【2022年のアニメを総括!】「ONE PIECE FILM RED」「すずめの戸締まり」「THE FIRST SLAM DUNK」──それぞれがリ・アニメイトした2022年の現実
平成から令和へと時代が移り変わる中で、注目アニメへの時評を通じて現代の風景を切り取ろうという連載シリーズ「平成後の世界のためのリ・アニメイト」。
今回は、大ヒット作が続出した2022年の劇場用アニメを一刀両断! シリーズ史上最大のヒット作となった「ONE PIECE FILM RED」、今やポスト宮崎駿として世界中から注目を集める新海誠監督の最新作「すずめの戸締まり」、そして日本マンガ史にさんぜんと輝く名作マンガを、原作者自らが映像化した「THE FIRST SLAM DUNK」の3本を、批評家・中川大地が語りつくす!
平成後の世界のためのリ・アニメイト 第11回 「ONE PIECE FILM RED」「すずめの戸締まり」「THE FIRST SLAM DUNK」──それぞれがリ・アニメイトした2022年の現実
興収100億超えをうかがう大ヒットが相次いだ2022年下半期
前回は2022年上半期のアニメに関する上映映画を確認しながら、本連載の関心に沿う作品としてあえて実写映画「ハケンアニメ!」を取り上げたが、下半期のアニメ映画については、そうした搦め手の余地がないほど圧倒的な話題作が相次いでいる。8月6日公開の「ONE PIECE FILM RED」、11月11日公開の「すずめの戸締まり」、そして12月3日公開の「THE FIRST SLAM DUNK」と、本稿執筆時点ですでにそれぞれ187億円、100億円、50億円と、いずれも興行収入100億円を大きく突破するであろう勢いでの快進撃だ。
このうち2本は、コロナ禍で映画興行が制限されていた時期の特殊状況にも助けられて歴代国内映画最高の興行成績にまで到達した2020年の「劇場版『鬼滅の刃』無限列車編」が切り拓いたムードにうまく連なるかたちで、「週刊少年ジャンプ」の人気マンガ原作を映画化し、それまでなかった興収規模に引き上げられるというタイプのヒットの仕方になっている。その意味では、ポスト「鬼滅」と目された翌21年の「劇場版 呪術廻戦0」の成功とも続く波に順当に乗ったという見方もできるが、前年までの2作が2010年代後半に連載開始された新世代の原作をufotableやMAPPAといった旬のアニメスタジオが手がけるテレビシリーズとも連動しながら東宝の配給でスケーリングしていった作品だったのに対し、「ONE PIECE」は連載25周年を迎えた現役最古株、「SLAM DUNK」はもはや1990年代を代表するマンガ史上のタイトルであり、それぞれを昔からアニメ化してきた漫画映画の老舗・東映アニメーションが手がけるという座組も保守本流感に満ちていて、同じジャンプ系アニメと言ってもだいぶ立ち位置が違う。にもかかわらず、監督の作家性や企画面での新機軸が奏功し、両作を現代的にアップデートすることができたことの背景には、やはり前年までとは異なるビジネス的・作品的な文脈が読み解かれるべきだろう。
そして両作に挟まれる時期に、細田守の1年遅れで3年周期のオリジナル新作を出すというルーティーンを守りながら新海誠の「すずめの戸締まり」が公開され、「国民的アニメ作家」を求める業界の期待に順調に応え続けていることは、日本のアニメビジネスの予定調和として理想的だ。そのありようは、ウクライナでの戦禍や世界経済の混乱、安倍晋三元総理の銃殺といった国内外の変事が確実にこの国の日常性の基盤を蝕んでいるはずの年の終わりに、「君の名は。」(2016年)「天気の子」(2019年)に続く「災害三部作」を貫徹してみせたことは、前作主人公の帆高がラストで「僕たちは、きっと大丈夫だ」と自分たちに言い聞かせているさまにも重なるように感じる。
去る12月12日に放映されたNHK「クローズアップ現代」の特集でも、東日本大震災のモチーフを描いた今作について、実際に家族を亡くした被災者からの反発の声を拾う取材映像と対置させられながら、それでも現実を受け止め人の心を動かす力がエンターテインメントにはあるはずだ、といった趣旨の応答をする新海のインタビュー(外部リンク:「NHK」新海誠監督、「すずめの戸締まり」で挑んだ“エンタメと震災”。未公開インタビュー)が流されていた。それは穿った見方をすれば、震災の扱い方についてのありうべき批判に対して「真摯に向き合う誠実な作家」「誰かを傷つけてでも自らの信念を貫く苦悩の表現者」といったパブリックイメージを流布することで先行防衛をはかる、姑息なメディアパフォーマンス以外の何物でもないだろう。
