「機動戦士ZガンダムIII 星の鼓動は愛」で、なぜキャラクターたちはショートケーキを食べていたのか?【懐かしアニメ回顧録第82回】
20219月に入ってからも、新たに上映劇場が増えている『Gのレコンギスタ III』「宇宙からの遺産」。本作総監督の富野由悠季氏が2006年につくった「機動戦士ZガンダムIII 星の鼓動は愛」は、「新訳Z」と通称される「機動戦士Zガンダム」劇場3部作の最終作品にあたる。ハマーン・カーン率いるアクシズが地球圏をめぐる抗争に参加し、主人公カミーユ・ビダンが強敵パプテマス・シロッコを倒す流れに大きな変更はないが、最終決戦で消耗したカミーユが精神崩壊せずに生還するなど、全体にマイルドな味わいになっている。
反地球連邦組織エゥーゴの戦艦・アーガマの休憩室で、主要キャラクターがショートケーキを食べるシーンは完全新作だ。過酷になっていく戦況の中で重要なポイントを復習しつつ、ホッとひと息つけるなごやかな雰囲気が魅力なシーンとなっている。子細に見ていこう。
スプーンをなめたまま話すヘンケン艦長は、なぜエマ中尉に怒られたのか?
このシーンは、アーガマの乗組員たちがおやつを食べる幕間のようなシーンではあるのだが、その直前、パプテマス・シロッコが部下のサラ・ザビアロフにハマーンの動静を探るよう命じている。エゥーゴに所属する若いパイロット、カツ・コバヤシはシロッコに支配されているサラを気にかけており、彼のバストショットからシーンが始まる。(以下、「○○なめ」とは○○というキャラクターを手前において、奥に別のキャラクターがいる構図を指す)
(1)カツの前にショートケーキの皿が置かれており、戦災孤児のクムが皿を見ている。
クム「こんなケーキ、重力ブロックでないと食べられないんだからさ」
カツ「こんなの、ラーディッシュならいつでもあるよ」
クム「なら、もらっていい?」
クムがケーキの皿をとると、カツは「艦長!」と立ち上がる。カメラはPAN-UPしてカツの動きを追う。
カツ「自分は先に、ラーディッシュに帰ります」
(2)カツなめ、ヘンケン艦長が奥でコーヒーを飲んでいる。画面右側にエマ、カミーユが座っており、手前ではファがケーキの皿を配っている。
ファ「え? あなたは今日からアーガマ勤務よ」
カツ「ええっ、何でです?」
ヘンケン「お前にはGディフェンサーを任せると言っただろう」
カツ「そうですけど……」
ヘンケン「だったら、メンテナンスはアーガマでやってもらうしかないだろう」
(3)カツのアップ。「軍隊って勝手なんですね」と、立ち去る。
(4)ファなめ、奥からクワトロ大尉が歩いてくる。ファは画面からアウトして、クワトロはソファに座って手袋を脱ぐ。
クワトロ「カツ君は、何を怒っているんだ?」
(5)ケーキを食べているブライト、ヘンケン。
ブライト「我々の作戦が、気に入らないんだ」
ヘンケン「そりゃそうだ。ハマーンは、シロッコとも会ったって話だろう? 彼女のことは信じられんよ」
カメラが右へPANすると、ヘンケンの横では、エマがパソコンで仕事している。
(6)カミーユなめ、クワトロ。クワトロはミネバの話をする。
(7)ヘンケンとエマ。エマ「ミネバ・ザビのことですか?」と、クワトロの話に反応する。
(8)カミーユなめのクワトロ(6.と同ポジション)、コーヒーカップを手に取る。
クワトロ「誰だって繊細な子を、いつまでも軍艦に乗せておきたくはないさ」
(9)クワトロなめ、エマとカミーユ。ファがクワトロの前にケーキの皿を置く。
ファ「そういうお姫様なの?(とカミーユを見る)」
カミーユ「そう見えたよ」
(10)エマなめ、ブライトとヘンケン。ブライトは艦隊編成の話をする。
(11)ヘンケンのアップ。スプーンをくわえて「そりゃあ、無理だろう」とブライトに答える。画面外から「それ、やめてください」というエマの声が入る。「えっ?」とヘンケンが振り返るのと同時にカメラが右へPAN。エマが、ヘンケンを見ている。
エマ「スプーン舐めたまま、しゃべるの」
(12)カミーユなめ、クワトロ。艦隊の話を続ける。カメラが右へPANして、ブライトを収める。
(13)ヘンケンとエマ。
ヘンケン「(ブライトの台詞に答えて)賛成です」
と、テーブルの上のケーキの皿を持ち上げる。横からエマが「それ、私のですよ」と皿をとり、ヘンケンは笑い出す。
(14)カミーユのアップ、やや奥にファ。カミーユ、ヘンケンにつられて笑う。
話題となっているのは、まずカツの所属、次にハマーンの動向、ミネバ・ザビの立場、最後にエゥーゴとアクシズの艦隊編成のこと。これら重要な会話を貫いているのは、「ケーキを配る」「受け取る」「食べる」アクションだ。
カット(4)でクワトロが着席するまでの間、ちらりと映っているブライトとカミーユの頭が動いているが、それはケーキを食べているからだ。6のカミーユも、スプーンを口に運んで咀嚼している。食べ物を口に運ぶ、噛む、飲みこむ……、食べる動作の半分は、無意識下の運動だ。つまり、このシーンに登場するメンバーたちは、半分は意志と関係のない動きをしている。(11)では、ヘンケン艦長がスプーンをくわえたまま話してエマに注意され、観客の笑いを誘う。それは、人間の何気ない癖(意図していない動き)がふいに意識にのぼるからだ。
ヘンケン艦長は体を左右にずらしながら、カツと話しつづける
「意識していない動き」に注意して、もう一度最初からシーンを見ていくと、カット(2)の芝居の面白さに気がつく。
このカットではカツとヘンケンが会話しているのだが、ファがケーキの皿を配っているため、彼女が2人の間に立つ構図になっている。ファも最初はカツのほうに体を向けているが、すぐにケーキを配る仕事に戻る。するとファの体で、ヘンケンの顔が遮られてしまう。
やむなく、ヘンケンは画面左側へ体をずらして顔を見せ、「お前にはGディフェンサーを任せると言っただろう」とカツに話しかける。その直後、ファのケーキを配る動作によって、再び顔が隠れてしまう。ヘンケンは、今度は体を画面右側へ動かして「だったら、メンテナンスはアーガマでやってもらうしかないだろう」と、会話を続ける。ファは、カツとヘンケンの視界をじゃましているかどうかなど気にせず、「ケーキを配る」仕事に集中している。
ファの動きは、会話とは無関係だ。その同じカット内で、ヘンケンは会話するために、体を左右に動かす。無意識の動きと意識的な動きが同居しているため、このカットは誰もが日常で経験するような生き生きしたものとなった。
似たようなカットは、ほかにもある。着席しながら「私の分は?」と自分のケーキを気にするクワトロ(4)、クワトロとエマの会話そっちのけでケーキを崩しているヘンケン(7)も、大きな状況とは関係のない小さな楽しみに気をとられている。目の前のケーキを楽しむ大人たちに対して、ケーキに手をつけず立ち去ったカツが、どこか未熟にも感じられる。
何気ないシーンだが、食べるという「意識しない動き」とあらがうように、自分の意見を言う・他人の癖をとがめる……などの「意識した動き」が拮抗しているのだ。そのような人間の感情、意識、動作の複雑さを織り込んでこそ、人類の行く末という大テーマに初めてリアリティが生まれるのではないだろうか。
(文/廣田恵介)
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