青山吉能、工藤晴香、fripSide──旅立ちと別れの春を彩る新譜3枚をピックアップ!【月刊声優アーティスト速報 2022年4月号】

いま注目したい声優アーティスト作品をレビューする本連載。2022年4月号では、青山吉能さん、工藤晴香さん、fripSideによる3枚をピックアップした。

今回の切り口に掲げるのは、“各アーティストのターニングポイントとなる作品”。始まりはいつだって輝かしいものだ。それと同時に、始まりは終わりの始まり。でも、何もないよりは楽しいことがあったほうがいい。寂しさよりも、楽しかった思い出を数えていきたい。そんな想いを抱きながら、華やかな物語の幕開けと、自身の表現に確信を抱く過渡期。そこから長い歴史の幕引きまで、この1か月間で起こった時間の流れを少しだけさかのぼってみたい。

青山吉能 1stデジタルシングル「Page」(3月9日リリース)


暖かな春の訪れとともに、ひとりの声優アーティストがデビューを果たした。Wake Up, Girls!解散からちょうど3年。同ユニットのメンバーだった青山吉能さんのことである。


デビュー曲「Page」は、青山さん自身が作詞、彼女の敬愛する早見沙織さんの楽曲を手がける矢吹香那氏が作曲を担当。“真っ白なページ”をイメージしながら、眩しい朝の訪れを今後の活動への期待感に重ね合わせた1曲だ。聴き手の想いも、まるで太陽が昇るように徐々に跳ね上げられていく。

またボーカル面では、透明感を放ちながらただ軽やかなだけでなく、とても地に足がついた歌声を備えている印象がある。Wake Up, Girls!での経験のほか、小学校から高校まで合唱部で活動していたというキャリアによるものも大きいのだろう。すでにキャラクターではない、自分の歌声を見つけていることが伝わってきた。

何より、Wake Up, Girls!の活動終了後、自身のライブを企画したくなったところから、その延長としてオリジナル楽曲を作り、結果的に今回のソロ活動まで転がりついたのだというエピソードにもポイントが。つまり、多くの声優アーティストとは逆のアプローチから、音楽活動に着手がされているのである。そうした点でも、青山さんは“アーティストになるべくしてなった存在”といえるのではないだろうか。

工藤晴香 1stフルアルバム「流星列車」(3月30日リリース)

2020年3月のアーティストデビューからちょうど2年。アーティストとして経験を重ね、そこで掴んだ確かな自信を証明するかのように、工藤晴香さんにとって初のフルアルバムとなる「流星列車」がついに完成した。

これまでと同様、今作でも工藤さんが作詞、アイドルグループ・PassCodeのサウンドプロデュースなどで知られる平地孝次氏が作編曲をそれぞれ担当するフォーマットは健在。作品のテーマには「列車、乗客、人生、旅」を掲げ、スタートナンバー「旅立ち」から派生した12編のさまざまな物語がつむがれる。そのどれしもに通ずるのが、誰かの人生について描かれていること。詳細は後述するが、あくまで“旅”や“人生”を描くコンセプト調でありながら、作品を通してひとつの物語をあえて描いていないところが、本作の重要なポイントである。

収録順に拾っていくと、〈Double up かかって来いと笑うさ〉といったロックらしからぬ言葉選びや、サビ前に挟まれる脚韻など、ヒップホップ的な要素を感じるミスクチャーロックな3曲目、もとい“3号車”の「Utopia」を経て、中盤の「HOPE」「家路」ではゆったりとしたミドルテンポなナンバーに。〈難しいこの世界に生まれ落ちたからこそ 巡り会えたね〉と歌うブルージーなギターバラード「家路」は、生まれて日が浅い工藤さんの甥に捧げた1曲だ。

9号車「No scenario」は、2000年代後期の王道ロック調な1曲。かと思えば、1番が終わるとそこからは数10秒ごとにサウンドや構成が目まぐるしくスイッチしていく。ほとんど別の楽曲が次々と演奏されていく感覚だ。次の展開が読めないあたりが楽曲タイトル同様、まさに“シナリオがない”わけだが、ビートチェンジと呼ぶべきか、はたまたDJ的思考のように異なる楽曲をここまできれいに繋ぎ合わせたトラックはなんとも平地氏らしい(そんな楽曲を作詞し、歌いこなしてしまう工藤さんもまた恐ろしすぎる)。そこからラストナンバー「Tread this Earth」で、我々の手元にあるアルバムはひとまず終着駅に辿り着くのだが……。

あくまで筆者の所感であるが、本作はいわゆる“リドルストーリー”のように、余白の多い作品とも感じられた。各楽曲は過去、現在、未来のどの地点で歌われているのか。そもそも主体は誰なのか。心の叫びや後悔、時には反骨心さえを主とし、ひとりの人間に接近する血の通った歌詞がやたらと具体的ないっぽう、前述した時系列や、主人公の人物像といった歌のポジションが抽象的なままなのだ(だからこそ、工藤さんのボーカルにはオートチューンが多く施されているのだろうか)。

同時に、本作のテーマである「列車、乗客、人生、旅」は、そのどれしもがほとんどイコールな関係性だと考えられる。人生とは旅であり、列車は人生のように望まずとも進み続け、我々を含む乗客はその人生、旅の主体である。なぜだかロマンを感じる列車や駅という場所に、我々は偶然にも集う。隣で揺られている乗客が誰かは知らない。それでも、彼らにも人生の物語が備わっているはずだ。

