【インタビュー】後藤隊長が寿司屋の親父に!? HEADGEAR・伊藤和典が語る「パトレイバー」秘話と、「あの事件」から30年後の世界を描く最新作「寿司屋の後藤」のアレやコレ!
クリエイター集団「HEADGEAR」(原案・漫画:ゆうきまさみ、メカニックデザイン:出渕裕、キャラクターデザイン:高田明美、脚本:伊藤和典、監督:押井守)から誕生した「機動警察パトレイバー」。
2度のOVAシリーズ、3度の劇場版、TVシリーズといった度重なるアニメ化に加え、発起人であるゆうきまさみさん自身による漫画連載、押井守監督による実写映画といったように、さまざまな形で展開されてきた「パトレイバー」シリーズだが、近年においても2016年に短編作品「機動警察パトレイバーREBOOT」、2017年に新プロジェクト「PATLABOR EZY」が起ち上がるなど、数多く存在するファンの熱望に長く応え続けている。
もちろん、小説というプラットフォームでも伊藤和典さんや押井守監督、OVAやTVシリーズで脚本を担った横手美智子さんがその魅力的な世界を広げてきたが、そこに今、新たな1章が加わることになる。それこそが、パトレイバーの生みの親のひとりである伊藤和典さんが紡ぐ、その名も「寿司屋の後藤」だ。本作は、会員制ファンサイト「特車二課・分室」にて限定公開されている。
最新の2話が公開されたばかりという本作について、執筆を手がける伊藤さんを訪ねたところ、本作の人気キャラクター・後藤喜一について、「パトレイバー」という作品についてなど、ファンにとっては興味深い話がいくつも湧き出てきた。
突然舞い込んだ「寿司屋」というモチーフ
――まずは、後藤隊長のスピンオフ作品を書くことになった経緯から教えていただけますか?
伊藤 「PATLABOR EZY」で苦戦しているとき、ジェンコの真木太郎プロデューサーと話をしていたら、ジェンコの移転先のそばに「寿し屋の後藤」という店があると聞いたんですよ。そこから、警察を辞めて歳をとった後藤が寿司屋をやっているという話はどうかという流れになって、真木さんがそれをとても面白がったんですね。それで自分も書いてみようと思ったんですよ。以前、「書きたい原稿は今書いてない原稿」という名言を聞いたことがあって。その人が書きたいものは、目の前にある原稿ではなく、まだ手を付けてない原稿である、というね。だから、「EZY」から逃げたかったというのがそもそもの始まりです(笑)。
――以前から構想があったわけではないんですね。
伊藤 なかったです。後藤を書きたいという気持ちがあったわけでもないです。ただ、「パトレイバー」といったら後藤隊長、みたいなところってあるじゃないですか? (篠原)遊馬ではないし、(泉)野明ではない。自分の中でも「やっぱり後藤だろうな」という感覚はありました。
――では、寿司屋というプロットが舞い降りたのは「天命」だった感覚ですか?
伊藤 ちょっと大げさな言い方になりますが、そういうところはありますね、ただ、私立探偵やリサーチャーになっている後藤をハードボイルドに描く、というのが一番ありそうですが、変化球が好きなわたくしとしてはそれではない。蕎麦屋の親父も相性はいいでしょうが、やっぱりありがちでしょう? 寿司屋という斜め上がいいとは思ったんですよ。
――作品の構想についてはどれくらい決まっていますか?
伊藤 自分の中では、月1本のペースで1年という連作短編のつもりです。全部で12、3本だから、1クールのTVシリーズくらいの感じですね。それでそのあとに長編を1本書ければ、とは思っていますが、「寿司屋の後藤」でどうやって長編を書けばいいのか、そこはまだ思いついていないですね。
――執筆にあたって何か縛りはあるのでしょうか? 寿司屋から後藤を出さないとか。
伊藤 基本的に寿司屋の中だけの話のつもりですが、特に縛りは設けていないです。というか、4回に1回くらいは外に出さないともたない感じがしていますね(笑)。後藤って基本的に動かないんですよ。しかも、寿司屋だから事件の解決をすることもない。実際、2話分を書いてみて「これは意外ときついぞ」っていうのが今のところの実感です(笑)。
――1話の客は一般人でしたが、2話では遊馬が登場しました。
伊藤 1話は「こんな感じでいきますよ」という見本のつもりだったので、スタンダードな話になっていますよね。2話で遊馬を出したのはあくまでサービスで、そこが本線ではないです。旧作がらみのキャラクターが毎回出てくるのはおかしな話なので。あくまで寿司屋の会話劇で。
――読者を裏切るような仕掛けや遊びを盛り込もうという気持ちはありますか?
