手が届きそうで届かない宇宙をマンガ映画で表現する――「地球外少年少女」のメインアニメーター、井上俊之の仕事【アニメ業界ウォッチング第87回】

磯光雄監督の「地球外少年少女」がNetflixで配信され、前半1~3話が劇場で上映された。今月11日には後編(4~6話)が劇場で上映されるが、映画館で見る価値を高めているのが、今どき珍しいぐらい念入りで温かみのある手描きの作画だ。
この「地球外少年少女」のメインアニメーターは、「AKIRA」(1988年)や「MEMORIES」(1995年)などの大友克洋作品をはじめ、「GHOST IN THE SHELL / 攻殻機動隊」(1995年)、「シン・エヴァンゲリオン劇場版」(2021年)、その他、今敏作品やスタジオジブリ作品など、エポックとなったアニメ大作にあまねく参加しつづけているベテラン、井上俊之さんだ。90~00年代に一世を風靡した“リアル系作画”の代表的なアニメーターである井上さんだが、「地球外少年少女」に参加するには“脱リアル系”という明確な意思があったという。

「電脳コイル」では、磯光雄監督の期待に十分に応えられなかった


──「地球外少年少女」ではメインアニメーターという肩書きですが、作画監督も務めてらっしゃいますね。

井上 今回はいち原画マンとして呼ばれましたが、現場が大変になってきたので、作監も手伝うようになっただけなんです。主に修正の面倒なカットの作監を手伝うかたちで、第1話をキャラクターデザインの吉田健一さん、第2話を伊藤英樹さんと共同で作監をしました。それと、第5話も少し手伝ってます。僕は磯光雄監督の「電脳コイル」(2007年)でも、途中から総作画監督を引き継ぎましたね。


──「電脳コイル」は、磯監督に誘われて参加したのですか?

井上 そうです。その頃の僕は、プロダクションI.Gのリアル系の作品を多く手がけていて「このままでいいんだろうか?」「リアル系だけでなく、もっとアニメとして楽しいものを模索すべきではないか」と思っていました。ちょうどその頃、磯くんから「電脳コイル」に誘われました。磯くん自身、一見するとリアル系の作画を牽引してきたアニメーターに見えるかもしれませんが、リアル以上の何かを表現できる人で、それを我々にも求めてくる。だけど、当時の僕はI.Gや今敏監督の作品にずっと関わっていたので、リアル系の動きが体に染みついていました。ですから、磯くんに求められているものを咀嚼できず、十分に応えることができませんでした。そういう意味で、「電脳コイル」の制作中は辛かったです。

──作品として、「電脳コイル」はどう思いましたか?

井上 面白かったです。時間が経つほど、その気持ちが強まってきました。「電脳コイル」から10年以上たって、制作中の辛かった気持ちもいい塩梅に忘れてきました。だったら、今度こそリアル系アニメからの脱却に再挑戦できるかもしれないと思って、「地球外少年少女」への参加を決めました。

──磯監督からは、どのように依頼されたのですか?

井上 Twitterのダイレクトメールで「手伝ってくれ」と言われました。最初は、「シナリオの感想を聞かせてほしい」という話から始まったように記憶しています。

──井上さんが参加した時点で、もう吉田健一さんのキャラクターデザインはできていたのでしょうか?

井上 ほぼできていましたが、決定稿にいたらないまま作画作業に入りました。そういうパターンは珍しいのですが、全6本だからできたことです。ひとまず保留にしておいて、6本をつくり上げる中で、作監作業で細部を確定させていけばいいということだったんでしょう。

──吉田さんのキャラクターデザインの印象は?

井上 吉田さんはスタジオジブリで育って、その後はサンライズ作品にも参加していますよね。近年のアニメが失った、「リアルではないけど上手い絵」を描く人です。安彦良和さんのように、立体として整合性があるわけではないけど、達者な、独特のデザインです。今回は宇宙が舞台だから、見る人に実感をもってもらいたい。だけどリアル一辺倒にはしないという磯くんの意図が、吉田さんのキャラクターデザインにも現れていると思いました。

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