【映画「機動戦士ガンダム ククルス・ドアンの島」特集】「ガンダムの持つ人間ドラマを、ダメ押し的に強調したい」安彦良和監督インタビュー

映画「機動戦士ガンダム ククルス・ドアンの島」が、2022年6月3日(金)より全国ロードショーとなる。

1979年に放送された日本ロボットアニメの金字塔にして、ガンダムの原点であるTVアニメ

「機動戦士ガンダム」の第15話「ククルス・ドアンの島」。ファンの間では名作として知られる本エピソードは、主人公のアムロ・レイと敵対するジオン軍の脱走兵・ドアンとの交流を通じて戦争の悲哀が描かれ、今もなお語り継がれている。

そのいっぽうで、後の劇場版3部作では割愛されてしまったということで、ある意味「知る人ぞ知る」エピソードとも言える。

今回、その「ククルス・ドアンの島」がまさかの映画化ということで、公開前から大きな注目を集めている。

本作の監督は、TVシリーズ「機動戦士ガンダム」のキャラクターデザイン・アニメーションディレクターであり、コミックスの累計発行部数1,000万部を超える漫画「機動戦士ガンダム THE ORIGIN」(以下、「THE ORIGIN」)を手がけた安彦良和さんだ。

今回、アキバ総研では安彦良和監督へインタビューを実施。なぜこのエピソードを映画化したのか、作品に込めた思いや制作のこだわりなど、たっぷりと語っていただいた。

ずっと心に引っかかっていた、「ククルス・ドアンの島」というエピソード

――TVアニメの第15話「ククルス・ドアンの島」を、今回改めて映画化するに至った経緯を教えてください。

安彦 直接のきっかけは偶然なんですよ。おおのじゅんじさんがお描きになっている「機動戦士ガンダム THE ORIGIN MSD ククルス・ドアンの島」という漫画を突然見かけたものだから、「誰に断ってこんなものを!」となっちゃって(笑)。(「ガンダムエース」の編集長に)聞いてみたら、事前に説明を受けていたのを僕が忘れていたみたいで……「説明していますよ」「あぁ、そうか。そういえば」って感じでした。

でも、そう思ったのは、「ククルス・ドアンの島」というエピソードが僕の中でずっと引っかかっていたからなんですね。それで、これがあったと思い(サンライズの)社長にやりたいと直訴して、あとはトントン拍子で今日まできた感じです。

――引っかかっていたとのことですが、テレビシリーズではスケジュールなどの関係で第15話にはほとんど関わっていなかったそうですね。

安彦 キャラクターを作った記憶だけはあるんですよ。「機動戦士ガンダム」の中には、いつくか(メインストーリーの)流れと関係のない話があるんです。制作がタイトになってどうしようもない時にスケジュール稼ぎをする思わくで、もともと何本か入れていたんですね。「ククルス・ドアンの島」もその1本。言っちゃ悪いけど“捨て回”だったので、キャラクターを作った後は誰が制作したのかも知らなかった。

ただ、キャラクターを描く時に当然絵コンテは見ますし、いい話だなぁとずっと頭に残っていたんです。「THE ORIGIN」の漫画を描き出した時に、ある漫画家さんとの対談で「こういう事情で(このエピソードは)『THE ORIGIN』からも排除しているんだけど、これを漫画で描いてくれませんか?」って厚かましくもお願いをしたことがあるぐらいで。忙しくてこれは実現しなかったですが、それぐらい気になっていたんですね。それで先ほど言ったような偶然があり、これがあった!と自分の中での思いが強くなったわけです。

――その有名な方とは、どなたでしょうか?

安彦 皇(すめらぎ)なつきさんです。日本の漫画家で、五本の指に入るぐらいうまい人だと思っています。

――そうだったのですね。では、もともと1話分のエピソードを映画化するにあたり、どのように内容をふくらませていったのでしょうか?

