アニメーション監督・橋本裕之 ロングインタビュー!(アニメ・ゲームの“中の人” 第39回)

連載第39回は、アニメーション監督の橋本裕之さん。初監督作品の「ご注文はうさぎですか?」はブロックバスター(編注:興行的な成功を収めた作品のこと)で知られ、今や日常系アニメの代名詞でもある。その後も「魔法少女育成計画」、「ようこそ実力至上主義の教室へ」、「スロウスタート」、「LAIDBACKERS-レイドバッカーズ-」とバラエティに富んだ意欲作を発表し、アニメファンを沸かせ続けている。当記事ではあふれる作品愛と鋭い演出眼を披露。キャスティングやスタッフィングはもちろん、監督までの道程や名作誕生の舞台裏などもたっぷりとお話いただいた。みずからを「プロデューサーに近い監督」と述べる橋本さんは、ファンを想う気持ちが人一倍強く、メディアミックス時代にもふさわしい作品哲学をお持ちのようだ。今回もライターcrepuscularが独自の切り口をもって、一流クリエイターの人物像を浮き彫りにする。

作品に愛着を持つのが好き


─お忙しい中、インタビューに応じてくださりありがとうございます。最初に、橋本さんはアニメーション演出のお仕事を始められて、どのくらいになるのでしょうか?


橋本裕之(以下、橋本) 「バスカッシュ!」(2009)からになりますので、10年くらいだと思います。


─お仕事の魅力は何だと思いますか?


橋本 監督は作品の中で基本的にはひとりしかおらず、全体を見通すことができます。作品に関わっていて全体を見通せるというのは、やりがいがあるなと思いますね。


自分はもともと作画をやっていたんですけど、作画はあまりうまくなかったので、作画監督をしたことがないんです。1本まるまる自分で話数を見ることがなかったので、演出になった時に1話数まるまる自分で目を通すことができて、すごくうれしかったですね。それは監督になってからも同じで、ひとつの作品を全部見られるのは、おもしろいんですよね。たぶん、作品に愛着を持つのが好きなんです。全部のカットのいろんなことが見えて、自分の思うようにもできるし、なぜこうなったのか理由もはっきりわかるし。作品に正直に向き合えるんですよ。


─橋本さんのツイッターや過去のインタビューからも、そうした作品愛はひしひしと伝わってきます。 


橋本 好きなんですよね、関わった作品全部が。だからこの先続けていくと、大変なことになるなと思います。全ての作品を愛するということは、子供がどんどん生まれていくことになるわけじゃないですか。3人ぐらいまでは面倒見られるけど、15人ぐらいいると「大丈夫かな?」、「うちは生活できるのかな?」みたいな感じになっちゃうなと(笑)。それはそれでうれしいけれども、大変な悩みになる感じはありますね。

感情を揺さぶる小島秀夫作品


─創作活動にあたり、影響を受けた作品は?


橋本 自分はアニメより、ゲームから受けている影響のほうが大きいと思います。一番影響を受けたのは小島秀夫さんの作品、「メタルギア」(1987)、「スナッチャー」(1988)、「ポリスノーツ」(1994)ですね。最初は、作ったものを遊ばせるという点でゲームはアニメと似ているなと思っていたんですけど、小島さんのゲームは、作ったものを遊ばせながら、こっちに何かを問いかけてきているんですよね。


「スナッチャー」もそうですけど、「音が小さく聴こえるから、ボリュームを上げたほうがいいんじゃない?」と言われて、「じゃあ、上げようか」と思ってボリュームを上げたら急に大爆発してビックリさせられて、みたいな。昔のゲームながらそういったアイデアがたくさんあって、ゲームの主人公と遊んでいる側のシンクロ率がすごくて、ゲームとプレイヤーの見えない壁を突破しよう、みたいな感じがあったのがすごかったですね。小島さんは人の感情を揺さぶるのが本当に上手だと思います。


「スーパーマリオブラザーズ」(1985)をやった時も衝撃的でした。普通に横スクロールを歩いていて、ゴールがあって、ステージを進んでいくと、段々自分がうまくなっていくじゃないですか。でもうまくなってきたある日、天井裏に上れたんですよね。走っていったら「2」、「3」、「4」と書いた土管があって、ステージワープができた時には、うれしさとがっかりさがすごくて……。掌で踊らされていた感がものすごくありましたね。「想像をさらに超えたものを想像して作る」というプロのモノづくりの肝を、ああいうゲームから学んでいると思います。


─小島監督は現在も精力的に作品を出されており、2019年11月8日には「DEATH STRANDING(デス・ストランディング)」が発売されました。もうプレイされましたか?


