「ハケンアニメ!」──ありえたかもしれない2010年代アニメの夢のかたち【平成後の世界のためのリ・アニメイト 第10回】
平成から令和へと時代が移り変わる中で、注目アニメへの時評を通じて現代の風景を切り取ろうという連載シリーズ「平成後の世界のためのリ・アニメイト」。
今回のテーマは、現在絶賛上映中の実写映画「ハケンアニメ!」。覇権を目指す新人アニメ監督・斎藤瞳(吉岡里帆)と、伝説の天才アニメ監督・王子千晴(中村倫也)の対立を軸に、さまざまなアニメ業界人が熱い思いをぶつけあうアニメ業界もの映画である。
旬の俳優を起用したメジャー路線の職業もの映画としては珍しく、アニメ業界を題材とした本作を、批評家・中川大地が一刀両断する!
映画「ハケンアニメ!」に描かれたアニメ制作の虚実の意味
前回「シン・エヴァンゲリオン」を評して以降、2021年下半期は「機動戦士ガンダム 閃光のハサウェイ」「竜とそばかすの姫」「アイの歌声を聴かせて」など多くの話題作を取り上げ損ねてしまったが、今回は、今年上半期の特撮・アニメの話題作である「シン・ウルトラマン」と「犬王」「機動戦士ガンダム ククルス・ドアンの島」に挟まれる時期の公開で、観た人たちのSNS等での熱心な推薦で健闘しているものの、いまいち話題性に恵まれたとは言い難い実写映画「ハケンアニメ!」について、なんとか上映館がなくならないうちに語っておきたい。
本作は、2012~14年にかけて雑誌連載された辻村深月の同名小説を原作に、アニメ作品で言えば「SHIROBAKO」(2014年)と同様、テレビアニメ制作者の楽屋裏話を「お仕事もの」として描いた邦画だ。片や県庁に勤めていながら一念発起して大手スタジオ「トウケイ動画」に転職し、業界7年目の大抜擢で監督デビューを果たす主人公・斎藤瞳(演:吉岡里帆)の初監督作「サウンドバック 奏の石(以下、サバク)」と、かたや彼女がアニメの道を志すきっかけになった伝説的なカリスマ監督・王子千晴(演:中村倫也)の8年ぶりの復帰作「運命戦線リデルライト(以下、リデル)」とが同クールに激突するさまが描かれるが、それぞれの劇中アニメの制作チームを別々に編成して本職の手でしっかりと作り込んでいる点が、本作の目玉となっている。
いっぽうで、アニメ業界の「お仕事もの」としては、現場に制作進行などの新人として入った主人公たちが監督の意向やスケジュールに翻弄される「SHIROBAKO」とは違い、現場スタッフを使役し作品の舵取りをする側にあたる監督とプロデューサーとの、主に制作の上流工程や広報宣伝をめぐる場面での葛藤を軸にしたドラマが作られている。そして多くの実写による職業ドラマと同様、本作もまた観る者にその業界の「らしさ」を感じさせる一定程度のリアリティと、現実とはかけ離れたドラマチックな虚構性とが織り交ぜられているのだが、アニメ業界をめぐるファンタジーのあり方に、実は令和の現実とは異なる道を歩んだ日本アニメの可能性を見出すことができるのではないかとも感じている。
そんな関心から、「ハケンアニメ!」に刻まれた、ありえたかもしれない平成後のアニメの発展の道筋について考えてみたい。
まず、アニメをめぐる実情とかけ離れた本作のファンタジックな部分への「突っ込みどころ」からあげていけば、タイトルに掲げられる「ハケン」が競われるのが、「50本以上もの新作」がしのぎを削るとされるテレビアニメの現在の主戦場である深夜帯ではなく、キー局の「伝統の枠」とされる土曜夕方5時枠とされているという点だ。しかも2局が社運を賭けて同時間帯でライバルシップをもって視聴率争いを繰り広げるというような状況は、少なくとも今世紀に入ってからの国産テレビアニメをめぐる環境としてはおよそ考えづらい。要するに、料理や囲碁・将棋などの伝統競技、野球・サッカー以外の非メジャースポーツが国民的注目を集めるような一大事として描かれる、荒唐無稽なジャンル対決ものマンガと同程度のリアリティレベルの世界観で構築されているわけである。