本作で描かれる短編小説のような1曲ごとの物語について、こうした偶然に遭遇している見知らぬ人々の群像劇と捉えるか、あるいは異なるシーンでの独白の連続と受け取るのか。もしかすると工藤さんの狙いは、聴き手によってさまざまな受け取り方ができる点にあるのかもしれない。

〈降りれなかった駅たちに 失くした心あるかな〉

〈一つのメロディーに何億通りの言葉を

当てはめてく 答えなんてないよ

また生まれ変わろう また生まれ変わろう 何度でも

そうこの歌だけ連れて行こう〉

ちなみに、筆者は上に引用した「旅立ち」の歌詞を読んで、本作の収録曲のほとんどは、同楽曲の主人公が自身の人生を歩みながらも、〈降りれなかった駅たち〉にある“if”の物語に想いを巡らせる内容なのではないかとも受け止めている。人生は短いが、過去を振り返っていまを変えられる時間はあるはず。つまり、“流星列車”に乗り込むことは〈また生まれ変わ〉るため、自分の弱さと向き合う行為と同義なのかもしれない。

fripSide 第2期ラストアルバム「infinite synthesis 6」(3月23日リリース)


最後に、少し寂しい話をしよう。今年で結成20周年という節目の年に、南條愛乃さんがfripSideを卒業する。初代ボーカル・naoさんの座を譲り受けてから、今夏でユニット加入14年目を迎えるところだった。現体制にてまだ挑戦の余地を残しながらも、当初より予定されつつ先延ばしになっていた“ボーカル交代制”というユニットの約束を果たすなどの理由より、彼女の卒業は決定したという。

今作「infinite synthesis 6」はいわば、fripSide “Phase2”における“卒業制作”。彼らの代名詞といえる「とある」シリーズに寄せた楽曲として、「とある魔術の禁書目録 幻想収束」第2期オープニングテーマ「worlds collide」や、本作のリード曲「endless voyage」など、まさに原点回帰といえるようなサウンドなどを楽しめる。小節の頭に高音のシンセを1拍分だけ置いたり、メロディーの運び方だったり。fripSideの紡いできた歴史を大いに感じられることだろう。

こうしたサウンドについて、コンポーザーの八木沼悟志さんが以前、「そこはかとない無常観」と言い表していたのをよく覚えている。その特徴は、彼がfripSide結成前に制作し、南條さん参加のラストタイミングでやり残したくないと、当時の楽曲を生まれ変わらせた「Your breeze」や「regret」からも感じるところ。前者は特に、1990年代のユーロビートのテイストも含んでいるような、これまでの楽曲と比べて特に新鮮な雰囲気となっている。

南條さんの作詞曲でいえば、10曲目「With falling snow」は、いい意味でユニットの様式美を体現してくれている。fripSideといえば、冬曲。前述した“そこはかとない無常観”のサウンドは、無邪気さが育んでしまった悲しみ……互いに想いあっていたはずの2人の失恋を、これ以上なく繊細で、情景豊かに描くのだ。実際に「Secret of my heart」など、発表から8年近くが経ったいまなお、厚い支持基盤を持つ南條さんの作品自体は数多く存在する。

何より、八木沼さん作詞の「endless voyage」と、南條さん作詞の「Dear All」のそれぞれを聴けば、彼らが歩んできた道のりがどれだけ尊いものかと実感してもらえるだろう。以下に両楽曲の1節を引用しておきたい。

光溢れている 君と辿りついた場所

果てなく煌めいた それぞれの記憶を抱いて

夢中で羽ばたいた 強く描いた軌跡を

この心に刻み続ける この音とこの歌で

(endless voyage)

君は何を想う? 一緒に歩いた時間その気持ち大切に抱きしめていてね

もし君が振り返るとき この今が輝くように

今日も私はこの場所で 未来に向けて歌う

(Dear All)

特に「Dear All」はまるで、南條さんからの置き手紙のようである。〈その気持ち大切に抱きしめていてね〉という、これまでの楽曲にはない、明らかにこちら側に向けられた、“〜ね”という語尾を含むメッセージ。そして〈今日も私はこの場所で〉というフレーズから伝わってくるのは、レコーディングブースを漂う、しんとした緊張感ある空気。いつか、この楽曲を再び聴く時には、彼女はもうfripSideのボーカルではないかもしれない。それでも……いや、だからこそ〈今日も〉という、間もなく過去の時間軸になる言葉によって、振り返ればわずかにでも残された時間があったことを、我々は噛み締められるのだろう。

思えば、10年以上にわたり活動を続けてきたfripSide “Phase2”の存在は、多くの人々にとって“いつでも帰れる場所”だったのではないか。聴き慣れたあのデジタルミュージックに触れれば、いつかの青春も思い出せるし、いまに繋がる勇気も与えてくれる。ユニットの“らしさ”を活動初期から固められていたからこそ、ここまで長く愛されてきたのだろう。

南條さんの卒業公演である、4月末のファイナルライブまで1か月を切った。当日までの残り少ない時間は、これまで以上にfripSideの楽曲と触れ合いながら、彼らとの思い出に酔いしれていたい。

ところで、かつて披露された南條さんの“強引に終わらせる歌”のリリースと、八木沼さんのサイコロツアーの続編はまだですか?

(文/一条皓太)

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