【10/21公開】今はなき阿佐ヶ谷団地をいかに再現するか──「団地」への熱い思いが詰まったSFアニメ映画「ぼくらのよあけ」制作秘話! 佐藤大(脚本)インタビュー

いよいよ2022年10月21日に公開が迫る劇場用アニメ作品「ぼくらのよあけ」。

原作は「月刊アフタヌーン」(講談社)で2011年に連載された今井哲也さんのコミックで、そこに描かれたSFマインドは多くの識者から注目を浴び、2012年の星雲賞候補作品となったほどだ。

「ぼくらのよあけ」は、近未来の東京・杉並区の団地を舞台に、他天体から来訪した人工知能「二月の黎明号」と、都内に住む少年少女、そして家庭用の自律型AIロボットとの交感を描くSFジュブナイル長編だ。身近な日常と「宇宙」「未来」が入り組んだ物語は、子供だけでなく大人たちからの共感を得ること必至である。

本稿では、本作のシナリオを手がけたクリエイターの佐藤大さんにインタビューを敢行。「団地」が重要なファクターとなる本作だが、実は佐藤さんは大の「団地」好きであった。そんな佐藤さんだけに、本作への取り組み方はほかの誰よりもひと味違うものとなったようだ。

子供たちの冒険ものにして壮大なビジョンのSFがひとまとめに

――まず、今回の劇場用アニメ「ぼくらのよあけ」に佐藤さんがどのような経緯でご参加されたのかをお聞かせください。

佐藤大(以下、佐藤) 2019年にプロデューサーさんからお声がけいただいたのが、本作の企画に携わるきっかけでした。

原作コミックが刊行された2011年当時、僕は「団地団」という団地好きたちのトークユニットに参加していまして。なので「団地」が登場する漫画や映画などの情報が自然と集まってくる状態だったんです。そんな中で、団地団の総裁、大山(顕)さんから「阿佐ヶ谷団地を舞台にしたステキな漫画が出たよ~」という情報を聞きまして。ちょうど僕は出張中だったのですが、出先の本屋で「ぼくらのよあけ」の原作コミックを買い、東京へ戻るまでに読み終えて「これはヤバイね!(嬉)」と思いました。

その後、原作者の今井(哲也)さんにもお声をかけて「団地団」に入っていただき、以来十年ほど友人としての縁があったんです。

――プロデューサーさんは「団地団」を通じた佐藤さんと今井さんのお付き合いをご存じだったのでしょうか?

佐藤 ……どの程度知ってたんでしょう(笑)。知り合いということぐらいは、たぶん把握していたと思いますが。実際、僕が今回の「ぼくらのよあけ」に参加するようになってから、プロデューサーたちにも「団地団」のイベントに遊びにきてもらいましたが、おそらくそのときまで「団地団」というユニットがどういう連中の集まりなのかまでは知らなかったんじゃないかなと思います(笑)。

もちろん僕としても、今回の企画書をいただいた時点で「引き受けないわけないでしょ」という気持ちでしたし、逆にほかの方に脚本のお声がかかってたらショックだったと思います。ですからもうふたつ返事でお受けしました。

プロデューサー自身、原作がとても大好きだったそうで、「これはいつか映像化したい」という気概を込めていた熱い方でした。そういうところも含めて、今回シナリオに参加できたことは、縁を感じています。あとデザイナー(注:本作ではアニメーションキャラクター原案やコンセプトデザインを担当)のpomodorosaさんとはTVアニメ「LISTENERS リスナーズ」でもご一緒させていただきましたし、「サイダーのように言葉が湧き上がる」でヒロイン役も演じた杉咲花さんもそうですね。こういった方々との繋がりもあったので、お声がけいただけたことは嬉しかったです。

――「ぼくらのよあけ」の原作のお話につきまして、佐藤さんのご感想などはいかがでしたか。

佐藤 原作は全10話と短くまとめられた、子供たちによるひと夏の冒険というジュブナイル作品で、とてもなじみやすいパッケージなんです。発表当時は先鋭的だったシンギュラリティや、教育現場におけるIT化などの要素が重層的に盛り込まれているいっぽうで、小学生高学年の女子たちのウエットな感じや、小学校高学年の男の子たちのバカなノリとかも描かれています。

方向の違うリアリティが多重的に入り組みながら、なおかつ大前提としてファーストコンタクトもの……未知なる生命体とAIの邂逅というSFになっています。またロケット工学的な面も盛り込まれていて、アイデアのデパート的な要素がキレイにまとめられていることの美しさは素晴らしいというほかないです。