安彦 およそ20分の本編を2時間弱にするわけですからね。冗談ですけど「水で薄めて叩いて伸ばして映画にするんだ」って言っているんですよ(笑)。でも、映画にできるだけの内容は絶対にあると思っていました。

――「ククルス・ドアンの島」は、込められたテーマだけでなく、ザクの造形や戦い方といった部分も話題になっていました。そういったことも耳にされていたのでしょうか?

安彦 いや、なぜかこのエピソードをひいきにしている人が世の中にいる、ということしか知りませんでした。ただ、実際に制作が始まってみると、総作画監督の田村(篤)さんをはじめスタッフの中にもこだわりを持った方が現にいて。その方たちに話をうかがって、そういう(記憶の)残り方をしていたのかと後から知りましたね。

――最初の「機動戦士ガンダム」はもともと人情噺というか、ニュータイプや兵器がどうこうこうと言うよりも地に足のついた人間ドラマの作品だと感じているのですが、そういうテイストは今回意識されましたか?

安彦 僕は「ガンダム」というと、ファーストガンダム(「機動戦士ガンダム」)だけなんですよ。だから、“ファースト原理主義者”と言われたら、そうだよと答えています(笑)。ほかのシリーズは知らないけど、なんとなく感じるのは、どんどん観念的になっていくなと。おっしゃるように、ファーストガンダムはそういう観念性は基本的になく、言い古された言葉だけど、人間ドラマなんです。「THE ORIGIN」のOVAもそうでしたけど、実にいい人間ドラマが随所にあるんですね。そこに気づかれなかったら残念なので、ダメ押し的に強調したい気持ちはありました。

武内駿輔さんの声を聞いて、こんな人がいるのかと飛びつきました

――キャラクターはもともと安彦監督がデザインされたわけですが、今回の映画ではドアンをはじめとするキャラクターをどのように味付けしたのでしょうか?

安彦 実は、原作で脚本を書かれた荒木(芳久)さんとは(インタビュー時点では)まだお会いしたことがないんです。でも、荒木さんの脚本の骨子は変えていませんし、ドアンの設定も基本的にそのままです。あのセリフも変えちゃいけないと思って、そのまま使っています。

――映画化するにあたり、TVシリーズは見直したのでしょうか?

安彦 たった20分のエピソードですけど見たくなかったものですから、TVシリーズの時も僕はラッシュか完パケをスタジオで見ただけなんですね。今回も見直す気はなかったんですけど、田村さんなどから「あのシーンが」といったこだわりを聞かされると、見なきゃいけないかなと思って1回だけ見ました(笑)。だから、自分でキャラクターを描いていながら、子供たちが何人いたのかも忘れていたんですよ。

※ラッシュ:チェックするために映像フィルムを試写すること。初号試写よりも前の段階。

――子供の人数はすごく増えていますね。

安彦 (TVシリーズでは)もっと描いていたと思っていたのに3人しかいなくて、ビックリしました(笑)。

――ドアンの声優は今回、武内駿輔さんを起用しています。武内さんの声を聞いていかがでしたか?

安彦 僕は本職が漫画家で、アニメーターに復帰しているわけではないですから、今のアニメの事情や声優の知識がないんです。なので、「若くていい声だから」と言われて武内さんの声を聞かせてもらい、こんな人がいるのかと飛びついた感じです。いい人がいてよかったなと思っています。

――本当に素敵な声ですよね。いい意味で年齢を感じさせないというか。

安彦 若いのにね。ただ、コロナで抜き録りになっているから、古谷徹さんという大ベテランと武内さんのサシの演技のぶつけ合いが見られなかったのは残念です。

――ちなみに、ドアンはTVシリーズの設定では19歳だったと聞いて驚いたのですが。

安彦 ドアンはどう見たって10代の顔じゃないです(笑)。あの頃は20歳を過ぎたらみんなおっさん、という縛りがあったので、「年齢を聞かれたら10代にしとけ」みたいな感じだったんじゃないかな。

――では、今回の映画ではどのくらいの年齢設定なのでしょうか?

