ストイックすぎてハイブローな異色作? 劇場アニメ「夏へのトンネル、さよならの出口」で田口智久監督が試みたこと【アニメ業界ウォッチング第92回】
高校生の男女を主人公にした、不思議なひと夏のラブストーリー……と聞いたら、よくある青春アニメを連想するかもしれないが、「夏へのトンネル、さよならの出口」は、おそろしく精緻で、繊細で、しっかりと芯の通った映画である。過去の事故で人生に希望を失った男子高校生の塔野カオルは、同じように欠落を抱えた女子転校生・花城あんずと知り合う。2人はたまたま、「失ったものを取り戻すことができる」と噂される“ウラシマトンネル”を発見する。 とりたてて仲がいいわけでもないカオルとあんずは、それぞれ欲しいものを手に入れるために協力しあい、2人だけでウラシマトンネルを探索するのだが、同時に予想もしなかった事態に直面してしまう……。
「時をかける少女」「転校生」といった80年代の大林宣彦映画にも通じる、しっとりと切ない情感のフィルムに仕上がっている。「双星の陰陽師」(2016年)、「アクダマドライブ」(2020年)などのエンタメ作品で経験を積んできた田口智久監督は、まったく新しいジャンルを開拓するため、慎重かつ大胆な演出に挑んだようだ。
ストイックにエピソードを絞り込んだ結果、「ダレ場のない映画」になった
──非常に手堅くつくられたアニメだと思うのですが、つくる側としては大変でしたか?
田口 ……大変でしたね(笑)。日常芝居を真面目にアニメーションで描くと、こんなにもしんどいのかと思い知りました。この芝居のクオリティで1クール12話つくることは、とても無理です。今こうして普通に座っているときでも、人間は無意識にリラックスして、片方に体重をかけています。ところが、絵で描くとキチッと行儀よく座ってしまう。「いやいや、普段はそんな風には座ってないよね?」とスタッフに話しても、不思議と直らないんです。これだったら、ビームがいっぱい出て、爆発がいっぱい起きて、ずっと殴り合っているアクション物のほうが楽じゃないか……という気がしてしまって。
──今回の「夏へのトンネル、さよならの出口」(以後、「夏トン」)は、そういう派手なアニメとはまったく正反対のムードですね。
田口 決してバカにしているわけではないのですが、髪の毛をぶんぶん振りながら、スカートをふりふり揺らすようなコケティッシュな女の子の出てくる作品ではありません。人間の何気ない動きは普段から誰もが目にしていますから、ちょっとでも違和感があると「これは嘘だよね」と白けてしまうわけです。そういう意味では「夏トン」をつくる過程は、いばらの道でした。結果として、ストイックな雰囲気のアニメにまとまりましたが、それは原作があったからできたことです。オリジナル企画で、ここまでビターで静かな雰囲気のアニメは絶対につくれなかったと思います。
──原作は、八目迷(はちもくめい)さんによる同名小説(小学館「ガガガ文庫」刊)ですが、どんな印象を抱きましたか?
田口 プロデューサーからは「ライトノベルだよ」と手渡されたのですが、ラノベと意識することなく一般小説として読めたので、これなら1本の劇場アニメとしてちゃんと成立するだろうと思いました。挿絵のくっかさんの絵柄も、きらびやかではなく原作の落ち着いたテイストに合っていました。この絵柄でアニメ化すれば、自分の描きたい世界観に溶け込んでくれるだろうと感じました。
──原作を読むと、意外とにぎやかに感じました。アニメでは、シックな落ち着きのある雰囲気になっていますが……。
田口 それは単純に、尺の都合が作用しています。なるべく短くまとめるという目標があったので、モノローグをやめました。主人公のカオルは原作では、外見と内面にギャップのあるキャラクターとして描かれていますが、映画では彼の外部で起きていることをドキュメンタリックに追うことにして、人間関係もカオルとあんずの2人だけに絞りました。あれもこれもと要素を入れなかったおかげで、集中力の途切れない寄り道のない映画になったのでしょうね。プロデューサーからは「ダレ場がないのがいい」と言ってもらえました。
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