あと今回アニメ化するうえで改めて感じたのは「うそ」がテーマでもあるんだな、という点です。「ぼくらのよあけ」は、AIがうそをつくところから始まっているんですよ。よく考えるとこれってものすごく恐ろしいことですよね。本作中のすべてのAIのベースとなっているAIが、未知の種族と接触したことを秘匿しているという「うそ」を描いているんです。これはセキュリティ面から考えると、かなり危険なうそですよね。

ラストの手前でナナコ(注:オートボットと総称される自律型AIロボット)が「人間は、ウソをつけるのにつかないからすごいデスよ」と言っていますが、これは今の時代こそ意味があると思います。うそが必ずしも悪ではなく、真実=正義ではないことを、子供たちがそのときの年齢に体感して、未知なるものとの接触テーマにからめたところが見事だと思います。

――佐藤さんがシナリオを執筆されるうえで、どのようにアプローチされたのかをお聞かせください。

佐藤 原作がかなり緻密に構築されているので、安易にどこかの要素を外そうものなら、ジェンガのごとく崩れてしまいそうで。たとえばTVシリーズの1クールものだったり、流行りのVODシリーズであれば、原作の要素を入れる尺(映像の分数)としては十分な内容なんです。ただ今回は映画なので、シリーズとは違い、尺が限られていますし、映画として音楽的な見せ場も用意しないといけない。その分、セリフによるドラマ作りの尺が減るんです。脚本家としてはかなり悩みました。

ただ心強かったのは、シナリオ作成の段階で原作者の今井さんにもチームとして参加していただけたことですね。ですので、セリフの取捨選択が会議の場で検討できたのはありがたかったです。原作者さんによっては「セリフを一字一句変えないでほしい」と希望される方もいますが、そのとおりにアニメ化を進めると、かえって原作そのものからイメージが変わってしまう場合があります。

実際、今回の「ぼくらのよあけ」でもいくつかそうなりかけたことがありまして、その都度、今井さんから「でしたら、そこはこうしたほうがいいです」とか「こういうのを考えてみました」などのアイデアをいただけたんです。また今井さんから「このセリフいらないですよ」と提案されることもありました。

ただ、今井さんからカットするよう提案されたセリフの中には、僕や監督、プロデューサーたちのような原作に思い入れの強いスタッフからすれば「いや、ここは大事ですよ!」と思えるのもありまして……逆に今井さんを説得して「じゃあ残しましょう」となることもありました(笑)。脚本作成の最終段階まで今井さんには脚本チームに入っていただけたことは、本当に心強かったです。

――取捨選択のお話にもつながるのですが、佐藤さんがシナリオ執筆のうえで大事にされた原作のシーンにつきましてはいかがでしょうか。

佐藤 原作の中盤、ゲリラ豪雨が止んだあとの、銀くん(注:主人公の少年のひとり=田所銀之助)と黎明号の会話シーンですね。あれはすごく大事なシーンだと個人的には思ってるんです。ここが物語の真ん中にあることも重要で、黎明号は「死」と「生」を人間から学ぶし、銀くんもそれまで受け入れられなかった「父親の不在」というものを「死」として受け止める瞬間なんです。ただ映画の尺に収めることを優先すると、おそらくカットされてしまうシーンだと思います。実は本当にカットするか、議論は重ねましたね。本当に存亡の危機レベルでした(苦笑)。

僕としては「この場面は残すべきです、黎明号が「死」を知るというところがこの作品を「映画」にする」と主張しました。銀くんと黎明号のやりとりのあとで、子供たちが缶蹴りで「わぁー」とやってくる……この一連の流れが残せたので、この「ぼくらのよあけ」が「映画」として転調していく大事な流れを獲得できたはずだと考えています。これ以上はラストにつながるネタバレになるので深く言えませんが。

映像に込められた「団地」への熱き想い

――お付き合いの長い佐藤さんと今井さんですが、知り合った当時のご記憶などはありますか?

