【アニメ「もういっぽん!」放送終了記念】アニメーションプロデューサー大松裕インタビュー前編──若手クリエイターたちは柔道アニメという難関にいかに挑んだか

2023年1月〜3月に放送され、青春女子柔道作品として人気を博したTVアニメ「もういっぽん!」。

原作は、村岡ユウ先生による同名漫画(秋田書店「週刊少年チャンピオン」連載。2023年4月からは無料まんがサイト「マンガクロス」にて連載中)。柔道経験者である村岡先生が描く柔道シーンは秀逸で、試合の熱さやワクワク巻、青春の尊さを描いたストーリーも魅力だ。

今回のアニメでは、監督に荻原健さん、シリーズ構成に皐月彩さん、キャラクターデザインに武川愛里さんを迎え、原作のよさを生かしつつアニメとしての魅力もプラスされたことで、視聴者からの評判は回を重ねるにつれて上がっていった。

そんな本作はどのように作られたのか。アキバ総研では、本作のアニメーションプロデューサーであるBAKKEN RECORDの大松裕さんに、制作に至った経緯からスタッフィングやキャスティングのこと、アニメ化する際に大事にしたことなど、TVアニメ「もういっぽん!」を成功に導いた秘訣、さらにはBAKKEN RECORDのコンセプトや目指す方向性についてもお聞きした。


柔道作品は、想像していたよりも10倍も20倍も大変

――TVアニメ「もういっぽん!」の評判は自分の周りでもとてもよかったのですが、製作サイドに反響は届いていましたか?

大松 直接はないですけど、SNSとかを見てご支持いただけたのかなと実感しています。原作から素晴らしい作品ですので、たくさんの方に引き続き楽しんでいただけたら、作り手としては嬉しく思います。

――ありがとうございます。では、本題に入る前にお聞きします。基本的なお話なのですが、アニメーションプロデューサーとは具体的にどんなことをする役職なのでしょうか?

大松 組織によっても考え方は違うと思いますが、アニメーションプロデューサーは現場を取り仕切るリーダー、監督と並ぶリーダーみたいなイメージです。具体的な役割としては、スケジューリングやスタッフィングをして、予算の管理をして……といった感じに、アニメ全体のフロントラインを取り仕切っています。

――本作の製作に至る経緯を教えていただけますでしょうか?

大松 弊社の制作担当で取締役である押田(聖弘)が、当時ポニーキャニオンに所属していた方と大学の同級生でして、挨拶に行ったときに原作を紹介されたのが始まりですね。確か2019年の終わり頃だったと思います。

――そこで原作を読んだ時の印象はいかがでしたか? 柔道という題材は珍しいですし、立場的にいろいろ考えたのではないかと思いますが。

大松 立場上、お話をいただいたりいろいろな漫画を読んだりしますけど、フィーリングが合うかどうかが大事だと思っています。「もういっぽん!」に関しては、柔道か柔道じゃないか以前に、雰囲気として乗れると感じました。

そのあとに、アニメーションプロデューサーがなにを考えるかというと、語弊を恐れずに言えば「いかに楽をして作れるか」なんですよ。というか、考えなきゃいけないんです。アニメの制作は全ての作品においてしんどい思いをするのが火を見るより明らかなので、しんどいことをしようと思ってしんどいことをしたらミスも起きるし現場も崩壊してしまう。だから、手を抜くわけではなく、いかに楽をしてよいものを作るか、言い換えればいかにコストパフォーマンスよく作れるかを、立場として考えなきゃいけないんですね。それを考えたとき、柔道は室内競技だし、ひとつ競技場(道場)を作ればレイアウトは心配しなくていいなと思ったんです。

――注力するところと簡略化するところを明確にするということですね。そういう意味で柔道はやりやすいと感じたと。

大松 そうですね。ただ、それが大いなる勘違いであると、あとで気がつくのですが……。僕は過去に野球アニメの制作を担当したことがあって、野球場を作ってあとは棒人間を置いてレイアウトしたら意外とうまく行ったんです。なので、その延長でやればいいと思ったんですけど、アニメを見ておわかりの通り、会場にはいろんな人がいたじゃないですか。観客もいれば関係者もいて。それをバカ正直にやったら、当初の目論見よりも感覚的には20倍ぐらい大変でした。あくまで、レイアウトの問題だけで、です。

柔道に関しても舐めていたわけではないですが、村岡先生が達者に描かれるので、(アニメーターなら簡単に)描けるんじゃないかと思っていたんですね。でも柔道の描写って、めちゃめちゃ難しいんですよ。国技(※法令で定められているわけではない)の割に、アニメーション業界で描いたことのある人はそんなにいないですし、組んでつかんで……とやること自体、単純に画力をすごく必要とするんです。

――実は大変だったことに制作を始めてから気づいたと?

