作曲家・岩崎太整インタビュー アニメ「スプリガン」のサウンドトラックは「殴って勝つ」少年漫画の世界観を踏襲した音楽!

2022年6月18日から全6話の配信がスタートしたNetflixシリーズアニメ「スプリガン」。超古代文明の遺跡を封印するために設立された組織「アーカム」の特殊エージェント“スプリガン”として、世界を股にかけて活躍する御神苗優(おみなえ ゆう)を主人公にした冒険活劇だ。
原作漫画が連載されたのは、'89年から'96年にかけて。約30年前の作品だが、その面白さは現在も薄れることはない傑作。それを最新のアニメ技術で映像化し、全世界に同時配信している。
音楽も作品のスケールに並ぶ壮大なもの。作曲家・岩崎太整のもと、世界各国の演奏家やボーカリストが現地参加し、主題歌やサウンドトラックが作り上げられた。その全貌は、アニメ配信と同時にスタートしたダウンロード&サブスクリプション配信で、すでに聴くことができる。
「スプリガン」の音楽は、どのようにして制作されたのか? 岩崎氏に話を聞いた。

アラビックの曲、ヘブライ語のクワイアなどは本物を目指しました


──「スプリガン」の音楽を引き受けた経緯から教えていただけますか?

岩崎 この場にも同席している製作プロデューサー兼音楽プロデューサーの大胡(寛二)が僕の学生時代の同級生なんですね。この企画が生まれる以前、彼と偶然、とあるパーティーで久々に会って、何か一緒に仕事をやりたいねと話し合ったんです。それから数年経って、誘いをもらったのが「スプリガン」でした。また、監督の小林寛さんとはTVアニメ「ひそねとまそたん」(2018年)で一緒でした。総監督・樋口真嗣さんのもと、小林さんは監督として入っていて、何度も顔を合わせながら制作していたんです。そのときに、力を合わせて樋口さんがやりたいことを実現しようということで信頼関係を築くことができて。小林さんが監督なら、「スプリガン」は、なおさらやりたいと思いました。

──「スプリガン」の原作については、どのような印象をお持ちでしたか?

岩崎 僕は原作漫画を子どものころにリアルタイムで読んでいて、1998年に公開された劇場アニメも見ていたんです。ずっと好きな作品だったので、今回のアニメ化には、いよいよまたアニメになるのかという嬉しさと、自分が音楽を担当するのかという驚きがありました。

──サウンドトラックの制作は、どのようにして始まったのでしょうか?

岩崎 まずは小林監督やメインスタッフと会議をしたのですが、音楽に関する具体的なリクエストはそのときはなくて、もっと広義のイメージというか、この作品自体の世界観を擦り合わせました。シリーズ物のアニメ作品は、音響監督が書いた音楽メニューをもとに曲を作っていくというのが一般的ですけれど、僕はメニューを頼らずに、作品からイメージした音楽を自分なりに作っていくというやり方を、いつも取っているんです。今回も、音響監督の長崎(行男)さんから、だいたいこんな曲が必要になりそうだよ、というメモをいただいて、それを元に自分でトライしていきました。

──メニューを頼らないというのには、どのような意図があるのでしょうか?

岩崎 メニューに従うのがイヤというわけではないんです(笑)。どういう曲が求められているのかというのは知る必要があるので。ただ、メニュー通りに作るとどうしてもお仕事感が強くなってしまって、それが苦手で。何曲作るかは、やってみないとわからないというところから始めていきたいんです。作っていく途中で、アニメ制作サイドから新たな発注を受けるということもあって、それには予算と時間との兼ね合いもあるんですが、「スプリガン」の場合は幸せにも、監督からの要望で追加曲をいくつか作らせていただきました。


──つまり、第1段階として作った曲と、第2段階として作った曲があるということですね。

岩崎 そうですね。第2段階の曲は、より具体的なシーンに合わせた、フィルムスコアリングに近い形になっていきました。

──「スプリガン」は全六話で、話数ごとに舞台となる国は地域が変わります。たとえば、第一話「炎蛇」は日本、第二話「ノアの方舟」はトルコのアララト山、第三話「帰らずの森」はインドです。サウンドトラックもそれに合わせて、国際色豊かな楽曲が並んでいますね。

