「エネルギッシュな二人の若者がのし上がっていく物語」──5月28日公開、映画「犬王」湯浅政明監督インタビュー

古川日出男氏の小説「平家物語 犬王の巻」を、湯浅政明監督が長編アニメーション化した映画「犬王」が5月28日(土)より公開される。軍記物の名作「平家物語」全訳のスピンオフ作品とも言われる原作を、日本のトップクリエイターたちが映像作品としてよみがえらせる。

世界最古のミュージカルとも言われる「能楽」に、現代のロックンロールやオーケストラサウンド、野外フェスの仕掛けなどをかけ合わせ、新感覚のミュージカル・アニメーションを誕生させた湯浅監督に、制作経緯やヴェネチアやトロントなどの海外映画祭で公開された際の反響、自身の集大成と位置付けている本作に込めた想いなどを語ってもらった。

ーー 猿楽の一座に生まれた異形の子・犬王と平家の呪いで盲目になった琵琶法師・友魚のパフォーマンスに“ロック”を選んだ理由はありますか?

湯浅 史実に残っている確証だけを追うと当時の情報はさほどしかない。だけど実際にはたくさんの人がさまざまな営みとしていたはずだし、失われた者たちの話を拾い上げる話を描くうえでは、もっと多様性があったほうがいいと思いました。

音楽自体もみんなを巻き込んでいくようなものが面白いと考えていました。「こういう音楽が人気だったんだ、へ〜」という反応ではなく、ちょっとびっくりするような音楽であったほうがいいと思って。そういうときにはやっぱり力強いロックがいい。ロックにはパッションというのかな、熱に訴えかける感じがあるし、犬王たちがみんなを扇動していく力にもなるものと考えたらロックかなと。ロックが持つ下から上にのし上がっていくような強いイメージがストーリーとマッチすると思いました。

ーー 犬王役のアヴちゃん、友魚役の森山未來さんの起用理由と、実際の演技の印象をお聞かせください。

湯浅 提案として名前があがった時期には、キャラクター性もまだ固まっていなくて、合っているのかどうかの判断もできずにいました。ただ、「昔、こんなエネルギッシュな2人の表現者がいました」という物語には、今現在を生きる真っ直ぐな表現者である2人の力をダイレクトに作品に入れたいと感じたときに、これ以上の選択はないと思うに至りました。アヴちゃんと森山さんに寄っていくことで、決めかねていたキャラクターの方向性も分かりやすくなっていきました。生の2人がいることでキャラクターに存在感ができてきたというか。声に関してはまずは、思ったように演じてもらい、違うと感じた部分だけ修正していくやり方で、自分からは特に細かいディレクションはしていません。歌に関しては2人とも本当にうまかったから、ほとんど言うことはありませんでした。

ーー 収録に向けて、森山さんは琵琶を練習されていたとうかがっています。

湯浅 声に集中するために、本編で琵琶を弾くことはありませんでしたが、指導していた先生も「上手に弾けていますよ」とおっしゃっていました(笑)。役作りでそこまでやってくれるんだ、とびっくりしましたが、ありがたかったです。弾けないで歌うのと、弾けるうえで歌うのとでは、やっぱり表現に違いが出てくると思うので。「琵琶を弾けるようになって!」とオーダーはしていませんが、結果、いい表現に繋がっていると感じています。

ーー 犬王と友魚。エネルギッシュなキャラクターを作り上げるうえで、細かなディレクションがあったのかと想像していました。

湯浅 ご自分達で考えられているし、音響の木村監督もうまく引き出されていると思いますが、もともと2人が持っているものの力が大きかったと思います。2人のパーソナリティというか、表現に対する真っ直ぐな気持ちが。キャラクターに作用し、芯をいただいている感じがしました。アヴちゃんも森山さんも犬王と友魚のように、表現に対してすごく真直な印象を受けました。

ーー ヴェネチアやトロントなどの海外映画祭でも反響を呼んだ本作。印象的な反応はありましたか?

湯浅 割とポリティカルにとらえる人が多い気はしました。政治に潰された芸術家という感じで。そういう側面も確かにあるとは思うけれど、日本だともっとキャラクターの内面に何かを見るのかな、と思っています。もっと感情的というのかな。でも、おしなべて海外と日本の反応はそんなに変わらない気がしています。コロナ禍で声が出せないこともあり、あたたかく観ていただいている感じがしました(笑)。本来は、もっと騒がしく楽しんでほしい映画だし、応援上映にも向いていると思います。

ロックオペラという表現はヴェネチアの映画祭サイドから作品紹介で出てきた言葉です。キャッチーなワードで気に入っています。

ーー 日本っぽさというのでしょうか。和のテイストへの反応などはありましたか?

湯浅 海外に限らず、日本でも南北朝のことはあまり知らないという人も多いはずです。しかし、本作はシンプルに2人の若者がのし上がっていくさまを描いた映画なので、どこの国でも同じように伝わったのではないかと思います。よかったことは、字幕付きでの上映だったので、完全に歌詞の内容も把握して映画を観てもらえたのではないかと思います。「なんか、かっこいい音楽が流れているぞ」だけでなく、歌詞も聞いてほしいと思っていたので。歌詞で進行しているところがあるので、そこがミュージカルたる所以でもあります。字幕がなかったら、単に歌が流れているだけの映画に見えてしまう可能性もありましたね。

ーー 物語をきっかけに、犬王と友魚がいた南北朝から室町時代についてもっと知りたくなりました。

湯浅 時代劇はそうやってハマっていきますよね。作品を作れば、その時代のことがなんとなくわかってくるけれど、ほかの時代との繋がりはあまり知らなかったりします。でも、作品で関わる時代が増えてくると、歴史が繋がってだんだん流れが見えてきます。

