【映画レビュー】こじらせ童貞vs魔性の美少女──「機動戦士ガンダム 閃光のハサウェイ」のギギ・アンダルシアに脳を破壊されろ!
昨年公開の予定が昨今の状況により延期に延期が重なり、正式公開が待ち望まれていた映画「機動戦士ガンダム 閃光のハサウェイ」が2021年6月11日、ついに劇場公開されました。
公開初日金曜日の興行収入は1億9000万円、週末を合わせると3日間で興行収入5億円を超えたと言いますから、まずは好調なロケットスタートを決めたと言えるのではないでしょうか。
今回の公開にあたり、本作で劇伴を担当する澤野弘之さんのインタビューをお手伝いしたこともあって、劇場の音響で澤野さんの音楽を聴こうと思い立ち、公開初日の劇場を訪れました。鑑賞後、担当編集Aに感想を伝える中で、ギギが、ギギがね、ギギがよう、と話していたところ、ギギを軸に鑑賞コラムを書くことになぜかなりました。中身のない日記のような前置きですいません。
※編集部注……ここから先はネタバレ全開のレビューになりますので、ご了承ください!
⇒ハリウッドの潮流である“メロディの排除”とエンターテインメントとしての“強いメロディ”のバランスの妙──『機動戦士ガンダム 閃光のハサウェイ』劇伴担当・澤野弘之インタビュー
33年ぶりに再会したハサウェイは立派なこじらせ童貞になってました
「機動戦士ガンダム 閃光のハサウェイ」は、1988年に公開された映画「機動戦士ガンダム 逆襲のシャア」のストーリーに連なる33年ぶりの続編的立ち位置の作品です。原作は富野由悠季さんが1989年~1990年に上梓した小説ですが、今回の劇場版には富野さんはほとんど関わっていないそうです。監督を務めたのは村瀬修功さん。映画「虐殺器官」の監督として名高く、富野監督のもとでは「機動戦士ガンダムF91」の作画監督をはじめ、いくつかの作品に関わってきましたし、そのほかの歴代ガンダム作品においても、「新機動戦記ガンダムW」のキャラクターデザインや各作品で名場面を手がけるアニメーターとしても知られています。
そんな村瀬監督の作画スタイルは、ソリッドで硬質にして実写的。そんなスタイルを反映してか、「機動戦士ガンダム 閃光のハサウェイ」にもハリウッドの戦争映画的な、どこか乾いた空気感が漂っています。環境問題とテロリズムというモチーフも、30年前以上前の原作とは思えないぐらいに現代的です。
個人的には、村瀬監督というフィルターを通したことによって、ヒロイン・ギギに対する興味ががぜん湧いた気がします。というのは、おじさん世代のオタクにはままあることなのですが、僕は作品の向こうに製作者の顔を見がちなんです。「機動戦士ガンダム」で言えば台詞回しが富野節だな、このキャラクター造形は富野さんっぽいな、などに目が行きがちなのですね。例外は監督の創意がそれほど及びにくい“声”の分野で、ハマーン様かっこいいな、素敵だな、と思うのは、80%ぐらい声優の榊原良子さんのパワーです。
脱線しましたが、村瀬監督は作家の顔がグイグイ前に出てくるように感じられるタイプの作り手ではないと思っております。ゆえに彼によって創り上げられた“ギギ・アンダルシア”の美しさと謎めいた魅力を、僕はストレートに受け止めることができたのでした。ギギかわいいよギギ。
「機動戦士ガンダム 閃光のハサウェイ」の物語は、特権階級向けのシャトル・ハウンゼン356便に主人公・ハサウェイとヒロインであるギギ、そしてハサウェイの恋敵(?)となる伊達男、ケネス・スレッグが乗り合わせるところから始まります。ギギは内面の見えにくい謎と秘密を煮つめたような少女ですから、その姿や言葉を誰の視点を通して描写するのかが重要になります。
本作で主にその役を担うのは、もちろん主人公のハサウェイ・ノアになります。ハサウェイは「機動戦士ガンダム 逆襲のシャア」に登場したクソガキで、お父さんはホワイトベース艦長でおなじみのブライト・ノアです。ハサウェイは「逆襲のシャア」でクェス・パラヤという少女に惹かれていたのですが、クェスはあの赤い彗星ことシャア・アズナブルに惚れてハサウェイの元を去ってしまいます。しかも戦闘のさなかでクェスが命を落としてしまい、そのことはハサウェイの人生と人格形成に深刻な影を落としました。