橋本 すぐにやりたかったんですけど、2020年にPC版が出ると言われると、ちょっと考えてしまって……(苦笑)。


─アニメで影響を受けた作品は?


橋本 富野由悠季さんの「機動戦士ガンダム」(1979~80)、それと宮崎駿さんの「魔女の宅急便」(1989)です。この2つは自分の中では衝撃的でしたね。「ガンダム」は再放送で何度もやっていたのでよく観ていたんですが、「ロボットものだけど、ロボットものじゃない」みたいなところ、今までは正義と悪にしか戦いがなかったのを「戦いたくない主人公」、「敵は敵なりに考えてるんだ」といったところが衝撃的でした。「魔女の宅急便」については、自分は中学ぐらいから東京に出て、ひとり暮らしがしたくて仕方がなかったんですよね。その頃にちょうど「魔女の宅急便」を観て、キキが中学生だったから余計に自分と同じような感じがして。あの頃は映画館で1度チケットを買ったら何回でも観られたので3日で6回も観て、その後バイトをしてLD(レーザーディスク)も買いました。

「闇」がわからないと、「光」は描けない


─お得意なジャンルや世界観はございますか?


橋本 自分は基本的に何でも好きなんですよね。今は萌え系とかを振ってもらってやっているんですけど、これだけが好きというわけじゃなく、まだ全部のジャンルをやったわけでもないので、もしからしたら「BL(ボーイズラブ)が得意でした」ということもあるかもしれません。さっきもお話ししたように、自分はもともと「ガンダム」が好きで、中村プロダクションにはメカものをやりたくて入ったところもあるんです。


─「魔法少女育成計画」(2016)は美少女がたくさん登場しますが、いわゆるバトル・ロワイアルもので、残酷なシーンもありました。監督を引き受けるにあたり、逡巡されたりしましたか?


橋本 それはなかったですね。人間の闇を描くのは好きですし、闇がわからないと光もわからないと思うんですよ。いい人にも暗い部分ってありますよね。自分は人と話をするのが好きですし、初めて会う人と話をするのも好きなんですが、誰にもわからない暗い部分も当然持っています。その暗い部分があるから、「その暗い部分から出してほしい」、「こういうふうに接してほしい」というのもわかってくると思うんです。


─「闇」とは少し違うかもしれませんが、「スロウスタート」(2018)の主人公・花名も、中学浪人という心の傷を抱えていました。


橋本 「自分をうまく引っ張っていってくれる友達が周りにいれば、自分も暗い部分から抜け出せるのかな」という感じの作品は好きですね。

「一番いい表情」を視聴者に想像させる


─橋本さんの演出論をもう少し掘り下げてうかがいたいのですが、たとえば女の子のかわいさや魅力を見せるにあたり、こだわっていることはありますか?


橋本 自分は胸とか下半身を出せばいいって感じじゃないんです。自分の作品では、手のアップとか足の指のアップとかを入れたくなるんですよね、手や足にも表情を出せると思っています。


─顔の表情についてはいかがでしょうか?


橋本 自分は「想像できる演出」が好きで、「一番いい表情してそうだな」と思う時は、割とキャラを撮っていないことが多いんです。AとBがものすごく楽しそうにしゃべっている時に、それを見ているCの顔を抜いていたりするんですよ。そうすると観ている人は「この人たちは今、どんな顔をしているんだ?」というのを、Cと並んで見ている感じになるんです。画面に映っていない人たちのことをどんどん想像して、どんどん好きになっていく感じになるんじゃないかなと思います。


─個人的には、ロングあるいはミディアムで登場人物を撮った後、カメラポジションはそのままで顔のクロースアップにつなぐという編集も、橋本さんの画づくりの特徴なのかなと思いました。「そにアニ -SUPER SONICO THE ANIMATION-」(2014)第8話の秋葉原で信号待ちをしているそに子の横顔、「ご注文はうさぎですか??」(2015)第1話で写真を見つめているチノ、「魔法少女育成計画」オープニングで思いつめた表情をしている小雪、「LAIDBACKERS-レイドバッカーズ-」(2019)のハラミが炎の巨人に殴り飛ばされたのを見て過去を思い出すアーネリアなど。監督作品に限らず、橋本さんが絵コンテを描かれている話数にはよく見受けられます。


