作曲家・羽岡佳 ロングインタビュー!(アニメ・ゲームの“中の人” 第34回)

“中の人”を知れば、アニメ・ゲームがもっとおもしろくなる。ライターcrepuscularのインタビュー連載第34回は、作曲家の羽岡佳さん。羽岡さんは、大ヒットアニメ「かぐや様は告らせたい~天才たちの恋愛頭脳戦~」の劇伴作家で、ファンの間で話題になった藤原書記のラップ「ドーンだYO!!」も、羽岡さんの楽曲だ。新房昭之監督作品である「ぱにぽにだっしゅ」、「ネギま!?」、「花物語」、「憑物語」、「終物語」、「続・終物語」にも参加し、それぞれの世界観・キャラクターにぴったりのスコアを提供している。現在は、筝曲部を舞台にした青春ドラマ「この音とまれ!」において、実写顔負けのオーケストラを堪能することができる。そんな羽岡さんの転機は、デビュー作の、とある脚本家との出会いにあった。今回の単独インタビューではこれまでの歩みを振り返りながら、独自の作曲手法、アニメと実写の違い、名曲誕生の舞台裏、今後の抱負等についてたっぷり語っていただいた。

アニメと実写で違う音楽的チャンス


─お忙しい中、お会いできて光栄です。早速ですが、羽岡さんがお仕事のやりがいを感じるのはどんな時でしょうか? 


羽岡佳(以下、羽岡) 楽しみにしているファンの方がたくさんいらっしゃる作品に、音楽を通して参加できる、ということをいつもうれしく思っています。あと音楽家としては、一流の演奏家やレコーディング・エンジニアの方々と、スタジオでレコーディングをする機会をいただけることも、楽しみのひとつです。


─羽岡さんは実写ドラマでも活躍されており、2019年は「孤高のメス」などの劇伴を担当されています。アニメならではの魅力というのはありますか?


羽岡 アニメの劇伴ですと、実験的な音楽を作曲できる機会が多いかもしれません。音楽的にいろんなことをやらせていただける機会が多いので、そういうところにおもしろさを感じます。


─創作活動にあたり、影響を受けた作品は?


羽岡 アニメ作品では「風の谷のナウシカ」(1984)と「天空の城ラピュタ」(1986)は、原点というか、作品的にも音楽的に元になっている気がします。特に「ナウシカ」は、僕が小学校低学年の時に上映されて、とても印象に残りました。


それほどしっかりストーリーを理解できたわけではありませんが、それでもとても感動し、そして久石譲さんの魅力的な音楽は、作曲に興味を持つきっかけのひとつになりました。僕は当時、まだ楽器を習っていませんでしたが、親の仕事の関係で家にピアノやシンセサイザー等たくさんの楽器があったので、「ナウシカ」や「ラピュタ」の音楽を弾いてみたりしていました。そういうことをしているうちにだんだんと、作曲みたいなことをするようになっていきました。


─現在は、月にどのくらい音楽を聴いているのでしょうか?


羽岡 幅広くはまだまだできていないかもしれませんが、仕事の打ち合わせや雑談で監督やプロデューサーから出てきた作品は、積極的に観たり聴いたりするようにしています。必ずしも自分の作品に生かすことができるというわけでもないのですが、監督やプロデューサーといったクリエイターの方々が、何を観て何を感じているのか、できれば知っておきたいと思っています。

「物語」シリーズで気をつけた「語りのテンション」


─お得意なジャンルや音作りはありますか? たとえば「花物語」(2014)では、短いピアノモチーフを用いて、多様なシーンの音景を作っておられました。駿河と蠟花の緊迫した1on1で使用された「バスケットボール」、影絵を使った蠟花の相談者エピソード「ナンバーゼロイチ」、駿河と阿良々木の再会を彩った「タイミングのいい奴」、水であふれたバスケットコートの不気味さを表した「想定外」などが印象的です。


羽岡 自分としては得意な分野とか、そういうのはあまりないです。作品ごとにさまざまなオーダーをいただくので、その都度作品に合った音楽はどんなものか考えて、制作するようにしています。「物語」シリーズでは、新房昭之監督と音響監督の鶴岡陽太さん、音楽プロデューサーの山内真治さんから「ミニマル・ミュージックで」とのお話があったので、クラシック寄りのミニマル・ミュージックから始めて、少しずつシンセを入れてエレクトロな方向に行ったりとか、オーケストラっぽくやってみたりとか、そんなことを試行錯誤しながら作りました。


─「花物語」もそうですが、「物語」シリーズは、劇伴が映像のリズムを作るうえで重要な役割を果たしていますね。


羽岡 「物語」シリーズは、あまりシチュエーションが変わらず、「淡々と語る」シーンが多いので、その語りのテンションには気をつけて作曲しました。日常があったり、事件があったり、サスペンスがあったり、ということがあまりない。音楽の作り方も普段とは違う形になっています。


─「普段とは違う形」というと?


