「違う時代に生きた人々が熱狂する瞬間、衝撃を追体験するとしたら」絶賛公開中、映画「犬王」竹内文恵プロデューサーインタビュー
古川日出男氏の小説「平家物語 犬王の巻」を、湯浅政明監督が長編アニメーション化した映画「犬王」が絶賛公開中だ。軍記物の名作「平家物語」全訳のスピンオフ作品とも言われる原作を、日本のトップクリエイターたちが映像作品として蘇らせる。
「夜は短し歩けよ乙女」、「夜明け告げるルーのうた」の湯浅政明さんが監督を務め、「罪の声」「MIU404」の野木亜紀子さんが脚本、「ピンポン」の松本大洋さんがキャラクター原案、「花束みたいな恋をした」の大友良英さんが音楽を担当するという豪華な布陣で、古川日出男さんの小説「平家物語 犬王の巻」をアニメ化。
日本のトップクリエイターが集結し、室町の知られざるポップスター“犬王”から生まれた物語を、変幻自在のイマジネーションで描くミュージカル・アニメーション映画「犬王」が公開中だ。
ヴェネチア、トロント、釜山など多くの海外映画祭で上映され、”ロックオペラ“として高評価を得ている本作の、海外での反響や本作の見どころ、歴史をベースにし新しいものを描くことへの想いについて、竹内文恵プロデューサーに話を聞いた。
⇒「エネルギッシュな二人の若者がのし上がっていく物語」──5月28日公開、映画「犬王」湯浅政明監督インタビュー
ーー 室町時代のバディ・ムービーで、古典楽器を取り入れた時代劇ロックオペラである本作は、どのように誕生したのでしょうか?
竹内 「湯浅監督のイマジネーションが作品の中に満ち満ちる取り組みはどんな形がいいのだろう」と考えていたときに、松本大洋さんが装丁を手がけた原作に出会いました。書店で見た時からインパクトはあり、読んだら本当に面白くて。これはぜひ映像にしてもらおうと湯浅監督に相談したところから始まりました。
庶民の人たちが自由に楽しんでいた頃の能は、今にたとえれば私たちが音楽フェスにいくようなもの。世阿弥と人気を二分したといわれている能楽師・犬王ですが、作品も資料も存在しない人なので、思い切ってポップスターとして描いてみるのはどうでしょうか、と提案しました。
ーー 湯浅監督の反応はいかがでしたか?
竹内 その時代の歴史をそのまま調べて描くわけではなく、原作者の古川さんが資料のない犬王という人を描いたことにすごく興味を持たれて。そういうことであれば、アニメーションとして面白くやれるかもしれませんとおっしゃっていただきました。
ーー そうそうたるメンバーが制作に名を連ねています。制作経緯でのみなさんの印象や仕事ぶりなどをお聞かせください。まずは、脚本の野木亜紀子さんはいかがでしたか? 野木さんは、脚本の作り方がすごく面白いとよく耳にします。
竹内 キャラクターの関係性をものすごく大事にする方です。どのような感情があり、どのようにして通じ合っていくのか。複雑な部分もとてもていねいに、わかりやすく描いてくださり、本当にありがたい限りです。
ーー キャラクター原案について、松本大洋先生にはどのようなリクエストをしたのでしょうか?
竹内 松本大洋さんはキャラクター原案を描くにあたり、先に原作の各シーンをひと通り絵におこして、物語をご自身の中に落とし込み、その後キャラクター原案に取りかかられていました。作品やキャラクターと根本から向き合うのはこういうことなのかと感動しました。
ーー 今回はミュージカルなので、音楽はかなり重要な要素になってくると思います。
竹内 野木さんが脚本を書き始めた頃から、音楽の大友さんにご相談しました。ポップスターを描くミュージカル・アニメーションといっても、捉え方が千差万別で、イメージのすり合わせをする中で、大友さんが湯浅監督に「先に絵を描いてほしい」という話になりまして。湯浅監督は音楽なしの状態で、絵コンテを描くという作業をしました。その絵コンテを見て大友さんが音楽を作るという流れでした。私が驚いたのは、音楽がないのに、振り付けを書き込んだ音の聞こえる絵コンテを描かれた湯浅監督、そして、撮影時にはその絵コンテにぴったり合う音楽を大友さんが作られたこと。この作品では、神々たちの技を見た瞬間がたくさんありました。
ーー トップクリエイターの方たちの異次元の取り組みに、「女王蜂」のアヴちゃんと森山未來さんのパフォーマンスが加わったわけですが。
竹内 アヴちゃんは「DEVILMAN crybaby」で声優経験はありましたが、今回はメインでしゃべって歌ってという役。声を演じることはどういうことなのか、ご自身が“鬼練”と言ってたくらい、すごく練習を重ねて準備をした状態で収録に臨んでいました。曲の歌詞も、湯浅監督が各シーンでやりたいことを伝えて、アヴちゃんが犬王の言葉に置き換えていたので、歌詞も歌唱もだいぶ作っていただいた印象があります。
森山さんには琵琶を弾くシーンはなく、声のお芝居だけとお伝えしていたのですが、監督や大友さん、後藤さんとの最初の顔合わせの時に「琵琶のお稽古できますか?」とおっしゃって。声の収録の半年ほど前から琵琶の練習をして、琵琶が弾ける状態になって収録に参加してくださいました。琵琶は語りが演奏と一体化していることが多いから、どういう間合いで音が出るのかを知るうえでも、自分の体にちゃんと入れたいということだったようですが、監督と琵琶監修の後藤さんが「本編で琵琶も演奏しては?」とおっしゃるくらい上達されていました。
ーー ヴェネチアやトロントなどの海外映画祭でも反響を呼んだ本作。海外の反応はいかがでしたか?