橋本 最初は意識的にやっていなかったと思うんですけど、自分でコンテを描いているうちに段々と、意識的に描いているんだなとわかってきた感じですね。じわ~と詰めるよりも、一気にバンッと寄ってキャラとの距離を詰めたい、キャラの感情に一気に入ってほしいというのが、自分の中では大きくあるのかなと思います。


あとズームで寄っていかないのは、アニメ独特の事情もあったりします。アニメで60フレームまでズームするとなると大判を使わないといけなくなって、アニメーターの描く量が増えるんですよ。でも描く量が増えても、カットとしての単価は上がらない。それであれば、引いた画と一気に寄った画を同じ100フレームサイズで描いたほうが作画カロリーを節約できますし、テレビアニメをやるうえでは重要なところだと思いますね。

かわいいキャラ+描き込まれた背景=「ご注文はうさぎですか?」


─キャラからは離れますが、印象的なモチーフの利用もありました。「魔法少女育成計画」オープニング、「DEVIL SURVIVOR 2 the ANIMATION」(2013)第12話のヤマトとアルコルの戦い、「スロウスタート」第12話の花名の夢の世界では、存在感ある満月が後景に置かれていました。


橋本 満月は好きですね。満月はすごく印象に残りやすいというのもありますし、自分はアニメにリアリティを求め過ぎていないというのもあります。自分の中では、月の大きさはあまり決めていないんです。実際スタッフからも「月が大きくないですか?」と言われることもあるんですけど、インパクトある画面を作りたいのであれば、それでいいと思うんですよね。これは実写だとやりづらい、アニメだからやりやすい表現だと思います。


─「ご注文はうさぎですか?」(2014~)は、木組みの家と石畳の街が大変美しいです。


橋本 「ごちうさ」の監督を依頼された時にまず思ったのが、「キャラの完成度がすごく高い作品だな」ということでした。でも4コママンガの宿命上、どうしても背景が描き込めないんですよ。アニメになった時にどこを一番足してほしいのかなと考えた時に、やっぱり背景だと思ったんです。でも最初は、かわいいキャラときっちり描き込まれた背景がどこまで合うのかなと思って、自分の中では実験的な感じで美術監督の平柳悟さんにお願いしていましたね。今ではファンの方々にも「美術がすごくきれい」と言っていただけるので、やってよかったと思っています。


─「スロウスタート」は色使いも特徴的でした。


橋本 原作1巻の表紙を見た時にすごいきれいだったのもパステルカラーだったので、色彩設計のホカリカナコさんに「この色を再現してほしい」とお願いしました。「ごちうさ」ではイメージBG(編注:作品の舞台とは関係のない、抽象的なイメージで描かれる背景)は背景さんに描いてもらっていたんですが、「スロウスタート」はパステルカラーで、背景さんと色を合わせるのは難しいかもしれないと思い、イメージBGも仕上げさんにお願いしました。ホカリさんには「キャラの色と背景の色がぴったり合う一番いい色を出してほしい」とお願いして、ものすごくいっぱい作っていただいたので、ご迷惑をおかけしました。


─監督作品の場合、第1話と最終話の絵コンテをご自身で描かれることが多いようです。


橋本 「1話は監督が描く」というのは、アニメ業界にいる誰もが前提として持っていて、どういうアニメになるのかを示す意味もあるので、自分が描いています。最終回については、最初と最後を締めておけば流れができる、と思ってやっています。特に日常系は、「明確な終わりはないけど、何かの区切りとしての終わりがある」最終回になるので、日常系がわからないとなかなかそこに持っていけないし、それは監督である自分の責任じゃないかなと思って、自分でやっています。


─オープニングの画づくりでこだわっていることは?


橋本 自分がオープニングの絵コンテを描く時って、「ご注文はうさぎですか?」もそうですし、「魔法少女育成計画」もそうですけど、動いている画の中にあえて止め画を入れて、寂しそうな表情を入れたりするんです。明るい話でも明るいだけじゃない、「あれ、なんだろう?」という感じで印象に残る部分が欲しいなと思って。「魔法少女育成計画」だと傘を差した小雪が暗い表情をしていたり、「ごちうさ」は1期だとマヤとメグがココアにジャンプしていく時に、ちょっとだけチノが寂しそうな顔をしていたり、2期だとシャロがベッドの上で寂しそうに座っていたりしているんです。

おすすめ記事