とはいえ作品評価以前の問題として、新海が道化じみた役割を引き受けながら説いたフィクションと現実の関係をめぐる模範解答的な一般論そのものは、確かに創作者が見失ってはならない一線であるのは間違いない。以下、2022年アニメのフラッグシップ・タイトルとなった3作が、それぞれの方法論でどのように同時代の「現実」に向き合ったのか、その内実を改めて比較検討してみたい。
■音楽映画フォーマットで世界の格差と分断を主題化した「FILM RED」
はじめに、「ONE PIECE FILM RED」がどういう映画なのかを確認しておこう。
「ONE PIECE」の映画は、「ドラえもん」や「名探偵コナン」などの長寿マンガの劇場版シリーズと同様、基本的には原作本編のストーリーラインとは厳密には整合しないお祭り企画として制作されているが、2009年の「ONE PIECE FILM STRONG WORLD」以降の「FILM」を冠した作品では原作者の尾田栄一郎が製作総指揮ないし総合プロデューサーとして、作品コンセプトの企画に深くコミットするようになっている。そして劇場版第15作となる「FILM RED」は、原作の最終章突入にあたり、まだテレビシリーズ化前の時期にあたる1998年にイベント用上映作品「ONE PIECE 倒せ!海賊ギャンザック」で「ONE PIECE」のアニメ化を初めて手がけた経験もある谷口悟朗監督を起用し、ルフィに麦わら帽子を託し海賊王を目指す原点になった赤髪のシャンクスをフィーチャーした点が、「ワンピース映画」としての本作の立ち位置と言える。
従来、ワンピース映画の監督には、テレビシリーズでシリーズディレクターを務めてきた東映アニメーション生え抜きの演出家を起用するのが常だが、谷口悟朗は「無限のリヴァイアス」(1999年)から出世作「コードギアス 反逆のルルーシュ」(2009年)に至るまで、主にサンライズ系のオリジナル企画で頭角を現したのち、2010年代にはフリーランスとして多くのアニメスタジオと組んでジュヴナイルSFアクションものの原作を手がけることで、独自の作家性を確立してきた監督だ。
そうした外部の才能を導入することで「ONE PIECE」の王道的なパターンに変化をもたらす映画という意味では、「時をかける少女」(2006年)で劇場アニメ監督としてブレイクする直前の時期の細田守監督が手がけた劇場版第6作「ONE PIECE THE MOVIE オマツリ男爵と秘密の島」(2005年)以来の挑戦という見方もできるだろう。
同作は細田にとって、もともとスタジオジブリで「ハウルの動く城」(2004年)を監督するはずだったところが制作チームの梯子を外されて降板するという憂き目に遭い、アニメ監督としてのキャリアの危機に直面したときの経験が色濃く反映された作品になったという逸話はよく知られている。その結果、「ONE PIECE」が掲げてきた麦わら海賊団が重んじる「仲間との絆」のテーマを根底から疑う作品になり、細田守作品としては「サマーウォーズ」(2009年)以降のオリジナル作品と同等以上に評価されることもある一方で、ワンピース映画としてはファンの間で異端視されることの多い一作となっている。
そこからすると「FILM RED」の場合、先述のように谷口は「外部」の作家でありながら誰よりも早く原作マンガをアニメイトした監督として「ONE PIECE」に「凱旋」するかたちで迎えられた作家であり、尾田栄一郎との密接な関係のもとに物語の最重要人物の一人であるシャンクスの娘・ウタを映画オリジナルのキャラクターとして託されているという意味で、過去のどの映画よりも原作公認性が高い。その上で、ウタを「ONE PIECE」という少年マンガ作品の根底にある「海賊」をめぐるロマンの自明性を否定する存在として描いた点に、1本のアニメ映画としての本作の挑戦性の核がある。
彼女は原作初回で描かれた10数年前のルフィと一緒にシャンクスのもとで過ごしていた幼なじみで、当初は自由で義に篤いシャンクスと赤髪海賊団のあり方に憧れる動機をルフィと分かち合っていた。しかしその後、劇中で描かれる事件を通じてシャンクスに置き去りにされた島で音楽教育を受けたウタは、暴力と掠奪を本来の属性とする海賊そのものを憎むようになる。そして世界一の歌姫となって音楽の力で大海賊時代を終わらせ、誰もが暴力や貧困から永遠に解放される「新時代」を目指すという目的でルフィたち麦わら海賊団の前に立ちはだかるというように、海賊王を目指すルフィのアンチテーゼとして設定されている。