この点は、原作小説では、土曜5時に放送されるのは「サバク」だけであり、「リデル」の放送枠は深夜帯というように、もうすこし現実寄りの設定がされている。なので、土5枠での表裏の視聴率対決というのは、あくまで映画化にあたってドラマツルギーをわかりやすくするための改変なのだが、その結果として、そこには連載された原作小説連載当時の2010年代前半あたりにあったテレビアニメへの期待感が、より純化して凍結保存されているように見えなくもないところがある。
劇中アニメ「リデルライト」に託された「魔法少女」史の文脈
そのことは、主に2作の劇中アニメの企画性をトレースすることで感得することができる。
まず、先達にあたる王子千晴と「リデル」のほうから見ていこう。原作小説の謝辞にも名前があげられているように、ピーキーな作家性をもったイケメンのカリスマ監督として描かれる王子のベースモデルになっているのは、明らかに幾原邦彦監督である。劇中で王子の名を一躍有名にしたデビュー作となったのが、「美少女戦士セーラームーン」(1992年)風のキービジュアルで描かれている魔法少女アニメ「光のヨスガ」であり、従来の女児向けアニメの予定調和を打ち破るシビアな人間ドラマや耽美な芸術性で大人たちをも魅了した伝説の作品として語られている。この立ち位置に相当する現実の作品は、「セーラームーン」の演出で名を上げた幾原の出世作「少女革命ウテナ」(1997年)をおいてほかにないだろう。
この「ヨスガ」がもたらしたインパクトが、主人公の瞳のみならず、すでにアニメ業界で制作進行としてキャリアを積んでいた有科香屋子(演:尾野真千子)の心にも深く突き刺さり、歳月を経てプロデューサーとなった彼女が、「ヨスガ」以来は諸々の事情で監督作に恵まれなかった王子の満を持しての復帰作として企画したのが「リデル」である。王子はトウケイ動画(もちろん、東映動画がモデルだ)での「ヨスガ」監督当時、最終回で最後の戦いを終えた主人公たちが死んで終わるシビアな展開を企図していたのだが、穏当なマーチャンダイジングを重んじる当時の制作環境がそれを許さず、本来やりたかった物語を貫徹できなかったという無念を抱えていた。そのことを知る香屋子が、今度こそ王子に魔法少女たちを最後に殺すという本懐を遂げさせるため、テレビ局や現場との板挟み役になりながらプロデューサーとして彼の作家性を守り通そうとする奮闘が、「リデル」サイドのドラマの要諦になっている。
こうした、ダークな展開をアーティスティックに追求しようという現実の魔法少女アニメのモデルと言えば、もはや「魔法少女まどか☆マギカ」(2011年)しか考えられない。実際、東映で「プリキュア」シリーズを手がけた大塚隆史が監督・コンテ・演出を務め、「まどマギ」にキャラデザや作監協力として参加した岸田隆宏がキャラクター原案を担当している「リデル」の劇中アニメのルックは、明らかに「まどマギ」を制作したシャフト調のグラフィカルなアートワークを志向している。
加えて、作中の魔法少女たちが「リデルライト」というバイクを駆って年に1度のレースで競うという儀式的なバトルの設定は、劇場版「少女革命ウテナ アドゥレセンス黙示録」(1999年)のラストでウテナたちがバイクに変身するシーンからの脈絡を想起させるものだ。
このようにして「リデル」には、幾原邦彦+『まどマギ』のイメージを重ね合わせることで、日本アニメの特異的なジェンダー表現である「魔法少女もの」の発展史を凝縮しようというコンセプトが託されているわけである。
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