過酷な物語を抽象化する“童話”としての「機動戦士Vガンダム」【懐かしアニメ回顧録第54回】

前回は放送から20周年を迎えた「∀ガンダム」(1999年)の戦闘シーンを解析して、そのオーソドックスな演出スタイルを確認した。その6年前に富野由悠季監督が手がけたテレビシリーズが、「機動戦士Vガンダム」(1993年)だ。
「Vガンダム」の舞台は、「機動戦士ガンダム」(1979年)や「機動戦士ガンダム 逆襲のシャア」(1988年)と同じく、スペースコロニーへの移民が進んだ宇宙世紀。しかしながら、前作にあたる「機動戦士ガンダムF91」(1991年)と同様、キャラクターを一新した独立した物語となっている。

宇宙世紀0153年、スペースコロニー・サイド2にザンスカール帝国が勃興し、地球への侵攻を開始。神聖軍事同盟リガ・ミリティアは、ガンダム型のモビルスーツを開発してザンスカール帝国の侵略に対抗する。しかし、宇宙世紀シリーズに必ず登場していた地球連邦軍は背景化し、ガンダムの魅力であったミリタリー性は薄まっている。
また、ザンスカール側のメカニックには奇想天外なデザインのものが多く、第32話「ドッゴーラ激進」には龍のように胴体の長い異形のモビルスーツ、ドッゴーラが登場する。第32話のあらすじを、詳しく見てみよう。

エピソードを「主系的葛藤」と「傍系的葛藤」に分けて考える


地球への降下をもくろむザンスカール帝国の艦隊を食い止めようと、リガ・ミリティアは宇宙空間でモビルスーツ部隊を発進させる。しかし、ベテランパイロットのオリファーが戦死したため、彼の恋人だった女性パイロット、マーベットは不安にかられてしまう。少年兵のオデロとトマーシュを盾にして戦っていると、マーベットは自分を責める。
いっぽう、主人公のウッソはV2ガンダムに搭乗して、苦戦の末に強敵ドッゴーラを倒す。平静を取りもどしたマーベットにオデロとトマーシュは温かい言葉をかけ、リガ・ミリティアの仲間たちがオリファーの葬式を行い、安らかなムードで第32話は幕を下ろす。

さて、注意して劇映画やドラマを見ると、「主系的葛藤」と「傍系的葛藤」、2つの葛藤からストーリーが成り立っていると気がつく。たとえば、仲の悪い刑事2人がコンビを組まされて悪党を追跡するアクション映画の場合、「悪党を逮捕できるかどうか」が主系的葛藤。悪党を追ううち、「2人の刑事に友情が芽生える」のが傍系的葛藤……といった具合だ。
第32話の場合、リガ・ミリティアのモビルスーツ部隊がドッゴーラを倒して艦隊を食い止められるかどうかが、主系的葛藤。マーベットがオリファーの死を受け入れるまでが、傍系的葛藤。この2つのドラマが過不足なく機能しているので、第32話は破綻のないエピソードに見える。ところが、主系的葛藤からも傍系的葛藤からも外れた、奇妙なシーンが存在するのだ。


突如として挿入される“2分18秒の御伽噺(おとぎばなし)”とは?


マーベットをかばったオデロのモビルスーツは制御を失い、ザンスカール帝国のドック艦の内部に入り込んでしまう。「冗談じゃねえぞ! モロ、敵の中じゃないの!」とオデロはパニックに陥り、艦内の壁にぶつかったショックで気を失う。
ドック艦の中にはザンスカールの整備兵たちがいて、オデロのモビルスーツを物陰から覗き見ながら「爆発はしないだろうな?」「俺たちで使うから、ぶんどるぞ」と話し合っている。
そこへ、ウッソの乗ったV2ガンダムが現われ、整備兵たちはあわてて逃げ出す。ウッソはコクピットを出て、ひきつけを起こしたオデロを助ける。その間、整備兵たちは迷い込んできた2体のモビルスーツを奪おうと、関節部分に食品や燃料タンクなど、手当たり次第にあらゆるゴミをつめこむ。目覚めたオデロとウッソは脱出の準備を進めるが、あたりはザンスカールの整備兵たちが持ち込んだゴミでいっぱい。ウッソがV2ガンダムのコクピットに戻ると、なぜかおたまが入っている。「あーあ、せっかくの敵のモビルスーツが」「行っちゃった……」と、脱出するオデロとウッソのモビルスーツを見送る整備兵たち。
この喜劇のようなシーン、なんと2分18秒もある。この後、オデロとウッソは何事もなかったかのように戦線に復帰するので、丸ごとカットしても差しつかえのないシーンだ。

巨大なモビルスーツに群がる小人のような整備兵たちの構図は、スウィフトの小説「ガリヴァー旅行記」を想起させる。また、大きく口をあけたドック艦に飲み込まれたり脱出したりする様子は、ディズニーアニメ「ピノキオ」で鯨の胃袋に捕らわれるシーンに、よく似ている。
ストーリー上は何の必然性もない童話のようなビジュアルが挿入されたことで、マーベットが戦いの中で喪失を乗り越える第32話がマイルドな雰囲気になったことは間違いない。もしかすると、モビルスーツという巨人に乗ってウッソが体験したことすべてが御伽噺(おとぎばなし)だったのかもしれない……。「巨大ロボット」という荒唐無稽なモチーフには、苛酷な物語を抽象化して痛みをやわらげる効果があるのだろう。その鎮痛効果は、6年後の「∀ガンダム」で存分に発揮されることになる。


(文/廣田恵介)
(C) 創通・サンライズ

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