佐藤 細かいことは覚えていないのですが、最初に出会ったのが「団地団」でのトークイベント「ぼくらのよあけスペシャル」だったんです。4時間ぐらいかけて原作コミック全2巻を精読するというものでした。「団地として」「物語として」という部分を徹底的に語り合うといった感じでしたね。

このイベントに今井さんも参加してもらったのですが、今井さんの別作品にも話が及び、そこで今井さんの視点というか、物語をどのように俯瞰して考えているのかを知ることができて、なんとなく僕の勝手な思い込みかもしれませんが、その感覚が自分にも近いと思えたんです。

その感覚は、2年弱脚本チームとしてご一緒させていただいた間も変わりませんでした。アニメ化するにあたってどこを残すべきか、などの意見については、僕と今井さんの間は、ほぼ一致していたのではないかと思います。

お互いにアニメやマンガに影響を受けて育った世代ですので、今井さんの作品でも、瞬間的にコミカルであったり、また同時にアニメ的な表現もされていますが、その双方を適宜使っている。物語として描きたいことを優先しているんだと思います。

今回のアニメ化でキャラクターたちのデザインが原作から変わって、もしかしたらそれは、漫画家である今井さんにとっては、難しい判断になったのかもしれないと考えていたのですが、当人としては「大人たちの身体に骨や筋肉が入っていると感じさせる絵柄になって嬉しいです」とお話しされたんです。確かにpomodorosaさんは、少ない線の中にしっかしりした骨格を描かれる方なので、今井さんも「僕とは正反対の絵のタッチの方向ですね」と、今回のアニメ化に合致していると冷静に判断されていました。

――絵柄にリアリティが増した分、ジュブナイル度も上がったのではと思います。

佐藤 それはあると思います。団地の屋上から落ちたらヤバそう・・・・・・って思える感覚が増したのではと。ここから落ちたら骨が折れるよな、というリアリティ。これは骨や筋肉を感じさせる絵柄が重要なんだと思います。こういった部分は、映像を観てあらためて気づかされる部分でした。

ジュブナイルという点では、主人公の子どもたちみんなが必要なので、誰一人外せませんでした。ただ原作を120分の映画にまとめる場合、SF度を高めたら用語も含め、ハイブロウな内容になってしまう。かといって純粋なジュブナイルにするには原作の情報量が多い……。なので、脚本化する際には、どの部分の解像度をどれだけ上げていくがポイントになり、「シンギュラリティなどのSF的な語彙はなるべくソフトフォーカスしていきましょう」といったことを、監督と最初の打ち合わせの段階で話し合いました。その方針を一度プロットでまとめ、今井さんに提案したところ、「基本的には現場の好きにやってください」とお話しいただけたのは心強かったですね。

その後、シナリオの具体的な立ち上がりから、今井さんに1ページずつ精査してもらうという流れでした。もちろんそこからも調整は行なわれていますが、まずは現場のほうで、ある程度進めたという感じでしたね。

――それでは最後に、佐藤さんご自身が苦心されたところをお聞かせください。

佐藤 何より、映画の舞台である「阿佐ヶ谷住宅」をどう描くか、でしたね。団地団の大山さんの意見も聞き、当時、実際に住んでいた方への取材も敢行しました。何しろもう存在しない場所(注:2013年に解体)なので、地図を用意して当時の写真を貼り付けながらあれこれと話し合いました。まるで実際の現場を歩くような気持ちになり「ここからロケットが飛びます」とか「この辺から50mです」とか、かなり細かく位置関係なども確認しながら脚本に落とし込みました。

ちなみに「団地団」を結成した当時が、ちょうど阿佐ヶ谷住宅が解体するというお話が出た頃で、記録に残すために、そのとき実際に撮影した動画なども今回のアニメ化で参考にしました。もう存在しない阿佐ヶ谷住宅をアニメの中に残せたことが、団地団の団員としては何よりでしたね(大笑)。

――本日はありがとうございました。

(取材/清水耕司、執筆/坂井由人、坂井直人)


【作品情報】
■ぼくらのよあけ
・10 月21 日 ( 金 )全国公開

・キャスト︓杉咲 花(沢渡悠真役)、悠⽊ 碧(ナナコ役)、藤原夏海(岸真悟役)、岡本信彦(⽥所銀之介役)、 ⽔瀬いのり(河合花⾹役)、⼾松 遥(岸わこ役)、花澤⾹菜(沢渡はるか役)、細⾕佳正(沢渡遼役)、津⽥健次郎(河合義達役)、横澤夏⼦(岸みふゆ役)、朴 璐美(⼆⽉の黎明号役)
・原作︓今井哲也 「ぼくらのよあけ」(講談社「⽉刊アフタヌーン」刊)
・監督︓⿊川智之
・脚本︓佐藤 ⼤
・アニメーションキャラクター原案、コンセプトデザイン︓pomodorosa
・アニメーションキャラクターデザイン、総作画監督︓吉⽥隆彦
・虹の根デザイン︓みっちぇ
・⾳楽︓横⼭ 克
・アニメーション制作︓ゼロジー
・配給︓ギャガ/エイベックス・ピクチャーズ


Ⓒ今井哲也・講談社/2022 「ぼくらのよあけ 」製作委員

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