富野由悠季のアクション演出――「OVERMAN キングゲイナー」に見る単純さと複雑さのバランス【懐かしアニメ回顧録第92回】
富野由悠季監督の最新作、劇場版『Gのレコンギスタ』の最終2本「IV 激闘に叫ぶ愛」「V 死線を越えて」が連続公開される。その富野監督の20年前の作品が「OVERMAN キングゲイナー」(2002年)だ。全26話のテレビシリーズではあるが、今回は第1話「ゲインとゲイナー」に焦点をあてて、ロボットアクションの演出を検証してみたい。絵コンテは、もちろん富野監督本人(斧谷稔名義)である。
第1話は、人々が暮らすドームポリスという巨大都市が丸ごと移動する“エクソダス”という大きな状況がベースにある。主人公ゲイナーはゲーム好きの弱気な少年だが、なぜかエクソダスに関わっている容疑をかけられて、シベリア鉄道警備隊(通称:シベ鉄)に投獄される。ゲイナーがエクソダス請負人である謎の男、ゲインと出会ったことから小さなアクションが動きはじめる。
話をややこしくしているのは、ゲイナーとゲインがシベ鉄から逃れる単純な図式だけでなく、エクソダスを阻止したいシベ鉄と、ガウリ隊というドームポリスの自警団が(ゲイナーとは無関係に)敵対しているためだろう。この混沌とした状況の中で1本だけはっきりと筋が通っているのは、「主人公ロボットが敵ロボットの攻撃に対抗し、苦闘のすえに倒す」伝統的なロボットアニメの構図である。
ゲイナーがキングゲイナーに乗り込むまでに、カメラはPANを3度も繰り返す
シベ鉄の牢獄から抜け出したゲイナーは、ゲインに導かれるまま貴族の洋館に潜入する。その屋敷の中に、美術品として収蔵されていたのが主人公ロボット(オーバーマンと分類される)、キングゲイナーだ。このシーンの冒頭、キングゲイナーのほかにも、緑色のロボット(オーバーマン)が展示されていることを覚えておいてほしい。
ゲインの手引きでキングゲイナーに近づき、ゲイナーはなりゆきのままキングゲイナーに乗り込むことになる。ここで注目したいのが、カメラワークである。
(1)ゲインは、キングゲイナーの座っている台座をいじっている。横に立ったゲイナーが「これ、見たことありませんね」と見上げると、その視線を追うようにしてカメラはPAN-UPしてキングゲイナーの脛、胸、頭をあおりでとらえる。
(2)台座の上に飛び乗ったゲイナーは、足の間からキングゲイナーを見上げる。やはり彼の視線を追うようにカメラがPAN-UPして、真正面からキングゲイナーの頭部まであおりで撮る。ゲイナーはキングゲイナーの脇腹にあるスイッチをいじって、胸のコクピットカバーが大きく開く。
(3) (1)に近い構図で、今度はPAN-DOWNして露出したコクピットの前に立つゲイナーと、キングゲイナーに近づこうとするゲインをとらえる。
(1)と(2)でPAN-UPを2度繰り返すことによって、ゲイナーの小ささとキングゲイナーの大きさを対比している。(3)ではPAN-DOWNしているが、キングゲイナーをあおりでとらえた構図であることは変わりなく、主人公ロボットのずっしり重たい存在感が強く伝わってくる。
さて、コクピットに乗り込んでキングゲイナーを始動させたゲイナーだが、シベ鉄のロボット(ドゴッゾ)が館の外から銃撃してくる。キングゲイナーの大きな手が生身のゲインを包むように守るが、銃弾がゲインのコートをかすめ、危機感が高まる。
銃撃で穴のあいた壁を崩し、ドゴッゾが建物の中に入ってくる。このカットで、ドゴッゾは穴をくぐるように背をかがめて、屋敷の中に入ってから上体を起こす。その動きに合わせて、カメラもPAN-UPする。すると、画面を押しつぶすような威圧感が出るのだ。