そのための具体的な手段として、彼女は「ONE PIECE」のお約束アイテムである悪魔の実「ウタウタの実」の能力者になっており、ギリシャ神話のセイレーンのように歌声によって人々を昏睡させ、その意識を現実とは異なる夢のような別世界「ウタワールド」に閉じ込めることができる。その力を映像電伝虫によるライブ中継で世界中に発信し、全世界の人々を安寧なウタワールドに取り込むことで、彼女の信じる新時代を実現しようと試みるのだ。
そんなウタをヴィランに据えた「FILM RED」という映画は、声優として谷口監督の「コードギアス」でナナリー役を務めた名塚佳織を起用する一方、歌唱にはメジャーデビュー曲「うっせぇわ」(2020年)で若者向けSNSを起点にブレイクしたAdoを起用。冒頭のライブシーンでの楽曲「新時代」をはじめとする7曲の劇中歌を担当するミュージカル映画として作られており、連載四半世紀を迎えた「ONE PIECE」の世界観への挑戦者として、ネットネイティブ世代の歌姫がまとう現実の叛逆性を導入した点が白眉となっている。
このように音楽PVに近いミュージカル映画のフォーマットを流用することで、楽曲シーンで強調されるドリーミーな映像演出を仮想世界の反語的表現として活用しつつ、現実の酷薄さと対照させるドラマに応用するあたりは、奇しくも細田守の「竜とそばかすの姫」(2021年)にも連なるコンセプト性を帯びている。同作では、1990年代のディズニー・ルネサンスを決定づけたミュージカルアニメの金字塔「美女と野獣」(1991年)を多分にオマージュしながら、主人公・鈴がネット上のメタバース的な仮想世界〈U〉の歌姫ベルとなる過程を通じて自分を取り戻し現実の困難とも向き合っていく物語が描かれたが、かつて『オマツリ男爵』を手がけた細田の近作が、再び「ONE PIECE」のテーマ性に挑む新たなワンピース映画のモチーフを先取りしていたことは、興味深いリンケージと言えるだろう。
ただ、「竜とそばかすの姫」で細田が〈U〉を通じて照射しようとしたネット社会やDVをめぐる現実性の描写や物語展開は、扱おうとしたテーマの重さに比してどうにも説得力に欠け多くの厳しい世評に晒されており、決して作品的に成功していたとは言いがたい。これは同作に限らず、「国民的アニメ作家」候補としての細田守が、わかりやすいアニメーションの快楽になじみやすいSF・ファンタジー的な道具立てと、自らの私的経験に立脚した恋愛・結婚・育児といった卑近なテーマとを接続しながら日本の地方を舞台にした青春劇を描くタイプの作風に自らのオリジナリティを見出して以来、一貫して失敗し続けているリアリティ・レベルの構築ミスでもある。
対して「FILM RED」の場合は、「ONE PIECE」という巨大原作の強固な世界観に立脚しながら、そこにグローバル資本主義とインターネット・カルチャーによる世界の接続と、それによりかえって浮き彫りになった現代の格差や分断をめぐる問題を重ね合わせるという、寓意的なアプローチによって現実への批評性を導入している。
もちろんそれは、シリーズが重ねてきた膨大なキャラクター陣やディテール設定の伏線など、あくまで従来からの「ONE PIECE」ファン向けの雑多なサービス要素をこれでもかと詰め込んだ上でのフレーバーの域に留まっているので、単体映画としての作品性をオリジナル企画と同列に比べることをナンセンスに感じる向きも多いだろう。
しかしながら、ポスト宮崎駿の「国民的アニメ映画」を期待された世代(具体的には庵野秀明以降)の作品たちが、ことごとく作家個人の視野や問題意識の限界からどうにもドメスティックで退行的なものになりがちだったことを顧みるとき、むしろ幅広い文脈から登場したクリエイターたちが化学反応を起こすジャンプ系原作のマンガ映画の雑種的な総合性こそが、エンターテインメント性と批評性の両面で、よりグローバルな問題意識に通ずる未来志向のコンテンツ力を発揮しつつあるのではないか。そのようなスタジオジブリ的なオリジナル偏重試行が続いてきた1980年代以降の日本アニメの潮目の変化として、アフターコロナ期のジャンプ系アニメ映画の伸張を捉え直すことも可能だ。
顔出しNGのまま「ウタ」として2022年の紅白歌合戦にも出場することになったAdoの虚実の壁の越え方は、グローバル資本主義の荒波にも似た大海賊時代の最終章に向けて、あくまで旧世代的な実体験ベースの価値観を保守する役割を振られたルフィが海賊王を目指す航海を再開していった映画の幕切れとはいささか異なる「新時代」の到来を、テレビのこちら側に告げる狼煙になっていたのかもしれない。
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