「奇跡の7分間」はどのようにして生まれたのか? 2人のプロデューサーが語る「キャロル&チューズデイ」
全24話の放送を終えた「キャロル&チューズデイ」。最終話では、第1話の冒頭から予告されていた「奇跡の7分間」が描かれ、大団円となった。この作品の魅力はなんと言っても各話に流れたボーカル曲。国内外の実力派アーティストが楽曲を提供し、英語がネイティブのシンガーがそれを歌唱。クオリティ的にも物量的にも前例のない作品になった。制作現場は、きっと嵐のようだっただろう。
フライングドッグの佐々木史朗、ボンズの南雅彦という両社長の対談の次は、現場を動かした2人が登場。フライングドッグの西辺誠(プロデューサー・音楽プロデューサー)、ボンズの天野直樹(アニメーションプロデューサー)の両氏に、制作の裏話をたっぷり語ってもらった!
演奏シーンは、あらかじめ撮った実写をもとに作画していきました
──まずは、お2人が「キャロル&チューズデイ」に関わった経緯から教えてください。
天野 フライングドッグの佐々木社長と弊社の南とで、渡辺信一郎監督の作品をやるという話は何年も前からあって、お前が担当をしろということは、言われていました。それで、2年くらい前に企画が本格的に動き始めて、シナリオ制作に入るあたりで参加することになりました。その頃には窪之内(英策)さんのキャラクターデザインもいくつか上がっていて、アニメーションでこのデザインを動かすのはハードルが高いなと。さらに音楽がテーマで演奏シーンがたくさんあるということは大変な作品になるだろうな、と思いました。
西辺 僕が入ったのも天野さんと同じくらいのタイミングですね。佐々木から作品の話はなんとなく聞かされていたんですけど、2年くらい前に「やるか?」「あ、はい」みたいなやり取りがあって(笑)。いつも通り、音楽プロデューサーとして入るのかと思っていたら、製作委員会の幹事社のプロデューサーとして作品全体をみることになり、正直驚きました。作品のプロデューサーを任されるのは初めてだったので、天野さんや現場の方々のお世話になってゼロからアニメーションの作り方を勉強していきました。シナリオ打ち合わせが毎回15時から深夜の0時くらいまでかかっていたんですけど、その後に天野さんといろいろなことを話し合いました。
──西辺さんは、プロデューサーと音楽プロデューサーの両方にお名前がクレジットされてます。
西辺 作品全体を見ながら、音楽面もプロデュースするということで、いろいろ大変でした(笑)。
──音楽制作で、最初にやったことはなんでしたか?
西辺 まず、渡辺監督やメインスタッフと、どういうアーティスト・コンポーザーにオファーすればいいのかという打ち合わせをしました。監督がオファーしたいアーティストをあげていただいたり、逆に私のほうから、今、こういうアーティストがいますよという提案をしたりして、具体的な名前をあげていったんです。さまざまなジャンルの有名なアーティストやバンドが、その中には含まれていましたので、まずは制限を設けず、コンタクトを取っていくという流れです。最終的に参加していただいたアーティストの5倍くらいの人数とコンタクトを取ったと思います。
天野 各話のストーリーが具体的になる前に、まずは音楽のオファーをしておかないとスケジュール的に間に合わないので、クリエイター選びが一番先になりました。
──「キャロル&チューズデイ」はNetflixでの全世界配信が早い段階で決まっていて、海外のミュージシャンを中心とした楽曲制作を行うことが、基本路線だったそうですね。
西辺 海外にも向けた作品ということで、世界共通語である英語で歌わない理由はないだろうというのが最初にありました。渡辺監督の頭の中にある構想に照らし合わせて、こういうタイプのシンガーに、こういう感じの曲を歌ってもらいたいというのを聞き出して、じゃあ、具体的に誰にお願いしたらいいのかと。それで各話のシナリオができ上がったら、事前にオファーしていたこの曲はこのシーンに合うんじゃないかと、はめ込んでいったという形です。また、先に上がった楽曲の歌詞やサウンドに合わせて、各話の細かいストーリーが変わっていくということも頻繁にあって、楽曲とシナリオが密接に絡み合いながらの制作になりました。
天野 「奇跡の7分間」にたどり着くことは企画段階から決まっていたんですけど、各話のどんなシーンにどのような楽曲が必要かはストーリーを作りながら考えていきました。逐次、こんな曲が必要だという発注内容が決まったところで西辺さんと相談してましたね。
西辺 たとえば、オーディション番組「マーズ・ブライテスト」の予選から、本選トーナメントを何話もかけてやる予定は、当初はなかったんです。ですが、渡辺監督が、「マーズ・ブライテストの出場者たちは、みんな自分の持ち曲を歌うよ」ということになって。
天野 思った以上に歌い手たちが登場するという話になったので驚きました。今回、音楽シーンを描くにあたって、実際に歌っている姿や演奏している姿を撮影して、それを元に作画していくという手法を取ったんです。僕らアニメ制作会社のスタッフはそこまで音楽に造詣が深いわけではないので、どうやって演奏すればこの音が出るのか、感覚的にわからないじゃないですか。だからリアルに描こうとすると、どうしても芝居の元になる映像が必要だったんです。
