奇妙な美術館から脱出せよ! 10年の時を経て復活した“伝説のホラーゲーム”のリメイク版「Ib(イヴ)」レビュー

アキバ総研をご覧のみなさま、いかがお過ごしでしょうか。ゲーム買いすぎちゃう系ライターの百壁ネロでございます。突然ですが最近、美術館には行かれましたか? 筆者は結構美術館は好きな方でして、気になる展示がある時は足しげく通っていました。そんなわけで今回は、美術館を舞台にした作品「Ib(イヴ)」をご紹介したいと思います。

ようこそ、“ゲルテナ展”へ! 少女イヴの不気味な美術館からの脱出の物語


「Ib」は、不気味な美術館を舞台にした2Dホラー探索型アドベンチャーゲームです。
本作は日本のインディーゲームデベロッパーであるkouri氏が開発した、2012年発表のフリーゲーム「Ib」のリメイク作品。RPG制作ソフト「RPGツクール2000」を用いて製作されたオリジナル版の「Ib」は、ていねいに作り込まれたホラー要素、パズル要素、アクション要素に、一度体験したら忘れられない独自の世界観とストーリーが絡み合い、ゲーマーたちに“伝説のホラーゲーム”という異名で呼ばれている有名作品です。

そんな「Ib」が、実に10年の時を経てリメイクされ復活するということで、発売前から、オリジナル版をプレイした人々やオリジナル版の噂を知るゲーマーたちの大注目を集めていたのがSteam版の本作というわけなのです。ちなみに筆者はオリジナル版未プレイのため、リメイク版にて初めて「Ib」に触れるプレイヤーという視点から、ネタバレを極力避けつつ、レビューをしていきたいと思います。



それではまずは、「Ib」のストーリーからご紹介していきましょう。
本作の主人公は、イヴという名のひとりの少女。ある日の昼下がり、両親に連れられて、生まれて初めて美術館に訪れたところから物語が始まります。美術館では“ワイズ・ゲルテナ”という名の人物の展覧会が開かれており、イヴは両親から離れ、ひとりで館内の美術品を見て回ります。



巨大な深海魚を描いた絵画、巨大なバラのオブジェ、赤・青・黄のワンピースを着た頭のない3体の女性の像などなど、絵画や彫刻などさまざまな作品が館内に展示されています。作品名のプレートには読めない文字がありつつも、あれこれと美術品を見て回るイヴでしたが、気がつくと周囲の人々が皆いなくなり、ひとりぼっちになってしまいます。誰かいないかと探し回るイヴでしたが、美術館に異変が起こり、不思議な世界へと迷い込みます。そこは、絵画や彫刻が展示されてはいるものの、先ほどまでいた美術館とはまったく違う、奇妙で不気味な美術館なのでした……。



「不思議の国のアリス」や「オズの魔法使い」などを思わせるおとぎ話風の導入でありながら、美術館というユニークな場所が舞台であることによって、静かで不気味な雰囲気がひしひしと漂う物語となっている「Ib」。子供の頃に、学校の美術室に飾られた絵や彫像が人知れず動く姿を想像し、なんとも言えない恐怖を感じた経験がある方も少なくないのではないかと思います。本作もまた、物語の導入部をプレイして、イヴとともに館内の奇妙な美術品を見て回るうちに、「ああ、これから絶対に“何か”が起きるな……」という、ワクワクと恐怖が入り混じった気持ちになります。



そんなワクワクと恐怖が入り混じった気持ちをさらに盛り上げてくれるのが、精巧なグラフィック。レトロゲームを思わせるどこか懐かしさを感じるテイストの細やかに描かれたドット絵は、見れば見るほど美しく魅力的。主人公である少女イヴのたたずまい、館内に飾られた美術品の数々、そしてイヴを襲う奇妙なものたちに至るまで、すべて2Dドットで描かれているのにもかかわらず、本当にそこに存在するような不思議なリアリティをプレイヤーに感じさせてくれます。



グラフィックだけではなく、音楽もまた、本作の世界観を彩る魅力のひとつです。美術館を舞台にしているということで、音楽は全体的に物静かな雰囲気となっていますが、静けさの中にどこか不穏でもの寂しげな空気が感じられるような、耳に残る曲ばかりがそろっています。そんな「Ib」のBGMはぜひ、実際にプレイして聴いてみていただきたいと思います。


不気味で魅力的なホラー要素とバラエティ豊かなパズル要素が融合! 充実のやりこみ要素にも注目


それでは、本作のゲーム内容についてご紹介していきましょう。
本作は、2D見下ろし型視点のアドベンチャーゲームです。オリジナル版がRPGツクール2000を用いて製作されているということもあり、昔ながらのRPGのような見た目と操作感になっています。そんな本作の目的は、迷い込んでしまった“奇妙な美術館”から脱出すること。そのためにプレイヤーは、イヴを操作して置かれた物を調べ、ときには会話をしながら、美術館に仕掛けられたさまざまな謎を解いていくこととなります。