安彦 30代の男盛り。35~36歳ぐらいでもいいんじゃないかなと思っています。

――その年齢なら納得です。キャラクターで言えば、スレッガー中尉もこの段階で登場させていますね。

安彦 そうですね。「THE ORIGIN」の話の流れでいけば、(この段階で)当然入ってきます。それに、僕自身、スレッガーは好きなキャラだし、ホワイトベース隊ってどうしても年少者ばっかりなのがあまり好きじゃないんです。やっぱり大人がいてほしい。だから、流れどうこうを言うまでもなく、スレッガーにはいてほしいんですよ。声優さん(池添朋文さん)は「THE ORIGIN」の時にリニューアルしたんですが、ほとんど出番のないまま終わっちゃいましたから、ちゃんとした出番で声をいただきたかったんです。ブライトもそうですけど。

――ブライトは格好いいところだけじゃなく、ちょっとコミカルなシーンもありました。

安彦 ブライトも当時の設定では10代でしたけど、それは観念的には捨てていますから、思いっきり中間管理職として描いています。

正拳突きと蹴りだけでは勝てないと思って武器を持たせました

――映像を見せていただき、モビルスーツの格好よさや戦闘の迫力に非常にワクワクしました。そういったところで意識した点や、こだわった点があればお聞かせください。

安彦 今回、モビルスーツはガンダム(RX-78-02 ガンダム)を含めてすべてCGなんですよ。「THE ORIGIN」のOVAもCGということになっていますけど、厳密に言えば、あれは第1原画をアニメーターが描いて処理をCGでやっていたんです。今回は完全にCGさんにお任せして、お手並み拝見でした。見た人がどう思うか不安や興味はいまだにありますが、本当に初体験でしたね。

――あがってきたものを見て、感触はいかがでしたか?

安彦 面白いと思いました。アニメーターが描いたものはタイムシートを含めてチェックできるし、直しの指示も出せるんだけど、CGはどうなるのか全然わからなくて。注文もどうつけたらいいのかわからないから、基本的にはあがってきたのを見て「なるほど」と。あとは、目の肥えたお客さんたちが見てどう思うかですね。

――ガンダムやドアンのザク(MS-06F ドアン専用ザク)はもちろんですが、ドアンがかつて所属していたサザンクロス隊のモビルスーツも格好いいですね。これも監督が考えたのでしょうか?

安彦 サザンクロス隊は僕が考えました。TVシリーズでは普通のスタンダードザク(ザクII)が追いかけてくるんですよね。でも、それじゃつまらないな、出てくるとしたら高機動タイプだなと思ったので、大河原さん(メカニカルデザインの大河原邦男さん)にお願いしました。ただ、高機動タイプのイメージがなかなかつかめなくて。ドムの(ホバーを使った)動きは速くて結構面白いけど、それをやっちゃうとドムになるしなぁ……と。そこは悩ましかったところです。

――確かに、動きはドムっぽさもありました。

安彦 大河原さんには「ドムの前段階、“プレドム”みたいなものを作ってください」と発注したんです。実際にどう動かすかは演出との相談でしたけど。

――TVシリーズで、ドアンのザクが正拳突きなどの肉弾戦をしていたことは、正直どう思いましたか?

安彦 これもちゃんと見直していないから、実は知らなかったんですよ。知ったのはついこの間です。「(ドアン専用ザクは)ヒート・ホークしかないからね」と言ったら、「いや、もともとは肉弾戦で、正拳突きと蹴りだった」と言うから「え〜! そうだっけ?」って(笑)。でも、正拳突きと蹴りだけじゃ勝てないと思ったので、そこは許せとヒート・ホークを持たせました。

このエピソードはアムロもドアンも主人公なんです

――アムロのほうに目を向けると、敵と戦う時の容赦のなさが描かれていたのも印象的でした。そこはやはり、戦いだから、といったこともあるのでしょうか?