大松 本格的な制作に入る前ですね。当時、「僕が愛した全ての君へ」という映画(の制作)をやっていたのですが、松本(淳)監督は日本でもトップクラスの演出家であると同時にアニメーターとしても超絶技巧の持ち主でもあるんです。その松本監督に「『もういっぽん!』をやるんです」と話したら、「いや〜、柔道を描くのはすごく難しいんですよね」とおっしゃったんです。業界屈指の技術を持つ方が難しいと言ったのを聞いて、背筋の凍る思いがしました。

実際にやってみたら、そもそもアニメーターで柔道を描きたがる人がいないんですよ。はっきり言ってしまうと、「やりたくない」と言うんです。あまりにも難しいから。「『もういっぽん!』という作品をやってもいいけど、柔道シーンは嫌です」と言う人がめちゃくちゃ多くて、本当の意味で作業の困難さを実感したのはそのタイミングでした。当初の目論見では、柔道シーンは3Dを作ってアニメーターの方に描いてもらえばうまくいくだろうと軽く考えていたので、それが10倍20倍の苦労を強いられることになるとは想像しておらず、大きな誤算でしたね。

――荻原監督は本作で初めてアニメ監督をやられたわけですが、やはり監督も大変そうでしたか?

大松 そうですね。作画に入る前のコンテの段階で非常に苦労していました。コンテを描くにしても、ある程度の柔道知識があるとか、熱心に柔道の動きを解体して漫画のコマを分析しないと、なかなかスムーズな表現にならないんです。

――ちなみに、監督の打診をしたときはいかがでしたか?

大松 荻原監督も柔道に詳しいわけではなかったので、最初は固辞されました。でも、しつこく何度もお願いし、漫画の面白さも相まってようやく「やってみます」と。最終的な苦労はその時点で完全に想像できていたわけではなかったと思いますが、知らないものに挑戦するからすごくがんばらなきゃ、とは考えていたと思います。

大事にしたのは「柔道をちゃんとやること」

――ほかのスタッフに目を向けても、シリーズ構成の皐月さんをはじめ、若い世代の活躍が印象的です。スタッフを選ぶうえで、どのようなことを重視したのでしょうか?

大松 「やる気がある人」に尽きますね。荻原監督もそうだし、シリーズ構成の皐月さんもキャラクターデザインの武川さんも、ほぼほぼ今の役職が初めての人なんです。もちろん、バリューがあってお客さんを呼べる、スタッフを引っ張ってくれる人を選ぶのもひとつの手かもしれない。でも、僕は一緒に汗を書いてくれる人を選びたかったですし、自分がプロデュースしている作品で成長して次の仕事につながってほしいという思いがあるんです。なので、今回は欲ばって、監督、シリーズ構成、キャラクターデザインにこの3人を選ばせてもらいました。

人間って仕事に慣れていると、慣れでやっちゃうんですけど、僕的にはみんなでスクラムを組んでフレッシュな気持ちでやりたい気持ちも強いです。それに初監督の時って、ものすごい力が出ることって多いんですね。ポニーキャニオンさんもよく受け入れてくれたなと思います。

――そのようなスタッフのもと、原作の魅力をアニメとして生かすにあたって意識したことをお聞かせください。

大松 それは、「柔道をちゃんとやること」ですね。この作品はドラマ部分も非常に素晴らしいですけど、やっぱり柔道の描写があって初めて生きるドラマだと思うんです。その大事な部分でずっこけちゃうとすべてがドミノ倒しでダメになっていく感覚がありました。しかも後半はずっと大会のシーンが続くので、そこはしっかりやっていこうと最初から監督と話していました。

――組み手争いでの動きや足の運び、跳ね上げなど、本当に細かなところまで描いているなと感じたのは、「柔道をちゃんとやった」からなのですね。

大松 そう思います。この作品はカット数がすごく多くて、柔道描写をていねいにやっているんですよ。「相手をつかんだ瞬間の足のステップ」なども、カットを割って見せていて。1カットを長く使って組んずほぐれつをやるよりは、パンパンパンとカットを切って「つかんでいます」「足をかけています」とちゃんとやるのが監督のプランでした。これをやるとカット数が膨大になるのはわかっていたんですけど、やっぱり柔道のシーンをわかりやすくやりたかったですし、カット数を少なくして組んずほぐれつをやると逆に作画が重くなってしまうので、このスタイルにしました。その結果、テンポもわかりやすさも出たので、とてもいいチョイスだったと思います。

――そのいっぽうで、日常のシーンなどではミニキャラといいますか、顔だけをポップアップしてやり取りするシーンも印象的でした。

大松 あれは監督の発案ですね。現場では「生首」と呼んでいたんですけど(笑)、とてもリズム感が出るし、キャラクターもかわいいし、うまくいきました。

――「柔道をちゃんとやる」ためには取材も欠かせなかったと思いますが、取材はどのように行われたのか教えてください。

大松 取材は全柔連さん(全日本柔道連盟)の協力もあって、淑徳(しゅくとく)中学高等学校に行かせていただきました。取材は1回だけでしたが、カメラをそれなりの台数持っていき、GoProをつけて撮らせてもいただいたので非常に参考になりました。YouTubeを探れば技の映像はたくさん出てきますけど、やっぱり雰囲気や音を生で感じるのは大事ですからね。柔道部の皆さんもいろいろなオーダーに応えていただきました。等身大の中高生が柔道をやるのはどういうことなのか、それを感じられたのもよかったです。

――取材には村岡先生も同席されたのでしょうか?