探索を進めていくための基本操作は、「移動」と「調べる(話す)」の2つです。ほかにも、メニュー画面を開き、後述するズーム機能を実行するボタンなどはあるものの、ゲームの進行に必須となる操作は先述の2種類のみ。とてもお手軽な設計となっているのですが、実はこの遊びやすさには、オリジナル版「Ib」が「ゲームが苦手でも遊べるように」というコンセプトのもとに製作されているからという理由があるのです。リメイク作品であるSteam版の本作もオリジナル版のコンセプトはそのままに、ゲーム初心者でも安心して楽しめるやさしい操作設計がされています。


ホラーゲームやホラー映画の中には、「突然大きな音が鳴り響く」「突然画面いっぱいに恐ろしい画像が表示される」といった、いわゆる“ビックリ系ホラー”と呼ばれるものがあります。本作「Ib」は、ホラーゲームでありながら、そういった“ビックリ系”の要素はかなり控えめ。どちからと言えば、おどろおどろしい奇妙な美術館の雰囲気に浸りながら、得体のしれない美術品や掲示物に記された不気味な言葉に触れつつ、巻き起こる不可解な出来事を体験していく……という、言うなれば“ジワジワ系”の恐怖を味わえるのが本作のホラー要素の特徴であり、醍醐味となっています。


「もうすぐ何か恐ろしいことが起こりそう」というイヤ~な予感を常に感じつつ、おそるおそる先へと進んでいかなければならない本作の怖さは、まるで遊園地のおばけ屋敷を歩いているような体験をプレイヤーに与えてくれます。



本作を構成する要素のうち、ホラー要素と双璧をなすのが、パズル要素です。本作には、先に進むために謎解きを求められる場面が多数登場します。ギミックを動かすもの、迷路的なもの、ロジックパズル的なもの、与えられたヒントから正解を推理するものなどなど、パズルの種類は実にバラエティ豊か。


しかもそれらの謎解きが、マップに置かれた奇妙な美術品とうまくからめられている点がとてもユニーク。美術品が単なるホラー要素ではなく時にパズルのカギにもなっているという、完成度の高い作りが実現されており、「近づくのは怖いけど、謎を解くために調べなければならない」というジレンマ的なシチュエーションが生み出されているのです。



さらに本作には、数は多くありませんが、迫りくる怪異から逃げながら進むといったアクション要素も含まれています。「人智を超えた恐ろしい存在から必死の思いで逃げる」というのは、ゲームやマンガ、映画など媒体を問わずホラー作品の醍醐味であり見せ場のひとつ。本作は、巧みに配置されたアクションシーンによって、ゲームにほどよいアクセントが加えられているように筆者は感じました。


さらに本作には、アクションゲームではおなじみのライフ制が採用されています。
迫りくる怪物や危険な罠などに触れてしまうと、イヴの命を表す“赤いバラ”の花びらが減っていってしまいます。命の終わり、すなわち迫りくるゲームオーバーが、目に見える形で常に表示されているこのライフ制システムは、ホラーゲームとしての緊張感を増幅させることに成功しているのではないかと筆者は考えます。とは言えライフを回復できるポイントが定期的に配置されているので、いわゆる“死にゲー”のような高い難易度は感じられないのも「ゲームが苦手でも遊べるように」というコンセプトの本作ならでは。
ちなみにライフの回復は、バラを花びんの水にいけることで、バラが元気になるという演出になっており、本作の美しくも奇妙な世界観にしっかりマッチしているのも特筆すべきポイントと言えるでしょう。



アドベンチャーやノベルゲームは、一度プレイするとそれで終わりというイメージがある筆者ですが、本作はマルチエンディングや美術品のコレクションなど、やりこみ要素と呼べるものが複数用意されています。これもまた、本作の大きな魅力のひとつ。一度エンディングまでプレイをしたあとでも、新たなモチベーションを持って、繰り返し遊ぶことができる作品となっています。

オリジナル版「Ib」との違いを紹介! リメイク版ならではのうれしい新機能が多数追加!


リマスター版ではなく“リメイク版”と銘打たれているSteam版「Ib」には、画面のサイズアップやグラフィックのクオリティ向上はもちろんのこと、さまざまな変更点や新機能の追加が行われています。


そのひとつが、「ズームモード」の追加。これはその名のとおり、ボタンひとつで画面を拡大することができる機能です。これにより、小さなアイテムが見やすくなり、美術品をより大きく鑑賞することが可能となっています。細かなドットで精巧に描き込まれた本作の美しいグラフィックを、よりはっきりと見ることができるこのズームモードの追加は、オリジナル版を遊んだことがあるプレイヤーには特にうれしい要素ではないかと思います。



