矢野顕子、竹内まりやらの楽曲とともに巡るシティ・ポップなサントラ!「MUTEKING THE Dancing HERO」オリジナルサウンドトラック発売記念──作曲家:島崎貴光・増田武史インタビュー
タツノコプロ制作による1980年のアニメ「とんでも戦士ムテキング」が、装いも新たに生まれ変わったリブート作品「MUTEKING THE Dancing HERO」の放送がクライマックスを迎えるなか、その劇伴音楽全43曲を収録したCD2枚組のオリジナルサウンドトラックが2021年12月1日に発売となった。
第1話の冒頭に竹内まりやの楽曲「Plastic Love」を流し、アニメファンのみならず、昨今話題の「シティ・ポップ」ファンの度肝をも抜いた本作の音楽設計はどのようなものだったのか。劇伴音楽の制作を担当した作曲家であり、本作の音楽プロデューサーでもある島崎貴光さん、そして作曲家の増田武史さんのお2人に話をうかがった。
島崎貴光さん(左)と増田武史さん
「MUTEKING THE Dancing HERO」の音楽を担当することになった経緯
──どういう経緯で「MUTEKING THE Dancing HERO」の音楽を担当されたのでしょうか?
島崎 2019年の夏頃なんですが、私たちが所属するスマイルカンパニーの中に制作部門を新しく立ち上げることになり、私がチーフで動いていたところ、「MUTEKING THE Dancing HERO」(以下、「「MUTEKING」)のプロデューサーの方と出会い、ちょうど2つのタイミングが揃ったような形でスタートしました。サトウユーゾー監督からは、シティ・ポップを音楽イメージの中心に据えたい、さらに竹内まりやさんの楽曲「Plastic Love」(1984)を劇中で使えないか……というオーダーが最初の打ち合わせの段階からありました。その打ち合わせの帰り道にはもう、80年代ポップスをリアルタイムで体験している増田さんに電話して、こういう企画が始まるので一緒にやりませんか?と私から依頼をしました。
──第1話の冒頭でいきなり「Plastic Love」が流れ始めたときは、本当に多くのファンが驚きましたが……
島崎 物語の開幕で「Plastic Love」を流すというプランは、当初から監督の頭の中に鮮明にあったようで、最初の打ち合わせの時点ですでにその構想を聞いていました。しかし原曲をそのまま使うのは難しいので、再アレンジが必要になります。そこで思い出したのが竹内まりやさんの歌を集めたミュージカル「本気でオンリーユー」(2008)でした。松浦亜弥さん主演のこの公演で、すべての曲の音源制作を手がけていたのが増田さんです。竹内まりやさんの楽曲をよく知っている方ですし、かつ、いわば公認アレンジの仕事をすでに積んでいるわけです。これは増田さんをおいてほかにはいないと思い、声をかけさせていただきました。
──しかし「MUTEKING THE Dancing HERO」は、新型コロナウイルス感染拡大の影響で、放送が大幅に延期になってしまったそうで……
島崎 そうですね。もともとは2020年秋放送予定でしたので、ちょうど丸1年間、後ろにズレてしまったことになります。しかし制作を開始した2019年夏からの2年間で、日本のシティ・ポップや「Plastic Love」がこれほど世界的に再評価されるとは、全くの予想外でした。もし1年前に放送されていれば、もっと話題を先取りできていたはずなので、ちょっと悔しい面もありますが。いずれにしても、当初からシティ・ポップを取り入れた音楽を構想していたサトウ監督の先見の明はすごいと思います。
劇伴音楽制作の過程
──「MUTEKING THE Dancing HERO」の劇伴音楽制作は、具体的にはどのようなものだったのでしょう?