安彦 容赦しないのは、容赦しないだけの理由があるだろうと思ったからですね。こいつらを相手にした場合は容赦しなくていいんだな、って相手が出てくれないと見ていて感情移入できませんし。僕は世代が古いので、スタッフには「これはヤクザ映画だ」という言い方をしたんです。“シンプルな勧善懲悪で、最後は忍耐に忍耐を重ねたヒーローが勝つ”、その小気味よさが今回の話にはハマるんじゃないかと。そういったことを、副監督のイム・ガヒさんや演出の方にも話しました。「ヤクザ映画」という言い方が適切かはわからないですけど。

――なるほど。そのような部分を描きつつ、モビルスーツの格好よさやTVシリーズのセリフはそのまま生かしているのですね。

安彦 そうですね。アムロは主人公ですけど、ドアンも主人公。ドアンとはいかなる人間で、ここでなにをしているのか、なぜ追われているのかを描いています。そういう意味では、アムロもガンダムも脇なんですね。久々にガンダムが大地に立って戦うのは大きなウリなんですけど、ドアンとドアンのザクをあまり食っちゃいけないので、(アムロの戦いで)あまりネチネチしてはいられないんですよ(笑)。いくら映画といっても、尺がだらだら長いものは喜ばれませんからね。

――では最後に、改めて今回の映画を通して伝えたかったこと、描きたかったものをお聞かせください。

安彦 「ククルス・ドアンの島」というエピソードが捨てがたいと心に残っていたのは、言ってしまえば“社会性”なんですよ。社会性を非常にプリミティブな形で描いていることなんですね。ファーストガンダムは反戦がテーマなので、そのニュアンスが強いエピソードはほかにもあるんですけど、なかでも「ククルス・ドアンの島」が一番明瞭に描かれているんです。脱走兵になって子供たちを守る。さらにそれに輪をかけて、アムロが武器を捨てさせる、というダメ押しのテーマもあるんですね。それも重たいテーマだと思います。

戦争を忌避する立場、弱いものを守りたいという立場、あるいは政治に翻弄されてとても不幸な目に遭う弱者、その最たるものは子供たち。それがこの話の底流にあるわけです。まさに「ククルス・ドアンの島」で描きたかった問題が現出していて、今も世の中では子供たちが受難しているのは、ちょっとつらい部分がありますね。

――そこはぜひ見ていただいた人それぞれに感じてもらいたいですね。ちなみに、今回のエピソード以外で、映像化したい「機動戦士ガンダム」のエピソードはありますか?

安彦 もうないです。これが最後です。

――すべてやり尽くしたと。

安彦 そうですね。「THE ORIGIN」のOVAでは映像化されていなかった過去編をやらせていただき、今回は本編で引っかかっていたものを、たまたま寝た子が起きるように気付かされて作ることができましたから。

――では、そのつもりで映画を堪能したいと思います。ありがとうございました!

(取材・文・撮影/千葉研一)

【作品情報】

6月3日(金)全国ロードショー(Dolby Cinema/4D同時公開)

配給:松竹ODS事業室

<メインスタッフ>

企画・制作:サンライズ

原作:矢立肇、富野由悠季

監督:安彦良和

副監督:イムガヒ

脚本 : 根元歳三

キャラクターデザイン:安彦良和、田村篤、ことぶきつかさ

メカニカルデザイン:大河原邦男、カトキハジメ、山根公利

美術監督:金子雄司

色彩設計:安部なぎさ

撮影監督:葛山剛士、飯島亮

3D演出:森田修平、3Dディレクター

:安部保仁

編集:新居和弘

音響監督:藤野貞義

音楽:服部隆之

製作:バンダイナムコフィルムワークス

主題歌:森口博子「Ubugoe」(キングレコード)

<キャスト>

アムロ・レイ:古谷徹

ククルス・ドアン:武内駿輔

ブライト・ノア:成田剣

カイ・シデン:古川登志夫

セイラ・マス:潘めぐみ

ハヤト・コバヤシ:中西英樹

スレッガー・ロウ:池添朋文

ミライ・ヤシマ:新井里美

フラウ・ボゥ:福圓美里

(C)創通・サンライズ

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