伊藤 いや、今のところ連作短編はバラエティでいこうと思っています。何かしかけるとしたら長編ですね。
――他の「パトレイバー」作品との世界観の共有についてはどのように考えていますか?
伊藤 一応、初期OVA(「アーリーデイズ」シリーズ)から劇場版への流れの上にある世界線、とは考えています。TVシリーズやNEW OVAの世界線ではないですね。そもそも「パトレイバー」ってパラレルワールドになっていますから。「その後の後藤」については、何かしらの興味をみんなが持っているでしょうが、僕は寿司屋でいくと決めちゃったので。ほかの後藤が思い浮かんだのならHEADGEARの別の人が好きにしてくれ、という考えですね。
――ゆうきまさみ先生のコミック版における設定も一切気にせず?
伊藤 コミックは完全にゆうきさんの世界ですからね。TVシリーズにしても、グリフォン編の前日譚的なところで終わるはずだったんですよ。香貫花(・クランシー)が来てから香貫花が帰るまでの話、という大まかなくくりでやっていましたから。ところが、最初は2クールの予定だったのが、4クールに延長されたことで心が折れてしまって(笑)。そこからシナリオを構築するのが無理な状況になっちゃった。それでグリフォン編をコミックから借りてくることになりました。ゆうきさんからは「なんか知ってる話を(アニメで)やっているんだけど」とは言われましたね。
――ある意味、そこでパラレルワールドが合流したような流れに。
伊藤 熊耳武緒を出す予定もなかったですから。もう少し言えば、最初のアニメ化はOVAというフォーマットだったので大きいお友達向けだったんですが、TVシリーズになるということでもう少し下の年齢層を意識したんです。なので、TVシリーズは仕切り直しという形で、第1話も野明が赴任してくるところから始まっています。その時点でパラレルワールドになっちゃっているんですよ。でも「寿司屋の後藤」はあくまでも、劇場版第1作「機動警察パトレイバー the Movie」と第2作「機動警察パトレイバー 2 the Movie」の世界線にある話です。「劇パト2」の時点で特車二課第二小隊にいるのは隊長の後藤と山崎だけですからね。遊馬や野明たちは第二小隊にもういません。後藤や南雲だって、「あんなこと」をやらかしたあとでは警察にもいられない。だから、警察を辞めてしまったあとの世界とキャラクターたちという感じではいます。読んでくれる人が一番興味を持っているのは、後藤隊長が「劇パト2」のあとどうなったか、なぜ寿司屋をやっているのか、だと思うので、その空白の30年については2話で少し触れたわけですが、でも後藤のことだから、まぁ、ちゃんとは言わないですよね(笑)。
――「ちゃんと言わない」30年について、裏設定は作られているのですか?
伊藤 そこはわりと成り行き任せで。
――では、小説の中で登場しないだけではなく?
伊藤 決めていません。
――ちなみに、初期OVAや劇場版のときも作っていなかったのでしょうか?
伊藤 だってそんな余裕ないもの(笑)。押井さんとしては「劇パト2」のあとで南雲は海外に行ってしまい、それが「THE NEXT GENERATION パトレイバー」につながっていると思うんですが、僕の中ではそんな設定はないです。
遊馬とは詰めの甘さがよく似ている
――小説を書くにあたって後藤隊長の書きたいところ、以前に書き残した部分というのはありましたか?
伊藤 ないです(笑)。だって、後藤って自分から動くタイプではないですから。周りが何か行動したときにそれが触媒のようになって後藤が何かする、そういう感じが多いので。
――動かして何かを書こうとするタイプではないということですね。
伊藤 あとは、(「機動警察パトレイバー NEW OVA」第12話)「二人の軽井沢」で大体やっちゃったよね、ってところはありますね。
――後藤隊長はどのような人物だと捉えていますか?
伊藤 それはやっぱり、よく言われるように「理想の大人」でしょうね。僕も若かりし頃、後藤のようにふるまいたいけれども、どうしても遊馬のようになってしまう自分がいました。まさに「パトレイバー」をやっていた頃なんかそうで。押井さんに言われたことがあるんですよ、「遊馬って伊藤君だよね」って。それは確かに思い当たる節がありますね。
――伊藤さんが遊馬と似ていると感じるのはどういった点ですか?
伊藤 詰めの甘さ(笑)。
――もう少し詳しく教えてもらってもいいですか?(笑)。
伊藤 時々、逃げ癖が出るんですよ。
――「寿司屋の後藤」を書き始めた理由のような?