竹内 字幕を作りながら、日本の文化や歴史の情報がない中でどこまで伝わるのか、という不安は正直ありました。でも、現地で感想を聞いて、歴史に詳しくなくても伝えたいことはちゃんと伝わるということにびっくりしました。ヴェネチア国際映画祭で初めて“ロックオペラ”と紹介されたのですが、なるほど、と思いました。今は公式でもその表現を使用させていただいてます(笑)。
ーー 竹内さんは、TVアニメ「平家物語」も手がけていらっしゃいます。歴史をベースにしながら新しいものを描くという共通点もありますが、新しいことに挑戦したという実感はありますか?
竹内 作った結果、新しいものができあがった感じです。どちらも古川さんの原作によるところが大きいと思っています。「犬王」の原作は文字だけど、音が聞こえてくるし、「平家物語」は現代語訳だけど、訳して文字の意味を伝えているだけではない。そこには語っていた琵琶法師の気配がある。「犬王」に関しては、着眼点もすばらしいですよね。古川さんのような方が、語り継がれて残った数少ない情報から、物語を描いたこと自体に新しさを感じています。
企画を始める時、古川さんの「平家物語」を読む前は、古典の書物のひとつという印象しかなかったんです。でも古川さんの現代語訳は、これは人が語り継いだもの、しかも複数の人がいろいろな形で語った物語があり、その情報が混ざったものを最終的に文字に起こしたものだと気づかせてくれたんです。それを今の時代に提示したということが、挑戦や発見に繋がっている気がします。
ーー 音を文字にして残し、今度は文字をまた音や映像にしています。
竹内 解凍しているという感覚がありました。文字にギュッと圧縮されてまとまったものを、また再び音に開いていくという作業を、現代の解釈でやることにおもしろさを感じました。時代時代で新しいものが生まれた瞬間の熱量、みんなが受け止めた衝撃みたいなものを自分たちがもう一度追体験するとしたら、どういう風になるだろうと考えて作り上げたところは、2作品に共通している部分かもしれません。
ーー 「TVアニメ『平家物語』高野文子と映画『犬王』松本大洋 キャラクター原案展示」(〜6月27日)が京都国際マンガミュージアムで開催中です。どちらも京都を舞台にした作品ということで、竹内さんの京都への思い、感じる魅力などを教えてください。
竹内 「四畳半神話大系」で初めて京都を舞台にした作品に取り組みました。現代劇でしたが、どこか歴史を感じるような、別のところと繋がっているような不思議な感覚があります。「四畳半神話大系」の場合は、時空を行き来できる森見登美彦さんの作品、ということもありますが(笑)。
ーー 犬王と友魚の物語、2人が生きた時代をもっと知りたくなる作品です。室町時代、時代劇にはどんな思いがありますか? また、今後描いてみたいと竹内さんが個人的に興味のある時代(物語)があれば、教えてください。
竹内 今も現代に残るもので、自分たちの印象とは違ったものを描くのはおもしろいかもと思っています。たとえば河内音頭は、今ではみんなで盆踊りを楽しく踊り、ハレの日として楽しむお祭りの一部のようなイメージですが、もともとは背景に悲しい物語があるもの。エンターテインメントとして、別のものに昇華させて次の時代の人に伝えていくことは、語り継いでいくためだったり、忘れないようにするためだったり……。さまざまな理由はあると思いますが、残すことの意味のようなところに興味を持てた気がします。
(取材・文/タナカシノブ)
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