羽岡 テレビシリーズの劇伴は、メニューと打ち合わせの内容を基に、絵コンテや台本、原作を見ながら作ることが多いですが、「物語」シリーズでは、作曲の段階で音声も含めてかなり完成形に近い動画をいただきました。最新作の「続・終物語」(2019)も、そうでした。そのおかげで雰囲気や会話のテンポ感を参考に制作することができました。「淡々と語る」そのテンションは、絵コンテや台本だけだとどうしてもわかりにくいところですが、動画があったので、映像のリズムやセリフのテンションに寄り添うことができたのではないかと思います。


─「れでぃ×ばと!」(2010)は、舞台がお嬢様学校ということもあって、本格的なクラシックが多くなっていました。特に、ハープとフルートの流れるような美しいハーモニーが特徴の「白麗陵学院」や、ヒロインの清く気高い心を感じさせるストリングス曲「フレイムハート」などは、映像を離れて音楽そのものにも、じっくりと聴き入らせる魅力がありました。


羽岡 ありがとうございます。この作品は、大槻敦史監督と音響監督の明田川仁さんからのオーダーと、最初にいただいた資料を見て、そういう雰囲気を感じました。

楽器編成から演奏者まで、全てが贅沢な「この音とまれ!」と「かぐや様」


─最近のアニメで、羽岡さんが手ごたえを感じた曲を、いくつか教えていただけますか?


羽岡 最近ですと、「この音とまれ!」(2019)のメインテーマ曲は、とても気に入っています。テーマ曲なので音は少し厚くなるんですけど、盛り上げ過ぎないように、抑え加減のようなものを気にして作りました。


あと「かぐや様は告らせたい〜天才たちの恋愛頭脳戦〜」(2019)も、かなり贅沢にやらせてもらいましたので、とても気に入っています。「かぐや様」は全曲、やりたいことができました。


─「この音とまれ!」の劇伴は、圧巻でした。オーケストラもあってか、テレビアニメというより、実写的なドラマチックさを感じます。


羽岡 音響監督の髙桑一さんが、「この音とまれ!」の音楽の方向性として「たとえば、こんな感じのサウンド」と、あるテレビドラマのサントラを、参考音源として提示してくださったんです。その音源を聴いて、ウェットで、やわらかくて、しかも少しリッチというか、そういう雰囲気かなと僕はとらえて、作曲しました。


─「かぐや様」は、どういったところが「贅沢」なのでしょうか?


羽岡 「かぐや様」は畠山守監督、音響監督の明田川仁さん、音楽プロデューサーの山内真治さんから、音楽について具体的なアイデアをたくさんいただいたのですが、皆さんからのアイデアを全部実現しようとしたら、音楽的なジャンルや楽器、ミュージシャンなど、とにかく盛りだくさんなプロジェクトになってしまいました。でも、どのアイデアも素晴らしくて実現してみたくて、そのアイデアに乗っかって、ミュージシャンもたくさん呼んで、とことんやってみようと。


最終的に「かぐや様」の曲は、バロック音楽的のものからラップ調、スカや、1970〜80年代のハードシンセの音を使って作った曲まで、さまざまなテイストの曲ができました。また、限られた時間・リソースの中でレコーディングを行うことも多いのですが、今回はとにかく生楽器にもこだわって、たくさんの一流のミュージシャンに演奏いただきました。

クラシックのオーケストラ、ドラム、ギター、ベースに加えて、ハープやクラシックパーカッション、ソプラノ、テノール歌手の方にも参加していただきました。ちなみにピアノは、ピアニストであり作曲家でもある美野春樹さんに弾いていただきました。美野さんは、「魔法使いサリー」(1989)の作曲をされた方でもあり、まさに「ピアノが語る」というか、素晴らしい演奏をしていただきました。たくさんのアイデアに始まり、素晴らしいミュージシャンにも恵まれて、贅沢な音作りが実現できた作品でした。


─第4話の藤原書記のラップ「ドーンだYO!!」も、羽岡さんが? 


羽岡 はい、作曲しました。


─「この音とまれ!」で、印象に残っているオーダーは?


羽岡 アニメーションプロデューサーの方から、「オーケストラっぽい曲だけじゃなくて、木管五重奏曲も作りたい」というお話がありました。具体的には、フルート、オーボエ、クラリネット、ファゴット、ホルンだけの曲を何曲か作っています。


─クラシックからラップまで、劇伴作家に求められるものは本当に幅広いですね。


羽岡 作品ごとに本当にさまざまなオーダーをいただきます。いつでもそのオーダーに応えられるよう、いろいろな形で準備しています。


─「この音とまれ!」は劇中、筝曲が数多く流れます。作曲者は別にいらっしゃるようですが、収録は羽岡さんのほうでされたのでしょうか?


