大西亜玖璃、内田真礼、大橋彩香──五月病を吹き飛ばす必見MVにも注目の新譜3枚!【月刊声優アーティスト速報 2022年5月号】
いま注目したい声優アーティスト作品をレビューする本連載。2022年5月号では、大西亜玖璃さん、内田真礼さん、大橋彩香さんによる3作品をピックアップした。
今月号の切り口としたいのが、楽曲MV。アーティストにとって、楽曲プロモーションをする上での必需品であるのは言わずもがな、作品のイメージを視覚的に補完・底上げし、時には歌詞やサウンド以上に明確な意思表示をする表現方法として、とても重要なパーツである。そうした前提を踏まえて、2022年4月リリース楽曲のMVは特にコンセプチュアルな(と格好よく書きつつも、その大半は貪欲なくらい“笑い”に走った)映像ばかりだったため、憂鬱な五月病さえ吹き飛ばすべく、まとめて紹介していきたい。
大西亜玖璃 3rdシングル「ジェリーフィッシュな君へ」(4月13日リリース)
「人に助けを求めるなら、跪いて額と両手を大地につけるべきではないでしょうか!」。助けを求めている対象に対して、これほど手厳しい言葉はないだろう。こちらは、TVアニメ「このヒーラー、めんどくさい」の物語冒頭にて、大西亜玖璃さん演じるヒロイン・カーラが放つ印象的な台詞である。かわいらしいビジュアルに反して、毒舌でダークで……それでいて、時たま有無を言わせぬ正論を振りかざしてくるのが恐ろしい。
そんな同アニメのオープニングテーマこそ、大西さんが歌う「ジェリーフィッシュな君へ」。作詞作曲は、大西さんが楽曲提供を熱望していた俊龍氏によるもので、彼の記名性高いロック×キャッチー全振りな1曲となっている。どこかワンフレーズを聴いだけで、ここまで制作者の顔が明確に思い浮かぶ作家もなかなかいないだろう。また大西さんいわく、今回は盛大な“フリオチ曲”とのこと。ラブコメ要素たっぷりな歌詞を歌っておきながら、タイアップ先のアニメ本編には恋愛の話題が皆無といった、“期待させてから落とす”あたりがカーラそっくりだという。
とはいえ、楽曲に登場する大西さんは問題なく期待通り、いやそれ以上に「かわいい」が過ぎる。今回のMVでは恋に悩む女子生徒と、彼女の妄想に登場する恋愛講師によるまったく参考にならない恋愛講座が開かれているとのこと。大西さんの表情が次々と無邪気に、かつコミカルに変わるあたり、この楽曲MVには感謝をしてもしきれない。諸々の表情豊かな顔芸はもちろん、本人が苦手だというウインクシーンにも注目だ。
なかでもバスタブでブラシをマイク代わりに熱唱したり、分厚い本を積み木にしてみたりと、たくさんの小道具を使用したアドリブが見どころ。こちらはカメラを回しっぱなしにした状態で、大西さんが思うがままに“小道具大喜利”に挑戦している。映像では、普段はおとなしくも実はお笑い好きで、何より“ギャグセン”重視のぶっとんだ人柄を垣間見られるのではないだろうか。
また、楽曲全体に散りばめられ、キャッチーな雰囲気を形作っている英語のフレーズについては、大西さんの“フリップ芸”としてますます存在感を発揮。
こうした声優本人が持つ素顔の面白さを、普段のMVよりも近い距離感で引き出していた作品が過去にもあったなと想いを巡らせていたところ、大西さんのレーベルメイトである和氣あず未さんの2ndシングル表題曲「Hurry Love」(2020年6月リリース)を思い出した。
くしくも、「Hurry Love」も作詞作曲が俊龍氏、編曲がSizuk氏、MVディレクターが河谷英夫氏という今回と同一の布陣が担当しているほか、楽曲自体も恋愛相談を歌うものだった。声優アーティストが“恋愛相談窓口”を開く際には、彼らのバックアップがあれば百人力といったところだろうか。こちらもあわせてチェックしていただきたい。
内田真礼 13thシングル「聴こえる?」(4月20日リリース)
内田真礼さんのニューシングル表題曲「聴こえる?」は、自身が倉橋さん役を演じるTVアニメ「社畜さんは幼女幽霊に癒されたい。」エンディングテーマ。作編曲を佐藤純一さん(fhána)、作詞をfhánaの楽曲でメインライターを務める林英樹氏が手がけた、“チームfhána”が届ける極上のブラス×ストリングスポップだ。
そうした印象を与えずとも、ボーカルには難解なメロディ運びのセンスを求めたり、サビ半ばで落ち着いたところで、そこからさらにもうひと伸び展開を見せたりと、佐藤氏らしさは今作でも健在である。
同楽曲MVは、4:3のアスペクト比や白っぽいフィルターなど、懐かしの平成レトロを思わせるドリーミーテイストなものとなっている。劇中には大きな着ぐるみのクマも登場するのだが、こちらはもともと手のひらサイズで小さかったもの。そんなクマが内田さんと行動をともにし、彼女の心に自信を与えていく様子が映し出されているのだが、これはおそらく「社畜さんは幼女幽霊に癒されたい。」において人間を癒す“幽霊”、そして歌詞の通り、自分を支えるもうひとりの自分を模しているのだろう。