島崎 通常のアニメ作品の劇伴制作では、音響監督さんから音楽メニューをいただいて、それを作っていく作業になるんですが、今回は「音楽」が作品の軸になっているという点を踏まえ、初期の段階から私も会議に参加して、「このキャラクターにはこういう音楽を」「このシーン展開にはこういうサウンドではどうか」のように、アイデア出しの段階からかなり細かく打ち合わせをさせていただきました。その途中で、作品全体の音楽イメージを象徴する曲としてDISC-1の1曲目に入っている「Dancing Train」と「Plastic Love」の先行デモを作りました。「こういう方向性の音楽で行きますよ」と、スタッフみんなのコンセンサスを形成するためですね。音楽メニューが整理されたのはその後になります。
──島崎さん・増田さんの、お2人の担当分けはどのように?
島崎 私は作曲だけではなく、音楽プロデューサーとしてディレクションも担当していたので、メニューの中から、増田さんにお願いしたいものをまずは振り分けました。私ももちろん80'sは聴いてはいますがさかのぼって体験している世代なので、より強く80'sサウンドを求められる曲は、やはりど真ん中世代の増田さんにお願いしたいと。それ以外のものは自分が担当するという形で判断していきました。
──コロナ渦の影響があったとのことですが、音楽制作の時期や期間などは?
島崎 2019年の夏に作業がスタートして、2020年の年明けにはほとんどの作業を終えていましたが、ちょうどその頃からコロナ渦が厳しくなってきまして、予定通りの放送が難しいかもしれない……という話が出て、しばらく進行がペンディングになっていました。しかしその後、監督から追加曲や再アレンジの作業依頼が来て、「あぁ、ちゃんと動いてるんだ!」とひと安心しましたね。コロナ渦で世の中の雰囲気が沈んでいる時にも関わらず、アニメの制作チームはがんばっているのがわかって勇気をもらいました。ほかの作品制作に取りかかっていた時期だったので、追加作業で再び「MUTEKING」モードに切り替えるのは少し大変でしたが(笑)。
増田 ぼくは島崎さんを信用しきっていたので平気でした。追加オーダーがあるということは、それだけ作品の質が向上するということと、前向きにとらえて(笑)。
島崎 大変というのは作業量的な話ではなく、音楽制作の場合、いったん気持ちの区切りをつけて作業を終えてしまうと、同じ環境、同じクオリティで追加の音楽を作るのが難しい場合があるんですよ。質感に段差ができてしまったり。今回の場合、「MUTEKING」のあの独特の世界観のスイッチをもう一度入れ直す必要があるわけです。具体的に言うと、現在のハイビットな機材(音質の優れたデジタル音響機材)で普通に音楽を作っていくと、「MUTEKING」の80's的な世界にはクリアすぎてしまうんですよ。それを現在の機材を使いながら違和感なく作品世界に音楽を溶け込ませる工夫が必要なんです。そのモードチェンジにちょっと切り替えと手間が必要ということですね。
増田 フフフ……、私はそもそも日頃から80'sサウンド等を求められてることもあってか、普通に作ってもそのまま80'sの音になるのでモードの切り替えに関してはある意味通常モードのままだったのかもしれません(笑)。
──今回の劇伴制作でご苦労された点などは?
島崎 先ほどからお話ししている80'sサウンドやシティ・ポップ感という軸はありつつも、作曲者が2人いるので、場合によっては質感が違ってくることもあります。それを私のほうでなるべく段差を感じないよう、統一感が出るようにクオリティ・コントロールをしていく作業を行っています。
あとは音楽を軸にした物語展開なので、「歌もの」が何曲も登場します。歌ものの存在感は強烈なので、たとえ10秒しか使われなくても強く印象に残ります。その後に劇伴が流れたときに差を感じないよう、歌ものと劇伴をいかに温度差なくつなぐか……。その試行錯誤にはかなり時間をかけました。このCDに入っていない歌ものもあるように、ほかのアーティストさんの別チームで作業している曲もあるんですが、そういう場合でもデモの段階から聴かせてもらって、意見交換を重ねつつ、歌ものと劇伴の統一感を練り上げる作業を行っています。この点は音楽プロデューサーとしてもっともシビアになったところです。
──歌ものと劇伴での、作り方や心構えの違いなどはありますか?