服装も仕草も時代によってちょっとずつルールが違うのも面白かったです。でも、今回は町中のモブシーンが大変でした。昔から、「モブのひとりひとりにもストーリーがないと」とアニメ界でも言われてはいましたが、その頃は「ふーん」てな感じでなんとなくやれてたんです。でもそれは現代劇だからどうにかなっただけで、時代劇ではほんと「ひとりひとりにストーリーが必要」だと実感しました。

昼間に町中をなんとなく歩いているのは、働かなかなくていいお金持ちの若旦那くらいで……。


ーー 当時の人って、用事があって出かけているという印象があります。

湯浅 そうなんです。みんな何かを運んでいる最中だったり、働いている途中で、遠くから物を売りにきている人だとか。偉い侍だったら必ずお付きを連れていて、ひとりじゃないだろうし。そういうことを考え始めると、橋の上を通りかかるシーンを描くのがとても大変でした。服装にもTPOがあるし、着方でいろいろなことが見えるので。アニメーションだと肌にピッタリした感じで描きがちになるんです。そのほうが描きやすいし、分厚く描けばシルエットだけで動かせる。ゆったりとやわらかい着物を着ていると、先に腕が動いて、後から袖が揺れるし。江戸時代の絵を見ても、襟をきちんと首まで詰めて着ているのは、上品な奥様くらいで、庶民的な人は襟を大きくあけて着崩していたり、働いている人が身内前では胸がはだけても気にしない様だったり、子供なんか服をきていなかったり、裸足の子も多かったりするので、今回はモブシーンが一番大変でした。あとはダンスシーンかな(笑)。

ーー ひとりひとりの設定を想像しながら観たくなりました。

湯浅 布も貴重な時代だったから、階層によって袖は短くしたり、重ね着はあまりしないとか、やり始めたらキリがありませんでした。

ーー 時代劇への興味が高まり、描きたくなった時代や物語があれば、ぜひ教えてください。

湯浅 興味はどんどん湧きます。同じ時代で登場人物を新たに加えていくのも楽しいし、意外な側面を描くのも面白そうだし。たとえば、先日もテレビで特集番組を観たのですが、源義経は本当に興味深い人物だなと。牛若丸のイメージや、活躍したけれど兄に殺されてしまったとか、彼の戦略など、自分が知っていることとは違う情報や側面が見えてきました。僕が思っていたことと繋がったり、新たな興味深い面も見えてすごく面白かったです。

ーー 諸説あるので、いろいろな目線、側面が描けるというのも歴史の面白さですよね。

湯浅 そうなんですよね。平清盛も本当は、そんなにわからんちんじゃなかったとか、息子はもっとやんちゃだったという話もある。赤穂浪士のようにいろいろなタイプに書き換えられるところが面白いし、史実に合わせた、自分がしっくり来る人物像を描けるといいですね。

ーー 「四畳半神話大系」、映画「夜は短し歩けよ乙女」に続く、京都が舞台の作品です。京都に感じている魅力を教えてください。


湯浅
 過去の面影が残っている感じがします。カフェも充実しているし、食べ物もおいしい。この間行ったときにはおいしいうどん屋さんを見つけました。カレー屋さんやパン屋さんもおいしいお店が多いし、発祥の店も多いですよね。外から見ると住みやすい街という印象です。街の真ん中に、鴨川が流れているのもいいですよね。ひと息できる場所になってるし、区画もわかりやすいところもいいなと思います。自転車で街の中心部も回れるし。京都はいつか住みたいなとずっと思っています。あとは、鞍馬とか宇治あたりも興味があります。

ーー 物語が潜んでいる感じがします。

湯浅 そういう雰囲気があるし、夜のライトが暗いのがいい。光を当てすぎないから、暗闇に何かいるようにみえるのか……。懐かしい感じもするし、光があっても闇を感じさせるのがいいなと思っています。

ーー 浅監督自身、本作を「集大成」と位置付けているとのこと。集大成に込めた“特別”な思いはありますか?集大成を意識して制作していたのか、それとも出来上がったものが集大成となったのでしょうか。

湯浅 作った結果、そうなったという感じです。今までとはちょっと方向修正して、初心に帰ったところもありつつ、今まで培ったことを踏襲するよう努力もして、変わらず挑戦もしつつ、ちょっと無理をしたり(がんばったり)お願いしたところもあるし、コロナ禍もあって、多少時間をかけさしてもらえることもできたので、ある程度の完成度になったと思っています。

ーー 「集大成」と位置付けられるものが完成した今、今後作りたい作品の新たなイメージなどは出ていますか? 次回作についてはすでに着手しているかとは思いますが、今後という枠で教えていただければ。

湯浅 日常の話や、美醜もの、漫画や小説原作……いろいろ興味はあります。古い映画を現代風にアニメ化するのも面白いなと。時代が変わったせいで凍結されているような作品でも、今の時代で楽しめる形に作り替えて見せることもできると思うんです。あとは、映像化しにくい作品には、ずっと挑戦していきたいですね。

(取材・文/タナカシノブ)

【作品情報】
■映画「犬王」

5月28日(土) 全国ロードショー!

<キャスト・スタッフ>

・声の出演:アヴちゃん(女王蜂)、森山未來、柄本佑、津田健次郎、松重豊

・原作:「平家物語 犬王の巻」古川日出男著/河出文庫刊

・監督:湯浅政明
・脚本:野木亜紀子
・キャラクター原案:松本大洋
・音楽:大友良英

・アニメーション制作:サイエンスSARU
・配給:アニプレックス、アスミック・エース

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