人型メカのアクションを登場人物の回想シーンにシンクロさせる「マクロスプラス」の演出力【懐かしアニメ回顧録第56回】

渡辺信一郎氏が総監督を務める「キャロル&チューズデイ」が、2019年4月から放送・配信されている。その渡辺氏の初監督作品が、1994年発売のOVA「マクロスプラス」(1994年)。OVA版は全4話で構成されており、それを2時間に編集した「マクロスプラス MOVIE EDITION」が、1995年に劇場公開された。
惑星エデンで、次期主力可変戦闘機の候補である「YF-19」、「YF-21」の競合テストが行われている。YF-19のパイロットはイサム、YF-21のパイロットはイサムと高校時代に決別した元友人のガルドだ。やはり高校時代にイサム、ガルドの2人と親しくしていた女性、ミュンが人工知能アイドル・シャロンのプロデューサーとして、惑星エデンに帰ってくる。ミュンは、対立を深めていくイサムとガルドの間で激しく揺れ動く。
物語の貫徹目標(物語が解決しなければならない課題)は、以下の3つである。

(1) ライバルであるイサムとガルドの勝敗を決める。

(2) ミュンをめぐるイサムとガルドの三角関係に決着をつける。
(3) 3人の関係に介入するシャロンの思わくを描く。

物語のクライマックスは、地球へ潜入したイサムのYF-19と、彼を追跡するガルドのYF-21の激しい戦いだ。戦いの終盤、高校時代に何が起きたのか、ガルドがはっきりと記憶を取りもどすことによって、上記の(1)および(2)の大半は解決される。
解決のカギを握っているのは、ガルドのみが覚えている“高校時代の記憶”だ。どのようにガルドの“記憶”が描かれているのか、詳細に見ていこう。


赤系の色で塗られたカットは、すべてガルドの主観映像


最初にガルドが記憶を想起するのは、夜中にひとりでパソコンに向かっているときだ。

■泣いているミュンの肩に、男の手が置かれている。
■驚いているイサムの顔、アップ。
■床に倒れた椅子、電話、植木鉢など。

これらの短い映像が、断片的にインサートされる。
次に、試験飛行中のYF-21とイサムの機体が急接近した際、ガルドは同じ映像を思い起こす。コクピットに座ったイサムの顔に、赤い集中線が走り、以下の映像がインサートされる。

■床に倒れた椅子、電話、植木鉢など。
■破れた服とミュンの胸元。
■驚いているイサムの顔、アップ。
■泣いているミュンの肩に、男の手が置かれている。
■泣いているミュンの顔、アップ。
■胸を押さえて泣いているミュン、バストショット。
■上半身裸のミュンと彼女の肩を抱いているイサム、ロングショット。

最後のカットで、ミュンは顔をあげてカメラのほうを見る。つまり、回想しているガルドの顔を見るわけだ。最初の回想よりも情報が増え、3人の間に何か暴力的な事件が起きたことがわかる。
注意したいのは、これらの回想カットがすべて赤い色で塗られていること。実はガルドが高校時代の事件を思い出すより前に、「ガルドの頭の中の絵」が登場している。映画の冒頭、YF-21の脳内ダイレクトイメージ(BDI)システムが、ガルドの感覚とリンクするシーンだ。「人間の手」と「YF-21の翼」、「人間の足」と「YF-21のノズル」がオーバーラップする。このうち、「人間の手」と「人間の足」は紫とピンクで塗られ、ガルドの頭の中の映像であることが明示されている。
冒頭で「現実と違う色で塗られたカットはガルドの想像」と示されているため、赤く染まった回想カットも、ガルドの主観映像なのだとわかる。そして、2度目の回想は、ガルドとYF-21が神経結合されている最中に起きている。さらに事件を回想した直後、ガルドはイサム機を押しつぶす場面を頭に思い描くのだが、YF-21はガルドの想像を読みとって、実際にイサム機を押しつぶしてしまう。
そして、3回目の回想は地球でのイサム機とガルド機の戦闘中、やはりガルドとYF-21が神経結合されている最中に起きる。ガルドがYF-21とリンクされていることを念頭において、回想シーンを見てみよう。


YF-21が「鏡に映った自分を殴る」理由


地球での戦闘中にガルドが回想を始めるのは、イサムのYF-19が地上に降りて、追ってきたYF-21と肉弾戦になるシーンだ。両機は飛行形態からロボット形態になり、殴り合いを始める。

「貴様はいつだって!」
と、ガルドがイサムに怒鳴ったところで、YF-19がYF-21の銃をコブシで叩き落し、
「俺の大切なものをぶち壊す!」
YF-21はYF-19を左手で殴ろうとするが、避けられてしまう。このカットはYF-19の顔面アップから始まっており、その背景はビルのガラス窓だ。ガラスには、殴りかかるYF-21の姿が映っていて、YF-19が身をかわしたため“まるで自分を殴っているように見える”のである。

続いて、「俺の大切なものを……」というガルドの台詞と同時に、あの赤い色で染められた回想がワンカットだけ(上半身裸のミュンと彼女の肩を抱いているイサム、ロングショット)インサートされる。
YF-19は飛行形態に変形して上空へ逃げ、追うYF-21は無数のミサイルを放つ。ガルドのヘルメットに、ミサイルの引いた煙が幾重にも、縞模様のように重なり、回想の続きが始まる。

■泣いているミュン、後ろから肩を抱くイサム。
■イサムは去るが、ミュンが追う。
■ミュンがイサムの胸に顔をうずめる。
■2人は、ハッとして振り返る。
■イサムを殴るガルドの腕。
■イサムは、床に倒れる。
■倒れたイサムを心配そうに見るミュン。
■ミュンにガルドの両手が迫り、服を破く。
■鏡の中に、自分の顔を見つけるガルド。

これらの場面が、無声映画のように赤からグレーに転調して、断片的に描かれる。
「イサムを殴るガルドの腕」、「鏡を見るガルド」、これは前述した「YF-19を殴ろうとして、鏡の中の自分を殴ってしまうYF-21」と、そっくりそのまま重なる演技だ。高校時代にミュンを傷つけた犯人はイサムだとガルドは思い込んでいたが、実は犯人は自分だったのだと気づく。だからガルドは、自分自身を殴りたかったのではないだろうか。
YF-21は、パイロットの想像を読みとって勝手に実行してしまう、危険なメカニックだ。その設定を前提にすると、「人型メカが自分の鏡像を殴る」アクションがガルドの深層心理を表現しているように見えてこないだろうか? 登場人物の振るった暴力をロボットのアクションと文芸レベルで結びつけた、稀有なシーンとは言えないだろうか。


(文/廣田恵介)

おすすめ記事