ドゴッゾは、さらに屋敷内を侵攻してくる。その足元をとらえたカットで、シーンの冒頭で展示してあった緑色のオーバーマンを手で払いのける。カメラは再びPAN-UPして、まばゆいサーチライトを点灯させたドゴッゾの頭部をとらえる。
次のカットはキングゲイナーのコクピットに座るゲイナーの反応をアップでとらえるが、彼の姿には入射光(画面外からの光)が当たっている。物理的にはドゴッゾのサーチライトがキングゲイナーのコクピット内にまで届いていることになるが、カットの効果としてはゲイナーの大きな驚き、身に迫った危機感を鋭い入射光が表現している。緑色のオーバーマンがあっさりなぎ払われたことで、「同じオーバーマンであるキングゲイナーも倒されるのではないか」という不安感が、視聴者に伝わる。
ここまでは、いわば演出の「原理原則」だ。PAN-UPを繰り返すことで主役ロボットの存在感、敵ロボットの脅威を端的に示し、敵味方のシンプルな対立図式を組み立てている。……だが、ここから先がひと筋縄ではいかない。
「フォトン・マット・セットだ」「そうなんだ」……このズレたやりとりが富野っぽい!
ドゴッゾが機銃を装備していることは、これまでのシーンでわかっている。いっぽう、キングゲイナーには武器がないばかりか、腕にゲインを抱えたままなので、屋敷から脱出することも難しそうだ。結果から言うと、キングゲイナーは「飛ぶ」という特殊な機能を使って、窮地を脱する。そこに至るやりとりを拾ってみよう。
ゲイン「(キングゲイナーにしがみついたまま)フライングをかけろ」
キングゲイナー、手で壁を突き破ってしまう。
ゲイン「手は何ともないのか?」
ゲイナー「はい。飛んでどうするんです?」
敵「外へあぶり出すぞ。オーバーマンを」
ゲイン「左右を挟まれている……。フォトン・マット・セットだ」
ゲイナー「そうなんだ。オン」
ゲイン「それで飛びゃあいい」
キングゲイナーはドゴッゾの攻撃をかわし、頭部から発生させた光のリングを使って天井に穴をあけ、建物の外へ逃れる。その光の輪が、フォトン・マット・セットの機能なのだろう。しかし、「飛べ」「はい」と言った単純なやりとりではない。
ゲインの「フライングをかけろ」に対するゲイナーの返事はない。なのに、ゲインは「手は何ともないのか?」などと、「フライング」とは関係のない、状況に即した思いつきの質問をしている。手に関するやりとりが終わって、ゲイナーの「飛んでどうするんです?」で、話題は再び「飛ぶ」ことに戻る。しかし、ゲインは「飛んでどうするんです?」に答えることなく、「左右を挟まれている」という状況説明のひとり言と「フォトン・マット・セットだ」という聞きなれない固有名詞しか口にしない。ゲイナーの「そうなんだ」も、「飛んでどうするんです?」という問いかけとは微妙に繋がらない。「そうか」でも「そうですね」でもなく、「そうなんだ」……何かしら、段取りが略されている。少し着地点のずれたやりとりだ。
だが、スムーズに会話がやりとりされないからこそ、ゲイナーとゲインの置かれた立場の違い、2人の知識と経験の差、戦いの真っただ中に投げ出された混乱が浮かび上がってくるのではないだろうか?
第1話を最後まで飽きずに見られるのは、キングゲイナーがドゴッゾに反撃して倒す単純図式のあるおかげだ。その図式に調和しないズレた会話が闖入することによって、単純なロボットアクションが予想不可能な面白みをまといはじめる。わかりづらさと紙一重ではあるが、このズレ加減……単純図式に収まるまいとあがく会話こそが、富野アニメを見る最大の喜びであるような気がしている。「G-レコ」最新作を見て、読者の皆さんはどんな感想を持つのだろう?
(文/廣田恵介)
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