もうひとつ、本作に追加された新機能は「会話システム」です。
これは、ゲーム中に出会う同行キャラクターと好きなタイミングで会話できるという機能。この「会話システム」によって、プレイヤーは謎解きのヒントを得ることができ、キャラクターと雑談をすることができます。本作を初めて遊ぶプレイヤーにとっては謎解きや探索のサポート要素として、そしてオリジナル版を遊んだプレイヤーにとっては、思い入れのあるキャラクターとの会話を満喫できるお楽しみ要素として機能する本システムは、まさにどのプレイヤーにとってもうれしい追加要素と言えるのではないでしょうか。


しかもこの会話システム、テキストのバリエーションが圧倒的で、間違っても「ちょっとテキストが追加されました」なんてレベルではないすさまじい作り込みがされています。たとえば同じ場所であっても、謎解き前と謎の解明後ではまったく異なるセリフが用意されており、さらに、同じエリアの謎解明後のセリフであっても、プレイヤーがいる部屋によって違うセリフになるという驚きの充実っぷり。すべてのセリフのパターンを見たくなってしまうこと必至の会話システムは、ある意味、本作のやりこみ要素のひとつになっていると呼んでも過言ではないかもしれません。



ココがスゴい!「Ib」の筆者的推しポイント

本作の推しポイントとして筆者がまず挙げたいのは、ずばり「難易度設計」です。先述のとおり、本作には、先へと進むために避けては通れないパズルや謎解きが数多く用意されているのですが、その難易度の設計が、実に絶妙なんです。


どんなゲームでも、行き詰まったらネットで検索すればクリアのための答えが出てくるこの時代ではありますが、本作の謎解きは自力で考え、試行錯誤することで解き明かすことができる、ほどよい難しさになっています。


それに加えて、新機能の「会話システム」によってある程度のヒントも得られるため、パズルやアドベンチャーゲームが苦手な人でも安心して謎解きの楽しさを味わえる作りになっているんです。事実、パズルは好きなほうではあるものの、あまり得意ではないと自負している筆者ですが、本作に関しては、ネットの情報などに頼ることなく、自力オンリーでクリアまでたどり着くことができました! やはり自分の力だけでクリアできたというのは、よろこびが大きいものですね……!



もうひとつ、筆者があげたい推しポイントは、なんといっても「美術品の作り込み」です。繰り返しになってしまいますが本作のグラフィックは、芸術的とも呼べる非常に緻密なドット絵で描かれています。そんな本作の中でも、とりわけ目を引くのがゲルテナの作品としてゲーム中に登場する美術品の数々です。美術品はどれもゲーム画面に収まる小さなサイズでありながら、細部に至るまで精巧に描かれているため、まるで本物の絵画や彫刻を鑑賞しているような感覚を味わえます。


さらに、新機能の「ズームモード」を用いることで、美術品をより細かくじっくり見られるのもうれしいポイント。ホラーゲームであり、謎解きアドベンチャーゲームである「Ib」ですが、筆者は「ワイズ・ゲルテナ氏の奇妙な美術展を鑑賞できる、2Dタイプのウォーキングシミュレーターゲーム」というとらえ方もあるのではないかと考えました。本作をきっかけに絵画や彫刻に興味を持ち、実際の美術館や展覧会に足を運ぶようになるプレイヤーもたくさん生まれるかもしれません(というよりも、オリジナル版リリースから今までの間に、すでにそういったプレイヤーをたくさん生み出してきたのではないかと感じています)。



“伝説のホラーゲーム”はダテじゃない! オリジナル版プレイ済みの人も未プレイの人も遊んでほしいリメイク版「Ib」


というわけで、「Ib」をご紹介しました。


ハイクオリティなホラー要素とパズル要素、魅力的なストーリーとキャラクター、そしてあやしくも美しい美術品の数々と、“伝説のホラーゲーム”の異名を持つだけあり、すべてがハイクオリティな作品である「Ib」。オリジナル版未プレイの筆者は、本リメイク版で初めて「Ib」の世界に触れましたが、ゲームをスタートしてものの数分であっという間に「Ib」の世界のトリコになってしまいました。
かつてフリーゲーム版の「Ib」で遊んだという人も、まだ遊んだことがない人も、そして普段ゲームであまり遊ばないという人も、ぜひぜひ実際にプレイして、奇妙な“ゲルテナ展”を思う存分満喫してみてください。


  • タイトル情報
  • 「Ib」(kouri)
  • ジャンル:アドベンチャー
  • 2022年4月11日発売
  • 価格:1,300円(2022年4月25日時点)
  • コピーライト:© 2012-2022 kouri All rights reserved. Licensed to and published by Active Gaming Media Inc.
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筆者:百壁ネロ
ゲーム買いすぎちゃう系フリーライター。現在積みゲー300本以上。小説家でもあります。著作は「ゆびさき怪談 一四〇字の怖い話」(PHP研究所)、「ごあけん アンレイテッド・エディション」(講談社)など。
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