レジェンドアニメーター・湖川友謙のこだわりで、よりよい作品になった──映画「100日間生きたワニ」上田慎一郎監督インタビュー

Twitterで100日にわたり投稿され、大きな話題を集めた、きくちゆうきさんの4コマ漫画「100日後に死ぬワニ」が、2021年7月9日、アニメ映画「100日間生きたワニ」として帰ってくる!

本作は、実写映画「カメラを止めるな!」の上田慎一郎監督と、アニメーション監督としても活躍するふくだみゆき監督の夫妻が中心となりアニメ映画化された。

そこで、今回は原作に込められたメッセージに強く共感し、映画化を熱望したという上田監督にインタビューを行った。

脚本を手がける中でコロナ禍に直面し、劇的に変わってしまった日常と価値観の変化にとまどいながらも、「今、観てほしい」物語に作り上げたという本作に込めた想いや、普段の映像作りとの違いや発見をはじめ、アキバ総研読者も注目するコンテ・アニメーションディレクトとして参加するレジェンドアニメーター・湖川友謙さんとの制作過程でのやりとりなどについてもうかがった。

── 「映画化したい!」という思いは、原作のどのような部分への共感だったのでしょうか?

上田 原作をTwitter投稿の2日目くらいから読み出して、30日目くらいには映画化の企画書を作っていました。原作漫画が持つ“語らぬ美学”、余白のようなものに一番魅力を感じました。原作を読んだ人たちがコメント欄にいろいろな解釈を書き込みたくなる、どこか映画的なものを感じました。コマとコマの間に流れているであろう時間のようなものを映画化したいという思いでした。

── ワニが主役というのもおもしろいですよね。

上田 動物を擬人化する作品は、特にアニメではよくある設定です。でも、犬とか猫のような身近な動物ではなく、ワニやネズミ、モグラという、人によっては苦手意識があるかもしれないちょっとニッチな動物をメインにしているところも、すごくいいなと思いました。

── 実写での映画化は検討しなかったのでしょうか?

上田 実は、企画書は実写で書いていました。被りものやCGを使うのではなく、キャラクターを人間に置き換えることを想定して。でも妻のふくだみゆきと一緒にアニメ映画をやるのはどうか、という提案を配給元の東宝さんからいただきました。その提案を受けて、ふくだは割と日常系の作品を描くことが多く、僕はどちらかというと日常系ではないので、確かに妻と一緒にやったほうがいい映画になる、と思うようになりました。誰もが自分の人生に重ねやすくなることを考えたら、きれいな女優さんやかっこいい俳優さんが演じるのではなく、ワニやネズミといった匿名性を持たせたキャラクターのままのほうがいい。だからこそ、実写ではなくアニメにしてよかったと思っています。

── 普段の映像作りとの違いや、刺激になったこと、発見などはありましたか?

上田 監督としてアニメ作品を手がけるのは今回が初めてでした。めちゃくちゃ大変だったけれど、とても楽しかったです。実写をやるときに活用できる武器が増えた感触もあります。改めて感じたのは、実写とアニメの作り方の違いです。実写は撮ったものを編集して、リズムや間合いなどのテンポは後から作ります。でも、アニメの場合は、絵コンテでこのカットには何秒という形が決まっています。それに合わせるように必要な絵を作り、声を録る。たとえば、4秒のシーンを作るとき、実写なら10秒くらい撮って、あとから編集で調整します。でも、アニメはこのカットは“4秒”だからという前提で作り始めます。実写のように「写ってしまったもの」みたいなことがなく、すべて意図して作られている。画面のすみずみまで映るもの、形まで決めてから作るという明確さはすごく学びになりました。もちろん、意図しないものが映ってしまうことが実写のよさでもあるんですけどね(笑)。

── 映画版オリジナルの展開もあります。「今観てほしい物語」というのは、その部分に強く反映されているのでしょうか?

上田 僕自身は、作品を作るときにテーマやメッセージを込めて作るタイプではありません。とはいえ、何も込めてないわけじゃないですよ(笑)。答えがわからない状態で、一緒に探すのが僕のスタイルです。ただ、今回は脚本制作中にコロナ禍になったこともあり、ワニが死ぬまでの100日だけではなく、僕自身も見たかった、残された人のその後も描かなきゃいけないと思いました。今のようなご時世で、“前を向いて行こうぜ!”という人もいれば“そういうのはちょっとしんどい”という人もいます。僕は前者のタイプなのですが、それを押し付ける映画にはしたくありませんでした。いろいろなタイプの人が生きる中で、誰も否定しないもの、そんなことを探りながら作った映画です。

── 映画版には新キャラのカエルも登場します。

上田 後半で描く物語を考えたとき、ワニがいなくなってみんなが鬱々としているだけではダメだと思いました。カエルはワニの代わりではないけれど、重なる部分もあったほうがいいなというところで、選んだキャラクターでもあります。「100ワニ」の世界の中で異物であってほしいという思いもあり、あのようなキャラクターになりました。

── 脚本・監督を奥様のふくださんと共同で担当していますが、作業分担などは決まっていたのでしょうか?

