【映画レビュー】映画「THE FIRST SLAM DUNK」で井上雄彦が描いたものは何だったのか?

「映画を観に行くなら、コラムを書きません?」とお願いされ、観た直後にPC前にいるのだが、そもそも自分は映画に期待をしていたし、井上雄彦を崇拝しているので、望まれているものが書けるのかはわからない。ただ、とにかく生きていてよかったと思える作品だった。

フィルムは文句なし! 唯一の不満は……

試合の臨場感、青春、バスケットボール。原作があるから内容・結果は知っているのに興奮し、手に汗握る。この世に結果を知っているのに手に汗握るなんてことがあるとは思わなかった。アニメーションというのはすごい!と思わざるを得ない。純度100%の井上雄彦のフィルム。スタッフが彼の才能に惚れ込んで、すべてを捧げて作ったに違いない。それほどのものだった。

同時に、やはり「SLAM DUNK」の続きは見られないのかもしれないとも思った。漫画でもアニメでも続きを見たいが、あまりに熱量のこもったフィルムに、作者からの「ありがとう」とも受け取れてしまった。

いや、だからこそ圧倒的な興行収入で続編を!と願うのだが、これだけのものを作るのに、いったいどれだけの時間と手間とお金がかかるのか……。でも安西先生から「諦めたら試合終了」と教えられているので、そこは信じて待ちたい。ここで終わらせるのは正直もったいない。

 

今回の映画にはひとつだけ不満点があった。内容ではなく宣伝にである。

公開前の情報があまりに少なく、声優交代がなぜか炎上してしまった。あらかじめオフィシャルサイトのインタビューで変わることは匂わせていたのに、思った以上にそれが浸透していなかったようである。そこからSNSで不満が続出し、ネガティブな意見が並ぶようになった。新たなインタビューが上がっても、根も葉もない事実が独り歩きしてしまう。

そのうちのひとつがフルCGとかだろうか(試合以外は2D)。別にフルCGではないし、試合中でもアップ部分は作画もあるので、表情は豊か。

そういうネガティブな意見への対処をしたところで、さらに炎上するかもしれないので、あえて対処をしなかったのだろうが、井上監督のコメントくらい載せてくれればよかったのに……。それ以上に、長いPVを出してくれたら、作品の意図がもっとダイレクトに伝わっただろう。

やはり「スラムダンク」ファンからすると、そういうネガティブの意見を見るのは辛いし、さすがにちょっと萎えた。自分の好きな作品の悪口はできれば見たくないものだ。そこにがんばって対処してくれなかったことに対しては、やはり少し不満が残る。新キャスト含め、作っている人たちも辛かっただろう。殴られたまま、公開まで我慢しなければならなかったのだから。何か手はなかったのか……そこだけはいまだに悶々としている。

いや、だが製作サイドは面白いと確信を持てているから、もしかしたら安心していたかもしれない。となると、信じて待っていたファンのひとりとして、ライターである私が不満を書いたことは許してほしい。

限界まで追い込んで生み出されたバスケ描写

映画「THE FIRST SLAM DUNK」のどこがよかったのか、ネタバレを極力せずに書かなくてはいけないだろう。事前に予測できる範囲で言うと、宮城リョータが主人公で、内容は湘北対山王なのだが、間違いなく原作ファンのための作品であり、もうひとつの新しい「SLAM DUNK」だった。

まず素晴らしかったのは、井上雄彦の絵が動いているということだ。というよりは、井上雄彦が生み出したキャラクターが生きている。躍動している。そしてバスケットボールをしている。

 

すでに予告での映像を見てわかってはいたが、映画が始まってすぐにバスケの表現に鳥肌が立った。人と人とがぶつかる衝撃、そしてドリブルのリアルさ。筋肉の動きのリアルさ。CGの技術はここまで来ているのかと驚かされた。これは作画ではできそうにない。白状すると私はTVアニメの「SLAM DUNK」をあまり見ていない。原作の漫画ファンで、漫画がリアルにバスケを描いていたのに比べ、当時の環境や状況的に仕方がないのかもしれないが、アニメは「バスケットボール」ではなかった。だから雑談で、一番リメイクしてほしい作品の話になると、「SLAM DUNK」と言っていたほどだ。今の技術ならバスケをアニメで表現できると思ったから。

だが、さすがにここまで追い込んでアニメを作るとは思わなかった。バスケの表現では、明らかにこれまで観たことがない体験ができるだろう。本当の試合の臨場感、スピード感の中に原作のセリフを入れ込むとこんな感じになるんだ!と思うはずだ。そしていかに素人・桜木花道の存在が特殊で異様であるか。ポジショニングもメチャクチャだし、試合の中であんなことをしていたら笑ってしまう。実際、劇場でもかなり大きな笑い声が何度も湧き上がっていた。

漫画の「SLAM DUNK」を描いていたのは、井上雄彦が23歳から29歳までの6年間だったそうだ。それであの熱量のある漫画を描いていたのかと驚くのだが、今回の映画は、そこからさまざまな漫画を描き、人生経験を重ねてきた井上雄彦が得たものも含まれている。だからあの頃の「SLAM DUNK」ではない。なので、ひとつだけ言えるのは、以前の「SLAM DUNK」そのままを見たい人は、観に行かなくてもいいかもしれない。

個人的に、自分は今でも原作をそのままアニメにしてもつまらないと思っているタイプで、アニメという文法に落とし込む際に、カットしたり入れ替えたりすることは当たり前なので何の抵抗もなかったりするのだが、「SLAM DUNK」に関しては20年以上前の作品なので変わるのは当然。作者だって更新したい部分はあるだろう。

むしろ新しい「SLAM DUNK」が観たかったので、主役変更は面白い試みだったし、原作にない沢北のエピソードは、原作者でなければできないことだと思うので、正直震えた。

新キャスト。左より三宅健太さん、神尾普一郎さん、仲村宗悟さん、笠間淳さん、木村昴さん

声優交代については、アニメに思い入れのある人の気持ちは申し訳ないが理解できないかもしれない。そもそもアニメは絵がまずあるものなので、それに声で合っていればいいと思っている。映画になって絵も演出も変わるのだから、声優も新しくするのは当然だろうというくらいだった(なので炎上は驚いたのだが……)。少なくとも、今回のアニメの顔や動きにはピッタリの声だったのでそこは安心していいと思っている。本当にナチュラルで、そこに湘北と山王の選手がいた。

そして、この映画「THE FIRST SLAM DUNK」が、私のような連載当初から追いかけているファンだけに向けて作った作品ではないことが本当に嬉しかった。私の中で、キャラクターたちはまだ瑞々しく生きている。それを今のアニメ好き、漫画好き、バスケ好きの人にも観てもらいたい。まだまだ「SLAM DUNK」って新しいだろ! 面白いだろ!って言いたい。リーゼントとかヤンキーとか、もう、あまり聞かないかもしれないけれど……。でも、スラムダンクは人生そのものだから。

今、NBAだけでなく、NCAAのディビジョンⅠで頑張っている選手が何人もいる。その中には「スラムダンク奨学金」で夢へのチャンスをつかんでいる選手もいるのだ。そんな世界になった。あの頃から確実に世界は変わったし、「SLAM DUNK」が変えたのだ。そんなラスト、ぜひ見届けてほしい。


(文/塚越淳一)

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