僕が33年ぶりに(作中では12年ぶりに)出会ったハサウェイ・ノアは、すっかりこじらせた童貞になっていました。作中ではハサウェイが童貞であるという描写はないのですが、クェス・パラヤを失ったことがきっかけで(?)女性に対して奥手であること、ギギ・アンダルシアのような魅力的な女性と同じ部屋に泊まっても本当に手を出すつもりがなさそうなところ、でもギギの足や腋には興味津々であるように見えなくもないことなどを総合すると、ハサウェイ・ノア25歳は少なくとも名誉童貞と呼んでも差し支えないと思います。ギギいやらしいよギギ。
ハサウェイとギギ──2人はいつ、どこで惹かれあったのか
唯一、ホテルであられもない姿のギギと遭遇した際のハサウェイの冷徹とも言える態度だけが非童貞的ですが、これは彼の反地球連邦組織のリーダー“マフティー・ナビーユ・エリン”としてのペルソナが色濃く出ているのではないかと思いました。組織の長として活動する彼にとって、何らかの意図を持って近づいてくる魅力的な異性に対する対応というのは必須スキルであると考えられます。だから色じかけの類に対する対処としては完璧な突き放し方、かつ、ラッキースケベイベントにおける女の子への対応としては最悪の反応をしてしまったとも言えます。実に童貞的な融通のきかなさですね。
ハサウェイとギギとは、出会った時から何やら通じ合い、惹かれあう何かがあったようでした。これは比喩ではなく、ニュータイプ的なビビビと来る奴です。初代「ガンダム」の昔から、ニュータイプ的な男女は惹かれあい、大抵ろくでもない結末を迎えると相場は決まっています。ギギは直感的に感じ取ったハサウェイの魂の有り様と、彼が隠している秘密の大きさに興味を持ったのでしょう。
いっぽうのケネスはいち早くギギにアプローチをかけますが、彼の世慣れた対応はギギにあまり響いている様子はありません。実力者で社会的にも男性的にも魅力的な軍人がヒロインにモーションをかけるんだけど、ヒロインである不思議ちゃん女子はニュータイプ的なつながりによって主人公の童貞に徐々に惹かれていく……という構図は、初代「機動戦士ガンダム」におけるシャア・アズナブル、ララァ・スン、アムロ・レイの関係性を彷彿とさせるものがあります。シャアの影を追いかけるハサウェイ・ノアが、ここではアムロ的な童貞ポジションにいるのは興味深いところです。
有能で権力があって仕事ができて遊びなれてて声が諏訪部順一さんという伊達男、ケネス・スレッグという男は、社会的に見ればハサウェイよりも魅力的な男性とみなす人が多いでしょう。ハサウェイも組織の女性にはモッテモテですが、これは“マフティー・ナビーユ・エリン”としての立場や幻想も含めての評価であるように思います。さて、このケネスの「社会的オスとしての強さ」は、本作の中で印象的なシーンを生んでいます。
それが、マフティーの空襲を受けたホテルからハサウェイに守られて逃げ延びたギギが、ケネスに駆け寄って(抱きついて)庇護を求めるシーンです。ハサウェイの立場からすれば、組織での立場やあるべき行動を脇においてまで守り抜いた少女が、ほかの男の胸に飛び込んでいくのですから、これはもうかなり脳が破壊される案件です。ギギひどいよギギ。
ですが、何度か死んでもおかしくない死地に置かれたギギが、極限状況において頼るべき相手がその場において誰か、を本能で嗅ぎ分けた結果と考えれば、これはごく自然なことです。ギギは過酷な時代をたったひとりで生きる中で、80歳を越えるカーディアス・バウンデンウッデン伯爵の愛妾として庇護されることを選びました。生きるためにその場で頼るべき相手を見抜いて頼ることは、彼女が生き抜くために必要な習い性だったのではないかと思います。このシーンでは、ほかの男のもとに走っていくギギに、シャアの元に走るクェスの姿が重ねられています。この時のギギの「大佐ぁ」という甘え声の演じ方がクェスのそれに寄せられているのは、ギギ役の上田麗奈さんと録音演出・木村絵理子さんの名プレイだと思います。