──YouTubeの公式チャンネルには、キャロル&チューズデイ役のナイ・ブリックス(Nai Br.XX)とセレイナ・アン(Celeina Ann)、アンジェラ役のアリサ(Alisa)といった主要キャストのシンガーがスタジオで歌っている映像が早くからアップされました。あれは作画するために撮ったものだったんですね。
天野 さすがに映像のプロを都度雇うわけにもいかないので、ボンズの制作たちで撮影することになりました(笑)。
西辺 最初は試行錯誤の連続で、実写撮影にかなりの時間がかかりました。マイクスタンドの先にカメラを付けて俯瞰で撮ったりとか、編集することも考えつつ、アニメーションになったときを想像しながらその場でアングルを決めていく形ですね。
天野 人数も時間もかかる撮影だったんですけど、だんだん要領がわかってきてからは手際がよくなっていって、最後のほうは2人くらいで大丈夫になり、撮影時間も短くなっていきました。
西辺 それから徐々に、実写撮影をしているときに、渡辺監督がシンガーに演出をつけるようになっていったんですよね。そして、それをシナリオやコンテにフィードバックしていくというやり方が生まれていきました。たとえば、11話の「Lost My Way」がそうでしたね。まだシナリオができ上がってない段階だったんですけど、渡辺監督がチューズデイのシンガーボイスを担当しているセレイナ・アンに「三角巾を付けて歌ってくれ」と言いだして。理由を聞いたら、この曲を歌っているとき、チューズデイは怪我をしているというんですけど、ストーリーを知らない僕らからしたら、ワケがわからない(笑)。
天野 今、渡辺監督にアイデアが降りてきた! みたいな感じでしたね(笑)。
西辺 「Lost My Way」をマーズ・ブライテストで歌う前に、キャロルとチューズデイには試練があって、彼女たちはそれを乗り越えなければいけない、と監督は言うんです。だったら、シナリオのライター陣にそういうストーリーを組み立ててもらわないといけないじゃないですか。結果的にシベールがチューズデイに病的に執着して、誕生日にドライアイス入りのプレゼントを贈るというエピソードが生まれたんです。
天野 マーズ・ブライテストでは、ダンスシーンも撮影しました。
西辺 歌だけではなく、実際のアーティストにもさまざまなスタイルがあるように、ピョートルとGGKにはダンスをさせたいと。急遽、知り合いのダンサーさんに声をかけて、曲に合わせて踊ってもらいました。作画はすごいシンクロ率でしたね。普通だったらモーションキャプチャで撮ってCGで動かすと思うんです。でも、「キャロル&チューズデイ」のダンスや演奏シーンは手描きにこだわっていて、さすがボンズだなと。
天野 ダンスシーンは担当してもらったアニメーターさんのおかげで、特にピョートルは素晴らしいものになりました。でも、作画陣がダンスよりも苦労したのは演奏シーンですね。たとえば、チューズデイの演奏はギターだけCGで、キャラクターは手描きなんです。3DCGと作画の合成は試行錯誤の連続でしたし、でき上がった映像を西辺さんにチェックしてもらうと、「この音のときは、この弦は弾いてないです」という指摘を受けたりして。
西辺 手描きの指とCGのギターを重ねているので、ちょっとでもズレると鳴っている音とは違う動きになってしまうんです。今回は音楽作品ということもあり、音と絵をシンクロさせるために、細部までとてもこだわって制作されていました。
天野 僕らが実写映像のモデルとして駆り出されたこともありました。17話でアーティガンがタオにボイスパーカッションをして見せるシーンがあったじゃないですか。あれは西辺さんが実写でボイパをやっているんですよね(笑)。
西辺 だから、あのシーンのアーティガンは頭身がいつもより若干低いんです(笑)。
天野 アーティガンの顔も、なんとなく西辺さんに似ているような(笑)。同じ17話で、プロデューサーのトビーの前で、キャロルとチューズデイが自分たちのレパートリーを次から次へと演奏していって、「クソだな」と言われるシーンにも逸話があって、あのとき2人が演奏したNG曲を作ったのも急遽、用意して頂きました。
西辺 あれはシナリオが上がってからですね。2人がイントロだけ演奏して、トビーに否定されるというやり取りが10回繰り返されるとシナリオに書いてあって、「ここに書いてあるボツ曲は、どうすればいいんですか?」と渡辺監督に聞いたら、「ユー、作っちゃえばいいじゃん」みたいなノリで言われて、急遽ボツイントロというタイトルで、アタマ4小節だけの曲を10曲レコーディングしました。15話に、川辺でトランペットを吹いているおじさんがいるんですけど、それも監督の要望で僕が吹きましたね(笑)。
天野 そういえば、シベールとブラックナイトという、ストーカーたちの危ないメールの文面も、僕と西辺さんで考えたんですよね(笑)。何だかんだ頼まれるがままに、いろいろなことをやりました。
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