ここからは筆者の考察となるが、本MVで注目すべきは“青色”と“赤色”の色彩の関係性。まずは、内田さんが身につけている私服風の衣装と、彼女の〈内なる声〉のメタファーであるクマの着ぐるみのリボンには、どちらも青色を基調とするという共通点が。ここでは青色によって、内田さんと着ぐるみのクマが通じ合う存在として描かれていると仮定したい。そのうえで、着ぐるみがアパレルショップで勧めてくるブラウスをはじめ、内田さんをバッティングセンターで応援する際のポンポン、楽曲を盛り上げるべく演奏するエレキギターやスネアドラム、さらには冒頭に流れる「聴こえる?」のタイトル文字には、どれも赤色が採用されているのだ。
この2色に対比構造的な意味を与えるとすれば、青色=これまでの自分、赤色=自信を持ったこれからの自分とでも位置付ければよいだろうか。終盤、着ぐるみの中身が明かされた通り、内田さんを鼓舞していたのは誰でもない彼女自身。だとすれば、着ぐるみのクマは“変わりたい”という想いに対して正直にさせたり、あるいは意識していなかった自身の魅力に気が付くよう、彼女に働きかけていたわけだ。心理学の領域で言われる“ジョハリの窓”を思い浮かべると、そのイメージもつかみやすいかもしれない。
そんな隠された本心が、物語冒頭からかすかに表れていた個所がひとつだけある。内田さんの“赤色のネイル”である。体のごく一部、だがネイルという確かな美意識が映る場所に赤色が宿っていた理由とは……。ここまで記せば、このMVにおける色彩の役割について、何らかの意味合いを見出していただけるだろうか。繰り返すが、もちろん、あくまで筆者独自の解釈ではあるのだが。
閑話休題。
MV終盤にて着ぐるみの中身が明かされた通り、改めて解説するが、内田さんを鼓舞していたのは誰でもない彼女自身だった。自分のことを深くまで理解し、いちばん応援できるのは、誰でもない自分である。楽曲とMVには、そんなメッセージが込められているのかもしれない。
この想像がおそらく間違いでないことは、内田さんの「今の世の中って、それぞれが自分ひとりの力でがんばらなきゃいけないという状況にむりやり置かれていて、誰かと手をつなぎ合うことが難しいじゃないですか」といった発言からも確認できた。その詳細については、下記インタビューを参照いただきたい。
参照:【インタビュー】内田真礼が13thシングル「聴こえる?」をリリース。仕事をテーマにしたアニメの主題歌にこめた思いを語る!
大橋彩香 11thシングル「Be My Friend!!!」(4月27日リリース)
人の悩みとは尽きないもので、自分自身との対話を終えたかと思えば、今度は友達を作りたいという。大橋彩香さんが歌う新シングル表題曲「Be My Friend!!!」のことだ。
同曲は、自身がシルフィー・メルヘヴン役を演じるTVアニメ「史上最強の大魔王、村人Aに転生する」オープニングテーマ。これまでの大橋さんのトラックリストにはないヘビーかつメタリックなサウンドは、Kanata Okajima氏、MEG氏、 Hayato Yamamoto氏の3作家によるもの。曲中にはボコーダーを施したラップパートも挟むなど、オルタナティブな作風の片鱗さえ見せつつある。さすがは2021年8月4日の“はっしーの日”に、“大橋彩香 a.k.a HASSY”としてラッパーデビューしているだけある。
さて、このMVこそ、本稿で取り上げるいちばんの“問題作”である。百聞は一見にしかず。何よりもまずは映像を再生していただきたい。
いかがだっただろうか? 歌詞にあわせたリップシンクがなければ、あやうく誤った映像を再生してしまったと疑ってしまうのではないだろうか。
冒頭に映し出されるのは、「友達が作れないあなたへ!」という、おそらく飲み会への招待状。ここで“あ、この映像で大橋さんは友だちを作る努力をするのだな”というところまでは想像できるのだが、直前のラダートレーニングをはじめ、きっと身体のどこかの能力を覚醒させているはずの腕立てから、シュールな引きの画角で収めたスクワットまで……あれ、我々の知っている、この世界の常識的な友だち作りはどこに?
その後も来たるべき“当日”に備えて、健やかな心と体を鍛える大橋さんなのだが、肝心の飲み会ではすでに会話の輪ができあがっており、なかなか周囲とうまくなじめない。人と人の間の席に居心地悪く座りながら、はたして自分の左右で繰り広げられている会話の、どちらに加わればいいのか。どちらの話題もいまいち入りどころがない……などと胃をキリキリとさせた経験は、誰もが一度はあるのでは。
そんな共感ポイントを配置しつつも、特に前半の“修行僧”パートで観るものを置いてけぼりにする本MV。それでも大橋さんの人柄もあってか、何とも言えないシュールさが自然と癖になってしまう(筆者のお気に入りは冒頭の腕立て伏せのシーンだ)。
トラックのサウンドと映像がどちらも両極端を攻めており、両者の間に絶妙かつ大きすぎる“飛距離”がある作品として、いい意味で何とも言えない気持ちにさせられてしまった。まったくもって、音楽と映像は本当に人の心を動かすものである。大橋さん、さすがに先の時代を生きすぎです。
(文/一条皓太)
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