大松 はい。その場でいろいろなアドバイスをいただきました。アニメがご好評いただけたのも、先生の協力が大きかったと思います。

実在しているかもしれないというキャラクターのリアリズム

――作品として参考にしたものはあるのでしょうか?

大松 ほかに柔道をガチでやっているアニメって、「YAWARA!」ぐらいしかないんですよ。なので、「YAWARA!」を研究してビジョンを固めていったところはあります。

――村岡先生が柔道経験者ということもあって、わかりやすい大技でドーンと決めるだけじゃないのがリアルだなとも思いました。実際の柔道は、泥臭いやり取りが続くことも多いじゃないですか。アニメでも原作を生かした作りを意識されたのでしょうか?

大松 村岡先生は柔道に造詣の深い方ですし、漫画でも細かい描写があるのはもちろんですけど、「YAWARA!」を見ると、相手をつかんでダダダダダダってめちゃくちゃ走ったりするんですね。言ってみれば、漫画っぽい見せ方をしているんですよ。もちろん「YAWARA!」は素晴らしい作品で、当時のスタッフがいろいろ考えて作られていますけど、そういう描写は令和の時代ではちょっと難しいなと思ったんですね。

なので、監督主導でもう少しリアルで臨場感のある感じにしました。良くも悪くも「YAWARA!」の存在は大きかったし、それを踏まえてカウンターとまではいかないですけど、今の時代に我々がどういう描写をしなければいけないのかは考えましたね。

――女子柔道部が題材ということで、もっとライトに描かれるのかと思いきや、しっかりスポ根をしていて。

大松 本読み(脚本会議)の時にも話題になったのですが、「タッチ」か「ドカベン」か、みたいな話があると思っていて。要は「何に主眼を置いているのか」ですよね。「タッチ」は素晴らしい作品ですけど、野球モノというよりはお話のほうを感じるのに対して、「ドカベン」は野球じゃないですか。その意味では、「もういっぽん!」はやっぱり柔道の描写ありき。周辺のドラマやキャラクターの思いはありますが、主眼はやっぱり「柔道をちゃんとやる」ことなんです。そうじゃないとこの作品の持ち味が表現できないと思っていました。

――その話にも通じることですが、本作のキャラクターたちの造形といいますか、見た目はある意味とてもリアルですよね。そこはどう感じましたか?

大松 今の時代、原作を変えずにアニメ化することが求められている、というのが大前提としてあります。そのうえで、アニメの原則論として、頭身が高いと動きが硬くなるんですよ。動きをちゃんとやろうと思ったら、6頭身が限界だと僕は思っているんです。今回は、原作の絵がだいたい6頭身ぐらい。僕はあの頭身でも魅力を損なわずに表現できると思ってましたし、柔道をちゃんとやるにあたってはこれ以上高い頭身は無理だったというのが結論としてありました。

――村岡先生の絵柄の魅力でもありますが、変にスリムすぎずリアルな体型なのもいいですよね。

大松 そう思います。いわゆるアニメのキャラみたいな人って現実にはいそうでいないじゃないですか(笑)。もちろん、「アニメは理想的な世界を描く」という考え方があるかもしれませんが、実在しているかもしれないと思わせるリアリズムを踏まえた作品があってもいい。それに、個人的にはこのサイズ感はすごくかわいい、このぐらいの塩梅がめっちゃいいなと思っています。ネットでいろいろな意見を見かけましたが、わかってないな、これがいいんだよと(笑)。

――先ほど話していた本読みには、村岡先生も参加されたのでしょうか?

大松 村岡先生は参加されなかったですけど、秋田書店の担当編集者であるU田さんが参加してくださって、先生へのフィードバックが早かったのでストレスなくやれました。チームワークはすごくよかったですね。

いつも思うことですが、アニメを作る時って、現場だけじゃなく委員会としてのチームワークも必要なんですよ。僕らBAKKEN RECORD、ポニーキャニオンさん、秋田書店さん、放送が始まればテレビ東京さんの尽力も大きかったですし、このあたりのリレーションが本当にうまくいったと思います。

――原作者の関わり方は人それぞれだと思いますが、村岡先生からはなにかリクエストなどあったのでしょうか?

大松 先生は基本的に現場のことを尊重してくださいました。細かく言われることはほとんどなかったのですが、タイミングタイミングでアドバイスをいただいたり、柔道に関しての技術的なことを教えていただいたりしました。信頼していただけているのが僕としても心地いいというか、モチベーションが高まりましたね。本当に理想的な形でやることができたと思います。

(取材・文/千葉研一)

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