増田 島崎さんはいくつも劇伴制作の経験があるんですが、私は今回が初めてでした。アニメソングを作っていると、幅広いジャンルの音楽への対応力を常に問われるんですが、劇伴はそれ以上ですね。歌ものになりえないような、ほんの一瞬の1シーンのための音楽なども必要で、これは本当に面白い体験でした。そういう、自分が今まで手がけてこなかったような音楽の中に、子どもの頃から体験してきた音楽イメージの欠片がいっぱい詰まっていたんだ、という発見も多くて、本当に興味深く楽しく作業させていただきました。
旧作「とんでも戦士ムテキング」や80年代サウンドへの意識
──劇伴制作に際して、インスパイアされた音楽や参考にした作品などはありましたか?
島崎 意図的でもありますが、私は正直なかったんです。劇伴は映像作品の世界観を独自に表現することが大事だと思っているので。何かを参考にすると引きずられてしまうこともありえますから、ここはあえて聴かないようにしていました。
増田 私も特定の作品からインスパイアは受けていませんね。ある程度取っ散らかったほうが「MUTEKING」らしいという感覚もありますし、アレっぽくしよう、コレっぽくしようというよりは、作品のイメージから出てくるものを捕まえて音にする、という作業でした。自分の中にある80年代の感覚が自然ににじみ出てくるのを待った、という感じです。
島崎 何かを参考にしようにも、「MUTEKING」の世界が独特すぎる……というのもありますけど(笑)。もちろんシリアスな場面もあるんですけど、一般の映画やドラマの劇伴のようなシリアスさを出してしまうと、音のほうが勝ちすぎてしまって、この作品の持つポップさや絵のタッチ、色彩感覚などとズレてしまう。いわゆる典型的な劇伴のパターンのほうがずっとわかりやすく作りやすいんですが、「MUTEKING」にはそれを安易にはめ込むことができません。そこが難しいところでしたが、同時に、楽しめたところとも言えます。
──作品の空気である「80'sカルチャー」への想いや、今回の音楽への反映は?
島崎 80年代って音楽機材の発展においてもとても重要な時期で、それまで短音しか出せなかったシンセサイザーがようやくコードが弾けるような段階に入って、演奏のプログラミング、いわゆる「打ち込み」の音楽制作も一般的になっていく過渡期なわけです。それまでのバンド演奏の音の中にシンセサイザーが違和感なく溶け込んでいくのも80年代なんですよね。そういうタイミングでのサウンド感を演出したかったという点があります。
増田 先ほども言いましたが、私は原体験がそもそも80'sサウンドなので、普通に作るとそのまま80'sの音になっちゃうわけです。ほかの作品の場合、そのつもりで作ってないのに「レトロっぽいね」と言われちゃったり(笑)。それがジレンマになっていたんですが、今回は逆に、今風に調整しなくちゃ……と考えずに済んで実に素直に仕事ができたという感覚でした。
──旧作「とんでも戦士ムテキング」をご覧になったことはありましたか?
島崎 生まれてすぐの作品なので、当時は見ていませんが、主役をされた声優の井上和彦さんに楽曲提供をさせていただいたことがあって、その際に作品名は知りました。作品を観たのは今回の企画が決まってからになります。
あらためて見てみて、あまりにブッ飛んだ内容に驚きました(笑)。昔の映像作品って、たとえ今見て驚くような内容でも、当時はこれが最先端で、その後いろいろな作品がこの影響を受けたんだろうなぁ……というように理解が追い付くものなんですが、「とんでも戦士ムテキング」はそれを上回ってくるというか、今見ても十分新鮮で驚きに満ちてますよね。タツノコプロさんならではのノリと勢いというか、タコの宇宙人みたいな直球が来るかと思えば、劇中で突然ヒーローが歌いだすみたいな変化球もあって、そのごちゃ混ぜ感がすごくポップですよね。
──旧作「とんでも戦士ムテキング」の音楽(作曲:渡辺宙明/はやし・こば)は意識されましたか?