上田 明確にはありませんでした。割と全部一緒にやっていた感覚です。キャスティングも2人で候補を一緒に出す形でした。でも今振り返ると、分担のようなものはあったのかもしれません。構成や編集は僕、キャラクターや絵のあり方などは、ふくだの得意分野です。お互いの得意分野が違うし、それぞれの得意なところを信じているので、決めていたというより自然に分担していたかもしれません。脚本はまずふくだが書いて、僕が受け取って直す。絵に関しての修正はふくだが対応し、撮影効果や編集的な部分は僕が担当する。意見がぶつかることもなく、やりづらさもなかったです。コロナ禍真っただ中での制作だったので、ひとつ屋根の下に暮らす2人だからこそ、コミュニケーションがスピーディー&密にとれるなど、プラスに働いた部分は大きかったです。

── アキバ総研読者は、レジェンドアニメーター・湖川友謙さんの参加にも注目しています。湖川さんらしさを感じる独特の動きや描き方も随所に感じられました。そういった表現は、湖川さんの絵コンテの段階で決まっていたのか、それとも監督からのリクエストなどがあったのでしょうか?

上田 アニメーションディレクトという肩書きで、絵コンテ、作画監督、原画を担当していただきました。原画を描いた枚数も一番多かったと思います。今回は、まずは湖川さんに一任する形でお願いし、描いていただいたものに対して、微調整をしていくという流れでした。

── 湖川さんとの制作はいかがでしたか?

上田 いい意味でひと筋縄ではいかない方です(笑)。でも、それが今回、湖川さんにお願いした理由のひとつでもあります。ジェネレーションも価値観も自分たちと違う方と一緒に作る中で生まれる化学反応に期待して依頼しました。「こうしてください」「いや、それはできない」というやりとりも何度もありました。でも、きちんと理由を説明してくれるので「なるほど」と思うことが多かったです。僕自身、いい意味でかき混ぜてくれる人が大好きなので、湖川さんのようにこだわりの強い方の存在で、作品がよりよいものになった気がします。絵のことだけでなく、「物語的にこれがあったほうがいい」というアドバイスなどは、本当にありがたかったです。

── 原作のきくちゆうき先生からは、映画化にあたりリクエストなどはありましたか?

上田 基本的には、自由に作ってくださいという感じでした。先生が生み出したキャラクターたちなので、できあがった脚本を見てもらい、ワニのしゃべり方や、ネズミの行動など、意見やアドバイスはたくさんしていただきました。僕とふくだだけではできなかった脚本だと思っています。先生もいい意味でかき混ぜてくれた気がしています。僕も含めて、こだわりと個性が強い人が多く、ディスカッションもたくさんあった現場で正直大変でしたが、だからこそ、いいものができたという思いがあります。

── 読者へのメッセージをお願いします。

上田 試写を観た方から「実写を観た感覚だった」という感想をいただきました。実写を作ろうと思って作ったアニメなので、そういう見え方もあると思います。アキバ総研の読者さんのように、アニメを見慣れている方たちは、間合いとかテンポとか、間とか、ちょっと変に感じることもあるかもしれません。以前、ふくだが監督した「こんぷれっくす×コンプレックス」を紹介していただきましたが、読者の方もよろこんでくださった印象があります。「100日間生きたワニ」は、アニメを主戦場としていない自分たちだからこそできる“変なアニメ”を作ろう、こんなアニメもあっていいじゃないかという気持ちで作りました。普段とは違うアニメをご覧いただけるという感触はありますので、ぜひ、お試しあれ!

(取材・文/タナカシノブ)

【作品情報】

■アニメーション映画「100日間生きたワニ」

2021年7月9日(金)全国公開

配給:東宝

<スタッフ>

監督・脚本:上田慎一郎、ふくだみゆき 原作:きくちゆうき「100日後に死ぬワニ」 コンテ・アニメーションディレクト:湖川友謙 音楽:亀田誠治 主題歌:いきものがかり アニメーション制作:TIA

<声の出演>

神木隆之介 中村倫也 木村昴

新木優⼦ / ファーストサマーウイカ 清水くるみ Kaito 池谷のぶえ 杉⽥智和 / ⼭⽥裕貴

<ストーリー>

桜が満開の3月、みんなで約束したお花見の場に、ワニの姿はない。 親友のネズミが心配してバイクで迎えに行く途中、満開の桜を撮影した写真を仲間たちに送るが、 それを受け取ったワニのスマホは、画面が割れた状態で道に転がっていた。

100日前――― 入院中のネズミを見舞い、大好きな一発ギャグで笑わせるワニ。毎年みかんを送ってくれる母親との 電話。バイト先のセンパイとの淡い恋。仲間と行くラーメン屋。大好きなゲーム、バスケ、映画… ワニの毎日は平凡でありふれたものだった。

お花見から100日後―― 桜の木には緑が茂り、あの時舞い落ちていた花びらは雨に変わっていた。 仲間たちはそれぞれワニとの思い出と向き合えず、お互いに連絡を取ることも減っていた。

変わってしまった日常、続いていく毎日。 これは、誰にでも起こりうる物語。

©2021「100⽇間⽣きたワニ」製作委員会

おすすめ記事