岩崎 舞台となっている国や場所を、そこまで意識しなくていい話もありますが、特定できる場所に関しては、音楽も地域性を意識しました。

──もっとも音楽に地域性が出ていたのは、第五話「水晶髑髏」だと思いました。エジプトのアレクサンドリアが主な舞台となった話数です。

岩崎 あのエピソードでは、アラビックな曲を作りました。友人を介してアラブ人のミュージシャンにコンタクトを取り、現地で録音してもらいました。

──曲名にもアラビア文字が使われているので、すぐにわかります。「دعاء(Dua)」と「عيد(Eid)」の2曲です。

岩崎 読めなくても雰囲気は伝わるだろうと、曲名もアラビックにしました。嘘がない曲にしたいという思いがあって。

──嘘がない曲、とはどういうことですか?

岩崎 原作が入念に調べて描かれたものなので、音楽も本物にしたいなと。作曲したのは僕ですが、演奏者は全員アラブ人で、すべてアラブの楽器を使って演奏してもらいました。レコーディングしたのは、イスラエルのヤッファという街です。この2曲に関しては地域性のエッセンスを取り入れたということに収まらず、完全に現地の音楽をやっています。それから、ヘブライ語のクワイアを使っている曲も、似た作り方をしています。

──ヘブライ語のクワイアの曲というと、「Psalms I」「Psalms II」「Chant」の3曲がそれに当たると思います。

岩崎 プレートに記された超古代文明の人々からのメッセージが、古代ヘブライ語で書かれていたという設定から生まれた曲で、「Psalms I」は毎回、オープニングテーマの前に流れるプレートの説明で使われました。「Psalm」(サーム)というのは聖書の詩篇という意味で、歌詞はヘブライ語で書かれた聖書の原典から引用して、歌っています。調べてみると、古代ヘブライ語というのは表記だけが古いということで、しゃべったり歌ったりするときは現代のヘブライ語と基本的には変わりはないらしくて。


──ここでも本物を求めたということですね。

岩崎 全世界配信される作品で、聖書からの引用で間違いがあっては大変なので、僕の友人である、ヘブライ大学に在学経験のあるユダヤ学者・根本豪(ねもと すぐる)に歌詞の監修をお願いして、聖書のどこを引用するのが適切か、というところから教えてもらいました。歌唱を担当してもらったのはエルサレムのクワイア(聖歌の合唱隊)で、30人からの合唱になっています。このクワイアは、シラ(Shira Z. Carmel)という友人に仲介してもらったんですけど、彼女自身にも「Chant」でボーカルを担当してもらっています。

──シラさんとはどういうつながりなんですか?

岩崎 TVアニメ「血界戦線」のサントラを作ったときに、ヘブライ語の曲を作りたいと思って。それで、根本君を通じて紹介してもらったのがシラでした。何年か前には日本にも来たことがあります。

──「血界戦線」も国際色豊かなサントラになっていて、世界を股にかけて制作されていました。あのときの経験が「スプリガン」には生かされているんですね。

岩崎 そうですね。「血界戦線」のときに知り合った人たちと、今回も一緒にやっています。僕はひとりで海外をウロウロしながら、それぞれの国のミュージシャンとレコーディングしていくのが好きで、「スプリガン」もその方法が向いている作品だと思ったんです。でもコロナ禍の制作だったので、今回はリモートでやり取りして、海外に直接行く機会は作れませんでした。

──英語詞によるボーカル曲「One Day feat. Ai Ninomiya」で歌唱を担当した二宮愛さんも、「血界戦線」のサントラに参加されていた方です。

岩崎 彼女は「血界戦線」よりずっと前からの知り合いで、今まで何度か一緒に仕事をしたことがあるんです。それで「スプリガン」でもお願いをしたと。

──「One Day」は、どのような意図で作られた曲だったんですか?

岩崎 ボーカル曲をアニメーションの劇中で使うのは難しいんです。どうしてもイメージが強くつきすぎてしまって。でも、小林監督ならうまく使っていただけるんじゃないかと思って、二宮さんと一緒に、希望に満ちたバラードを作ったみたんです。何話のどこのシーンに合わせた曲というわけではないので、使われなくてもしょうがないなと思っていたんですけど、とある話数の御神苗の過去が描かれるシーンでうまく使っていただけました。

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