伊藤 そうそう。劇場版の1作目で遊馬が「若いのに淡白だねえ」って後藤に言われるでしょう? ああいうところですよ。そういう意味で押井さんは後藤なんですよね。うまいこと言って、僕をノセて仕事をさせるから。
――押井さんに後藤隊長との共通点を感じるところはほかにもありますか?
伊藤 いや、ないと言えばないです(笑)。ただ、後藤であろうとしてがんばっている押井さん、みたいなところはあって。
――がんばっているというのは隊長と監督という、どちらも上に立つ役職ならではの部分でしょうか?
伊藤 そう、そこですよね。監督は隊長で、課長や部長がプロデューサーだったりスポンサーだったりするから。だから、押井さんが「パトレイバー」に参加したとき、最初にやったことは隊員室と隊長室を分けることだったんですよ。つまり、隊長室というのは職員室、隊員たちがいるところは教室という考えですね。でもそれに対して押井さんいわく、教室には遊馬、つまり僕がいるから「自分は先生にならざるを得なかった」って言い方をしたんですよ。それを聞いたとき、「あ、なるほどな」と思いました。やっぱり線は引いておいたほうがいいということですよね。
――ちなみに、HEADGEAR内で第二小隊のメンバーと似ている人はほかにもいましたか?
伊藤 いないですね。最初にレギュラーキャラクターを決めたのは自分で、大体のモデルはいたんですが、太田(功)は僕が当時通っていたダイビングスクールのインストラクター、進士(幹泰)はそのダイビングスクールでバディを組んでいた人、という感じで。
――太田のモデルになった人は、ああいった少しガサツな感じが?
伊藤 そう。もちろん、アニメ用にデフォルメはしてありますが。進士のモデルになった人も、決してあんなキレ方はしないです(笑)。
――後藤隊長に関して言えば、一番の生みの親、となるとどなただと思いますか?
伊藤 後藤隊長のモデルが「殺人狂時代」の仲代達矢さんというのは有名な話ですが、だから、ゆうきさんが生みの親で、押井さんが育ての親ということになるのかな。でも、自分の中で「あっ!」って思ったのは初期OVAシリーズの第1話アフレコで大林(隆介)さんの声を聞いたとき。あそこで後藤というキャラが定まった気はします。
――どのような感覚に襲われたのでしょうか?
伊藤 説明するのは難しいんですが……。声優さんって絵に描いたキャラクターに血肉を与える仕事だと思っているんですよ。ただ、大林さんの場合、さらに魂まで与えてくれた。「後藤ってそういうしゃべり方するんだ」って思ったんですね。ヌケたところとピッとしたところのメリハリ、それから足が臭そうだけど「こいつ、あなどれん」みたいな感じとか。
――伊藤さんとしては、大林さんの声で後藤隊長をしゃべらすと動かしやすいという部分もありますか?
伊藤 あります、あります。大林さんの声のおかげで、より具体的にイメージしやすくなったとは思います。
――大林さんの声を受けて、後藤隊長のキャラクターが変化していったところはありますか?
伊藤 それはないかな。幅はちょっと広がってるかもしれませんが。ただ、TVシリーズ第17話の「目標は後藤隊長」みたいなふざけた話は、大林さんの声あってのことだと思います。
――確かに、後藤隊長の懐の深さは大林さんの声によるところも大きいと感じます。「目標は後藤隊長」というエピソードも許してくれそうというか。
伊藤 そうそう。「二人の軽井沢」だってそうですよね。TVシリーズでいろいろフラストレーションが溜まってしまって、NEW OVAのときには好き勝手にやってしまおうという気持ちになっていたんですよ。それで、誰が言い出したのか今となっては定かでないですが、後藤さんと南雲さんがラブホに行く話を誰かが思いついたんですよ。(共同脚本の)有栖ひばりか、もしかしたら(録音演出の)浅梨なおこだとは思うんですが。でも、ああいうのをやってみたい気持ちはありましたね。
小説に対する苦手意識を払拭する機会
――かつてのことを思い出してもらって。伊藤さんが好きなキャラクター、動かしやすかった登場人物というのはいますか?
