美術監督・海野よしみ ロングインタビュー!(アニメ・ゲームの“中の人” 第36回)

連載第36回でライターcrepuscularがお話をうかがうのは、株式会社プロダクション・アイ取締役で、美術監督の海野よしみさん。海野さんといえば、「ゆるキャン△」の美しい大自然の風景が記憶に新しい。なかんずくご自身も筆を執ったという四尾連湖の紅葉は、まさに“聖地”と呼ぶにふさわしい絶景である。1990年代は「宇宙の騎士テッカマンブレード」や「BLUE SEED」で、2000年代は「.hack」シリーズや「喰霊-零-」で、アニメ史に残る名舞台を作り上げてきた。近年も「ゆるキャン△」のほか、「聖闘士星矢 黄金魂 -soul of gold-」、「ゼーガペインADP」、「Wake Up, Girls! 新章」などで、大いに存在感を発揮している。意外に思われるかもしれないが、「soul of gold」は、海野さんにとって初めての「聖闘士星矢」シリーズである。今回の単独インタビューでは、そんな海野さんのキャリアや創作論をじっくりと語っていただいた。(編注:「ゆるキャン△」については、京極義昭監督の特別インタビューもあわせてお読みいただきたい。)

設定もBGも描く美術監督


─本日はどうぞよろしくお願いいたします。最初に、海野さんが考えるアニメ美術の魅力を教えていただけますか?


海野よしみ(以下、海野)) 自分の描いた画にセルや音楽が重なったり、撮影さんが入って違う要素がつけ足されたりすることで、思ってもみない100万倍のパワーで表現されていく感じが、非常におもしろいなと思います。


─カットによってはキャラクターで背景がほとんど見えなかったり、撮影処理で背景がボヤけたりすることもありますが……。


海野 それは演出上必要だからしていることですし、テレビで観ていて、「こういうふうになったんだ。きれいだな」と思うことが多いので、楽しいですよ。


─海野さんが美術監督で参加されている作品では、「美術設定」というポジションが置かれていないことが多いようです。何か理由があるのでしょうか?


海野 プロダクション・アイでは昔からそうだったんです。美術監督が設定を起こして、ボードも描いて、BG(編注:劇中背景のこと)も描いて、みたいな。最近は分担作業も多いですが、昔は何でもかんでも美監が描いていたりしていました。


─「へうげもの」(2011~12)や「ゆるキャン△」(2018)には「美術設定」クレジットが見当たりませんので、海野さんが設定も作れらたと理解してよろしいですか?


海野 「へうげもの」は私も設定を描きました。私が忙しい時にはアイプロの美術設定、長澤順子が手伝ってくれたところもたくさんあります。時間が空いているほうが描いている、そんな感じだったと思います。


─美術設定は一般的に、建築家の設計図やインテリアコーディネーターの図面とは異なり、シナリオや演出プランに従って部屋の間取りや装飾を考えていくそうですが、原作との兼ね合いはどうされていますか?


海野 基本的に原作準拠ですが、キャラの性格だとか生活の様子を想像しながら、「こんな部屋がいいんじゃないか」といろいろ思い巡らせて作っています。


─「ベン・トー」(2011)は、スーパーで半額弁当を奪い合うというコンセプトがあり、戦闘中はカメラが回転していました。スーパーの設定で何か特別な作り方はありましたか? 


海野 大人数で戦いやすいように、お弁当の売り場はかなり広くしています。あと板垣伸監督のこだわりで、スーパーの一軒一軒、「ここは何売場で、ここは何売場」というのを最初に決めておいて、「ここからは何が見える、というのが確実にわかるようにしておいてほしい」という依頼がありました。


─オープニング冒頭、カメラが商品棚でできた通路を移動して半額弁当に向かっていく流れがありますが、あそこはプロダクション・アイで作られた3Dなのでしょうか?


