコードの動きが付いてきちゃうんですよ。でそうなっちゃうと、そこで展開が決まってしまう。いつも通りになっちゃう。手癖じゃないですけど、自分のメロディイメージが狭まるというか、メロディが自分の手の動く範囲に収まってしまったり、歌っぽくない器楽的なメロディになってしまったりするんですよね。だから今では、歌ものでも劇伴でも、メロディに強さを持たせたい楽曲を作る時には、鍵盤とコードを思い浮かべないように鼻歌を録音するんです。


─伊賀さんの劇伴には、Aメロ、Bメロ、Cメロといった歌もののような構成を取り、展開に合わせて主旋律の楽器が交互に入れ替わる楽曲もあります。これもひとつの特徴なのかなと思いますが、ご自身ではどう思われますか?


伊賀 風景になる曲とかは別ですけど、メロディを聴かせる曲を作る時には、歌ものみたいにわかりやすく、盛り上がりを持たせられるように意識しています。多分、そういう方法で作っている曲が、おっしゃるような楽曲たちになっているのだと思います。

「歌舞伎町シャーロック」で挑戦した、「ジャズを使った出囃子」


─「歌舞伎町シャーロック」(2019~20)の推理落語導入シーンで流れていた「Entrance Theme of Sherlock」は、トランペットと三味線のかけ合いがとてもクールな楽曲でした。


伊賀 ありがとうございます。音響監督の長崎行男さんは、1曲1曲、全ての曲を脚本のどこで使うか細かく指定されていて、オーダーの内容もわかりやすかったです。「このシーンで使うから、こういう曲が欲しい」という感じで。「シャーロック」は楽器編成等も含めて、打ち合わせの段階でかなり細かく詰めた作品でした。


「Entrance Theme of Sherlock」は、「シャーロックの出囃子(でばやし)」というオーダーでした。普通出囃子といえば三味線、笛、締太鼓とかなんですけど、自分にはジャズが根幹としてあるので、「ジャズを使った出囃子で行こう!」と思いました。でも、普通のジャズもつまらないから、「三味線をインプロ的にからめた、シャーロックらしい出囃子」にしたんです。


─メニュー表には、シーン指定がないものなのですか?


伊賀 あまりないですね。長崎さんのような指定は珍しいと思います。だから通常はいつも、自分で脚本とメニュー表を見比べながら、「このシーンは、この楽曲っぽいな」と推測して、そのシーンを思い浮かべながら作曲しています。


─「Entrance Theme of Sherlock」はトランペットが高らかに鳴り響いていましたが、その後の推理の場面で使われていた「Mystery RAKUGO」は、逆にウッドベースが静かにリズムを刻んでいました。これは、シャーロックのせりふをじゃましないように配慮されたからでしょうか?


伊賀 おっしゃる通りです。「Mystery RAKUGO」は、犯人を解き明かすところで使用される楽曲なので、「静かだけど緊張感のあるジャズ」というのを思い浮かべて作りました。メロディも、せりふのじゃまにならないようスパンが長めのラインになっています。


─第21話、シャーロックがモリアーティの首を絞めるシーンで流れたトランペットソロ「Insanity of Moriarty」も、インパクトがありました。


伊賀 この曲は打ち合わせの中で長崎さんから、「トランペットだけでやってみよう」という提案をいただきました。


─「恋する小惑星(アステロイド)」は、「地学部活動1自己紹介」、「ほのぼのおしゃべり」、「お話しようよ」、「憧れの場所」など、木管楽器を使った透明感のある音楽が印象的です。ファンの皆さんにも好評のようです。


伊賀 うれしいですね。言われてみると、「恋アス」に限らないで、自分は結構木管を使いたがりかもしれないです。木管の楽器たちって、それぞれ色がはっきりしているので、音色を聴いただけで楽曲の方向性や感情表現が伝わると思うんです。木管のメロディをピアノやストリングスで包み込む、というのはよくやっていますね。


─これは監督、音響監督の判断にもよると思うのですが、伊賀さんのオルゴールスコアは、回想シーンで使用されることが多いようです。


伊賀 オルゴールって、自分も回想のイメージがあるんですよね。言われなくても、回想曲はオルゴールにしちゃうことがあります。あとオルゴールは、カロリーもトラック数も少ないので、メニュー表になくても、プラスのオプションとして勝手に追加しがちです。

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