伊藤 実は、意外と僕は香貫花が好きなんですよ。ちょっと放っておけない感じがするんですよ、女版太田にも関わらず。太田にしても(「機動警察パトレイバー」TVシリーズ第12話)「太田、惑いの午後」のような一面があるごとく、香貫花にもおばあちゃん娘みたいな部分があるわけですよ。そこがよくて、後藤と酒飲みたいとは思わないじゃないですか? 面倒くさそうなんだもん(笑)。
――香貫花は切れ者というイメージも強いですが。
伊藤 切れ者は切れ者なんですよ。太田よりももちろん頭がいい、と言うと語弊がありますが(笑)。でも、どこか壊れている部分があるじゃないですか? 「お前、大丈夫なの?」みたいな。そもそもの前提を間違った切れ方をしているんです。そういう、ある意味ドジっ娘的なところもあるんですよね。でも、熊耳(武緒)にはそれが全然ないですよね。心霊現象が怖いというのが唯一の弱点で完璧すぎる。
――コミックではかつてのあだ名が「ジャックナイフ」でしたからね。
伊藤 だから熊耳はちゃんとしすぎててむしろ苦手です。
――印象に残っている台詞やシーンを教えてもらえますか?
伊藤 難しいですね。でも「劇パト2」で見せた後藤と荒川の対話、あれはやっぱり「大林さん、うまいなぁ」と思いました。実は、あそこは僕が書いていないんですよね。押井さんが「語りを入れたいので入るところを作っといてくれる?」って言うから、「わかった」って言って情景のト書きだけ書いておいたんです。まぁ、そんなことを認める脚本家もどうかとは思うんですが(笑)。でも、川下りの情景だからいくらでも尺の調整が可能になっているんですよ。で、あれを会話として成立させているのが竹中直人さんなんですが、大林さんも遜色なく張り合っている。すごいなぁって思いますね。後藤は、「頭痒いーわ」とか「なんだかなぁ」とか、そういう抜け感のある台詞も好きではあるんですが。
――後藤の台詞を考えるのは難しいですか? 非常にキャラクターが立っていて、定まっている気はしますが。
伊藤 でも、後藤は幅広いというか、わりとどんな言葉でも言えるところはありますよ。会話ってキャッチボールじゃないですか? 相手が言った言葉に対して返して、また相手が返して……、という繰り返しなので。言葉のやりとりの中だったら後藤は結構幅広く話させることができると思います。
――いつも飄々としていながら、上役に激昂することもあり。
伊藤 そう。「劇パト2」のあのシーンですよね。ただ、「だから遅すぎたと言ってるんだ!」というあれはギリギリのような気はします。言いすぎちゃっている感もありますから。
――あの台詞は伊藤さんが書かれたものですか?
伊藤 あれも押井さんじゃないかな。今言ったように、僕だったらあそこまでは書かないので。
――最後に。伊藤さんにとって「パトレイバー」とはどのような存在になっていますか?
伊藤 うーん、なんだろうなぁ……。財産? というのも、基本的に原作付きの仕事のほうが多いんですが、「パトレイバー」は自分たちが原作で、しかも成功して、これだけ長く需要がある作品になっているので。それは本当に稀有なことだと思いますから、やっぱりただひたすらありがたいですね。だから財産。
――そこには仲間のみんなで作ったという意味も込められていますか?
伊藤 いや、言うほどみんなであれこれやっているわけじゃないんですよ。さっき言ったようにコミック版はゆうきさんの範疇ですし、延々と作っている中で僕や押井さんは全くのノータッチだったわけですし。それで言うと「意外と高田の仕事が大きかったのかな」とは思います。途中に新作が作られなかった空白期があるわけですが、その間もあの人はずっと「パトレイバー」を描き続けていたからね。それで絶えずに済んだところはあります。
――続けてくれたことへの感謝ですね。
伊藤 聖火ランナーじゃないですが、ひとりで走っていた時期があったわけですよ。それがあったから、今になって「EZY」があったり「寿司屋の後藤」があったり、という部分はあるのかな。
――ちなみに、その空白期に「パトレイバー」を書きたいという思いはなかったですか?
伊藤 ない。だって「ガメラ」を書いているほうが面白いからね(笑)。
――(笑)。とは言いつつ、「寿司屋の後藤」に意欲を持って着手されたわけですが、小説を楽しみにされている方に何かメッセージを送るとしたら?
伊藤 実は、小説への苦手意識みたいなのがずーっとあったんですよ。あるとき、冒頭だけ書いて挫折した小説を横手(美智子)に読ませたんですが、「硬い」「正座して読まなきゃいけないような気がする」って言われました。自分もそれはわかっていて、どうしても肩に力が入り過ぎてしまうんだということを横手に伝えたら、シナリオを書くように書けばいいと言われたんですね。「伊藤さんのト書きは十分、小説の地の文として成立している」って。だから「寿司屋の後藤」は、シナリオのように小説を書くというのを実践しています。自分の練習作品にみなさんを付き合わせるようなところがあって、少し申し訳ないですが(笑)、自信が付いたら長編でまたすごいのを書きますので。1年待ってくださると嬉しいですね。
──楽しみにしています。ありがとうございました!
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(取材・文/清水耕司)
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