【追悼コラム】水木一郎と渡辺宙明──アニメソングの明日を切り拓いた男たち 【不破了三の「アニメノオト」Vol.13】
2022年の暮れも押し迫った12月12日に届いた悲報に、誰もが驚かされたはずです。アニキの愛称で親しまれたアニメソングの帝王、水木一郎さんが12月6日に亡くなったことが報道されたのです。
水木さんは2021年4月に声帯不全麻痺を発表。その検査・治療の過程で脳転移、リンパ節転移をともなう肺がんが見つかったことを今年7月26日に公表していました。「この病と向き合いながら、生涯現役を目標に活動を続けたい。」とコメントし、がんに立ち向かう強い意志を表明していた水木さん。秋口からは車いすでの活動になるなど病状が厳しくなるなか、それでもテレビ収録を続け、ステージに立つことをけっして諦めませんでした。その姿に大きく心動かされた方も多いと思います。
7月のがん公表に際し、水木さんに「生涯現役」という言葉を強く意識させたと思われるのが、その1か月前の6月23日に96歳で世を去った作曲家・渡辺宙明さんの姿だったのではないでしょうか。水木さんの代表曲「マジンガーZ」(1972)の作曲者として、50年に及ぶ関係を築いてきた「恩師」との別れに際し、水木さんは以下のようにコメントしていました。
「マジンガーZをはじめ、先生の歌は時代を越え、国境を越え、世界中のファンに愛されています。先生に出会わなかったら、今の僕はありません。生涯現役を貫いた先生。今まで本当にありがとうございました。心よりご冥福をお祈りいたします」
渡辺さんの生き方、その生涯の締めくくり方は、水木さんにとっても大きな模範となったはずです。
水木一郎さんと渡辺宙明さんとの出会いは、1972年7月放送開始の特撮ドラマ「人造人間キカイダー」にさかのぼります。
物語の大詰めに登場するキャラクター「ハカイダー」。そのテーマとなる挿入歌「ハカイダーの歌」「三郎のテーマ」の2曲で渡辺さんが作編曲を、水木さんがボーカルを担当しています。日本の特撮番組におけるダークヒーローの草分けとなり、後に単独で劇場用映画が撮られるほどの人気キャラクターとなったハカイダーの音楽イメージを共に作り上げる……。それが2人の出会いの場となりました。
参考動画「マジンガーZ INFINITYバージョン」
同じ年の12月には「マジンガーZ」の放送がスタートします。「マジンガーZ」の主題歌をめぐっては、当初予定されていた曲がボツになり、あの有名なオープニング主題歌「マジンガーZ」は、渡辺さんがわずか3日間で完成させた代替主題歌だったという有名なエピソードがあります。「ゼーット!」の雄たけびと、指先で奏でる「Z」の文字のポーズという水木さんのトレードマークを生み出し、世界にアニソンの力をとどろかせるほどの代表曲になったこの歌が、とんでもない突貫工事でできあがったものだったというのも、渡辺さんと水木さんとの運命的な「縁」を感じさせます。
そしてボツとなった曲も、マジンガーZの出動シーンで毎回流れる挿入歌「Zのテーマ」として生かされ、「人の命は尽きるとも 不滅の力 マジンガーZ」という若干大人びた意味深長な歌詞とともに、当時の子どもたちに強い印象を残しました。
日本のアニメや特撮、特にヒーロー・ロボット作品の音楽で聴かれる特徴的な音楽スタイル。そのブレイクスルーの起点になったのは、渡辺さんの筆による「人造人間キカイダー」と「マジンガーZ」なのではないか……。アキバ総研に筆者が寄稿した渡辺宙明さんの追悼記事、【不破了三の「アニメノオト」Vol.12】人の命はつきるとも~不滅の“宙明サウンド”の集大成「渡辺宙明卒寿記念 CHUMEI 90 SONGS」でも、そういう話をしました。
そう考えると、水木さんはアニメソングに革新を起こす両作品の現場に、渡辺さんの重要なパートナーとして同席していたことになるわけです。その後も2人のパートナーシップは続き、「イナズマン」(1973)、「グレートマジンガー」(1974)、 「イナズマンF」(1974)、「鋼鉄ジーグ」(1975)、 「アクマイザー3」(1975)、「マグネロボ ガ・キーン」(1976)、「大鉄人17」(1977)、「野球狂の詩」(1977)、「合身戦隊メカンダーロボ」(1977)、「バトルフィーバーJ」(1979)など(挿入歌を含む)、「テレビまんがの歌」が「アニメソング」として世の中に認知されていく下地をともに築き上げていきます。
70年代の2人の仕事が、現在まで続く、長く遠いアニメソングの明日を切り拓く原動力になったことに、疑いはありません。
しかし80年代に入ると、新たなレコード会社の参入、新たなアニソン歌手の登場、J-POPアーティストやアイドルとのタイアップなど、さまざまな面でアニメソングの世界も変化の時を迎え、上記のような数多くの宙明アニソンを生み出し、水木さんも所属していたレコード会社、日本コロムビアも、70年代のような「アニメソング界の絶対王者」ではいられない、群雄割拠の時代が訪れます。水木さんも30代後半を迎えたこの時期は、じょじょに番組主題歌を担当することも減り、ひとり思い悩む日々が続いていたと後に語っています。
それは渡辺さんも同じで、新たな世代の作曲家・編曲家が台頭し始め、主題歌・挿入歌・劇伴音楽をフルセットで受注することが少なくなっていきます。音楽事務所にも所属せず、マネージャーもいなかった渡辺さんは、60歳にも届く大ベテランとなっても、みずからレコード会社に営業をかけていた時期があったと告白しています。アニメソングの歴史を体現するようなお2人であっても、その音楽人生は常に順風満帆だったわけではなく、じっと耐え忍ぶような時期もあったということになるでしょう。