このあと、暖かく安全な場所を与えられたギギが真っ先にしたことは、自分の隣をぽんぽん、と示してハサウェイを座らせ、飲みかけのあたたかい飲み物を渡し、こてん、とハサウェイに甘えることでした。ひと足先に安全な場所に行って人心地ついて、自分のしたことを自覚したギギの行動として考えてみると、これってめちゃくちゃ人間的なんじゃないか、と思います。少なくとも常に謎めいたギギの行動の中では、かなり理解のできる情動です。
しかし、童貞であるハサウェイにとっては、自分の元を去っていったように感じた少女が、次のシーンでいきなりガンガンに距離を詰めてくるというのは理解を超える出来事だったと思います。飲みかけのカップを渡されたハサウェイは、あきらかに間接キッスを気にするそぶりを見せます。そのうえで、ギギに隣からこてんとやられた時のカップに立ったさざなみは、そのままハサウェイの心の中をあらわしているようでした。ギギの緩急のある攻めに“マフティー・ナビーユ・エリン”としての心の鎧が破壊され、ハサウェイの童貞力がもっとも高まった瞬間だったのではないかと思います。
生きるために強者に庇護されることを本能としながらも、だからこそハサウェイの臆病で、屈折しながらも高潔さを失わない魂に惹かれたのではないか──というのが、自分なりの本作でのギギ・アンダルシアに対する理解でした。
えっ……恋人って聞いてない
物語の後半、ハサウェイ童貞問題にあらたな展開が訪れます。“ど、童貞ちゃうわ”軍から、ハサウェイの恋人であるケリア・デースが参戦してきたのです。組織マフティーでハサウェイの周りには、石川由依さん演じるエメラルダ・ズービンや、松岡美里さん演じるミヘッシャ・ヘンスといった魅力的な仲間が多数登場しますが、ハサウェイ側から彼女たちに矢印が向いている様子はありませんでした。ところが(元?)恋人というと、当然やることはなさっているのではないか、という重大な疑問が浮上します。
ケリアは、かつてクェスを失って傷心にあったハサウェイを支え、マフティーという組織に参加するきっかけにもなった人物です。実際、心が弱っている時に早見沙織さんの声でやさしくされたら好きになってしまうのも当然ではないでしょうか。ですから、ケリアはハサウェイにとっては感謝してもしきれない人物だと思います。
ですが、ハサウェイがギギに心をかきみだされている時に、恋人のケリアの存在を気にしている様子はあったでしょうか。いやぁ、なかったと思うなぁ。原作小説を未読なら、唐突なケリアの登場に「え、恋人なんていたの!?」となった人も多いのではないでしょうか。
献身的に支えてくれて、世間的には付き合ってると思われてて、感謝もしているんだけどニュータイプ的に惹かれている年下の不思議な女の子は別にいるんだよね……という部分では、ハサウェイとケリアの間柄はシャア・アズナブルとナナイ・ミゲルの関係性にも重なるような気がしました。
ケリア・デースについては、この原稿にも最初呼吸をするように「元恋人」と書いてしまったんですよね。でも公式サイトのキャラクター紹介によれば、ケリアは「マフティーメンバーでハサウェイの恋人。ハサウェイがマフティーへ参加するきっかけを作った人物」と書いてあります。作中の描写的にもハサウェイのためにけなげにがんばるエメラルダ・ズービン(赤毛の子です)のほうが負けヒロインとしてのプレゼンスはよほど強いと思うのですが、公式が恋人というならハサウェイの現恋人はケリアなのです。
これが「超時空要塞マクロス」なら、ここからハサウェイたちの多角関係は宇宙規模の物語につながっていくのですが、なんせ原作が富野由悠季御大ですからね……。恋愛模様の行方以前に女性たちが生き延びてくれるのかすら心配になってきますが、今後ギギ、ハサウェイ、ケネスと負けヒロインたちの関係性がどうなっていくのかも含めて、「閃光のハサウェイ」第二部、第三部にも注目していきたいと思います。
しかし、ハサウェイのお父さんのブライト・ノアは、お母さんのミライ・ヤシマと結ばれるにあたり、スレッガーさんやら元婚約者のカムラン・ブルームとの間で、まっとうな大人の関係性を築いていたのですけどね。なんでハサウェイはよりにもよって、そちらの面でもシャア・アズナブルのあとを追ってしまうのか。不憫で面白くてなりません。
(文:中里キリ)
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