宇宙世紀的な設定やスペックに頼らない、明快な“ロボット活劇”としての「∀ガンダム」【懐かしアニメ回顧録第53回】
今年は初代「機動戦士ガンダム」放送40周年にあたる。そして今から20年前に放送20周年を記念して、原作者の富野由悠季が監督したTVシリーズが「∀ガンダム(ターンエーガンダム)」(1999年)だ。それ以前に富野監督が手がけた最後の「ガンダム」は「機動戦士Vガンダム」(1993年)で、それら宇宙世紀を舞台にしたシリーズと直接のかかわりを持たない、初めてのガンダム作品が「∀ガンダム」だ。
太古に月に移住した民族“ムーンレィス”が、地球に帰還する計画を立てる。しかし、科学レベルの退行した地球人たちはムーンレィスを脅威に感じて、市民軍“ミリシャ”を結成し、両者の間に戦いが始まってしまう。主役ロボットの∀ガンダムは文明崩壊以前から地球に遺されていた謎の遺跡であり、歴代ガンダムのように「新たに造られたハイスペックの試作モビルスーツ」ではない。
そうしたメカニック設定の曖昧さもあって、かつてのガンダムと同じように楽しむのは難しいが、第9話「コレン、ガンダムと叫ぶ」は明快なロボットアクションとして、手堅く構成されている。ざっと振り返ってみよう。
異色モビルスーツ“イーゲル”を個性的な「敵メカ」として描写する!
ムーンレィスに属するコレン軍曹が、∀ガンダムと戦うために専用のモビルスーツ“イーゲル”に乗って、地球に降下してくる。イーゲルは人型から長い尻尾を持った恐竜型に変形し、頭をハンマーとして武器にする特異なモビルスーツだ。右手には、ドリル型の棍棒を持っている。
イーゲルの登場シーンは、以下の3つに分けられる。
(1)ミリシャのモビルスーツを蹴散らして、強さを見せつける。
(2)∀ガンダムと戦い、1度は優位に立つ。
(3)しかし∀の反撃を受けて、敗退する。
そして、(1)~(3)それぞれの中で、「恐竜型に変形する」「頭が武器になる」「長い尻尾がある」といったイーゲルの機能をカット単位で説明している。
(1)では……
・足を逆関節に曲げて、上半身を前に倒す(下から上へカメラがPANする)
・走りながらミリシャのモビルスーツをドリルで蹴散らす(カメラは横移動)
・頭を伸ばして、ミリシャのモビルスーツにぶつける(左から右方向へのPAN)
・尻尾でミリシャのモビルスーツを絡めとる(右から左方向へのPAN)
横へカメラを振る(PANする)ことで、イーゲルが「前後に長いリーチで攻撃可能」な強敵であることを示している。また、恐竜型への変形時に足元から縦にPANすることで、巨大感・威圧感が出る。
(2)では……
・足を逆関節に曲げて、上半身を前に倒す((1)の流用)
・走りながら、ドリルを突き出す(下から上へのPAN)
・ドリルを振り上げて、∀目がけて振り下ろす
・倒れた∀にドリルを向けるが、∀はビームサーベルを抜いてイーゲルの胸元へ向ける(回転しながらのズームバック)
お互いに武器をつきつけ合う両者互角のカットでは、まったく動きのない止めの絵を大きくズームバックさせることで、緊迫感を出している。
(3)では……
・走りながら恐竜型に変形する(左から右へのPAN)
・∀に向かって突撃する(カメラの前をアップで通り過ぎる)
・∀に体当たりしようとするが、避けられてしまう(カメラは右から左へPAN)
・∀に向けてドリルを振り下ろすものの、ビームサーベルでドリルを切断される
最後のカットでは、「両手でビームサーベルを構えた∀ガンダム」と「ドリルを切られたイーゲル」がすれ違うが、どちらも動きはなく、単にセルをスライドさせているだけだ。「機動戦士ガンダム」第1話でガンダムがビームサーベルでザクを倒すカットでも、止め絵が効果的に使われていたことを思い出さずにいられない。
複雑になりすぎた「宇宙世紀」シリーズを見限って、新たなカウンターを打て!
「∀ガンダム」放送の1999年は空前のフィギュアブームの真っ最中。ガンプラでは“HGUCブランド”によって、宇宙世紀シリーズのモビルスーツが最新技術でリニューアルされはじめた年である。OVAでは1996年に始まった「機動戦士ガンダム第08MS小隊」が佳境に入っていた(完結は1999年)。
しかし、精緻なレイアウトと作画で宇宙世紀のディテールを掘り下げる「第08MS小隊」に対して、「∀ガンダム」はまったく別方向へ進んだ。「コレン、ガンダムと叫ぶ」のイーゲルのアクションは単純なリピートが多く、戦いの雌雄を決する重要なカットは、動画のない止め絵だ。70年代レベルの演出なので、新しさはない。
だが、「味方ロボットが、苦戦しながらも敵ロボットを撃退する」シンプルな構図を用いることで、宇宙世紀シリーズにまったく親しんでこなかった新しい観客を獲得しようと試みた痕跡が「∀ガンダム」からは感じられる。止め絵やリピート、カメラワークだけで十分に活劇を成立させられるロボットアニメには、いつでもエンターテインメントの表舞台に復帰できる力強さが秘められているのだ。
(文/廣田恵介)
(C) SOTSU・SUNRISE
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