羽岡 筝曲に関しては、専門的なことですので、別チームがやっています。劇伴も筝曲も流れるので、高桑さんからは「差別化して作りましょう」とのオーダーをいただきました。なので、劇伴のほうに和楽器を入れたりとか、日本を感じるような音階を入れたりはしないようにしています。

映像なしで作曲することの難しさ


─作曲はメロディからですか? それとも、コードから?


羽岡 同時にスタートします。ある程度曲ができたら見直して、必要があればメロディもコードも直していきます。メロディやコードだけでなく、アレンジ的なこと、音色的なこと、シンセを使うのか生楽器にするのか、オーダーに応えた音楽になっているのか、レコーディング時間内にミュージシャンの演奏を録り切れるのか、どういう譜面を作ったら演奏者が曲を理解しやすいのかとか、本当にいろいろなことを同時に考えながら、感じながら、作っていきます。


─イメージをふくらませる方法は?


羽岡 特に変わったことはしていません。打ち合わせで監督や音響監督からいろんなお話をうかがって、原作と絵コンテをよく読んで、メニューを見ながら考えて作る、というのが基本です。


─劇伴の歴史を振り返ってみますと、テンプトラック(編注:作曲家にイメージを伝えるために使われる既成曲)の使用には賛否あるようですが、羽岡さんはどう考えますか?


羽岡 音楽の詳細について話し合いたい打ち合わせでは、どうしても「やさしい」、「勇敢な」といった比較的抽象的な言葉の積み重ねだけで、お互いの考える音楽のイメージを共有することは難しいとは感じています。参考の音楽があると、会話のたたき台として共通理解ができやすくなると思います。


─今でもリテイクやNGは出るのでしょうか?


羽岡 もちろんあります。


─実写のテレビドラマも、プリプロ(編注:撮影前)で作曲しているのですか?


羽岡 そういうケースが多いです。脚本を読んで、そして監督やプロデューサーとの打ち合わせでのオーダーからイメージをふくらませて作曲をします。その時点では映像はでき上がっていないことが多いので、雰囲気がなかなかつかめない時もあります。そんな時は、今まで手がけた作品や監督の過去の作品で近しい作品等を探して、その映像を音を消してパソコンやテレビで流しっぱなしにして、今自分が作っている曲と、テンポやテンションが合っているか確認する、ということを時々やってみたりしています。いくつかの作品でそうやって映像と合わせてみてみると、曲だけで聴いていた時には気づかなかった温度感や、「あ、この音はいらないな」というのがわかったりするんです。


─実写もアニメのように、絵コンテが用意されますか?


羽岡 絵コンテをいただくことはほぼなかったと思います。


─脚本と絵コンテで、作りやすさに違いはありますか? 文字ベースよりも絵があったほうが、イメージを喚起しやすいのではと思うのですが。


羽岡 アニメの専門家ではないので、コンテを見るということにとても時間はかかってしまうのですが、それでもコンテはないよりは、あったほうがいろいろイメージしやすいです。少しでも、作品の完成イメージを想像できる資料はあったほうがありがたい。実写にしてもアニメにしても、映像が仕上がっていないまま作曲をするというのは、難しいところのひとつだと思っています。


─映画は作り方が違うのでしょうか?


羽岡 映画は、仕上がった映像をいただけるので、少しだけ作りやすいです。もちろんだからといって、簡単というわけではありませんが。


─新しい音色の挑戦はされていますか? ハリウッドでは、楽器以外のものから音を出すこともあるようですが。


羽岡 それはあまりしていません。そういうことをやっていらっしゃる方がいるのは知っていて、YouTube等で誰がどんなものを使って、どんな音を出しているのかを見たり、いつでも注文がきたら応えられるように、サンプリングされた作曲用のソフトウェア音源もSSDに18TB以上と、たくさん持っていたりもするんですが。今オファーをいただけるものが、実写も含めて、大人向けの落ち着いた作品が多いので、オーソドックスな楽器でいかに心情をしっかり表現できるか、というほうに集中して取り組んでいます。もちろん、「新しい音が欲しい」と言われれば、可能な限りいつもトライしています。


─作品参加の基準はありますか?


羽岡 アニメに限らず、劇伴に限らず、音楽のお仕事でお声がけいただける作品は、常に参加したいと思っています。


─原作サイドとやり取りをすることは?


羽岡 直接やり取りさせていただくことは、ほとんどないですね。


─最近、監督からオファーがあった作品は?


羽岡 最近ですと、実写映画「星めぐりの町」(2018)は、黒土三男監督から直接お話をいただきました。前にテレビドラマ「愛おしくて」(2016)でご一緒したことがあって、「今回もぜひ」とご連絡をいただきました。過去ご一緒してまたお話をいただけると、うれしいです。

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