海野 うちから商品棚や小物を素材として出しているとは思うんですけど、まとめて画にしてくださったのは、デイヴィッドプロダクションさんです。アニメーションプロデューサーの笠間寿高さんが、スーパーのことをとてもよくご存じでした。

プロップと美術設定の境界


─小道具のデザインはどうされていますか? 実写では美術監督が小道具も担当するようですが、日本のアニメの場合は、アニメーターが「プロップ」として描くことが多いようです。


海野 ベッド、ルームライト、机といったものは、美術設定の一部としてうちが描いています。でも昔は、いろんなものがあまり区分されていなかったので、おつまみの「柿の種」や、キャラの乗る「自転車」が美術設定になっていたこともありましたね(笑)。今はキャラが持つものに関しては、プロップの方にお任せしています。「ゆるキャン△」のテントだとか料理道具だとかは、プロップの方が作っておられます。


─海外の美術監督、特に「プロダクション・デザイナー」と呼ばれる方々は、監督の意向を受けて作品の世界観を構築し、カット割りや演出面の調整までも行うことがあるそうですが、海野さんがそうした役割を担うことはありますか?


海野 外国の美術監督は作品全体に深く関わっていることがあるそうですが、うちの場合は、発注に対して作ったものを見てもらう、というのが基本になります。世界観に関しては、監督さんが原作者の方と何度もお話をして、詰めて詰めて、作っていらっしゃいます。私はそこに乗っかって作業している、という感じです。


─影響を受けた作品は?


海野 影響というかアニメが好きになったきっかけは、「ど根性ガエル」(1972~74)と「アルプスの少女ハイジ」(1974)です。話も背景もすごくよかったので、この2作品はずーっと、頭の中にありますね。「ど根性ガエル」は学校から急いで帰って、再放送を何度も何度も観ました。「となりのトトロ」(1988)も大好きで、夕景の表現に感動して影響をすごく受けました。


─実写はいかがでしょうか?


海野 黒澤明監督の作品はよく観ていましたね。「七人の侍」の美術や画面はとても勉強になりましたし、「椿三十郎」や「蜘蛛巣城」なども何度も観ました。

自然描写に強み


─お得意な背景やジャンルはありますか?


海野 「自然のBGを描きたい!」といつも思っています。木とかを描くのは本当に楽しいものです。絵コンテをいただいて社内背景の誰にお任せしようかと考える時に、自然のところだけは自分のところに引き寄せておいて、室内とかビル街とかはほかの方にお任せする、みたいなこともありました(笑)。


─美術監督作品であっても、ご自身で描かれているのですね。自然がお好きならば、「ゆるキャン△」は心の底から楽しめた作品だったのではないですか?


海野 そうですね。四尾連湖の紅葉のところは、すごくおもしろく描きました。「四尾連湖で紅葉のピークを持ってきてほしい」というのが京極義昭監督の依頼だったので、その前の紅葉は地味めになっています。本栖湖畔も、1話の最初にすすきがいっぱいの秋のシーンを描いて、12話のラストで同じ場所の緑豊かな春のシーンを描く、というおもしろい工程があったので、印象に残っています。


─「ゆるキャン△」は、いくつかのシーンで原作とは少々違う趣の背景がありました。


海野 原作者のあfろ先生は、3回に分けてロケに行っているので、使っている写真資料によって季節が変わっていたりするんです。だから、原作では葉っぱが茂っているところも、アニメでは季節感を統一しなくちゃいけない、というのがありました。


─建物はいろいろな意匠がありますが、描いていて楽しい建物はありますか?


海野 建物では、昔の日本の建物が一番好きですね。


─歴史的建造物は、それ自体のファンも多いので、気を遣いそうですね。


海野 「へうげもの」の時は最初に歴史考証の先生がいらっしゃいまして、いろいろ「注意事項」をいただきました。


─第15話には3Dで作られた待庵が回転するシーンがありますが、あのモデルはプロダクション・アイで作られたのでしょうか?


海野 外観の設定は作りましたけど、3Dモデルはうちでは作っていません。

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