プロデューサー・伊藤隼之介 ロングインタビュー!(アニメ・ゲームの“中の人” 第32回)

ライターcrepuscularが独自の視点と取材網でお届けする、インタビュー連載「アニメ・ゲームの“中の人”」。第32回は、アニメプロデューサーで独立プロダクション「Qrout(くろうと)」代表取締役社長の、伊藤隼之介さん。これまで筆者はクリエイターを中心に“中の人”を紹介してきたが、アニメを企画し、キャスト・スタッフ・資金を集め、適切なタイミングで作品を世に送り出すのは、プロデューサーと呼ばれる人たちだ。その意味で、彼らはビジネス面だけではなく、クリエイティブ面においても重責を担っている。伊藤さんは、「クリエイティブファースト」を標榜するプロデューサーで、バップでは「GJ部」、「ばらかもん」、「曇天に笑う」、TOHO animation(東宝)では「刀剣乱舞 -花丸」、「虐殺器官」、「夜は短し歩けよ乙女」、「夜明け告げるルーのうた」、「打ち上げ花火、下から見るか?横から見るか?」、「ウマ娘 プリティーダービー」を手がけてきた。現在はインディペンデント・プロデューサーとなって、「アズールレーン」や「思い、思われ、ふり、ふられ」を製作中だ。スタッフィングやキャスティングの秘訣、これからのアニメに求められるものとは何か。なぜ今、独立なのか。伊藤さんにプロデュース論をうかがった。

細かいところまでクリエイターと密に話すプロデューサー


─このたびはご多忙のところ、ありがとうございます。まず初めに、伊藤さんはプロデューサーのお仕事をどう定義していますか?


伊藤隼之介(以下、伊藤) 作品の旗振り役であって、最初のファンであって、お客さんであって、クリエイターさんにとってはいい相談役というところでしょうか。ひと口にプロデューサーと言っても、人によっていろいろなやり方の違いがあります。僕なりに解釈したプロデューサーの仕事というのは、アニメビジネスを司り、監督・脚本家・アニメーターといったクリエイターの方々と、作品を観てくれるお客さんをつなげる仕事。そういう役回りなのかなと思っています。


─伊藤さんはTOHO animation(東宝)のプロデューサーを経験されています。東宝といえば、アメリカのプロデューサー・システムを日本にいち早く取り入れた企業として有名で、「ゴジラ」の田中友幸さんや富山省吾さんなど、作家性を備えたプロデューサーを多く輩出したことでも知られています。伊藤さんも、クリエイティブに積極的に参加されるのでしょうか?


伊藤 そういうスタイルのプロデューサーさんは歴史上何人かいらっしゃって、僕の近くだと「君の名は。」(2016)の川村元気さんも、クリエイター肌の方だと思います。だけど僕は今のところ、そういうタイプではないですね。


僕が最初に入社したのは、A-1 Picturesで、制作会社です。あの頃はアニメーション制作の現場にいることができて、毎日すばらしいクリエイターさん達と同じ場所にいて、いろんな話をしたり、聞いたりできたんです。だから僕がクリエイティブの役職に入ることはありませんが、細かいところまで彼らと密に話してスタッフィングしたり、制作を進めるのが、自分のやり方なのかなと思っています。


─お仕事のやりがいを感じるのはどんな時でしょうか? 


伊藤 作品を観たお客さんから「人生観が変わった」とか、「がんばろうと思った」とか、「癒された」とか言っていただけた時には、意味のある仕事ができているなと思えてうれしいですね。


その意味で強く記憶に残っているのが、「ばらかもん」(2014)です。もし「ばらかもん」が、自分が大学生の時に出会えていたら、きっと進路とか人生の選択の助けになる作品になったんじゃないかと思います。こういうのが意味のある仕事なんだな、と感じました。監督の橘正紀さんや脚本家のピエール杉浦さんをはじめとした意欲のあるスタッフのおかげで自分も作品と一緒に成長できた気がします。


─影響を受けた作品は? 


伊藤 原体験は「ゴジラvsビオランテ」(1989)かもしれません。自分は「平成ゴジラ」が大好きで、生まれて最初に観た映画があの作品でした。生頼範義さんのポスタービジュアルがめちゃくちゃ好きで、絵は子どもの時から好きだったんですけど、絵というものに関心を持ったのは生頼さんのポスタービジュアルが最初です。2018年に上野の森美術館で開催された「生賴範義展」にも行きました。


アニメで一番感化されたのは沖浦啓之さんの「人狼 JIN-ROH」(2000)かもしれません。人がマシンガンで撃たれるシーンがあるんですけど、どんなハリウッド映画で観るよりも痛そうなんですよね(笑)。アニメで描かれた絵であんなに痛そうに表現できるってすごいなって。あとは世代的に「新世紀エヴァンゲリオン」(1995~96)ですよね。「エヴァンゲリオン」の延長線上に、今の深夜アニメもあると思います。


─伊藤さんのプロデュース作品でガンアクションといえば、「虐殺器官」(2017)がありますね。 


伊藤 村瀬修功さんの「Ergo Proxy」(2006)が大好きなので、村瀬さんと一緒にお仕事できて楽しかったですね。やっぱりあの世代のクリエイターの方々って、魂のステージが高いというか、もの作りに対して達観したものを持たれているので、「虐殺器官」は自分でも好きな作品です。

「ざらつき」ある作品


─どんな企画を得意とされているのでしょうか?