1990年代末、その2人に転機をもたらしたのが、ゲーム「スーパーロボット大戦」シリーズによるスパロボブームの到来です。「マジンガーZ」を始めとする過去のロボットアニメやヒーロー作品がゲームに登場したことで、渡辺さんや水木さんの音楽が注目され、旧作の再評価だけでなく、「スーパーロボット大戦F」(1997)イメージソング「熱き血が勇気に」「マジンカイザー」を皮切りに、「スーパーロボットスピリッツ」(1998)CMソング「鋼の魂」、「スーパーヒーロー作戦」(1999)主題歌「スーパーヒーロー作戦!」「輝け!!スーパーヒーロー」など、「作曲:渡辺宙明 歌:水木一郎」の文字が刻まれた新曲が続々誕生する展開に至ります。
この気運の盛り上がりは、LIVEイベント「ROBONATION SUPER LIVE」~「スーパーロボット魂」を経て、戦隊、アニソン、ヒーローなどに派生した「ANIME JAPAN FES」シリーズなどに受け継がれ、現在も連綿と続いています。
また、この好機をつかんだ水木さんは、「21世紀へ古き良きアニソン魂を残したい」と呼びかけ、アニメソング歌手グループ「JAM Project」の結成につなげ、2000年代以降にアニメソング界を再編する役割も果たします。
70~80年代の昭和のアニメソングが、なぜ今なお、平成世代にも愛聴されているのか……。90年代末に起きた、この「スパロボ・ムーブメント」というバトン継承こそ、そのトリガーになっているのではないでしょうか。その立役者を務めたのも、渡辺宙明さんと水木一郎さんだったということになります。2人がアニメソングの明日を切り拓いたのは、黄金時代の70年代だけの話ではないのです。
その後も、「作曲:渡辺宙明 歌:水木一郎」の刻印を持つ歌は生まれ続け、「神魂合体ゴーダンナー!!」(2003・2004)、「獣拳戦隊ゲキレンジャー」(2007)、「海賊戦隊ゴーカイジャー」(2011)等の主題歌・挿入歌はもちろん、文化放送「東映公認 鈴村健一・神谷浩史の仮面ラジレンジャー」主題歌「緊急発信!ラジレンジャー」(2013)、NHKラジオ「アニソンアカデミー」校歌(2017)など、渡辺さんをレジェンドと慕い、水木さんをアニキと慕う若い世代のクリエイターからのリスペクトで実現するコラボも多く生まれています。
また、青森県弘前市の弘前城テーマソング「超城合体タメノブーンV」(2016)など、アニメソングという枠を超えた広がりを見せる例も現れ、なかでも東日本大震災を機に東北6県のヒーローが集結したという「東北合神ミライガー」(2012)では、被災地の子ども達にエールを送るために渡辺さんがメロディを書き、そこに水木さんの魂のこもったボーカルが乗るテーマソングが誕生。その心ゆさぶる熱唱には多くの人が涙しました。
11月23日の長野県小諸市での堀江美都子さん、影山ヒロノブさんとの「アニソンBIG3スーパーライブ2022」を経て、11月27日の「水木一郎・堀江美都子 ふたりのアニソン#19」(東京・よみうり大手町ホール)が水木さんにとっての最後のステージとなりました。
本来なら12月2日の「渡辺宙明追悼コンサート」(東京・NHKホール)にも出演が予定されていたのですが、残念ながら、それはかないませんでした。このコンサート、当初は出演者一覧の中に水木さんの名はなく、「やはり水木さんの出演は難しいのか…」と思っていたところ、10月末に追加出演者として告知される展開となり、誰もがその不屈の魂に心から敬服していたところでした。
しかし、当日のNHKホールのステージにその姿はなく、音楽監督・指揮を務めた作曲家の渡辺俊幸さん(渡辺宙明さんのご子息)の口から、ドクターストップで出演がかなわなかったことが告げられました。水木さん本人は強く出演の意志を示していたのですが……という説明に、観客の誰もが「生涯現役」の魂を確かに受け取り、水木さんのために祈りました。そのわずか4日後に、水木さんは天に召されていたことになります。
ほかならぬ渡辺宙明先生の追悼コンサートを最後のステージにすることができず、さぞ無念だったことだろう……と思う向きもあるでしょう。しかし、おそらく水木さんは「これを最後に」とは考えず、その次のステージをも見据えていたはずです。水木さんが目指した「生涯現役」とは、そういうことなのだと筆者は思います。記念すべき「マジンガーZ 誕生50周年」の年に、しかも、渡辺さんを見送ってからわずか半年にも満たないうちに水木さんまで世を去ってしまうとは……と、私たちはただただ無念に思ってしまいます。しかし水木さんにとっては、渡辺さんを見送った後だったからこそ「生涯現役」の意志を固めることができ、みずから定めた人生の締めくくり方を全うするために命を燃やし尽くした、充実した半年間だったのではないでしょうか。
「人の命は尽きるとも 不滅の力 マジンガーZ」……水木さんと渡辺さんの共同作業で生まれ、一度は不遇に見舞われながらも、より大きな存在感を得て私たちの心に残り続ける名曲「Zのテーマ」の歌い出しの一説が、本当に胸に沁みる年の瀬となってしまいました。渡辺宙明さんも水木一郎さんも天に召され、新しい作品を聴くことはできなくなりましたが、遺された歌を末永く聴き継ぎ、語り継ぎ、歌い継ぐことこそ、お2人から多くのものを受け取った私たちにできること、私たちにしかできないことなのだと思います。
(文:不破了三)
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