島崎 先ほども言ったように、あえて意識をしないようにしていたんですが、自分の中に染みついているのを発見したというか……。子どもの頃、「太陽戦隊サンバルカン」(1981)や「宇宙刑事ギャバン」(1982)、「宇宙刑事シャリバン」(1983)が大好きだったんですよ。子どもなので当然、その音楽を誰が作っているかなんてわからないわけですが、渡辺宙明先生のメロディやサウンドが自分の奥底に焼きついていて、それが「MUTEKING」というテーマを得てあらためて呼び起こされて、自分のフィルターを通って自然に出てきた、という感覚でした。
増田 私もおなじく「マジンガーZ」(1972)、「グレートマジンガー」(1974)、「鋼鉄ジーグ」(1975)なんかをリアルタイムで見ていて、渡辺宙明先生の音楽を聴きながら育っているので、私としては「MUTEKING」の音楽制作を通じて、その恩返しをしているような気持ちでした。特に戦闘シーンの音楽などでは、自然とそのイメージが出ていたりするかもしれません。
──旧作の劇伴「ムテキンチェンジ!!」(作曲:はやし・こば)のリメイクは、どのような経緯で行われたのでしょうか?
島崎 ムテキンチェンジの瞬間、「ローラーヒーロー・ムテキング」が鳴り出す直前には、やはりあの曲がないとダメだ!とサトウ監督やプロデューサー陣と話し合って決めました。すごく短い曲なんですが、印象は強烈です。でも、これをリメイクするとなった場合、どこまで残してどこまで作り込むべきなんだろう……と、ちょっと考え込みましたね。過剰に今風にアレンジすると、あのニュアンスはもう出なくなってしまう。レトロな感じを残しつつ、他の劇伴と差が出ないように調整して、できあがったのがDISC-2 8曲目の「ムテキンチェンジ!!」になります。実は旧作ムテキングではもう少しテンポが遅いんです。それと同じテンポのバージョンも作ったんですが、今回は速めにしたバージョンが採用されています。
──旧作の主題歌「ローラーヒーロー・ムテキング」が、今回も各話のクライマックスシーンに使われていますが。
島崎 やはり「ローラーヒーロー・ムテキング」はぜひとも使いたいというスタッフさんからの要望があり、これは1980年の音源を使わせていただくことになりました。当時のカラオケ音源に新たにコーラスやボーカルを重ねていく作業になるんですが、ここにもやはり「段差」の問題がありました。録音技術がまるで違う1980年の音を、そのままほかの劇伴と並べると明らかに質感に差が出てしまいますし、単純にコーラスやボーカルを乗せただけでは浮いてしまうんです。ただし、1980年の音が劣っているわけではありません。
日本コロムビアさんからカラオケ音源のご提供を受け、最初に聴いたとき、まずはその音のブ厚さに驚きました。マスターテープの磁気上の音のにじみから生まれる、いい意味で粗削りで、イントロのブラスの音からパーンと耳に飛び込んでくる迫力がある。これは逆に今の技術ではもうレコーディングすることのできない貴重な音なんですよ。作業していても耳が幸せでしたね(笑)。
ただしこれを今回の「MUTEKING」になじませる作業はちょっと悩みました。まずは磁気テープならではのノイズです。1980年の音そのものを聴いている場合、ノイズはそれほど気になりませんが、現在の技術で作られたほかの劇伴と並べるとどうしても目立ってしまいます。そのノイズをデジタル処理で除去していくんですが、やりすぎるとあの1980年の豊かな音の風合いが削がれてしまう。そのバランスの調整が難しかったですね。さらには、カラオケ音源に乗せるコーラスやボーカルとのマッチングです。現在のマイク、現在の録音技術で収録した声となじませるため、エンジニアの清水裕貴と話し合いながら、仕上げにはかなりの時間を割きました。
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