伊藤 自分のフィルモグラフィーを見返すと男性向けも女性向けも手がけていて、特にテレビシリーズは節操なくやっているなと思います(苦笑)。でも、それが自分のいいところなのかなと思っています。プロデューサーは「こういうジャンルが得意です!」と言えないほうがいいと思うんですよね。作りたい人がいて作りたいものがある時に、それを世に出せるよう考える人が、僕の考えるプロデューサー像なんです。


ただ何も新しいところがない作品とか、引っかかるところがない作品とか、そういうのはやっぱり、お客さんにも共感されないと思うので、男性向けでも女性向けでもコメディでもシリアスでも、どの作品でも必ず何か「クリエイティブのざらついたところ」を作っておきたいなと思っています。ご一緒するクリエイターさんにもそういう尖ったところを求めていて、実際に応えていただいていると思います。


─会議では毎回1本ずつ企画書を提出されるのでしょうか? 「ゴジラ」の田中さんは常に10本以上出し、その中には過去に否決されたものも含まれていたとか。


伊藤 僕も割りと乱発系だと思います。最初にプロデューサーになったバップ(VAP)でも、企画を5~6本は作っていました。思いついたらペラ1にするというのは、習慣にしています(編注:「ペラ」は原稿用紙のこと)。


─伊藤さんの企画書に、ほかのプロデューサーにはないユニークな項目はありますか? 前述の富山さんは、ご自身の著書で「ビオランテ」企画書を公開していますが、部外者が読んでもおもしろい、映像を観てみたいと思わせる内容でした。


伊藤 僕は杉浦さんの「作品の目標」を真似させてもらっています。杉浦さんは「ばらかもん」、「刀剣乱舞 -花丸-」(2016)、「ウマ娘 プリティーダービー」(2018)でご一緒しましたが、構成作家のご出身で、とても魅力的な企画書を書かれるんです。彼はいつも企画書の1ページ目にお客さんにどんなふうに思ってほしいか、「作品の目標」を箇条書きにしていくんです。

「ウマ娘」は集合知の結晶


─オリジナル作品の製作で気をつけていることは?


伊藤 アニメの商売ってテレビシリーズでも映画でも、今は2億円以上かかるじゃないですか。小説や漫画にももちろんお金がかかりますが、映像は桁が違います。だからやっぱり、ひとりの人間の1個や2個のアイデアじゃなくて、全く違う3つの企画を組み合わせて作るぐらいのものを出さないと、そういう投資に見合った期待値の作品にはならないと思います。


たとえば、「ウマ娘 プリティーダービー」(2018)はオリジナルに近い作品です。スクラップアンドビルドというか、会議の場でいくつもいくつもアイデアが出されました。あの作品ではシナリオは杉浦さんのPTAという会社でチーム制を組んでもらいました。ディズニー/ピクサー的なやり方ですね。話数をまたいでも、それぞれの脚本家のアイデアがクロスオーバーしています。いくらかうまくいったという手ごたえがあって、作っていておもしろかったです。ちなみに僕は競馬が好きなので、企画書には「競馬を幸せにする!」と書きました。作品の目標としてはふさわしくないですよね(笑)。


─テーマ曲についてはどうお考えでしょうか? プロデューサーの中には企画が脚本になる前から、曲作りに動く方もいらっしゃるようです。


伊藤 そういうときもありますよね。作品とのシンクロはとても重要だと自分も思います。タイアップのときもバンドやアーティストの方が根本的に持っている作家性を理解して、それと作品の伝えたいことがニアリーな時に初めて、お互いにとっていいものができると思うんです。


「ばらかもん」オープニングテーマであるSUPER BEAVERさんの「らしさ」は、本当にそういう曲でした。歌詞のひとつひとつが作品のテーマと合っていて、バンドにとってもひとつステージが上がる曲になったと思うので、非常に感慨深かったです。また、「ウマ娘 プリティーダービー」の「Make debut!」も、歌詞を見た時に感動しちゃいましたね。「勝利の女神を夢中にさせる」というフレーズがあるんですけど、本当に名馬というのはそう思わせる力があって、言い得て妙だなと思いました。

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