“変身”とは、物語に挿入される新しい物語――「劇場版 美少女戦士セーラームーンR」で何が起きたのか?【懐かしアニメ回顧録第88回】
「輪(まわ)るピングドラム」の劇場版「RE:cycle of the PENGUINDRUM」の前編が、来月から公開される。監督の幾原邦彦氏の出世作といえば、「美少女戦士セーラームーン」シリーズであろう。幾原監督の劇場アニメデビューもやはり「劇場版 美少女戦士セーラームーンR」(1993年)だった。
同じアングルで、同じように順番に涙を散らすセーラー戦士たち
「劇場版 セーラームーンR」は、主人公・月野うさぎのボーイフレンド、地場衛(ちばまもる)の少年時代の友人・フィオレが悪役として登場する番外編的なストーリーだ。
フィオレは地球に小惑星を落とそうとするが、セーラームーンに変身したうさぎは胸に秘めた銀水晶の力でそれを食い止める。ほかの4人のセーラー戦士もうさぎに加勢するのだが、彼女たちの感情描写が極端に様式化されていることに、誰もが気がつくのではないだろうか。
フィオレに痛めつけられるうさぎ(セーラームーン)を見ているセーラー戦士たちが、それぞれ過去にクラスメイトから陰口を叩かれて悩んでいたシーンが挿入される。水野亜美(セーラーマーキュリー)、木野まこと(セーラージュピター)、愛野美奈子(セーラーヴィーナス)、火野レイ(セーラーマーズ)の順番だ。彼女たちが回想していた間、セーラームーンはずっとフィオレに苦しめられていたことになる。
フィオレに受けたダメージから立ち直ったセーラームーンは、小惑星を止めるために銀水晶の力を解放する。決死のセーラームーンの背後でセーラー戦士たちは手を繫ぎあって、彼女を支援する。戦士たちは、過去にうさぎと交わした会話を回想する。マーキュリー、マーズ、ジュピター、ヴィーナスの順番に、ほぼ8~10秒ずつ。カメラが顔に寄っていき、ピントがぼやけて回想シーン(必ずワンカット)となり、再びピンボケとなって顔のアップになると、パッと涙が散る。
4人が順番に過去を回想し、4人とも同じタイミングで涙を散らす――。リアリティには欠けるが、4人の個性や感情を描写するにはもっとも効率的な演出だし、作風にマッチしているように感じられる。なぜなら、クライマックスでの様式化された回想シーンは、ヒーロー物に付きものの変身シーンから着想されたであろうからだ。
変身シーンがパターン化されているからこそ、感情の差異が際立つ
映画の前半、うさぎたちが暮らしている町で、人々がゾンビのように魂を失って襲いかかってくる。セーラー戦士たちは変身して人々を操っている妖魔(本作における怪人のような敵キャラ)を倒すのだが、いったんはピンチに陥る。少し細かく見てみよう。
妖魔は、変身前の亜美とレイを両手に捕らえて、彼女たちのエナジーを吸いとる。亜美とレイを助けるため、まず美奈子がセーラーヴィーナスに変身。背景が星や光などの抽象的な模様となり、変身終了のポーズを決めるまで24秒。続いて、まことがセーラージュピターに変身する。エフェクトが稲妻を描いた透過光などに置き換わっているが、やはり異空間のような背景だ。ポーズを決めるまで19秒。つまり、計43秒間の変身シーンのあいだ、亜美とレイはエナジーを吸われたままだったことになる。
以降、レイがセーラーマーズに変身するのに19秒、亜美がセーラーマーキュリーに変身するのに17秒。カメラワークは共通していて、手のアップから始まり、変身用のスティックをつかむ(子ども向けに変身グッズが発売されているので、少しでも長く商品を観客に見せる必要があるのだろう)。
そして、映像がCM的にパターン化されているからこそ、水や炎などキャラクターごとに差別化されたアイコンが際立つ。クライマックスで回想シーンが様式化されていたのも、変身シーンと同じ構造ではないだろうか。まったく同じカッティングで同じ演出が繰り返されるからこそ、1人ひとりの感情の差異を短い秒数で表現できているわけだ。
セーラームーンに変身する後ろ姿を、ちびうさだけが目撃していた
さて、主人公のうさぎがセーラームーンへの変身にかかる時間は、実に47秒。テレビ版の第5話から登場した新しい変身アイテムを使うためか、ほかのメンバーよりも長い。
しかし、うさぎは変身できないキャラクターである「ちびうさ」を助けたために、町中の飲食店の中で倒れている。その状態から変身するので、「ムーン・クリスタルパワー……」と合言葉を発してポーズをとるとき、なんとうさぎは観客に背中を向けているのである。
そればかりか、ちびうさが変身しかけたうさぎを呼び止めるので、変身プロセスは中断されてしまう。ちびうさは、「助けてくれてありがとう。がんばって」と声援を送る。そこから新たに変身シーンが始まる。うさぎのバックは、いつもの抽象的な背景画ではなく、彼女が倒れていた飲食店だ。
つまり、物語の時間軸に「変身シーン」という別の時間軸が割りこんでいることになる。その構造を、いつも近くで戦いを見ているちびうさだけが知っている。たとえ変身に何十秒かかろうと、それは物語の時間を浸食しない。新しく始まってわずか数十秒で完結する変身シーンや回想シーンは、実は“出来事の重大さ”のような主観的な概念を描こうとしているのかもしれない。うさぎが、日常の背景をバックにして後ろ姿で変身ポーズをとったとき、関係者たちの「変身グッズを売りたい」以上の不可解な表現の断面が垣間見えた気がする。別次元の物語と物語が、意図せず衝突したように感じられるのだが、いかがだろうか。
(文/廣田恵介)
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